May
「...帰宅途中に買い物帰りのお前の姉ちゃんに声かけられたんだよ。暗くなってたから送った。ただそれだけだ」
嘘をついている様には見えなかった。転勤で戻ってきた地で再び再会を果たしたのだろう。
「ふーん。全くやましい気持ちはないんで?」
大事な姉の交際相手なんて弟が決めるものじゃないが、この男だけは嫌だった。
「今は恋だの愛だの考えるつもりはねェよ」
一瞬考えた後土方はそう答えた。
その回答に心底ほっとしながら沖田は胸を撫で下ろす。
シスコンと呼ばれても構わない。我ながら情けないが姉を取られるのだけは我慢ならなかった。
「それ聞いて安心しました。クラスでも持ち切りの話題でしてね。」
「なんだそりゃ。俺の恋愛事情なんか知っても面白くもねぇだろうに」
顔を真っ赤に染め反応した土方を思い出し、あんだけいじり甲斐があったら性に興味を持つ年頃なんだから仕方ないだろうなんて内心思いながら聞いていた。
「俺が迷惑しないようにその話は誤魔化して下せェよ」
「ああ」
土方が居る限り姉の話題で騒がれたんじゃ堪らない。
「じゃあ、そろそろ部活行ってきやす」
高校生では最後になる県大会に向けて練習に励む日々で、特に熱心に参加していた。普段がさぼり過ぎていただけなのだが。
近藤や山崎とも一緒に部活を共にするのもあまり残されてはいない。そう思うと自然と体育館へと足を運ばせていた。
勉強は嫌いでも剣道だけは唯一打ち込めるものでもある。
「待て、俺も行く」
既に歩を進めたところで土方から声がかかる。
「先生も剣道興味あるんで?」
疑問に思う。剣道部は経験者が居ない為、顧問は不在だが外部からのコーチの指導の元行われていた。
全国大会に優勝した沖田こそいるものの他の部より活動的とも言えず見に来ても面白味はないに違いない。
「興味っつーか、俺来週から剣道部顧問だから。朝HRで言ったろ」
「んなの知らねェよ、初耳でィ。じゃあ、コーチはどうなるんです?」
「人の話はちゃんと聞いとけよッ!お袋さんが体調不良だそうで暫く田舎に帰るんだと。これも朝言ったわ!」
「アンタが顧問とかちょっと心配」
「おい!俺一応先生だからね?剣道は俺もそれなりにやってたから心配すんな」
土方が剣道の経験者だと言うのは知らなかった。今日は金曜日だから下見といったところか。
「へえ。それは意外でさァ」
「だから安心しろよ」
そう言って頭をポンポンと触る土方の手を払い除けて睨みつける。
「子供扱いすんな。後気安く触んな!」
「俺から見たらお前らなんて子供だよ。いいから行くぞ」
促されるまま体育館に行けば既にそれぞれの部に打ち込んでいる生徒達の姿が目に入る。剣道部の活動も始まっていた。
中に入り部の傍まで行くと近藤が此方に向かって来る。
「土方先生、来週からよろしくお願いします!」
深々と頭を下げて大声で土方に挨拶する近藤。
「お前が部長だったな。短い間だがよろしく頼むよ」
流石に担任とあっては溶け込むのも早そうだ。
三年生の自分達にとっては大会次第で引退を控えてるから長い事一緒に部活をする事はないのだが。
「あーあ、来週から部活でも顔見なきゃいけねェなんて最悪」
「んだとコラ!テメーはその根性から叩き直してやる!」
憎まれ口を叩けばすぐむきになる土方。
なんでこんな荒っぽい奴が教師なんだと溜め息が出る。
「まあまあ、総悟も先生も仲良くやって行きましょうよ」
直ぐに仲裁に入る近藤にその場の雰囲気が丸く収まった。
部員達に声を掛けている土方を横目に沖田も道着に着替えていた。それを囲む後輩達。
羨望の眼差しを向ける奴等が鬱陶しく感じる事の方が大半を閉めるのだが、近藤の手前無下には出来ず部活の間だけでも面倒を見ていたらいつの間にか慕われていた。
早く一緒に練習しましょうよ。なんて急かしてくる始末。渋々重い腰を上げて、普段の練習のメニューに取り掛かる。
活動していると感じる視線。
その方向を見れば土方が真剣な表情で部の様子を見ていた。来週から部活が厳しくなりそうだなんて思いながら練習に励む。