短編
name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
秘密にしていることがある。
父さん、母さんにも、仲のいい姉さんにも言っていないこと。
もし見つかってしまったら、きっと拳骨一発じゃ済まされない。
父さんの拳骨は痛さで自然と涙がこみ上げるくらいで、私たち兄弟の中では恐れられている。
兄さんや姉さんはあまり怒られないけど、私は年の近い兄弟と取っ組み合いの喧嘩をして、大目玉を食らうことが多い。
自然と拳骨を頂くことも多いわけで、最近では頭のてっぺんが強くなってきているくらいだ。たぶん。
早く姉さんたちのようになりたいな。
大きくなったら、叱られなくなるみたいだから。
とは言っても、子どもにも良い点はある。
畑仕事が一区切りすると遊びの時間を貰えるところとか。
兄さんや姉さんたちはお喋りばかりしているけど、あれも仕事の一部なのかな。
私はただ座って話しているより、鬼ごっこをしてるほうがよっぽど楽しいと思うのだけど。
でも最近の私はその遊びの時間を遊びに使っていなかった。
ここからが秘密の時間だ。
まず私は隣のおばあさんの家に言ってこう叫ぶ。
「おばあちゃん!お腹減った!」
するとおばあさんは、顔中に皺を寄せてにこにこして出てきて、
「そうかいそうかい、にぎりめしを作ってあげようね」
と言って、片手じゃ持ち切れないくらい大きなおにぎりを作ってくれる。
ときどき残り物のおかずや果物を分けてくれる。
それを受け取ると「ありがとう!」と頭を下げて、外へと駆けだしていく。
今日はおにぎりと一緒に、真丸い果物を貰った。
こっちも私の握りこぶしよりも大きい。
落とさないように大事に抱えて畦道を駆けて行った。
家の畑の裏山にある、おんぼろの小屋。
兄弟たちはお化けが出るぞと言って近寄らないけれど、私には怖くも何ともない場所だ。
だって、ここにいるのはお化けじゃなくて、狐のお兄ちゃんだからだ。
*
小川に寄って水を汲んでから小屋に入る。
すると狐のお兄ちゃんはいつもみたいに狐のお面をかぶって、「やあ、小娘」と呑気に私に声をかけた。
その軽い口調とは裏腹に、お兄ちゃんの姿は酷いものだった。
両足は骨折してひどく腫れあがっているし、着物もぼろぼろだ。
この前見せてもらったけど、お腹にも痛そうな切り傷があった。
そんな痛いものばっかり見せるくせに、お顔だけはどうしても見せてはくれないのだ。
いつも狐の面をかぶっている。
「小娘じゃないもん。お姉さんだもん」
私は澄ました顔で言うと、ぷいと横を向く。
その声色は一番年上の姉さんの真似だ。
すると狐の面がくくくと笑う。
「どこでそんな顔を覚えた。似合っていないぞ」
「えー!ひどい!」
まだ血の臭いのするお兄ちゃんの傍に行くと、そこに座って葉に包まれたおにぎりを差しだした。
「はい、どうぞ。たんと召し上がれ」
今度は母さんの口真似をして言う。
するとお兄ちゃんは「ありがとう」と素直にお礼を言う。
他にお喋りをしているときは、ずっとからかうようなことばかりなのに、これだけは真面目に言うものだから、私はいつも困ってしまう。
狐のお兄ちゃんが何故この小屋にいたのか。
この村の近くで戦があったばかりだから、それくらいは私でも察しがついていた。
酷い怪我だったし、最初は父さんたちに言ってお医者様も呼ぼうかと思ったけど、お兄ちゃんはそれを強く止めた。
「どうして?」と訊くと、「小娘には言えない事情があるのさ」と返された。
やっぱり、早く姉さんたちのようになりたいかも。
お面の下でもごもごとおにぎりを食べているお兄ちゃんを見て、ぼんやりと考える。
お兄ちゃんはおにぎりを食べ終えると、丸い果物を手に取った。
建てつけの悪い戸の隙間から漏れる陽射しを浴びて、それはきらきら光っていた。
「これは伊予柑か。美しい色だな。小娘、お前は食ったのか?」
