長編
ライフはラッチと共にエマを捜しているが、フィアスにはMAがあった。雪の結晶の形をした探索機を上に放り投げ、エマを捜す。
(ライフと合流していればいいのだが……)
あんな大きな結界をつくるくらいならば、危険な魔物が近くに棲んでいる可能性が高い。MAの導きに従い、フィアスは駆けた。やがて見えたのは、大きな魔物。パリパリと電気を鳴らす翼が特徴的な黒い鳥。その白眼に映すは倒れたライフ。黄色い足に掴むのは少女。エマで間違いないだろう。意識がないようだ。
「ライフ!立てるか!」
「……ヒヒッ、君が来てくれたから、立てるヨン」
その言葉は真意のようで、足を震わせながら、力なく立ち上がる。しかし、どこか物足りない。ラッチの姿が見当たらないのだ。近くの周囲を見回すと、ライフが口を開く。
「帽子の中ヨン」
不意に帽子を取り、ラッチを見せてくる。ライフの髪色と同化し、毛量があるように見えた。つい顔が綻んでしまうものの、まずはとライフに斬りかかる。
「MATCHLESS APPEAR HEALTH
(無敵のような健康に)!」
「ヒィッ」
この回復技は心臓に悪いらしく、ライフは体を竦ませる。傷が癒えると、少しだけステップを踏んで踊り出した。
「ヒヒッ、助かったヨン。あの爪の攻撃、凄く痛いから気をつけるヨン」
「忠告、感謝する」
MAを鎧の中にしまい、剣を淡く光らせる。まずは魔物とエマを引きはがさなければ。
「BALLOON APPEAR LIGHTLY(風船のように軽く)!」
剣を上へ掲げると、フィアスの体が回りながら宙へ浮き上がる。急上昇しながら、エマを掴む足目掛けて剣を振った。しかし、容易く身を躱され、剣は空振りしてしまう。
(やはり空はあちらの方に分があるか……!)
フィアスの体はすぐに急降下し、地上へ落ちる。何とか受け身をとるものの、足からとはいかなかった。鎧は薄くて軽いものだが、着地時の鈍い音を聞いたライフが心配して声をかけてくれる。
「だ、大丈夫ヨン?」
「どうも我は空中が苦手だ……」
「オイラに任せるヨン!」
魔物は大口を開け、電流迸る弾を発射する。二人は離れるように飛び避け、ライフは木の上へと跳んだ。
「オイラがアイツを刺激するから、君はエマをよろしくヨ!」
「わかった!」
フィアスは鎧の中をまさぐり、使えそうなMAを探す。しかし、都合のいいものは見つからない。見上げると、鳥の上でライフが飛び跳ねていた。鳥はライフを振り落とそうと暴れている。エマが危険なため、ライフ一人では絶対に出来ないことだった。だが今は、フィアスがいる。
「エイエイヨー!」
なかなかしぶとく掴んでいるため、ライフはより激しく跳ねた。鳥は羽ばたき、背に向けて雷の弾を放っているが、まるで当たらない。フィアスも何か仕掛けようかと思い立ったその時、鳥の足が不意に開いた。エマが落ちてくる。フィアスは剣をしまい、飛び出す。間一髪のところでエマを抱き留めた。身を捩り、自分の体を下にして地を滑る。体勢を立て直し、エマの容態を調べると、膝を擦りむいていた。どこかで転んだのだろう。エマをその場に降ろして横たわらせる。
「MATCHLESS APPEAR HEALTH
(無敵のような健康に)」
剣に手をやり、居合斬る。膝の傷はみるみる内に癒えていった。エマを抱え直し、空に叫ぶ。
「こっちは大丈夫だ!」
声が聞こえたことを、ライフは身振り手振りで反応する。鳥から飛び降り、見世物の時に見せる華麗な着地を決めた。
(なるほど、こうして戦闘に活かされているのか)
「逃げるヨン!」
そう言うや否や俊敏な動きでフィアスを横切る。鳥が怒りに鳴き叫んでいるのを聞き、フィアスも後を追って駆け出した。カレンの結界が眼に映る。
「あそこまで逃げれば……!」
「ヒヒッ、お婆さんの結界なら安心ヨ」
二人はそこへ転がり込み、空を見上げる。翼の電気を何度も結界へ押し当てている姿が見えた。そのバチバチとした轟音を聞き、子どもたちがぞろぞろ集まってきた。子どもの一人が、フィアスの腕の中を指差す。
「あ、エマだ!エマ見っけ!」
「ほんとだ!エマみーっけ!」
子どもたちはフィアスを囲み、エマを覗き込む。フィアスは屈んで、子どもたちにエマを会わせてやった。
「疲れて寝ているようだ。休める所に案内してくれ」
「こっち!」
