初恋が実るまで
久しぶりに感じた、土方の温もりと匂いに高鳴る鼓動が俺の思考の邪魔をする。
視線を上げれば後ろ姿を捉える。広い背中にすがり付いてみたい。あの腕の中に抱き込まれてみたい。考えただけで逆上せてしまいそうだ。
女々しい事が次々過ぎる脳内を打開する為に、目を閉じ首を振る。大丈夫、土方には見られていない。
「...ぶっ」
身体に衝撃が走る。目を開けて確認すれば立ち止まった土方にぶつかったらしい。それすら気が付かないなんて不覚。
なんで前を見て歩かないんだとでも言いたげな目で俺を見ると戸を開けた。
どうやら歩いているうちに部屋の前まで辿り着いたようで、入れと促されるまま部屋に足を踏み入れる。
開けた瞬間香る煙草の匂い。吸いながら仕事していたのだろう。
「どうした?座れよ」
立ち尽くしていた俺に、文机に向かうように座った土方は畳を叩いて催促する。
限りなく入口に近い場所に腰を下ろせば土方は怪訝な表情を浮かべるも、書類を取り出し筆を走らせる。
その姿を見届けながら、部屋を見渡す。相変わらず無駄な物は置かずに整理整頓が行き届いている部屋だ。
特に話すこともなく土方の仕事を黙って見ていれば、土方が口を開く。
「すげーやりにくいんだけど」
「大人しくしてるじゃないですか」
何が障害をきたしているのだろう。静かにしてるじゃないか。
「それが気になんだよ」
「騒げばいいの?」
「ちげーよ。いつもみたいに横にでもなれよ」
「...身体痛くなるから嫌でィ」
いつも寝そべっているだけに苦しい言い訳だった。
土方はわしゃわしゃ頭をかくと手を止めて、押し入れから布団を引っ張り出した。
「終わるまで横にでもなってろよ」
どうせ寝れないんだろ、と続けて言う。目の前に敷かれた布団が意外で土方を見る。
そもそも俺の始末書の書き直しをしている筈なのに横になって待ってろとでも言うのか。
「土方さん、暑さで頭もいかれちまったんですかィ?アンタに親切にされたら後がこえーや」
「別にお前に貸しを作りたい訳でもねェよ。俺が集中出来ないから入ってろ」
そう言われ布団を見る。正直物凄い入りたい。けど、入ってしまえば欲求が生まれるんじゃないかと恐怖する。
考察した後、布団に入ってしまう事にした。図々しい方が俺らしいとふんで。
布団を捲り中に身体を忍ばせる。冷房は適度に効いてはいるが、肌掛けはかけずに横たわってみた。布団の上に横になるのは気持ちがいい。
「土方さん、俺がマヨ臭くなったら怒りますぜ」
悪態をついていないと正気じゃなくなってしまいそうで、口に出した。
「マヨ臭くなるわけねぇだろ。ちょっと待ってろ。あと少しだから」
横目で土方を見れば、俺が横になった事で集中力が戻ったのか、すらすらと筆が動いていた。