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長編

「ババァが戻ってきたぞー!」


「こりゃあ! あたしはまだこんなにも若いじゃないか!」


フルシャの魔法で、ソミュールから歩いて一週間はかかるカレンにあっという間に着いた。あまりにも呆気ない。気温はがらっと変わり、暑くなる。フィアスは鎧の中に汗を感じた。着くなり老婆は子どものからかいを叱っている。ライフはカレンを見渡し、嬉しそうに踊った。


「笑わせ甲斐のありそうな子達ばっかりヨン!」


「しかし、ソミュールの時にワープの魔法が使えなかったのは、行ったことがなかったからなのか」


「ヒヒッ、考えれば、あんなお婆さんが足場の悪いソミュールに行ける訳ないヨン」


ピエロのその言葉に、老婆の目がぎょろりと飛び出てこちらを向く。フィアスは、視線に気づかず笑うライフに呼びかけて、気づかせてやった。ピエロの顔は驚きに変わり、杖を振り回して迫ってくる魔女から逃げる。


「あたしゃ寒いのが苦手なだけさね!」


「あまり無理をしないでくれ……」


二人の喧嘩を止めることは諦め、フィアスは肩を竦めて呆れた。


(……道を正し、真と生きよ……やがて、嘘は真となる……)


ふと、老爺の言葉を思い返す。死際が目に焼き付いて離れない。


(アルヒ・アンリッヒ……貴方の想い、無駄にはしない)


今はわからぬ言葉を片隅に置き、フィアスはカレンを見渡した。大人は見かけず、子どもばかり。長閑な村で、村の端まで既に見えている。おや、とフルシャが自分をババァ呼ばわりした子どもを見下ろした。


「あんたら、親は?」


「皆出稼ぎに行っちまったよ!」


「……変だね」


途端にフルシャの目つきがぎょろりと怖くなる。フィアスは、別の子どもに向かってしゃがみ込み、目線を合わせて優しく語りかけた。


「今まで、何をしていたのだ?」


「かくれんぼしてたの。 今日もエマが見つからないの」


「そうか……それは、早く見つけないといけないな」


フィアスは立ちあがり、ライフを見る。ライフは、ラッチと一緒に、軽くステップを踏んでいた。この事態は尋常ではないと思ったのだろう。フルシャはしわくちゃの手を叩き、子ども達を集めた。子ども達は素直に従い、老婆の元に集まる。


「どこへ出稼ぎ行ったか知ってるかい!?」


「知らないよ!」


一番最初の子どもが答える。



「かくれんぼはいつからやってんだい!?」


「昨日の夜から」


エマがいないと言った子どもが答える。フルシャは、さらに目を飛び出させ、子ども達を睨む。


「昨日の夜からだってぇっ!? そんな悪い子たちゃ、あたしが叱ってやるさね!」


「きゃー!」


「ババァが怒ったぞー!」


「待たんかーい!」


散り散りに逃げ出す子ども達を追い、フルシャがよろよろと走り出す。フィアスはすぐにフルシャの元に寄り、手で支えて優しく動きを止めた。


「無理をするな! また腰に何かあったらどうする」


「じゃぁかしい! なんならお主が捕まえてきたらどうだい!」


フルシャは杖を振りかざし、フィアスを怒鳴る。それまで口を挟まないでいたライフが、踊りながら二人の前に出た。


「じゃあ、それはオイラがやるヨン。 足腰の悪いおばあさんはどこかで休んでていいヨ〜ン!」


「一言余計さね! このピエロふぜいが生意気な!」


「ヒヒッ! オイラはピエロだヨ〜ン!」


ライフは楽しそうにステップを踏みながら、子ども達が逃げて行った先へ踊り行く。フィアスはフルシャから手を離し、ほっと息一つ。


「子ども達の方はライフに任せよう……我は、物見族がカレンにいると聞いたのだが、貴女の故郷なのだろう? 何か知らないか?」


「カレンに物見族……?はて、あたしゃ聞いたことないね」


「……そうか」


期待していた人があてにならず、肩を落とす。けれど、とフルシャは付け加えた。


「ここの特産品を作ってる奴はちょっと不思議なやつでねえ。もしかしたらそやつかもしれんわい」


「不思議?」


「何でも、『食を操りし者』という別名を持っているんだそうな」


「『食を操りし者』……!?」


慣れた響きに、フィアスは昔言われたことを思い出し、不意に言葉を発する。


「『海空を操りし者』」


「は…?」


「…母の別名だ」


静かに言いながら、フィアスは母の記憶を追いかけていた。大人しい水色の長い髪の毛に包まれていたことだけしか覚えていない、朧げな記憶。また、自らも天地水を操りし者と名乗ることから、響きには共通があるのだろうとフルシャに告げた。


「ふぅむ……期待はできるかもしれないね。 ただ、今ここにそやつがおらねば、どうにもなるまい? 人を捜す魔法なんて、あたしゃ持ってないよ」


「人を捜す……そうだ、あれが」


フルシャが言ったところで、フィアスはMAの存在を思い出し、鞄から取り出す。雪の結晶の形のものだ。フルシャはそれを見、額にしわを寄せた。


「またMAかい?」


「ああ、これで大人は捜せるだろう。 ところでフルシャ」


「なんだい?」


フルシャの目がぎょろりと見開き、フィアスを睨む。この形相はいつも見ているが、どこか慣れない。細めの目元と思いきや、目玉が飛び出るほどに開いてこちらを見るから、怖いと思ってしまうのだろう。フィアスはたじろいだが、何とか呑み込み、疑問を口に出した。