やんちゃな男の子が手を高く挙げてくれた。案内されている最中、フルシャがこちらへ向かってくるのを見つける。杖をついて、ゆっくりと歩を進めていた。その顔は、額の辺りが普段よりもしわくちゃになっていた。子どもは何も知らずにフルシャを通り過ぎるが、フィアスはそうはいかない。思わず足を止め、振り向いてしまった。その動きに気づいたであろうに、フルシャは歩みを止めない。
「お兄さん早く早く!」
「あ、ああ。すまない」
何にせよ、エマを寝かせなければ。フルシャのことは気がかりだが、今はエマのことが優先だ。子どもに連れられた先は、一つの赤い屋根の家。扉の向こう、四角いテーブルがある団欒の場を抜けて、ベッドの場所へ。周りにある拾い物の自然物から察するに、その子のものなのだろう。
「ぼくのベッド、ふかふかで人気なんだよ!」
「それなら回復も早そうだ。感謝する」
誇らしげに胸を張る子どもを微笑ましく思いながら、エマに布団をかけて寝かせる。
(あの表情……)
不意にフルシャの表情が脳裏を過ぎる。エマを子どもに任せて立ち上がり、フルシャの後を追った。老婆はまだ十メートルしか進んでおらず、容易く追いつけた。
「フルシャ……」
「ちょうどいい。フィアス、あたしを支えておくれ」
「支える……というと?」
「体をだよ、早くせんか!」
言うが早いか、フルシャはその場でしわくちゃな手を合わせ、ブツブツと詠唱を始める。フィアスは言われるまま、フルシャの腰を支えた。徐々に、強い魔力が舞い上がるのを感じる。ローブさえも風に靡くように舞い上がり、フルシャは両手を空高く挙げて呼びかけた。
「カレン・ドワッサ!」
嗄れた声に呼応したのは、カレンを覆う結界。フィアスの眼に、キラキラと光るように見えていた結界に紫の色がつき、大きな口を開けるような形になって、魔物を食べるように捕まえた。すると、魔物の姿が消えてなくなったのだ。色は元の半透明なものに戻ったが、結界の範囲が少し広がったように見えるのは気のせいではないだろう。
「カーッカッカッカ!なんだい、大したことないじゃないか!」
(怒っていたわけではないのか……)
先程の表情はただの気合いだったのだと察し、気苦労に肩を落とすフィアス。この動きには流石にフルシャのものだと気づいたらしく、みんなを引き連れてライフが駆け寄ってきた。
「ヒヒッ、やっぱりおばあさんの仕業ヨ?」
「仕業とは何じゃ仕業とは!」
杖を振り回し、フルシャは怒鳴る。ライフも一緒になって、それ逃げろとはしゃいだ。エマを保護したことを伝えると、フルシャは今度こそ怒りの表情になる。
「今はどこにいるんだい?どうせ結界の外にいたんだろう?叱らにゃ気が済まないよ!」
「あの赤い家に住む少年のベッドの中だ。今はまだ眠っている」
「ふん、あの小僧のベッドかい。人気だと聞いちゃいるが……」
ぶつくさ文句を言いながらも、段々と怒りが鎮まっていくのは、自分の態度から無事を確認できたからだろう。
「さ、みんなが戻ってきたらご馳走だ。それまであたしは家でゆっくりするかね」
魔法を使った後だと言うのに元気に杖をつき、いつもより軽い足取りでどこかへ向かう。フィアスはそれを見送り、子供たちと戯れ終わったライフが側による。
「さっきはありがとヨン」
「こちらこそ。エマが助かってよかった」
「ヒヒッ、それでさっき聞こえたけど、ご馳走だって?それならもっと激しく動いてきた方がよさそうヨン」
(……伝言を忘れていたな)
フルシャに伝言を頼まれていたことを思い出し、頭をかく。ご馳走のためか、ライフはその場でステップを踏み、踊り出した。
「フィアスも激しく動こうヨン!」
踊りの途中で動きを止め、手を差し出すライフ。しかし、どうすればいいか分からず、フィアスは狼狽えた。
「ど、どうすればいい?」
「ヒヒッ、オイラのリズムに合わせて、ついてくるヨン!」
ライフは左足と右足で片足二回ずつ跳ねながら、フィアスの手を取り、踊りながら移動する。フィアスはとにかくライフの真似をして、必死についていった。独特な動きに翻弄されて連れてこられたのは、町の結界の外。訳を聞こうとライフの顔を見ても、ピエロ化粧がそこにあるだけだった。
「大人三人だけじゃあの人数の子供たちを相手するのは体力が足りないヨン!誰か捜すヨ!」
「……そういうことか」
