May
「おい、総悟起きろ」
肩を揺さぶられ薄ら目を開けると土方が顔を覗き込んでいた。どうやら現実に戻ったらしい。
「あり、俺寝ちまったのか」
ぼんやりとした頭で土方を見る。
「横見たら寝てたよ。着いたぞ」
座椅子に凭れかかっていた体を起こし周辺を見渡すと見慣れない景色が写った。というよりどこかの駐車場。
どう考えても沖田の家では無かった。
「先生もしかして俺を誘拐...」
「んな訳あるか!人聞き悪いこと言うな!いいから着いてこい!」
促されるまま車を降りて土方の後ろを歩くと、マンションのエントランスへと出る。
何でこんなところに連れてこられたのか見当もつかない。
「えーと、俺を監禁するつもりで?」
突拍子も無いことばかり口走る沖田に土方は溜息を零す。
「違ェよ。今日はうちに泊まってもらうから」
「は?」
何故担任になって間も無い土方の家に泊まる展開になっているのだろう。寝ていた所為もありいよいよ訳が分からない。
「お前ん家、姉貴の旧友が遠くから泊まりに来るんだと。餓鬼も何人か居るらしく煩くすると悪いからって玄関先で頼まれたんだよ」
因みに着替えも預かってるからってミツバから渡されたであろう鞄を見せられる。
「別に煩くたって構わないのに。俺帰りたい」
「俺だってそう言うと思って一度は断ったんだ。けど、アイツ俺の話聞いちゃいなくてよ。総悟だったらいいかって引き受けた次第だ」
知らない間に姉と話していた事実は気に入らなかったが、俺だったらいいと言う土方の発言が嬉しくもあった。
「アンタだって立場的に生徒家に入れたらまずいでしょう?」
姉と一緒にいる所を見てあれだけの噂になってしまうのだから、部屋に誰か入れるもんなら生徒達だけの話題では済まないのではないかと沖田は考えた。
「心配してくれてんの?」
「...別に」
「女子生徒連れ込んでるわけじゃねぇから平気だろ」
「JK連れ込んでたら引くわ。気持ち悪ィ」
「連れ込んでねェ!生徒部屋に入れんのは初めてだわッ!」
会話をしているうちに部屋の前に辿り着いていたようで土方は鍵を開ける。
土方が生徒を入れたことはないと言っていたのと同じように、教師の家に行くなんて事も当然初めてだった。
「お邪魔しやす」
どうも人の家は苦手だ。勝手も違えば環境も異なる。
「適当に寛げよ」
明かりが付くと部屋の物の配置から状態まで見て取れる。必要最低限の家電にナチュラルなカラーで纏められている家具。シンプルで土方らしい。室内も車内と同様で綺麗に掃除されていた。
「綺麗好きなんですねィ」
「汚れてると落ち着かねぇんだよ」
持っていた荷物を部屋の片隅に置いてソファーに腰掛けると土方は二人分の飲み物を入れたコップを持って隣に腰掛けた。
「悪ぃな。人来ることそうねぇから不自由はさせると思う」
「俺の方こそ急に世話になってすいやせん」
「いいんだよ。昔こっちに住んでる頃総悟一人で遊びに来たこともあるし」
懐かしいななんて呟きながらまた知らない事実を話す土方。
「覚えてねえだけで、結構先生に懐いてたんですねィ。自分でもびっくり」
初めて会った時は印象最悪だったのに、段々からかいがいのある人になって行った。
自分の性格から察するに付き合う人間は選ぶから本能的に寄って行った可能性が推測される。
「普通に泊まったりしてたからな。だから総悟が居ることに違和感はねぇ」
「俺はまだ違和感しかないですけどね」
出された飲み物を口に流し込み土方を見る。隣に居るのが嘘のようだ。馴染みの関係だったと言っても教師と生徒でしかない。偶然のきっかけで一緒にいる時間が増えただけに過ぎない。
「部活の後だから汗かいてんだろ?シャワーで良かったら先風呂入ってこいよ」
「へい」
案内された浴室に着替えを持って入る。他人の家で風呂に入るのは沖田は経験したことがない。
シャワーの蛇口を捻り湯を浴びる。温かい湯が気持ちいい。
洗髪しながら久々に友人と楽しんでいるであろう姉を浮かべ、泊まってく間どう過ごすか考える。土方は覚えていても沖田にとっては初めて二人で過ごす時間に変わりはない。
生活リズムも育った環境も年齢も異なることから上手く対応出来るのか不安はあった。
ここに来た事で姉の友人がいる空間にいる寂しさは緩和されたのかもしれない。
一緒にいる相手が土方と言うのは変な話だが。
一通り洗い流し体を拭くと鞄に詰め込まれていた寝間着に着替えて元いた部屋に戻る。
「お風呂ありがとうございやす」
「ああ。俺も行ってくるわ」
入れ違いに土方が浴室に向かう。