「子どもを見守る大人が一人もいないというのは、どう思う?」


「怒りが湧くね!」


フルシャは苛立ちに杖を振り回す。次には、長い文句が飛び出してきた。


「村を一歩出ればそこは魔物の巣窟! 村にはあたしの魔法があるから安全でいられるものの……!」


その後もフルシャは、最近の若者は子どもを育てる意義がわかっていないだの、年寄りの扱いがなってないだの、だんだん関係ない方向へ文句をずらしていく。フィアスはとりあえず聞きながらも、ちらりとライフを見やった。


「つっかまっえたヨン!」


「くっそー! 速いなあ!」


(まるで遊んでいるようだ)


「こりゃフィアス! 聞いとるのか?」


「ちゃんと聞いている……態度が気にくわないなら、すまなかった」


いろんなことが気になって仕方ない。フィアスの謝罪を聞いて満足したか、老婆は杖をしっかりとついて腰を叩いた。


「やっぱり、杖がつけるのは楽でいいね。 子ども達はどうだい?」


「ライフが今捕まえてくれている。 まるで、遊んでいるようにしか見えないが……」


「遊んでいる? どれどれ」


フィアスが指差す先を、目を細めて見つめるフルシャ。ライフがちょうど、最後の子どもを捕まえたところだった。子ども達はライフに連れられ、フルシャの前に渋々集まってくる。フルシャは杖を振り回し、予定通り子ども達を叱った。


「夜通し遊ぶなんて健康に悪い! 若い時から肌を大事にして……」


「……む?」


フルシャの説教を暫く聞いていた時、フィアスの眼が村に覆い被さる光の壁を見つけた。きらりと光るこの壁が恐らく、フルシャの言っていた魔法であろう。


(随分と大きいな……)


魔法は村の外に少しだけはみ出ている。すると目線の高さまでライフが跳んできて、フィアスの視界を遮った。


「何見てるヨン?」


「フルシャの魔法だ。 ここ全体を覆っている」


「魔法……? ヒヒッ、オイラには見えないヨン!」


「これも、か」


ライフはフィアスの前でステップを踏み続ける。落ち着かない動きだが、彼にとってはこれが落ち着くのだそうだ。首回りにいるラッチは、鼻を動かしている。


(あの子を捜し続けているのか……)


態度には出さないが、根は真面目なのだろう。ライフとラッチは残りの一人、エマを捜しているようだ。目の色を読まれたか、ライフはヒヒッと笑って白状する。


「隠れ上手ヨ、エマって子。 本気出さなきゃ見つかりそうにないから、ちょっとオイラいってくるヨン! ぎょろ目のおばあさんによろしくヨー!」


「……ああ、フルシャにはそれとなく誤魔化しておこう」


「……ヒヒッ、ついつい頼りたくなっちゃうヨン! 君ってばつくづく紳士ヨ!」


ライフはステップを踏みながらラッチを降ろし、ラッチは鼻を動かしてまだ見ていない子どもの匂いを辿っていく。ライフはぴょんぴょん跳ねて両手を大きく振り、別れの挨拶をした。


(……段々、扱いがわかってきた)


ピエロは基本、自分の思いを隠したいのだ。それでいて、皆を笑わせたいのだ。フィアスは一回だけ頷いて見送り、フルシャに振り向く。


「それはあたしの嫌いな味だったがね、食べ続ける内に好きになっていったんだよ」


「フルシャおばあちゃん、それ本当?」


「ああ、本当だよ」


振り向いた先にあったのは、絵本を読み聞かせるかのように優しい笑顔をしたフルシャだった。未だかつて見せたこともない優しい一面に、フィアスの思考が一瞬止まる。


「……我は夢を見ているらしい」


次に出した言葉は自然とぼやかされた。あまりにも想像のつかぬ笑顔だったのだ。フィアスの声に気づき、フルシャはいつもの声音で尋ねる。


「あやつは?」


「あ……ああ、奴なら……」


言いかけて、誤魔化し方を考えていなかったのに気づく。フィアスは調子のいいライフの笑顔を思い浮かべ、想像のままに言い連ねた。


「話が長くて退屈だと、どこかへ」


「……ったく、あのピエロは!」


深いため息をつき、フルシャは呆れた素振りを見せる。次に、白けた目線をフィアスに投げかけた。


「冗談の下手な奴に嘘を頼むんじゃないよ! おおよそ、エマを捜しに行ったんだろう?」


「な、何故!」


言ってから、しまったと思う。ライフとの約束を果たすことができなかった。老婆は怪しくにたりと笑い、その内大きく笑いだした。


「若いモンの青さはよぉっく分かってるさ! ほれ、お主も行ってこんかい!」


フルシャの杖につつかれ、フィアスは少しよろける。フィアスは渋々ながらも、ライフの消えた方向へ走り出そうとした時だった。


「ちょいと伝言を預かっておくれ!」


「む?」


フルシャの周りに集まった子ども達は口をもごもごさせる老婆を見上げる。フィアスは振り向き、フルシャに正対した。やがて大口を開けたフルシャは、優しい目をしていた。


「ご馳走してやるからたっぷり動いてこいと、あのピエロに言っとくれ!」


「……わかった。 言っておこう」


薄く笑い、フィアスはまた駆け出した。振り向かずただひたすらに、あてもなくエマを捜すライフの元へ。
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