あんな魔物もいた状況だ。案外近くにいるのかもしれない。いくらなんでもやはり大人が一人もいないというのは不自然で、何かあったに違いないのだ。ラッチがライフの首から降りて、人間の匂いを探してくれる。
「それにしても、驚いちゃったヨン。あんなに強かった魔物を丸呑みしちゃうなんてヨ!」
「ああ……」
ライフにもあの結界の動きは見えていたらしい。フィアスは足元のラッチに気をつけて動き、恐らく自分にしか見えていないだろうことを口にした。
「あの結界は、どうやら魔物でできているようだ。丸呑みにした後、少しだけ大きくなったように見えた」
「ヒヒッ、やっぱりあの婆さん凄いヨ!」
ラッチは鼻を地面から離さず前へ前へと確かな足取りで進んでいく。二人はとりとめのない会話を交わしながら、ラッチについていく。ラッチの好物の話題をしていたところ、不意にそのラッチが顔を上げた。空気中の匂いを嗅ぐと、さっと逃げるようにライフのマフラーとして擬態する。その行動に、フィアスは剣を抜いた。
「……何か来るみたいヨン」
「そのようだ」
二人、背中を合わせて周りを見渡す。すると突然ライフは飛び出した。
「来たヨン!」
「むっ?」
ライフは何もないところに向かって飛び蹴りを仕掛ける。無論、当たることはなく、勢い余って地面を滑っていった。
「ライフ!」
「いてて……蹴ったと思ったら消えたヨン。どこいったヨ?」
「何を言っている?そこには最初から何もなかった」
「……ヒヒッ、さてはさては。キミ、幻覚を打ち消す何か、持ってるヨン?」
「そういうことなら、任せてくれ!」
どうやら敵は幻覚を使い、ライフを惑わせたらしい。剣を淡く光らせ、フィアスは剣を振り上げた。その動作を見て、ライフが飛び上がる。
「ヒィ!またヨン!?」
「すまない!DREAM APPEAR HOPELESS
(夢のように儚く)!」
ライフの体を剣身が通り過ぎる。その奇妙な感覚にライフの体が震えた。
(……別の方法を考えた方がいいのだろうか)
二回も仲間を斬りつけ、フィアスは剣とライフを見て思う。しかし、そんな間もなく、敵は茂みから姿を現した。白い体毛が針のように尖っている、小さな魔物。黒く細い尻尾がピンと伸びている。
「今度は本物だ。」
「……みたいヨン」
小さな魔物は甲高い声で遠吠えする。口は見えず黒い眼が、二人を睨みつけた。間も無くして、雄叫びとともに一人の男が茂みから飛び出してきた。拳を振り翳し、フィアス目掛けて真っ直ぐに向かってくる。
「俺の妻に何をしたァァァァッ!!」
「つ、妻!?」
拳を剣で受け止めるが、伝わる振動がやけに大きい。手練れだと認識するにそう時間はかからなかった。男はフィアスの胸ぐらを掴み、怒りに任せて叫ぶ。
「言ってみろ!俺の妻に何をした!!」
「落ち着いてくれ!妻とは、あの魔物のことか!?」
フィアスはそう言って、後悔した。あの魔物は幻覚を使い、人を惑わす。それならば、この男も惑わされているはずだとどうして判断できなかったのか。
「魔物だと……?貴様、許さん!!」
愛する妻を魔物と侮辱され、男はフィアスの顔面を思い切り殴る。頬から伝わる振動に、視界が波打つようにぐらついた。ライフから小さく竦むような悲鳴があがる。
「ちょ、ちょっと待ってヨ!落ち着いてヨ!」
間に入るようにライフが飛び跳ねて、男性の腕を掴む。だが、激昂している男の耳には入らず、それどころか腕を振り切り、ライフを跳ね除ける。
「アザに謝れえぇぇっ!」
二回目の拳が飛んでくる。剣と頬の振動で危機を感じ、フィアスは咄嗟に掌で拳を止めた。それでも怒りは強く、掌さえ痛い。
「落ち着いてくれ!貴方は幻覚に惑わされている!」
「幻覚だと?それは貴様らの方だろう!」
男は掴んでいた胸ぐらを放し、離れる。フィアスは痛みで熱くなった掌をひらひらと振った。男は一呼吸置いて、拳を前に構える。
「いいだろう、ぶん殴って目を覚ましてやる」
(やるしかない、か……!)
防御に徹するのを諦め、剣を構える。加勢のためライフが横にやってきたが、二対一はフィアスの正義に反した。
「よしてくれ。卑怯だ」
「そうは言っても、この人……強いヨ?」
話し合いが終わらない内、男が迫ってくる。フィアスはライフに加勢させないため、すぐさま踏み込んで応戦した。次々と繰り出される拳をなんとか剣で受け止めるが、あまりの素早さに防ぎきれない。しまいには腹に突きを貰い、フィアスは後ずさる。
(鎧の上から……!?)
