二章
先の宴会場は出て、個室の料亭に場所は移る。そこに酔っ払いの近藤及び土方は居た。
「悪いね。個人的に引き止めてしまって」
申し訳無さそうにして目の前に座るのは、幕府の高官の一人、橘だった。普段は滅多にお目にかかることのない人物だが、酔っていない所を見ると終盤に来ていたらしい。
「いえ。うちの近藤がこのような状態で申し訳ありません」
壁に寄りかからせた近藤は既に眠ってしまっていて、声を掛けても目を覚ましそうにもない。
「気にしなくていい。急に呼び止めたのは私の方ですから」
高身長で品格のある様は、俺たち芋侍とは訳が違う。土方はそんな事を考えながら、なんの話をされるのだろうと待っていた。
この後に及んで真選組の失態を突きつけられたのでは堪らないもの。悪い話ではないといいのだが、と発せられる言葉を待つ。
「遅くなってしまうから、本題に移ろう」
橘は土方を見た。視線が交わったのと同時に嫌な予感がした。
「うちの娘がね、君の話をしたら気に入ってしまったようでね。近藤くんも籍を入れた事だし、どうかね?」
この手の話は今までにも何回かあった。実際娘と会えば、土方のイメージとのギャップで向こうから退いてくれた場合が殆どで上手く躱してきたのだ。それにまずは近藤を、と御偉いさん方も自然とそういう流れを作っていった。
今回はどうだ?
いつも通りに土方を避けてくれれば免れられるかもしれない。下手に動けば真選組の存在など消され兼ねない。自分一人が拒否をしたが為に隊士等、百名余りを路頭に迷わせる訳にはいかないのだから、この手の話は頭を抱えてしまうのだ。
「局長が婚姻してばかりですので、暫くは隊を率いていかねばなりません。折角のお言葉ですが直ぐに返事は出せません」
真っ当な御託を並べる。物分かりは良さそうな相手ではあったから、これで納得してくれればと思った。
「返事は急がない。私も娘も待つつもりでいる。今週末の土曜日の夜、娘に会ってくれないか?」
どうやらこの時点では引くつもりはないらしい。土方は溜め息が出そうになるのを堪えて、作り笑顔で分かりましたと答える。
満足そうな表情を浮かべて橘は娘も喜ぶよと言った。
それから少し世間話をした後、部下の車で帰る橘を見送り、近藤を連れて屯所に帰宅する。
近藤を部屋に寝かし、自らの部屋に戻った土方は部屋の灯りをつける。
「...総悟?」
先に寝ているだろう沖田の姿が無かった。直ぐにでも顔を見たかったというのに。
時刻を見れば丑三つ時を指していた。
帰りが遅くて自分の部屋にでも戻ったのだろうか。
働かぬ頭のまま部屋に腰を下ろしては、煙草を咥える。火をつけて煙を吐き出す。ゆらゆら揺れる煙草の煙を見ていると少しは落ち着く。
嫌な予感がどうも拭えない。第六感というのか、こういう時の土方の感は割と良く当たる。
最悪の事態にならなければいいのだが。
吸い終わった煙草を灰皿に押し付けると、土方は布団も敷かずに大の字に倒れ込む。
何も考えたくないとでも言うように目を瞑って。
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