私と見た夢
何度目かの賞にかすりもしなかったコンクールの結果を見て、私は画材を全部まとめてゴミ捨て場に置いて最悪な気分で眠りについた。
夢をみる。ふわふわのシフォンケーキみたいな部屋の中で、ホイップクリームのようなクッションに座って砂糖菓子のテーブルを挟んで私によく似た人、けれどもなにやら生き生きとした人と向かい合う夢。
「もう、私を追いかけてはくれないの?」
その声は甘やかだった。夢の中だから支離滅裂な展開でも理解できることがあるが、今がまさしくそうだった。こいつは私がさっきまで見続けてきた夢そのものだと理解してしまう。
「もうアンタはいいのよ。私だってもう若くない。甘ったるい夢はもうたくさん。現実を見なきゃ」
いつのまにか机の上にあったコーヒーに何も入れずにすする。苦い味が広がる。
「ねえ、そんなこと言わないで。私をみていて。目を離さないで」
「私には才能がなかった。これ以上は時間の無駄よ。大人になったんだもの。甘い夢はもうたくさん。コーヒーだってこれからはブラックで飲むわ」
「そんなの分からないわ。もうちょっと頑張ってみましょうよ」
のんきな発言にどんな顔をと思って見上げる。夢の顔は想像と違って焦ってるようにも苦しんでいるようにも見えた。
「なんで……」
「だって私はあなたが見た夢だもの。あなたのために存在するの。あなたが見捨てれば、残るのは思い出か傷だけ」
「ねぇ、思い出して。伝えたかったんでしょ?あなたの世界をたくさんの人に」
そうだ、私の夢は作家になって沢山の人に自分のみた美しいものを伝えることだった。私がやらなければ、叶うことはない。産まれる前に死んでしまう夢なんだ。すこし申し訳なく思う。
「けれど、ごめんね、私にはもうどうしようもできないの。私に未来を切り開く力なんてないの」
「そんなの分からないわ。今日までのことは変えられないけど、今日からのことは変えられる」
こんなふうに、といって彼女はどこからかぽろぽろと角砂糖を取り出して私のカップに投げ入れる。
「あ……」
「これをのめば、あなたはもうブラックコーヒーしか飲まないって未来は変わってしまうよ?」
夢は私を見ていた。目で飲まないの?と聞いていた。
なんだかその必死さがおかしくなった。この必死さは私の必死さだった。
「………」
彼女の手元の角砂糖を奪い取って、自分のカップにざはざらと入れて、一息に飲み干す。カフェインが回った気分になる。夢から覚める時間だ。
「ブラックコーヒーはもういいの?」
「あんな苦いだけのもの好き好んで飲まないわよ。たまには飲みたくなるかもしれないけど」
「そう、その時もまた帰ってきてね」
「えぇ、きっと」
夢から覚める。夢と離別するためじゃなくて、起きて夢を見据えるために。
私は身支度をしてゴミ捨て場に回収が来る前に、と走り出した。
夢をみる。ふわふわのシフォンケーキみたいな部屋の中で、ホイップクリームのようなクッションに座って砂糖菓子のテーブルを挟んで私によく似た人、けれどもなにやら生き生きとした人と向かい合う夢。
「もう、私を追いかけてはくれないの?」
その声は甘やかだった。夢の中だから支離滅裂な展開でも理解できることがあるが、今がまさしくそうだった。こいつは私がさっきまで見続けてきた夢そのものだと理解してしまう。
「もうアンタはいいのよ。私だってもう若くない。甘ったるい夢はもうたくさん。現実を見なきゃ」
いつのまにか机の上にあったコーヒーに何も入れずにすする。苦い味が広がる。
「ねえ、そんなこと言わないで。私をみていて。目を離さないで」
「私には才能がなかった。これ以上は時間の無駄よ。大人になったんだもの。甘い夢はもうたくさん。コーヒーだってこれからはブラックで飲むわ」
「そんなの分からないわ。もうちょっと頑張ってみましょうよ」
のんきな発言にどんな顔をと思って見上げる。夢の顔は想像と違って焦ってるようにも苦しんでいるようにも見えた。
「なんで……」
「だって私はあなたが見た夢だもの。あなたのために存在するの。あなたが見捨てれば、残るのは思い出か傷だけ」
「ねぇ、思い出して。伝えたかったんでしょ?あなたの世界をたくさんの人に」
そうだ、私の夢は作家になって沢山の人に自分のみた美しいものを伝えることだった。私がやらなければ、叶うことはない。産まれる前に死んでしまう夢なんだ。すこし申し訳なく思う。
「けれど、ごめんね、私にはもうどうしようもできないの。私に未来を切り開く力なんてないの」
「そんなの分からないわ。今日までのことは変えられないけど、今日からのことは変えられる」
こんなふうに、といって彼女はどこからかぽろぽろと角砂糖を取り出して私のカップに投げ入れる。
「あ……」
「これをのめば、あなたはもうブラックコーヒーしか飲まないって未来は変わってしまうよ?」
夢は私を見ていた。目で飲まないの?と聞いていた。
なんだかその必死さがおかしくなった。この必死さは私の必死さだった。
「………」
彼女の手元の角砂糖を奪い取って、自分のカップにざはざらと入れて、一息に飲み干す。カフェインが回った気分になる。夢から覚める時間だ。
「ブラックコーヒーはもういいの?」
「あんな苦いだけのもの好き好んで飲まないわよ。たまには飲みたくなるかもしれないけど」
「そう、その時もまた帰ってきてね」
「えぇ、きっと」
夢から覚める。夢と離別するためじゃなくて、起きて夢を見据えるために。
私は身支度をしてゴミ捨て場に回収が来る前に、と走り出した。
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