長編
「おぉ、ここじゃここじゃ。大都市エクセル!」
「ここが…端くれのクニ唯一の大都市、エクセル……こんな人だかりは初めて見た」
2人はやっと大都市エクセルに到着した。毎日がお祭りのように賑わうこの街は、様々な露店、老舗が揃う。季節ごとに町を回る旅商人もエクセルを知らない者はいない。それに、端くれのクニを治める王女の城だってあるのだ。人混みを不安そうにするフィアスをよそに、フルシャはうっとりと街を眺めながら溜息をついた。
「ここには沢山のスレンマが揃うんだよ。ああ、今日は衝動買いになりそうだねぇ!」
「スレンマ?それは一体何だというのだ?」
おや、と目をぱちくりさせたフルシャはフィアスに説明をした。スレンマは、所謂黒い壺であり、魔女の必需品だという。それは、薬を作るためのものや、材料を入れるためのものなど幅広くあるらしい。もしやとフィアスは指さした。
「その首にかかっている黒い壺の首飾りがそうなのか?」
「ちっちっち、まだまだ甘いね!これは山賊や盗人にとられた時の対策用、つまりは模造品で、盗って下さいと見せびらかすものだよ。これで意表をつく」
そう言ったフルシャの首には、五個のスレンマがぶらさがっていた。スレンマとスレンマの間には、区切るように白い勾玉がある。なるほど、と納得したフィアスは次にローブのポケットからはみ出しているスレンマの輪飾りを見つけた。大きさからして腕輪だ。
「では、それが本物だな」
「む?」
ポケットに目をやって、魔女は笑った。その後にまた、指を立てて舌打ちをする。
「これもダミーじゃ!お前さん、そんなでは魔女には勝てんよ?」
フィアスはひどく驚いたようだった。二回連続でのダミー。本物はどこだ?とうとう観念し、フィアスは尋ねた。フルシャはその賢い判断を誉めた後、手をローブへと持っていった。
「ここだよ!」
「うぉ!?」
そしてローブをはだけさせ、垂れた胸の谷間から様々な色に光るスレンマの首飾りを取り出す。そのついで、フルシャは見せつけた。フィアスはみないようにしながら手探り、それと距離感と勘でローブを正してやる。折角の機会なのにこの硬派めと彼女は文句を言ったが、気にしないようにした。話を元に戻すため、額に手を当てて呆れる素振りを見せた後、フィアスは突然なるほどと感想を口に漏らした。
「本物のスレンマがあるものは分かりやすいな。それぞれが光っている」
「なんじゃと?」
しかし、フルシャは目をぱちくりさせてきた。不思議に思ったフィアスはほら、とフルシャの手からスレンマを奪い、それぞれを指さしながら説明する。
「これが青色、これが赤、これは緑色で……」
そこまで言った時だった。魔女は無言で首飾りを奪い戻し、スレンマが光と言う彼に向かって目を恐ろしい程に見開く。それを見たフィアスは少しだけ怯む。大事なことを言う前兆だとは分かっていても、やはり怖いものは怖い。慣れるしかないだろうと悟った。
「お主…また人には見えんものを見ている。この小さな状態じゃ使い手のあたしにも見えんよ。今お主が言った光の色は、発動させる時に壺の中から発光する色じゃ。しかも、全て合っているよ」
「……そうか。して、それはどうやって使うのだ?」
「……何も知らないんだねぇ…」
フルシャは首飾りの中から、フィアスの目には赤色に光っているように映るスレンマを選び、勾玉で挟む―――すると、それが飛び出して大きくなったのだ。フィアスは驚きながらも興味津々で、まじまじと見つめた。
「大きくなった……」
「でないと物が入らんじゃろが」
当たり前のように言うと、フルシャは中から青く発光する壺に手を入れて何かの尻尾を取り出す。その尻尾にフィアスは見覚えがあった。それは紛れもなく、ギルドの三階で気絶させられた三ツ星ランクである魔物の尻尾だったのだ。被害者のフィアスは口をぱくぱくさせながらそれを指さす。魔女のフルシャはニタリとし、やがてかっかっかと笑い出した。
「フルシャ…あ、貴女はそこまで強いのか!」
「そうさ!お前さんが気絶した後、この魔物はあたしがやっつけたんだよ!凄いだろう!…さて」
自慢したかっただけだろう。尻尾を戻してスレンマを小さくする。小さくなると輪飾りの元あった場所に戻るのだから不思議だ。フルシャは街を見上げ、気合いを入れるように言った。
「エクセルを思う存分楽しもうじゃないか!」