鎧に防御を任せて手薄にしていたのだが、伝わる振動が先程よりも強く、生身で受けていいものではないと感じた。並の人間が生み出せるような力とは、到底思えなかった。フィアスの驚いた僅かな隙をついて、ライフが飛び蹴りをしかける。男は腕で防御し、ライフはフィアスの元へ跳ね戻った。
「そんな意固地にならないでヨ。美味しいご馳走も待ってるから、協力してさっさと終わらせるヨ!」
「しかし……!」
「何を話しているんだ!」
会話に割り込むように男は間を詰め、ライフに怒涛の突きを繰り出す。ライフは踊るようにはじめ避けるが、だんだん避けきれなくなり、ついには体勢を崩した隙の脇腹に蹴りが入る。吹っ飛ばされ、ライフは尻餅をついてしまった。そこへ、男の拳が迫る。
「させるか!」
わざと大振りに斬りかかり、注意を引く。男はライフへの拳を止め、剣を腕で受け止めた。その隙にライフは体勢を立て直し、二人から離れる。それを見て、フィアスも男から離れる。
「ヒヒッ、危なかったヨ。助かったヨン!」
フィアスは頷いて返事をするだけにした。男は二人を一瞥した後、大きく息を吸い、少しずつ吐く。その静かな瞬間で、後悔した。さっきの大振りでやっておけばよかったのだ。
「DREAM APPEAR HOPELESS
(夢のように儚く)」
フィアスの呟きは届かない距離にいたが、剣身を光らせたことで思惑は伝わったようだ。ライフはステップを踏み、肩の笑うジェスチャーでそれを伝えてくれる。
「ヒヒッ。じゃあこの人の相手は君に任せて、オイラはあの人と遊んでくるヨン」
「何……?」
今の男にとっては一番聞き捨てならないだろう言葉で挑発し、注意をフィアスから逸らす。ライフが無防備に背中を向けて、この場から離れるような素振りを見せた。勿論黙って見送るようなことはせず、男は全力の意識をライフに向けて拳を振りかぶる。
(一回……たった一回だけでいい……!)
男の背中から、剣で斬りつける。その奇妙な感覚に、男の体が震え上がるのがわかった。
「……今、何をした?」
「貴方は幻覚に惑わされていた。それを取り払わせてもらった」
「まだそんなこと……っしまった!」
フィアスに気を取られているうちに男はライフを見失ったようだ。男が辺りを見渡しても、ライフは見つからない。フィアスは剣を下ろし、訴えた。
「貴方は魔物によって幻覚を見せられていたのだ!本当は、貴方の大事な人に危害を加えたりなど一切していない!頼む、信じてくれ!」
「黙れ!!下衆野郎!」
どれだけ言っても男の怒りは鎮まることはなく、それどころか真っ赤になって殴りかかってくる。下ろした剣を防御のために構えた時だった。
「ヨル!!」
強かな女性の声が辺りに響き渡る。その声に反応し、男は拳を止めた。声のした方向を見ると、ライフの横に見知らぬ女性がいた。
「よぉっく聞け!あたしは何もされてない!この人たちの言う通り、あたしが乱暴されたってのは幻覚だ!落ち着きな!」
「……ほ、本当に?」
女性の声を聞いた瞬間、男の雰囲気が変貌した。全てを破壊し尽くすような闘志は消え失せ、途端に弱々しくなった。フィアスも剣を下ろし、鞘に収める。
「怪我はしてない?言わされてない?」
「そんなことあるかい」
「でも、そのピエロは……」
「なんだ、あたしよりこのピエロの言うことを信じるってのかい?」
女性は大股で近づき、男に詰め寄る。男はしどろもどろになりながらも、呟くように言った。
「し、心配だったから……無事ならよかった」
「全く。あたしのこととなるとすぐこれなんだから」
女性は深く溜息をつき、男性の肩を拳でどつく。男性は少しよろけて、罰が悪そうに頰を指で掻いた。
「あの、先程はとんだ失礼を……」
「ああ、いや、こちらこそ誤解を招くようなことをしてしまって……すまなかった」
互いに謝罪を交わす。フィアスは改めてヨルを見てみたが、やはりとても先程まで自分とライフを相手に互角か、それ以上の動きをしていた屈強な男には見えなかった。
「ところで君がいるってことは、みんなも?」
「みんなもいるよ。ところで、あんたがここにいるってことは……子どもたちは?」
「子どもたちには村にいるように言ったから、多分大丈夫だと思うけど……みんな帰り遅いし、心配で」
「その件についてなのだが」
先程まで魔物の支配下にあったのだ。知られていないだろう。フィアスが事の顛末を伝えると、二人して顔が強張った。
「エマが……」
「主人を助けてもらうばかりか、そこまで……ありがとうございます」
