May
一人残された沖田は携帯を開き姉から来ていたメールを開く。
《総ちゃん急な泊まりになってごめんなさい。十四郎さんに頼んだから久しぶりの訪問楽しんできてね。》
十四郎さんと呼ぶ姉にまた胸がズキンとした。
事務的な返信をすると携帯を閉じて鞄に仕舞う。
昔はそういう雰囲気もあったという二人はどんな関係だったのだろうか。
互いを名前で呼ぶ関係。それなりに親しかったと思われた。
でなければ、弟を昔の知人である土方に預けるなんてしなかっただろう。
沖田はずっとモヤモヤしていた。
やることもなく部屋を見渡せば本棚が目に入る。国語の受け持ちなだけあって沢山の本と教材が並んでいた。なんとなく古そうな一冊の本を手に取り開いてみると一枚の写真が落ちた。
見てはいけないと思いつつ広い写真を見ると、制服を着た若い頃の照れた表情を浮かべる土方にミツバが頬にキスをしているものだった。より一層胸が痛んだ気がした。
「...総悟、何見て...」
風呂から上がった土方に声をかけられ手の中の写真が滑り落ちた。
ヒラヒラと舞うそれは土方の足元で静止する。
拾い上げた土方は驚き目を丸くしていた。
「なんなんでさァ。大事にこんなとこしまって。まだ姉ちゃんに未練あるんで?」
次々と口から溢れるのは醜い嫉妬。
「...違っ、これは」
「言い訳なんか聞きたくねェ。本当にアンタむかつく。俺の大事なモン奪って行きやがって」
狼狽えている土方に詰め寄り胸倉を掴む。
「落ち着けって。...あの本お前の姉貴のだから」
「なんで姉ちゃんのがあるんでィ」
「引っ越す前にお前らが遊びに来て忘れてったの。写真が入ってたのは開いてねぇから知らなかった」
溜息をつき掴んでいた手を話せば土方は会話を続けた。
「お前にはっきり言わなかったが昔は付き合ってたよ。けど、今は違う。本も返さなきゃって思ってた」
「ふーん」
面白くない。姉がいつか誰かのものになる覚悟は出来ていた筈なのに、こうして現実をチラつかされただけで耐えられないなんて弟失格だ。純粋に姉の幸せを願えないなんてとんだシスコン野郎だ。
相手が土方じゃなかったら違っていたんだろうか。
「今は彼女とかいるんで?」
土方に交際相手がいれば安心するのか確かめたくて問いかける。
「ああ。暫く会ってねェけどな」
一瞬考えた後口にする土方に、また胸が締め付けられた。
可笑しい。これじゃ嫉妬の対象が違うじゃないか。
姉を取られなくないだけだと思っていた感情はいつの間にか土方にも向けられていたんだと気付いてしまった。
「総悟もモテんだろ?お前の事好きな奴の話も聞く。付き合ってる奴とか居ねぇの?」
興味を持ったように沖田に質問する土方。
「いませんね。付き合っても続かねぇんですよ」
実際そうだった。告白されて好奇心で付き合ってみても好きになれず関係を終わらせてしまう。愛されてないなんて言われてしまえば面倒くさくなって離れるのを繰り返した。
思い返せば自分が人を好きになった事は一度もないのかもしれない。
「まだ若ェんだし、そのうち自然に長く交際出来る奴見つかるよ」
土方は笑って沖田の頭をぽんぽんと撫でた。
「子供扱いしないで下せェ」
勢いよく腕を払うと土方は払われた手を見つめる。
「悪気はねえよ。昔から癖なんだ。俺にとっては総悟は可愛い存在なんだよ」
「可愛いって言われても嬉しくないでさァ」
きっと土方の言動に他意はない。頭では理解しているのに苦しい。いつの間にか一人の男して認められたいなんて。
「顔が可愛いとかじゃねェからな?」
「分かってやすよ」
いつかこの気持ちが爆発してしまわないよう今はしまって置かないといけない。