ぶらついていれば行きたい場所ができるだろうとフルシャが言うので、2人は別れて行動することにした。しかし、フィアスはこれだけの人混み、大きな街すら来たこともない、何もかも初めての田舎者だ。とりあえずギルドの仲間が「街に入ったらまず行く」という酒場へ行くことにした。しかし、酒場がどこかも分からない。まずは近くにいる女性に声をかけた。
「……完全な初心者だと丸分かりだな。人混みに慣れていないのがその証拠だ」
自分を追跡する黒い影にも気づかずに―――
「すまない。聞きたいことがあるのだが…」
「あによ~ぉ?」
運が悪いことに、その女性は酔っていた。フィアスはしまったと思ったが、自分から声をかけておいて無視するわけにもいかない。諦めて尋ねた。
「酒場…というのはどこだ?」
フィアスの声は不思議なくらいに響き、辺りが静寂に包まれた。瞬間、どっと爆笑の嵐。訳が分からず、叫んだ。
「な、何がおかしいというのだ!?」
「あんたの言ってる酒場はここさ。看板が見えるだろ?」
「あ…」
女性の指先を追い、フィアスは上を見る。確かに酒場の看板があった。フィアスは照れながらどうもとお礼を言う。女性を中心にまた爆笑の嵐。だが、隅の客が笑うのを止めた。街に慣れていないフィアスを狙っている盗賊団を見つけたのだ。
「おい、後ろ!」
声が聞こえて振り向くと、ナイフが見えた。フィアスは剣を抜かずに鞘で防御する。攻撃に失敗した盗賊団の一人が舌打ちすると、まるでそれが合図かのように全員が逃げていった。呆然と立ち尽くすフィアスに、女性が説明してくれた。
「今のは盗賊団。エクセルでは影の支配者とまで呼ばれるんだ。最近暴れ回ってるロクでもない奴等さ」
「盗賊…魔物から何かを奪うことを主流とし、攻撃は弱いが幸運と体力が高い、あの職業か?」
そこまで言うと女性は目を薄くした。
「あんたよく知ってんね。さては前に盗賊を?」
「いや、ギルドの仲間に優秀な盗賊がいてな。命からがら逃げてきたという報告をよく耳にする」
「あっはっは!盗賊は逃げも命さ」
少し話をした後、フィアスはさっき声をかけてくれた隅に座っている客に礼を言った。その人はカップを口にしながらどうもと手の平を見せた。大柄のたくましい男だった。ところで名前はと女性に尋ねられると、フィアスは剣士特有のお辞儀をした。
「我の名はフィアス。別名、天地水を操りし者。剣士の挨拶をしておいてなんだが、回復魔法士成り立てだ。貴女は?」
「私はティルア。女銃士隊の一員さ。」
女銃士隊。耳にしたことがある。エクセル城の王女を守護を務める部隊の一つだ。そう言うからして、職業は銃士だろう。しかし、どこにもホルダーが見つからない。フィアスの思いを察してか、ティルアは笑って左手の親指と人差し指をたてた。その時、左手が銃に変わったのに目を丸くするフィアス。
「左手が銃に変身した…」
「え?私の左手は左手のままだけど…」
今度はティルアが驚く番だった。それを聞いてフィアスはまたかと片目に手を当てる。フルシャ曰く、人には見えないものが見える力だ。適当に誤魔化すため、呆れてみせた。
「我の見間違いだ。気にしないでくれ」
「そう…私の銃は手銃でね、これでもう撃てるのさ。おっと、だいぶ時間をくってしまったようだね。じゃ、ゆっくりしていきなよ?」
フィアスはティルアと別れ、酒場のドアを開けた。鈴のいい音が鳴り、フィアスはそれだけでほろ酔い状態になってしまった。が、すぐに目を覚まし、真っ直ぐ酒場の店員へと足を向かわせた。
「いらっしゃいませ。お客さん、ここに来るのは初めてですね」
「ああ…しかし、あれは?」
鈴を指さすと、マスターは笑う。
「初めて来た人は必ず聞きますね。あれはここへ初めて来た人だけを魅了し、ほろ酔い気分にさせるMAなのです」
「MA?……ああ、だがどこであれを手に入れたのだ?二十一年も前に作られたはずだ。」
フィアスがそう尋ねると、マスターは目を細くする。まるでフィアスの意図を読みとるかのようだ。当人は首を傾げ、偶然でしょうと呟く。
「ファスト・ファクトリーから戴いたのです。もう子供が泣かなくなったので改造しましたが譲りますと」
マスターの言ったその名前に、思わずフィアスは叫んでしまった。
「ち、父…あの頑固者から!?」
「父ですって?」
今度はマスターが声を張り上げる番だった。蒼い髪を揺らしながら、フィアスは自己紹介をした。
「我が名はフィアス・ファクトリー。別名、天地水を操りし者だ。」