「エマは私たちの娘です。私のことといい、この度はなんとお詫びしていいか……!」
ヨルが膝をつき、拳を地について頭を下げる。フィアスは驚き、頭を上げるように言ったが、謝罪の姿勢は変わらない。
「元々留守を任されていた私の不始末です。それを旅の方からこんな世話になるなんて」
「ヒヒッ、気にしないでくれヨ!それよりオイラ、腹減っちゃったんだヨン。何かオススメあるヨン?」
ピエロは悪気なく、手打ちの糸口を仄めかす。それを聞いたアザは白い歯を見せて朗らかに笑った。
「それなら、村に帰ったらご馳走致します!それをお礼とさせて下さい」
(ライフと合流していればいいのだが……)
あんな大きな結界をつくるくらいならば、危険な魔物が近くに棲んでいる可能性が高い。MAの導きに従い、フィアスは駆けた。やがて見えたのは、大きな魔物。パリパリと電気を鳴らす翼が特徴的な黒い鳥。その白眼に映すは倒れたライフ。黄色い足に掴むのは少女。エマで間違いないだろう。意識がないようだ。
「ライフ!立てるか!」
「……ヒヒッ、君が来てくれたから、立てるヨン」
その言葉は真意のようで、足を震わせながら、力なく立ち上がる。しかし、どこか物足りない。ラッチの姿が見当たらないのだ。近くの周囲を見回すと、ライフが口を開く。
「帽子の中ヨン」
不意に帽子を取り、ラッチを見せてくる。ライフの髪色と同化し、毛量があるように見えた。つい顔が綻んでしまうものの、まずはとライフに斬りかかる。
「MATCHLESS APPEAR HEALTH
(無敵のような健康に)!」
「ヒィッ」
この回復技は心臓に悪いらしく、ライフは体を竦ませる。傷が癒えると、少しだけステップを踏んで踊り出した。
「ヒヒッ、助かったヨン。あの爪の攻撃、凄く痛いから気をつけるヨン」
「忠告、感謝する」
MAを鎧の中にしまい、剣を淡く光らせる。まずは魔物とエマを引きはがさなければ。
「BALLOON APPEAR LIGHTLY(風船のように軽く)!」
剣を上へ掲げると、フィアスの体が回りながら宙へ浮き上がる。急上昇しながら、エマを掴む足目掛けて剣を振った。しかし、容易く身を躱され、剣は空振りしてしまう。
(やはり空はあちらの方に分があるか……!)
フィアスの体はすぐに急降下し、地上へ落ちる。何とか受け身をとるものの、足からとはいかなかった。鎧は薄くて軽いものだが、着地時の鈍い音を聞いたライフが心配して声をかけてくれる。
「だ、大丈夫ヨン?」
「どうも我は空中が苦手だ……」
「オイラに任せるヨン!」
魔物は大口を開け、電流迸る弾を発射する。二人は離れるように飛び避け、ライフは木の上へと跳んだ。
「オイラがアイツを刺激するから、君はエマをよろしくヨ!」
「わかった!」
フィアスは鎧の中をまさぐり、使えそうなMAを探す。しかし、都合のいいものは見つからない。見上げると、鳥の上でライフが飛び跳ねていた。鳥はライフを振り落とそうと暴れている。エマが危険なため、ライフ一人では絶対に出来ないことだった。だが今は、フィアスがいる。
「エイエイヨー!」
なかなかしぶとく掴んでいるため、ライフはより激しく跳ねた。鳥は羽ばたき、背に向けて雷の弾を放っているが、まるで当たらない。フィアスも何か仕掛けようかと思い立ったその時、鳥の足が不意に開いた。エマが落ちてくる。フィアスは剣をしまい、飛び出す。間一髪のところでエマを抱き留めた。身を捩り、自分の体を下にして地を滑る。体勢を立て直し、エマの容態を調べると、膝を擦りむいていた。どこかで転んだのだろう。エマをその場に降ろして横たわらせる。
「MATCHLESS APPEAR HEALTH
(無敵のような健康に)」
剣に手をやり、居合斬る。膝の傷はみるみる内に癒えていった。エマを抱え直し、空に叫ぶ。
「こっちは大丈夫だ!」
声が聞こえたことを、ライフは身振り手振りで反応する。鳥から飛び降り、見世物の時に見せる華麗な着地を決めた。
(なるほど、こうして戦闘に活かされているのか)
「逃げるヨン!」
そう言うや否や俊敏な動きでフィアスを横切る。鳥が怒りに鳴き叫んでいるのを聞き、フィアスも後を追って駆け出した。カレンの結界が眼に映る。
「あそこまで逃げれば……!」
「ヒヒッ、お婆さんの結界なら安心ヨ」
二人はそこへ転がり込み、空を見上げる。翼の電気を何度も結界へ押し当てている姿が見えた。そのバチバチとした轟音を聞き、子どもたちがぞろぞろ集まってきた。子どもの一人が、フィアスの腕の中を指差す。
