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沖誕2018



暗闇を照らす提灯の灯りと、夜に似つかない人々の騒めき。
暗くなっても尚、じめじめと肌にまとわりつくような湿度。
肌から滲む汗が肌を伝うたびイライラしていた。

小さな子供が目の前に現れては「射的1回」と声を掛けられ、金を受け取り専用の銃を渡す。
賑わう街並みと特有の空気に思わずため息が漏れる。



攘夷派組織が動く事を予期して祭りに警備を配置するのは毎年の事ではあった。
警備の担当配置を練り、図面に落とした書類を幹部会議にあげた所まではいつもの流れだったが、沖田が珍しく口を開いた事で事態は変わる。

「屋台の中にも人員割いたらどうでしょう」

その一言から始まった。

「...理由はなんだ?」

真剣な眼差しで書類を見つめる沖田に投げかける。此奴の事だから屋台に潜入と称して配置につき、あわよくば祭りを楽しもうとするのが目的に違いない。なんだかんだ毎年途中からふらっと抜けて買い食いしているのはもう把握していたからだ。

「どうせ、俺が屋台に入ってさぼるだなんて考えているんでしょ?今回屋台に入るのは土方さんですぜ」

「...は?」

予想もしていない回答に目を丸くする。

「最近は物騒ですからねィ。屋台に浪士共が潜伏して機会を伺ってるかもしれない。それをより早く粛清出来れば大惨事は避けられる」

神妙な面持ちで話を続ける沖田に周囲隊長等が頷き始める。
沖田にしてはまともな事を言ってのける所為か困惑していると近藤が目に涙を浮かべ口を開く。

「総悟も真選組の事考えてくれてたんだな!俺ァ嬉しい!よし!今年は総悟の作戦も取り入れよう!」

作戦結構だと盛り上がりを見せる一同。

「ちょっと待て、なんで抜けるの俺なんだよ!指揮はどうすんだ!」

屋台に忍ばせるのは百本譲って機転の効いた作戦だとは思うが、それをやってのけるのは他の奴でも構わない筈。
わざわざ指揮を取る土方自らがそこに入る必要があるとは思えない。

「トシ、総悟が折角提案してくれたんだ。指揮は俺がとろう!情報連絡は無線でやりとりすればいい」

すっかり乗せられてしまった近藤、他隊長達。
普通に会議に参加するのは当たり前だろう。

「そりゃあ有難い話だか、山崎当たりに潜入させれば...」

「往生際が悪いですぜ、土方さん。鼻がきくアンタが適任なんでさァ。それにこの作戦も信頼の証です」

憎らしい笑みを浮かべながら土方の肩に手を置く沖田に悟った。
絶対に悪巧みしていると。


信頼なんて嘘ったらしい言葉並べやがって。
数日前の会議を思い浮かべながら、やってくる子供達に引きつった作り笑いを浮かべて接客に専念しつつ、周囲の観察を行う事数時間。

『トシ、そっちはどうだ?』

耳元から聞こえる近藤の声。

「今のところ異常ねェ」

客が途絶えた所で返事を返す。

『こっちも異常なしだ。念の為そっちに人員一人送ったから』

「ああ、悪いな」

そこで近藤との無線は途絶えた。

祭りも残すとこ十五分程度だろう。
長いこと屋台で店番をやっていた所為か祭りの終わりを虚しく感じながら、新たにきた目の前の少年の対応をする。

栗色の髪の少年だった。
大きな瞳に色白な肌で武州にいた頃の沖田を連想した。

小さな体で偽物の銃を構えて懸命に狙うも全く当たっていない。

「お兄ちゃん、当たらないよぉ」

目に涙を浮かべて土方に言う少年。
沖田も祭りの射的を好きでやっては取れないと土方にせがんでいたのを思い出す。
最もこんなに可愛らしく訴えるのではなく《当たるまでやるんでィ、金出せコノヤロー》なんて憎まれ口を叩いていたのだが。

懐かしくなり口元が緩む。
少年の頭をぽんぽんと撫でながら、弾を三つ渡した。

「もう祭りも終いになる。よく狙ってやってみな」

他の奴には内緒だぞと耳打ちして。
少年は頷くと再び狙いを定めて銃を構えた。

一発目は僅かに獲物を掠めた。

「大丈夫だ。お前なら当たるよ」

「うん」

無垢な笑顔を向けられ悪い気はしない。何処ぞの誰かさんもこれくらい可愛らしい一面も見てみたいものだ。

二発目は獲物に当たるも少し後方にずれただけだった。

「惜しいねィ、もうちょい左狙ってみろよ」

少年が最後の弾を込め狙いを定めた所で聞き慣れた声がした。
きっちり隊服をきた沖田は少年の後ろにしゃがみ込み当たるようにアドバイスした。

「やってみる!」

そして三発目は見事当たった。
落とした者は懐かしきあのアイマスク。
景品の殆どは真選組が自腹で用意したものだった。
よりによって沖田の用意した景品を狙っていた少年は満面の笑みを浮かべて土方に礼を言うと、振り返る。