「ここが…端くれのクニ唯一の大都市、エクセル……こんな人だかりは初めて見た」
2人はやっと大都市エクセルに到着した。毎日がお祭りのように賑わうこの街は、様々な露店、老舗が揃う。季節ごとに町を回る旅商人もエクセルを知らない者はいない。それに、端くれのクニを治める王女の城だってあるのだ。人混みを不安そうにするフィアスをよそに、フルシャはうっとりと街を眺めながら溜息をついた。
「ここには沢山のスレンマが揃うんだよ。ああ、今日は衝動買いになりそうだねぇ!」
「スレンマ?それは一体何だというのだ?」
おや、と目をぱちくりさせたフルシャはフィアスに説明をした。スレンマは、所謂黒い壺であり、魔女の必需品だという。それは、薬を作るためのものや、材料を入れるためのものなど幅広くあるらしい。もしやとフィアスは指さした。
「その首にかかっている黒い壺の首飾りがそうなのか?」
「ちっちっち、まだまだ甘いね!これは山賊や盗人にとられた時の対策用、つまりは模造品で、盗って下さいと見せびらかすものだよ。これで意表をつく」
そう言ったフルシャの首には、五個のスレンマがぶらさがっていた。スレンマとスレンマの間には、区切るように白い勾玉がある。なるほど、と納得したフィアスは次にローブのポケットからはみ出しているスレンマの輪飾りを見つけた。大きさからして腕輪だ。
「では、それが本物だな」
「む?」
ポケットに目をやって、魔女は笑った。その後にまた、指を立てて舌打ちをする。
「これもダミーじゃ!お前さん、そんなでは魔女には勝てんよ?」
フィアスはひどく驚いたようだった。二回連続でのダミー。本物はどこだ?とうとう観念し、フィアスは尋ねた。フルシャはその賢い判断を誉めた後、手をローブへと持っていった。
「ここだよ!」
「うぉ!?」
そしてローブをはだけさせ、垂れた胸の谷間から様々な色に光るスレンマの首飾りを取り出す。そのついで、フルシャは見せつけた。フィアスはみないようにしながら手探り、それと距離感と勘でローブを正してやる。折角の機会なのにこの硬派めと彼女は文句を言ったが、気にしないようにした。話を元に戻すため、額に手を当てて呆れる素振りを見せた後、フィアスは突然なるほどと感想を口に漏らした。
「本物のスレンマがあるものは分かりやすいな。それぞれが光っている」
「なんじゃと?」
しかし、フルシャは目をぱちくりさせてきた。不思議に思ったフィアスはほら、とフルシャの手からスレンマを奪い、それぞれを指さしながら説明する。
「これが青色、これが赤、これは緑色で……」
そこまで言った時だった。魔女は無言で首飾りを奪い戻し、スレンマが光と言う彼に向かって目を恐ろしい程に見開く。それを見たフィアスは少しだけ怯む。大事なことを言う前兆だとは分かっていても、やはり怖いものは怖い。慣れるしかないだろうと悟った。
「お主…また人には見えんものを見ている。この小さな状態じゃ使い手のあたしにも見えんよ。今お主が言った光の色は、発動させる時に壺の中から発光する色じゃ。しかも、全て合っているよ」
「……そうか。して、それはどうやって使うのだ?」
「……何も知らないんだねぇ…」
フルシャは首飾りの中から、フィアスの目には赤色に光っているように映るスレンマを選び、勾玉で挟む―――すると、それが飛び出して大きくなったのだ。フィアスは驚きながらも興味津々で、まじまじと見つめた。
「大きくなった……」
「でないと物が入らんじゃろが」
当たり前のように言うと、フルシャは中から青く発光する壺に手を入れて何かの尻尾を取り出す。その尻尾にフィアスは見覚えがあった。それは紛れもなく、ギルドの三階で気絶させられた三ツ星ランクである魔物の尻尾だったのだ。被害者のフィアスは口をぱくぱくさせながらそれを指さす。魔女のフルシャはニタリとし、やがてかっかっかと笑い出した。
「フルシャ…あ、貴女はそこまで強いのか!」
「そうさ!お前さんが気絶した後、この魔物はあたしがやっつけたんだよ!凄いだろう!…さて」
自慢したかっただけだろう。尻尾を戻してスレンマを小さくする。小さくなると輪飾りの元あった場所に戻るのだから不思議だ。フルシャは街を見上げ、気合いを入れるように言った。
「エクセルを思う存分楽しもうじゃないか!」