「あ、エマだ!エマ見っけ!」
「ほんとだ!エマみーっけ!」
子どもたちはフィアスを囲み、エマを覗き込む。フィアスは屈んで、子どもたちにエマを会わせてやった。
「疲れて寝ているようだ。休める所に案内してくれ」
「こっち!」
やんちゃな男の子が手を高く挙げてくれた。案内されている最中、フルシャがこちらへ向かってくるのを見つける。杖をついて、ゆっくりと歩を進めていた。その顔は、額の辺りが普段よりもしわくちゃになっていた。子どもは何も知らずにフルシャを通り過ぎるが、フィアスはそうはいかない。思わず足を止め、振り向いてしまった。その動きに気づいたであろうに、フルシャは歩みを止めない。
「お兄さん早く早く!」
「あ、ああ。すまない」
何にせよ、エマを寝かせなければ。フルシャのことは気がかりだが、今はエマのことが優先だ。子どもに連れられた先は、一つの赤い屋根の家。扉の向こう、四角いテーブルがある団欒の場を抜けて、ベッドの場所へ。周りにある拾い物の自然物から察するに、その子のものなのだろう。
「ぼくのベッド、ふかふかで人気なんだよ!」
「それなら回復も早そうだ。感謝する」
誇らしげに胸を張る子どもを微笑ましく思いながら、エマに布団をかけて寝かせる。
(あの表情……)
不意にフルシャの表情が脳裏を過ぎる。エマを子どもに任せて立ち上がり、フルシャの後を追った。老婆はまだ十メートルしか進んでおらず、容易く追いつけた。
「フルシャ……」
「ちょうどいい。フィアス、あたしを支えておくれ」
「支える……というと?」
「体をだよ、早くせんか!」
言うが早いか、フルシャはその場でしわくちゃな手を合わせ、ブツブツと詠唱を始める。フィアスは言われるまま、フルシャの腰を支えた。徐々に、強い魔力が舞い上がるのを感じる。ローブさえも風に靡くように舞い上がり、フルシャは両手を空高く挙げて呼びかけた。
「カレン・ドワッサ!」
嗄れた声に呼応したのは、カレンを覆う結界。フィアスの眼に、キラキラと光るように見えていた結界に紫の色がつき、大きな口を開けるような形になって、魔物を食べるように捕まえた。すると、魔物の姿が消えてなくなったのだ。色は元の半透明なものに戻ったが、結界の範囲が少し広がったように見えるのは気のせいではないだろう。
「カーッカッカッカ!なんだい、大したことないじゃないか!」
(怒っていたわけではないのか……)
先程の表情はただの気合いだったのだと察し、気苦労に肩を落とすフィアス。この動きには流石にフルシャのものだと気づいたらしく、みんなを引き連れてライフが駆け寄ってきた。
「ヒヒッ、やっぱりおばあさんの仕業ヨ?」
「仕業とは何じゃ仕業とは!」
杖を振り回し、フルシャは怒鳴る。ライフも一緒になって、それ逃げろとはしゃいだ。エマを保護したことを伝えると、フルシャは今度こそ怒りの表情になる。
「今はどこにいるんだい?どうせ結界の外にいたんだろう?叱らにゃ気が済まないよ!」
「あの赤い家に住む少年のベッドの中だ。今はまだ眠っている」
「ふん、あの小僧のベッドかい。人気だと聞いちゃいるが……」
ぶつくさ文句を言いながらも、段々と怒りが鎮まっていくのは、自分の態度から無事を確認できたからだろう。
「さ、みんなが戻ってきたらご馳走だ。それまであたしは家でゆっくりするかね」
魔法を使った後だと言うのに元気に杖をつき、いつもより軽い足取りでどこかへ向かう。フィアスはそれを見送り、子供たちと戯れ終わったライフが側による。
「さっきはありがとヨン」
「こちらこそ。エマが助かってよかった」
「ヒヒッ、それでさっき聞こえたけど、ご馳走だって?それならもっと激しく動いてきた方がよさそうヨン」
(……伝言を忘れていたな)
フルシャに伝言を頼まれていたことを思い出し、頭をかく。ご馳走のためか、ライフはその場でステップを踏み、踊り出した。
「フィアスも激しく動こうヨン!」
踊りの途中で動きを止め、手を差し出すライフ。しかし、どうすればいいか分からず、フィアスは狼狽えた。
「ど、どうすればいい?」
「ヒヒッ、オイラのリズムに合わせて、ついてくるヨン!」
ライフは左足と右足で片足二回ずつ跳ねながら、フィアスの手を取り、踊りながら移動する。フィアスはとにかくライフの真似をして、必死についていった。独特な動きに翻弄されて連れてこられたのは、町の結界の外。訳を聞こうとライフの顔を見ても、ピエロ化粧がそこにあるだけだった。
「大人三人だけじゃあの人数の子供たちを相手するのは体力が足りないヨン!誰か捜すヨ!」
