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それは猫ですか?いいえアンドラスです。

ソロモンが連れ込んだその生き物はしなやかな肢体を持っていた。その生き物は鋭い牙と爪をもってはいたが、体はもふもふで、目はクリクリであった。
その生き物は猫であった。

「元いた場所に返してきなさい!!」
反射的にそう叫んだのはフォラスだった。最近娘と"そういうこと"があったのだろう。
「フォラス?!いやこれアンドラスだから!」
「はぁ?!」
「そもそもただの猫がアジトに入れるわけねぇだろ」
「それもそうだがなんでこんな姿に……ネズミ化ならわかるが……」
「いやそれが、メギド体に変わる瞬間にネズミ化の攻撃をくらったかと思ったらこんな姿に……っとごめん、アンドラスを医務室に連れて行かないとだから!」
そう言ってドタバタとソロモンは走り出した。

医務室につくと、そこにはユフィールが控えていた。
「ソロモンさん、どうかしましたか〜?」
「ユフィール!よかった、いてくれて!アンドラスがちょっと大変なことになっちゃってさ……」
そういってソロモンは抱えていた猫ドラスを見せた。するとユフィールはとてつもない衝撃を受けたような表情になった。
「こ、これは………!」
「ユフィール…?そんなにまずい状況なのか?」
「か」
「か?」
「かわいい〜〜〜〜!!」
バッ!とユフィールは猫ドラスを抱き上げて吸い始めた。猫ドラスはえっちょ何?みたいに困惑した様子で少し抵抗はしたが、ちいさい毛玉のあまりにもささやかな抵抗はかえってユフィールの猫好きの魂を刺激するだけに終わった。
そのかわいがりはユフィールの変貌ぶりに固まっていたソロモンが我にかえって止めるまで、猫ドラスがちょっとボサッとするまで続いた。
「ユフィール、その辺で……アンドラスだからこれ……」
「は!私としたことがすみません!えっと、おそらくこれは本来ネズミ状態ではメギド体になれないはずなのにちょうど変身のタイミングでネズミ化されたせいで変に干渉しちゃったんだと思います〜。一週間ほどで自然と治りますから安心してください〜」
「一週間か…俺のフォトンドリヴンのせいでごめんなアンドラス……ところでなんでよりによって猫になったんだ?」
「さぁ、無意識のうちにネズミ化に抵抗しようとして反対のものになっちゃったとかじゃないですか〜?」
そう会話しながら、二人の手は自然と猫ドラスを撫でていた。猫ドラスの受難は始まったばかりだった。

アンドラスと呼べばこちらを向く、新鮮な幻獣の死体をみせれば、名残惜しそうにあたりをぐるぐる回って中々離れようとしないことから、猫ドラスは自分がアンドラスという自我を持っている様子だった。だが、動くものに飛びついたり、丸まってよく眠るようになったりと、猫の本能も抑えられない様子だった。
彼の周りには結構な確率で女子供があつまり、もふられたり、おもちゃで遊んだりしていた。もともと言動は怪しいが人嫌いではない彼はよく付き合っていた。
もふもふ、もふもふ……
「アンドラスおにいたんかわいいね!」
「もふもふでかわいい〜💕💕」
こうして愛でられるだけならまだよかったのだが、
「リボンつけたらもっと可愛くなりますよ……あれ?」
ここでスコノベノトが何かに気づく。

「アンドラスさん、すこし汚れてますね?」

そもそもアンドラスがこうなったのは戦闘が原因なので当たり前といえば当たり前で、猫ドラスのふわふわの毛は少し汚れていた。その言葉に、猫ドラスは一瞬硬直すると逃げ出した。猫なので、お風呂なんて入りたくないのである。
「あっ待って下さい〜!」
「アンドラスおにいたんお風呂入ろ!」
「何々?楽しそう!!」
しかし騒ぎを聞きつけた子供達に追われれば猫ドラスも多勢に無勢で、すぐに捕まってしまう。微かに抵抗をするも爪を立てたり噛んだりしないあたり、どこまでも彼はアンドラス。医者だった。
洗われるー!と覚悟したあたりで見かねたグリマルキン(猫の姿)がどこからともなく現れて首根っこをくわえてひょいと逃げ出していなければアンドラスはわちゃわちゃにされていただろう。
その後アンドラスはグリマルキンに情けない同輩ですにゃあとか言われながらも庇護され、ほどほどに愛でられほどほどにのんびりする生活をしていた。

だが、うまく行かないこともあった。ユフィールである。彼女は無類の猫好きであったが、彼女にとっても猫にとっても不幸なことに、かまいすぎて猫に嫌われるタイプの猫好きであった。
ユフィールはたびたび猫ドラスをかまいにに訪れた。猫ドラスよりも猫としては何枚も上手なグリマルキンは、ユフィールの気配を感じた途端白状にも逃げてしまう。猫なので。だがアンドラスは日頃お世話になっているという思いもあり、割と大人しくもふられていた。
「っあぁぁかわいいですね〜💕💕」
「ユフィール、すっかり人が変わってる……」
「まぁ、彼女最近根を詰めていたし、息抜きになるならいい、のかな……」
「ユフィールは本当に猫が好きなんだな…なんでそんなに猫が好きなんだ?グリマルキンじゃあるまいし」
のちのソロモンはこう語る。もしできるなら、この余計な発言を無かったことにしたいと。
「もちろん全部ですよ〜〜!!でも特にこことかとってもかわいいです!!」
そう言ったユフィールが指差した先には猫ドラスのにゃんたまがあった。にゃんたまとは、要するに猫の金ピー!である。猫ドラスはユフィールから一瞬解放されたと思ったら急にピー!玉を指さされたのだ。
突然の彼女の凶行にユフィール以外の時が止まる。最初に動いたのはソロモンで、猫ドラスをそっと回収した。猫ドラスは宇宙の真理を見てしまったような表情で小さく震えながらみ……み……と鳴くだけになっていた。
その後ろではバルバトスがかわいくないですか?!とか騒ぐユフィールをもういいから……!やめてあげて……!と止めていた。

それからは大きな事件もなく猫ドラスは無事アンドラスに戻っていた。元に戻った彼はいやぁメギドとしての自我はあったんだけど猫としての自我もあって興味深い体験だったよなんて楽しげに話していた。子供たちにはセーレ、君は触り方が少し乱暴だよなんて猫目線で交流のアドバイスをしていたし、グリマルキンと心なしか仲良くなったように見えた。
安堵したソロモンはつい余計なことを言ってしまった。
「アンドラス……その様子だと吹っ切れたんだな……」
「やぁソロモン、無事戻れたよ。これでまた解剖し放題だ。吹っ切れたってなん、の………」
ここで、ぼっと音が経つくらいにアンドラスの顔が真っ赤になった。理由を知らない周りはハテナマークを浮かべて、理由を知るグリマルキン(実は様子を見ていた)は下僕には人の心がないんですかにゃ?!とソロモンに猫パンチをしていた。

追撃みたいなダメージを与えたが、こうしてアンドラスの受難は終了した。余談だがこの事件からしばらくアンドラスのネズミ化耐性がなんか75%くらいになった気がしたという。
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