May
部活を終え次々と部員が帰り体育館はすっかり静まり返っていた。
残っていたのは沖田と土方の二人だけ。
「お前が真面目にやってんの初めて見た」
そう言って笑う土方の表情は綺麗だった。こんな顔も出来るんだと見惚れてしまう。未だ自分に向けられる笑顔に慣れない。
「そりゃ、どうも」
どうしても照れ臭くて素っ気なく返してしまう。
自主練と称して残っていた沖田に土方は着替えて練習に付き合っていた。経験者とあるだけあってやはり筋がよく十分過ぎる練習を行う事が出来た。
「授業もまともに受けろよ」
「あれは赤点さえ取らなきゃいいんでィ」
何気ない会話を交わしながら沖田は道着から帰宅用の制服に着替えていた。同じく隣で着替える土方に目をやる。既に現役から離れているにも関わらず無駄な肉がなく、引き締まった上半身を晒していた。顔立ちも整っていて身長もあり、この身体では女子にモテるのも頷ける。
「土方先生」
「なんだ?」
「死ねコノヤロー」
皮肉を込めて口走る。なんなんだ土方のくせに。
「オィィィ!んで着替えてるだけで死ねとか言われなきゃなんねぇんだよ!」
「アンタ本当に色々むかつく」
何せ大好きな姉が惚れた男ってだけで腹ただしいのに。
「大体な教師に向かって死ねはねェだろ」
「昔の馴染みって事で流して下せェよ」
「...俺の事覚えてないだろうが」
「ええ。全く記憶にないでさァ」
遊びに連れて行ったりした事もあるみたいだが、沖田には一切覚えがない。今より若い頃の土方の事が頭の片隅にでも残っているもんなら揶揄うネタが出来たというのに残念だ。
「昔のお前は可愛かったよ。憎まれ口は相変わらずだったが遊べよとか言って着いてきてよ」
「まじですか。小学生くらいの話でしょ?」
土方に懐いている自分なんて想像もしたくない。過去にタイムスリップ出来るなら、その時の自分を制御しに行きたい。
「俺が十代の時だから小学校入学したばかりだった覚えはある。遊び疲れると俺の所にきておんぶしろって来てな」
「俺の黒歴史暴露すんの辞めて貰えやす?...小学校の低学年辺りの記憶がねェもんで本当かどうかも分からないのに」
幼稚園を卒業した直後に両親が亡くなって、姉共々親戚の家に引き取られた。あまりのショックで両親の事も、小学校低学年らへんの記憶がほぼ抜け落ちていた。それから姉が親代わりの様に接してくれて、姉以外に心を閉ざしていた時期でもある。
「嘘だと思うならミツバにでも聞いてみろよ」
土方の口から漏れた姉の名前を聞いて胸が締め付けられるようにズキリと痛んだ。
そうやって呼んでいたのかと思うのと同時に姉を奪われるという嫉妬。
「気安く姉ちゃんの名前呼ぶんじゃねェ!」
普段のポーカーフェイスは崩れ怒りを露わにする沖田。
居てもたってもいられず、体育館から去ろうとする沖田の腕を土方が掴み引き止める。
「...悪かった。もう遅いし送ってくから待てよ」
掴まれた腕を振り払うことはせず、土方の車の助手席に座る。お互い口を閉ざしたまま車は走り出した。
大体生徒を個人的に送ったりしていいものなんだろうか。
掃除の行き届いた車内は日頃から綺麗好きなんだと感じ取れ、鼻に香る匂いは沖田を安心させた。
覚えてすらいない昔の記憶がそうさせているのかは分からなかった。
変わらず無言の車内で急に睡魔に襲われた沖田は眠りに落ちた。