狐の面が首を傾げる。
私はちょっと考えてから、「うん。食べたよ」と嘘をついた。
だって、ここで「食べてない」と言ったら、きっとお兄ちゃんはその果物を私に食べさせるだろうから。
でもそれじゃダメ。
私がご飯を持って来られるのは一日に一回だけ。
お兄ちゃんはとってもお腹が減っちゃう。
だからそれは全部お兄ちゃんに食べてもらわないと。
するとお兄ちゃんはくすくす笑った。
「私の腹の心配なら無用だぞ。ここで寝ているだけだから、そんなに腹も減らない」
それから「今剥いてやるから」と言って、果物の皮に指を立てた。
艶やかな皮が歪む。
でも伊予柑の皮に傷はつかず、ころころとお兄ちゃんの手からこぼれていった。
「おや、逃げられた」
転がる果物を眺めて笑うお兄ちゃん。
きっとまだ、手に力が入らないんだ。
私はそれを拾うと、「えいっ」と言って、皮をぐいっと親指で突き破った。
瞬間、鼻をかすめるつんとした爽やかな匂い。
お兄ちゃんの血のにおいと混ざって、これまで嗅いだどんな匂いよりも鼻の奥に残る。
「小娘、なかなか力があるじゃないか。毎日、畑仕事を手伝っているからだな。よしよし」
そう言って、お兄ちゃんは私の頭を軽く撫でた。
――――――やっぱり、ずっと子どものままでいいかもしれない。
剥いた果物は袋一杯に水分を蓄えていて、私は慌ててそれをお兄ちゃんに手渡そうとした。
「早く」と、言おうとした口が開き掛ける。
でもお兄ちゃんは果物ではなく、私の手首を捉まえてぐっと顔を近づけた。
お兄ちゃんが反対の手で面を少し持ち上げると、その下から薄くて赤く色づいた唇が覗く。
その色に目が釘付けになって、少しも逸らすことができない。
指の先から果物が奪われる瞬間、私の冷たい指先にお兄ちゃんの柔らかな唇が触れた。
動けない私からぱっと身を離すと、いつもの調子でお兄ちゃんは笑った。
「ほら、小娘。そろそろ手伝いに戻りなさい」
*
指先に残る果実の滴が香る。
またひとつ、秘密にしなければならないことが増えてしまった。
父さん、母さんにも、仲のいい姉さんにも言っていないこと。
もし見つかってしまったら、きっと拳骨一発じゃ済まされない。
父さんの拳骨は痛さで自然と涙がこみ上げるくらいで、私たち兄弟の中では恐れられている。
兄さんや姉さんはあまり怒られないけど、私は年の近い兄弟と取っ組み合いの喧嘩をして、大目玉を食らうことが多い。
自然と拳骨を頂くことも多いわけで、最近では頭のてっぺんが強くなってきているくらいだ。たぶん。
早く姉さんたちのようになりたいな。
大きくなったら、叱られなくなるみたいだから。
とは言っても、子どもにも良い点はある。
畑仕事が一区切りすると遊びの時間を貰えるところとか。
兄さんや姉さんたちはお喋りばかりしているけど、あれも仕事の一部なのかな。
私はただ座って話しているより、鬼ごっこをしてるほうがよっぽど楽しいと思うのだけど。
でも最近の私はその遊びの時間を遊びに使っていなかった。
ここからが秘密の時間だ。
まず私は隣のおばあさんの家に言ってこう叫ぶ。
「おばあちゃん!お腹減った!」
するとおばあさんは、顔中に皺を寄せてにこにこして出てきて、
「そうかいそうかい、にぎりめしを作ってあげようね」
と言って、片手じゃ持ち切れないくらい大きなおにぎりを作ってくれる。
ときどき残り物のおかずや果物を分けてくれる。
それを受け取ると「ありがとう!」と頭を下げて、外へと駆けだしていく。
今日はおにぎりと一緒に、真丸い果物を貰った。
こっちも私の握りこぶしよりも大きい。
落とさないように大事に抱えて畦道を駆けて行った。
家の畑の裏山にある、おんぼろの小屋。
兄弟たちはお化けが出るぞと言って近寄らないけれど、私には怖くも何ともない場所だ。
だって、ここにいるのはお化けじゃなくて、狐のお兄ちゃんだからだ。
*
小川に寄って水を汲んでから小屋に入る。