「……そういうことか」
あんな魔物もいた状況だ。案外近くにいるのかもしれない。いくらなんでもやはり大人が一人もいないというのは不自然で、何かあったに違いないのだ。ラッチがライフの首から降りて、人間の匂いを探してくれる。
「それにしても、驚いちゃったヨン。あんなに強かった魔物を丸呑みしちゃうなんてヨ!」
「ああ……」
ライフにもあの結界の動きは見えていたらしい。フィアスは足元のラッチに気をつけて動き、恐らく自分にしか見えていないだろうことを口にした。
「あの結界は、どうやら魔物でできているようだ。丸呑みにした後、少しだけ大きくなったように見えた」
「ヒヒッ、やっぱりあの婆さん凄いヨ!」
ラッチは鼻を地面から離さず前へ前へと確かな足取りで進んでいく。二人はとりとめのない会話を交わしながら、ラッチについていく。ラッチの好物の話題をしていたところ、不意にそのラッチが顔を上げた。空気中の匂いを嗅ぐと、さっと逃げるようにライフのマフラーとして擬態する。その行動に、フィアスは剣を抜いた。
「……何か来るみたいヨン」
「そのようだ」
二人、背中を合わせて周りを見渡す。すると突然ライフは飛び出した。
「来たヨン!」
「むっ?」
ライフは何もないところに向かって飛び蹴りを仕掛ける。無論、当たることはなく、勢い余って地面を滑っていった。
「ライフ!」
「いてて……蹴ったと思ったら消えたヨン。どこいったヨ?」
「何を言っている?そこには最初から何もなかった」
「……ヒヒッ、さてはさては。キミ、幻覚を打ち消す何か、持ってるヨン?」
「そういうことなら、任せてくれ!」
どうやら敵は幻覚を使い、ライフを惑わせたらしい。剣を淡く光らせ、フィアスは剣を振り上げた。その動作を見て、ライフが飛び上がる。
「ヒィ!またヨン!?」
「すまない!DREAM APPEAR HOPELESS
(夢のように儚く)!」
ライフの体を剣身が通り過ぎる。その奇妙な感覚にライフの体が震えた。
(……別の方法を考えた方がいいのだろうか)
二回も仲間を斬りつけ、フィアスは剣とライフを見て思う。しかし、そんな間もなく、敵は茂みから姿を現した。白い体毛が針のように尖っている、小さな魔物。黒く細い尻尾がピンと伸びている。
「今度は本物だ。」
「……みたいヨン」
小さな魔物は甲高い声で遠吠えする。口は見えず黒い眼が、二人を睨みつけた。間も無くして、雄叫びとともに一人の男が茂みから飛び出してきた。拳を振り翳し、フィアス目掛けて真っ直ぐに向かってくる。
「俺の妻に何をしたァァァァッ!!」
「つ、妻!?」
拳を剣で受け止めるが、伝わる振動がやけに大きい。手練れだと認識するにそう時間はかからなかった。男はフィアスの胸ぐらを掴み、怒りに任せて叫ぶ。
「言ってみろ!俺の妻に何をした!!」
「落ち着いてくれ!妻とは、あの魔物のことか!?」
フィアスはそう言って、後悔した。あの魔物は幻覚を使い、人を惑わす。それならば、この男も惑わされているはずだとどうして判断できなかったのか。
「魔物だと……?貴様、許さん!!」
愛する妻を魔物と侮辱され、男はフィアスの顔面を思い切り殴る。頬から伝わる振動に、視界が波打つようにぐらついた。ライフから小さく竦むような悲鳴があがる。
「ちょ、ちょっと待ってヨ!落ち着いてヨ!」
間に入るようにライフが飛び跳ねて、男性の腕を掴む。だが、激昂している男の耳には入らず、それどころか腕を振り切り、ライフを跳ね除ける。
「アザに謝れえぇぇっ!」
二回目の拳が飛んでくる。剣と頬の振動で危機を感じ、フィアスは咄嗟に掌で拳を止めた。それでも怒りは強く、掌さえ痛い。
「落ち着いてくれ!貴方は幻覚に惑わされている!」
「幻覚だと?それは貴様らの方だろう!」
男は掴んでいた胸ぐらを放し、離れる。フィアスは痛みで熱くなった掌をひらひらと振った。男は一呼吸置いて、拳を前に構える。
「いいだろう、ぶん殴って目を覚ましてやる」
(やるしかない、か……!)
防御に徹するのを諦め、剣を構える。加勢のためライフが横にやってきたが、二対一はフィアスの正義に反した。
「よしてくれ。卑怯だ」
「そうは言っても、この人……強いヨ?」
話し合いが終わらない内、男が迫ってくる。フィアスはライフに加勢させないため、すぐさま踏み込んで応戦した。次々と繰り出される拳をなんとか剣で受け止めるが、あまりの素早さに防ぎきれない。しまいには腹に突きを貰い、フィアスは後ずさる。
(鎧の上から……!?)