ぶらついていれば行きたい場所ができるだろうとフルシャが言うので、2人は別れて行動することにした。しかし、フィアスはこれだけの人混み、大きな街すら来たこともない、何もかも初めての田舎者だ。とりあえずギルドの仲間が「街に入ったらまず行く」という酒場へ行くことにした。しかし、酒場がどこかも分からない。まずは近くにいる女性に声をかけた。
「……完全な初心者だと丸分かりだな。人混みに慣れていないのがその証拠だ」
自分を追跡する黒い影にも気づかずに―――
「すまない。聞きたいことがあるのだが…」
「あによ~ぉ?」
運が悪いことに、その女性は酔っていた。フィアスはしまったと思ったが、自分から声をかけておいて無視するわけにもいかない。諦めて尋ねた。
「酒場…というのはどこだ?」
フィアスの声は不思議なくらいに響き、辺りが静寂に包まれた。瞬間、どっと爆笑の嵐。訳が分からず、叫んだ。
「な、何がおかしいというのだ!?」
「あんたの言ってる酒場はここさ。看板が見えるだろ?」
「あ…」
女性の指先を追い、フィアスは上を見る。確かに酒場の看板があった。フィアスは照れながらどうもとお礼を言う。女性を中心にまた爆笑の嵐。だが、隅の客が笑うのを止めた。街に慣れていないフィアスを狙っている盗賊団を見つけたのだ。
「おい、後ろ!」
声が聞こえて振り向くと、ナイフが見えた。フィアスは剣を抜かずに鞘で防御する。攻撃に失敗した盗賊団の一人が舌打ちすると、まるでそれが合図かのように全員が逃げていった。呆然と立ち尽くすフィアスに、女性が説明してくれた。
「今のは盗賊団。エクセルでは影の支配者とまで呼ばれるんだ。最近暴れ回ってるロクでもない奴等さ」
「盗賊…魔物から何かを奪うことを主流とし、攻撃は弱いが幸運と体力が高い、あの職業か?」
そこまで言うと女性は目を薄くした。
「あんたよく知ってんね。さては前に盗賊を?」
「いや、ギルドの仲間に優秀な盗賊がいてな。命からがら逃げてきたという報告をよく耳にする」
「あっはっは!盗賊は逃げも命さ」
少し話をした後、フィアスはさっき声をかけてくれた隅に座っている客に礼を言った。その人はカップを口にしながらどうもと手の平を見せた。大柄のたくましい男だった。ところで名前はと女性に尋ねられると、フィアスは剣士特有のお辞儀をした。
「我の名はフィアス。別名、天地水を操りし者。剣士の挨拶をしておいてなんだが、回復魔法士成り立てだ。貴女は?」
「私はティルア。女銃士隊の一員さ。」
女銃士隊。耳にしたことがある。エクセル城の王女を守護を務める部隊の一つだ。そう言うからして、職業は銃士だろう。しかし、どこにもホルダーが見つからない。フィアスの思いを察してか、ティルアは笑って左手の親指と人差し指をたてた。その時、左手が銃に変わったのに目を丸くするフィアス。
「左手が銃に変身した…」
「え?私の左手は左手のままだけど…」
今度はティルアが驚く番だった。それを聞いてフィアスはまたかと片目に手を当てる。フルシャ曰く、人には見えないものが見える力だ。適当に誤魔化すため、呆れてみせた。
「我の見間違いだ。気にしないでくれ」
「そう…私の銃は手銃でね、これでもう撃てるのさ。おっと、だいぶ時間をくってしまったようだね。じゃ、ゆっくりしていきなよ?」
フィアスはティルアと別れ、酒場のドアを開けた。鈴のいい音が鳴り、フィアスはそれだけでほろ酔い状態になってしまった。が、すぐに目を覚まし、真っ直ぐ酒場の店員へと足を向かわせた。
「いらっしゃいませ。お客さん、ここに来るのは初めてですね」
「ああ…しかし、あれは?」
鈴を指さすと、マスターは笑う。
「初めて来た人は必ず聞きますね。あれはここへ初めて来た人だけを魅了し、ほろ酔い気分にさせるMAなのです」
「MA?……ああ、だがどこであれを手に入れたのだ?二十一年も前に作られたはずだ。」
フィアスがそう尋ねると、マスターは目を細くする。まるでフィアスの意図を読みとるかのようだ。当人は首を傾げ、偶然でしょうと呟く。
「ファスト・ファクトリーから戴いたのです。もう子供が泣かなくなったので改造しましたが譲りますと」
マスターの言ったその名前に、思わずフィアスは叫んでしまった。
「ち、父…あの頑固者から!?」
「父ですって?」
今度はマスターが声を張り上げる番だった。蒼い髪を揺らしながら、フィアスは自己紹介をした。
「我が名はフィアス・ファクトリー。別名、天地水を操りし者だ。」