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二章


屯所へ帰るなり沖田は副長室へと向かった。平気なフリこそしているものの土方の居ない夜は妙に虚しい。

駆け足で屯所の廊下を歩く。出掛ける前に一秒でも長く一緒に居たいから。

副長室の前に辿り着くと、ゆっくりと扉を開ける。

「土方さん」

名前を呼べば文机に向かい書類仕事をしている土方が振り向いた。

「おかえり、総悟」

「ただいま」

出迎えの言葉を発した土方を後ろから抱き締めて肩口に顔を埋めれば、安心感のある匂いが鼻を刺激する。

肩に埋まる沖田の頭を土方はそっと撫でる。静かに目を瞑り、大人しく密着している姿は邪魔はしないけど傍にいたいという沖田なりの気遣いであった。

成長したな、お前も。と土方は心の中で呟きながら、沖田を背に筆を走らせる。土方にとっても沖田が近くに居ることは心地よいのだ。

「今日何時にでるの?」

顔を埋めたまま土方に問う。

「17時には出る」

思ったより早いなと沖田は眉を顰めた。あと数時間もしたら目の前から居なくなってしまうのだ。無意識に土方に回した腕に力が籠る。

「...それまでここにいまさァ」

ぎゅっと体を包む腕に土方の手が添えられた。宥めるように撫でるそれに少しだけ心が満たされた。

「ああ。もう少しで終わるからちょっと待ってろ」

腕から土方の手が離れたかと思うと再び書類に筆を走らせ始めた。書かれた文字が綺麗で土方らしい、なんて思いながらそっと離れると土方の部屋にうつ伏せで寝そべる。

仕事に集中している土方の背を一度見つめてから、副長室に置いてある私物を漁る。物の管理が出来ない沖田を見越して土方が木箱を用意したのだった。私物を置かせてもらえる事は嬉しい。

木箱の中から目に入った一冊の本を手に取り開く。何の変哲もない推理小説。気紛れで購入した物だった。

パラパラと捲り、栞が挟まっていたことから読み途中だったと続きを読む為にページを捲る。

最早どんな話だったのかも覚えてもいない。

続く内容と登場人物の名前に頭を傾げながら、沖田は仰向けに転がる。先程の仕事の疲労が少しだけマシな気がした。

ぼんやりと文字を目で追ってくも内容が入ってこない。沖田の頭の大半を占めているのは土方の事ばかりなのだから。

幕府のお偉い様方に気に入られて指名で呼ばれる事すらある土方。真面目で端正な顔立ちの土方はその娘にだって好意を抱かれていた。見合いの話にまで発展する事だってある。

最大限の安心を沖田に与える土方を信用している。沖田が嫌がるような言動は極力避けてくれているのも頭では分かっている。

男でさえも魅了するこの男が酒の席に出席するのはいつだって心配だ。権力を翳されたらそれまでだ。最悪の場合力づくだって考えられる。

そこまで考えて沖田は本を閉じて目を伏せた。惚れた弱みか、溢れんばかりの魅力を振り撒く土方の所為か。どうやら過度に心配し過ぎてしまっているらしい。脳内を占める嫌な想像を振り払おうと頭を振った。

何度経験したって、当たり前のようにいる土方の不在は心を座喚かせた。

物思いに耽る沖田に向けられる視線に目を開く。視線の主はこの部屋には一人しか居ない。

「...終わったんで?」

目を開けると四つん這いで沖田を覗き込む土方の顔が映った。

「ああ」

待たせたな、そう付け足しては土方も隣に寝転んだ。毎日の様に一緒に寝ているというのに、ただ隣に並ぶだけで心が弾んだ。

五年経っても変わらぬ恋情。まるで空気のようにすっと馴染むんだ。なくてはならないものみたいに。

「ねえ、土方さん」

「何だ?」

仰向けで寝ていた身体を土方の方へと向けた。
土方も天井を見上げているのかと思えば沖田の方に身体を向けており目が合う。互いにくすっと笑った。

「俺、アンタと出会って幸せ」

「急にどうしたんだよ。何かあったのか?」

「別に。ふと思っただけ」

沖田を喜ばせるのは土方で、悲しませるのも土方なのだ。巡り巡って出てきた言葉を土方は不審がる。当然といえば当然だ。日常からこのような言葉は言わない。何回も言うことで薄っぺらい物になってしまう。それに俺達の関係にバカップルのような甘い台詞は似合わないから。

「総悟」

「ん?」

「俺も幸せだよ」

照れ臭そうに言う土方に沖田も釣られたように恥ずかしくなった。
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