鎧に防御を任せて手薄にしていたのだが、伝わる振動が先程よりも強く、生身で受けていいものではないと感じた。並の人間が生み出せるような力とは、到底思えなかった。フィアスの驚いた僅かな隙をついて、ライフが飛び蹴りをしかける。男は腕で防御し、ライフはフィアスの元へ跳ね戻った。
「そんな意固地にならないでヨ。美味しいご馳走も待ってるから、協力してさっさと終わらせるヨ!」
「しかし……!」
「何を話しているんだ!」
会話に割り込むように男は間を詰め、ライフに怒涛の突きを繰り出す。ライフは踊るようにはじめ避けるが、だんだん避けきれなくなり、ついには体勢を崩した隙の脇腹に蹴りが入る。吹っ飛ばされ、ライフは尻餅をついてしまった。そこへ、男の拳が迫る。
「させるか!」
わざと大振りに斬りかかり、注意を引く。男はライフへの拳を止め、剣を腕で受け止めた。その隙にライフは体勢を立て直し、二人から離れる。それを見て、フィアスも男から離れる。
「ヒヒッ、危なかったヨ。助かったヨン!」
フィアスは頷いて返事をするだけにした。男は二人を一瞥した後、大きく息を吸い、少しずつ吐く。その静かな瞬間で、後悔した。さっきの大振りでやっておけばよかったのだ。
「DREAM APPEAR HOPELESS
(夢のように儚く)」
フィアスの呟きは届かない距離にいたが、剣身を光らせたことで思惑は伝わったようだ。ライフはステップを踏み、肩の笑うジェスチャーでそれを伝えてくれる。
「ヒヒッ。じゃあこの人の相手は君に任せて、オイラはあの人と遊んでくるヨン」
「何……?」
今の男にとっては一番聞き捨てならないだろう言葉で挑発し、注意をフィアスから逸らす。ライフが無防備に背中を向けて、この場から離れるような素振りを見せた。勿論黙って見送るようなことはせず、男は全力の意識をライフに向けて拳を振りかぶる。
(一回……たった一回だけでいい……!)
男の背中から、剣で斬りつける。その奇妙な感覚に、男の体が震え上がるのがわかった。
「……今、何をした?」
「貴方は幻覚に惑わされていた。それを取り払わせてもらった」
「まだそんなこと……っしまった!」
フィアスに気を取られているうちに男はライフを見失ったようだ。男が辺りを見渡しても、ライフは見つからない。フィアスは剣を下ろし、訴えた。
「貴方は魔物によって幻覚を見せられていたのだ!本当は、貴方の大事な人に危害を加えたりなど一切していない!頼む、信じてくれ!」
「黙れ!!下衆野郎!」
どれだけ言っても男の怒りは鎮まることはなく、それどころか真っ赤になって殴りかかってくる。下ろした剣を防御のために構えた時だった。
「ヨル!!」
強かな女性の声が辺りに響き渡る。その声に反応し、男は拳を止めた。声のした方向を見ると、ライフの横に見知らぬ女性がいた。
「よぉっく聞け!あたしは何もされてない!この人たちの言う通り、あたしが乱暴されたってのは幻覚だ!落ち着きな!」
「……ほ、本当に?」
女性の声を聞いた瞬間、男の雰囲気が変貌した。全てを破壊し尽くすような闘志は消え失せ、途端に弱々しくなった。フィアスも剣を下ろし、鞘に収める。
「怪我はしてない?言わされてない?」
「そんなことあるかい」
「でも、そのピエロは……」
「なんだ、あたしよりこのピエロの言うことを信じるってのかい?」
女性は大股で近づき、男に詰め寄る。男はしどろもどろになりながらも、呟くように言った。
「し、心配だったから……無事ならよかった」
「全く。あたしのこととなるとすぐこれなんだから」
女性は深く溜息をつき、男性の肩を拳でどつく。男性は少しよろけて、罰が悪そうに頰を指で掻いた。
「あの、先程はとんだ失礼を……」
「ああ、いや、こちらこそ誤解を招くようなことをしてしまって……すまなかった」
互いに謝罪を交わす。フィアスは改めてヨルを見てみたが、やはりとても先程まで自分とライフを相手に互角か、それ以上の動きをしていた屈強な男には見えなかった。
「ところで君がいるってことは、みんなも?」
「みんなもいるよ。ところで、あんたがここにいるってことは……子どもたちは?」
「子どもたちには村にいるように言ったから、多分大丈夫だと思うけど……みんな帰り遅いし、心配で」
「その件についてなのだが」
先程まで魔物の支配下にあったのだ。知られていないだろう。フィアスが事の顛末を伝えると、二人して顔が強張った。
「エマが……」
「主人を助けてもらうばかりか、そこまで……ありがとうございます」
「エマは私たちの娘です。私のことといい、この度はなんとお詫びしていいか……!」
ヨルが膝をつき、拳を地について頭を下げる。フィアスは驚き、頭を上げるように言ったが、謝罪の姿勢は変わらない。
「元々留守を任されていた私の不始末です。それを旅の方からこんな世話になるなんて」
「ヒヒッ、気にしないでくれヨ!それよりオイラ、腹減っちゃったんだヨン。何かオススメあるヨン?」
ピエロは悪気なく、手打ちの糸口を仄めかす。それを聞いたアザは白い歯を見せて朗らかに笑った。
「それなら、村に帰ったらご馳走致します!それをお礼とさせて下さい」
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