すると狐のお兄ちゃんはいつもみたいに狐のお面をかぶって、「やあ、小娘」と呑気に私に声をかけた。
その軽い口調とは裏腹に、お兄ちゃんの姿は酷いものだった。
両足は骨折してひどく腫れあがっているし、着物もぼろぼろだ。
この前見せてもらったけど、お腹にも痛そうな切り傷があった。
そんな痛いものばっかり見せるくせに、お顔だけはどうしても見せてはくれないのだ。
いつも狐の面をかぶっている。
「小娘じゃないもん。お姉さんだもん」
私は澄ました顔で言うと、ぷいと横を向く。
その声色は一番年上の姉さんの真似だ。
すると狐の面がくくくと笑う。
「どこでそんな顔を覚えた。似合っていないぞ」
「えー!ひどい!」
まだ血の臭いのするお兄ちゃんの傍に行くと、そこに座って葉に包まれたおにぎりを差しだした。
「はい、どうぞ。たんと召し上がれ」
今度は母さんの口真似をして言う。
するとお兄ちゃんは「ありがとう」と素直にお礼を言う。
他にお喋りをしているときは、ずっとからかうようなことばかりなのに、これだけは真面目に言うものだから、私はいつも困ってしまう。
狐のお兄ちゃんが何故この小屋にいたのか。
この村の近くで戦があったばかりだから、それくらいは私でも察しがついていた。
酷い怪我だったし、最初は父さんたちに言ってお医者様も呼ぼうかと思ったけど、お兄ちゃんはそれを強く止めた。
「どうして?」と訊くと、「小娘には言えない事情があるのさ」と返された。
やっぱり、早く姉さんたちのようになりたいかも。
お面の下でもごもごとおにぎりを食べているお兄ちゃんを見て、ぼんやりと考える。
お兄ちゃんはおにぎりを食べ終えると、丸い果物を手に取った。
建てつけの悪い戸の隙間から漏れる陽射しを浴びて、それはきらきら光っていた。
「これは伊予柑か。美しい色だな。小娘、お前は食ったのか?」
狐の面が首を傾げる。
私はちょっと考えてから、「うん。食べたよ」と嘘をついた。
だって、ここで「食べてない」と言ったら、きっとお兄ちゃんはその果物を私に食べさせるだろうから。
でもそれじゃダメ。
私がご飯を持って来られるのは一日に一回だけ。
お兄ちゃんはとってもお腹が減っちゃう。
だからそれは全部お兄ちゃんに食べてもらわないと。
するとお兄ちゃんはくすくす笑った。
「私の腹の心配なら無用だぞ。ここで寝ているだけだから、そんなに腹も減らない」
それから「今剥いてやるから」と言って、果物の皮に指を立てた。
艶やかな皮が歪む。
でも伊予柑の皮に傷はつかず、ころころとお兄ちゃんの手からこぼれていった。
「おや、逃げられた」
転がる果物を眺めて笑うお兄ちゃん。
きっとまだ、手に力が入らないんだ。
私はそれを拾うと、「えいっ」と言って、皮をぐいっと親指で突き破った。
瞬間、鼻をかすめるつんとした爽やかな匂い。
お兄ちゃんの血のにおいと混ざって、これまで嗅いだどんな匂いよりも鼻の奥に残る。
「小娘、なかなか力があるじゃないか。毎日、畑仕事を手伝っているからだな。よしよし」
そう言って、お兄ちゃんは私の頭を軽く撫でた。
――――――やっぱり、ずっと子どものままでいいかもしれない。
剥いた果物は袋一杯に水分を蓄えていて、私は慌ててそれをお兄ちゃんに手渡そうとした。
「早く」と、言おうとした口が開き掛ける。
でもお兄ちゃんは果物ではなく、私の手首を捉まえてぐっと顔を近づけた。
お兄ちゃんが反対の手で面を少し持ち上げると、その下から薄くて赤く色づいた唇が覗く。
その色に目が釘付けになって、少しも逸らすことができない。
指の先から果物が奪われる瞬間、私の冷たい指先にお兄ちゃんの柔らかな唇が触れた。
動けない私からぱっと身を離すと、いつもの調子でお兄ちゃんは笑った。
「ほら、小娘。そろそろ手伝いに戻りなさい」
*
指先に残る果実の滴が香る。
またひとつ、秘密にしなければならないことが増えてしまった。