「はじめてあたった!お兄ちゃんありがと!」

沖田に頭を下げると母親に呼ばれるがまま走り去っていった。
後ろ姿を見送った後、目の前に現れた沖田に視線を送る。

「あの坊主喜んでらァ」

幼少の自分と重ねたのか起きた自身も穏やかな表情を浮かべていた。

「そうだな。お前のお蔭だよ」

「射的はいいですよねィ。祭りって感じがして」

昔からの祭り好きは変わらない様だ。店仕舞いが進む屋台をぼんやり眺める沖田。

「よくやってたもんな」

「ええ。てな訳で俺にもやらせて下せェ」

さも当たり前の様に手を差し出してくる始末。

「てめーは本当に何しに来たんだよ!」

「もう祭り終わるし、さっきまで頑張ったんだからいいでしょ?土方さん」

残り五分位だろうか。周囲の客は殆どいない。
渋々一式の道具を手渡すと無邪気な笑顔を向けられる。不覚にも心臓が高鳴った。

真選組隊士の寄付した景品なんか狙っても面白くもないだろうに。並べられた景品を一通り見つめながら土方は思う。

そんな土方を他所に沖田は弾を込めるとお菓子の景品に銃口を向ける。放たれた球は確実に中心を捉えていて見事落下した。

次々と狙ったものを着実に狙い打ち落としていく。

「上手くなったな、総悟」

十年も前と比較すると大違いだ。

「俺も大人になりやしたから」

最後の一発を銃に込めながら答える沖田。

「けど、もう欲しいもんなんざねえだろ?」

撃ち落とす様を見届けようと屋台内に設置した椅子に座り込む。

「欲しいものならありますぜ」

沖田は手にしていた銃を土方の胸に向けた。
その視線は真っ直ぐ土方を見ている。

「オィィィ!向けるとこ違ェだろうがァァァ!なんだそら、この後に及んで俺の命が欲しいってか!」

「当たったら俺の欲しいもんくれますか?」

「話を聞け!バカヤロー!どうせ副長の座が欲しいとかだろ」

今にも引き金を引きそうな勢いの沖田を制止する。
先程までの笑顔は消えていて、その目におふざけの類は含まれていない。

「今日はね、俺の誕生日なんですよ。本当に欲しいものは中々手に入らないんでさァ」

餓鬼のような一面を見せては、今度は哀愁を漂わせている。
コロコロと表情を変える沖田についていけずに土方は取り残されていた。

「総悟?」

「.....」

名前を呼ぶも反応はない。

しばしの沈黙の後胸に走る衝撃。
小さな発砲音と共に弾が土方に命中した。

「てめーまじで撃ちやがっ...」

言いかけた言葉は互いの唇が重なった事で飲み込まれた。

触れるだけの口付けはすぐ離れる。

「おい、ここ何処だと思ってんだ!外で何しやがる!」

少しばかり距離をとった沖田を睨みつけ怒声を飛ばす。

「今も昔も俺が欲しいのは土方さんだけでさァ。アンタの全てが俺のもんじゃないと嫌」

「へ?」

拍子抜けした間抜けな声が出た。
一体これ以上何が欲しいと言うのだろう。
既に恋人の関係にあり、心だって体だって手にした様なものじゃないのかと土方は思う。
仕事上出掛けたりなんて言うのはなかなか出来ていないのは現状だが。

「欲張りになっちまっていけねぇや。アンタの頭ん中が俺だけになったらいいのに...」

独り言の様に呟く沖田。

「...なんかあったのか?らしくねぇ」

「別に」

「なあ、総悟」

「なんでさ」

「ちょっとこい」

手招きしてみせると沖田が渋々傍に寄ってきた。腕を引き寄せ額に口付ける。

「...アンタこそ、外で何しやがんでィ」

ポーカーフェイスを装っている沖田の頬はほんのり赤く染まっていて可愛らしくて口元が緩む。

「てめーが言うか?...仕事は頭から離れねェけど、俺の頭ん中だって大半は総悟がしめてんだよ」

「俺は土方さんの事ばっかり考えてる」

「知ってる。屋台片付けたらたまには二人で飯でも行くか?」

「...へい」

周辺の屋台の灯りが消えていくに従って消灯する。
すっかり賑わいの無くなった祭後。
土方も沖田も黙って撤収の作業に取り掛かる。

短い時間ではあったが祭り事に参加する側も悪くは無いかもしれない。
市民との交流に、幼き頃から祭りが好きな沖田が見せた無邪気な表情を見ることが出来た。
中身はそこまで大きくは変わらないのだが、今では時折みせる大人の男の一面。
堪らなく愛おしい。

「総悟誕生日おめでとう」

いつまでも隣で剣を握って居られますようにと願いを込めて。






















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