変化
相変わらず険しい表情で文机に向かう土方。時折、溜め息を漏らしては机に伏せることを繰り返す。全然集中出来ていないようだ。
精神的に参っているせいか副長室に猫の姿のまま侵入しても咎めることも無く、静かにしてるんだぞと受け入れられた。
野郎も集中出来ないのならと腰辺りにがりがりと沖田は爪を立てる。
「...ッ、痛えよ」
尚も爪とぎを続ける沖田を制するように少し動かすと、煙草を取り出し火をつける。
「...総悟」
呟くように発せられた名は沖田のものでにやけてしまいそうになる。
「ニャー」
返事をしたって気付いてもらう事は出来ないだろうけど小さな声で鳴いた。気付いてくれればいいのにと想いを込めて。
吸い込んだ煙を吐き出しながら、沖田の背を撫でる土方。日頃あまり触れられる事が無くうっとりしてしまう。
「なんだかあいつみたいだな」
紡がれた言葉についに気付いてくれたのかと心が踊る。
交際を始めた期間は短くとも、長年の付き合いだ。もしかしたらと期待してしまうものだ。
「...ここに居たらわけねぇか」
当然といえば当然だ。まさか猫になって自分の傍にいるとは気付くまい。
だが、虚しさもあり何かしらしてやろうと考え、煙草を持っていない側の手に思い切り噛み付いた。
痛っと声を出し反射で引いた手が元の位置に戻ると滲み出す血を舐める。鉄の味が口に広がる。
土方は抵抗することなく猫姿の沖田を見ていた。
「ほんと、総悟みてぇ」
灰皿に煙草を押し付けながら噛まれたにも関わらず穏やかに笑う土方。
嬉しく思っていた所、副長室に来訪者が現れた。
「副長!入ります」
声の主は真選組の監察、山崎退。その呼び掛けに土方が振り返る。
障子戸を開け部屋に入る山崎。
「何か分かったのか?」
神妙な面持ちに変わる土方は山崎に問いかける。さっきまでの土方は一体何処に行ってしまったのか。がらりと部屋の空気感が一変する。
「現場に残されていた粘液を調査したところ、知能は残ったまま動物に変化する代物みたいです。人によって変化する動物に違いはあるようで沖田さんの姿は現在不明」
山崎の話に納得。掛けられた謎の粘液は天人の娯楽の品に違いない。沖田はたまたま猫になったお陰か、こうして土方の傍にいる。
「そうか。それだけ分かっただけでも望みはある」
土方の表情に安堵が生まれる。
「知能はそのままみたいなので屯所に戻ってくる可能性もあります」
山崎の鋭い推測に首を縦に降る沖田。日頃地味だのなんだの馬鹿にして悪かったと心の中で思う。
「...そうだな。屯所に侵入した生き物は総悟か確認しろ。一匹残らず」
土方が山崎に指示を出すも山崎は動かなかった。土方の傍で大人しく座る沖田に視線が止まる。
「...副長」
「なんだ?」
「一番調査した方がいいものがそこにいるんですけど...」
土方が改めて沖田を見る。
「溶け込み過ぎて忘れてた」
そういう土方にまた爪で引っ掻いてやる。折角山崎が良い事を言ってるのに存在を忘れるなんて許せない。