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長編

「……ヒッ」


洞窟の中は、綺麗な氷の破片に包まれていた。ガラスのようにこちらの姿を映す氷柱が、今にも落ちてきそうだ。ライフは肩を抱き、ラッチと抱き合う。


「ほぉぉ……村よりも寒い、魔物の仕業かえ?」


フルシャが皺だらけの手をすりあわせてさらにしわくちゃにする。フィアスは剣を抜き、前に突きだした。


「MOON APPEAR BRIGHT(月のように明るく)!」


剣が淡く光り、洞窟内が照らされる。氷もまた一層、煌めいた。


「ヒヒッ、この氷、刺さったら痛そうヨン」


ライフが壁に刺さっているひし形の氷を見つめて、ぶつからないように気をつけて踊りながら移動する。この氷だらけの洞窟から、フィアスは魔物の姿を想像する。


(山の麓の村をあんなにしてしまうような魔物だ…きっと、強敵に違いない)

装備を確認した。炎を強くするMAがあるので、いつもよりかは楽だろう。炎を使う時は剣から明かりを消さなければならないが、炎も明かりとなる。あまり問題はなさそうだ。


「ライフ、この洞窟のこと、何か聞いてないか?」


「聞いてるヨン。この洞窟は、時々迷い込んだ魔物の住処になってて、近々埋める予定だったんだヨン」


「なるほどねぇ?」


「ということは、やはりこの氷も魔物の仕業か…」


「炎が有効ヨ。でもオイラ、炎の技は持ってないヨン」


会話をしながら奥へと進む。沢山の氷柱が、フィアスを映していった。単調な道が続き、氷柱にも飽きてくる。寒さだけが増していった。


「……むっ」


「おや、いたのかい?」


不意に、ゆらりと揺らめいた影。フィアスは自分達とは違う動きに気づいて、天井から自分の目線の高さまで長くぶらさがっている氷柱を見つめた。その氷柱は少し溶けかかっている。明らかにおかしい氷柱に、フルシャが笑った。


「カッカッカ!こいつにゃあまり頭はないようだねぇ!」


「ちょっと蹴ってみるヨン」


ライフが走り、思い切り回し蹴りを食らわす。折れた氷柱は悲鳴をあげ、呆気なく消えた。しかし、寒さは依然変わらない。


「ヒヒッ、こいつじゃないみたいヨ」


「……そうだな。しかし、おかげで見えた」


フィアスは改めて周りを見回した。氷柱が消えた瞬間、至るところの氷が光り方を変えたのだ。前にも見たことがある光り方だった。


「…姿を変えていた魔物が元に戻る。気をつけてくれ!BLAZE APPEAR HEAT(炎のように熱く)!」


剣の明かりを消し、炎を灯す。すると、いたる所に散らばって刺さっていた氷が一ヶ所に集まり、大きな魔物に形を成して、肉をつけた。白い体毛に、赤く血走った目、青い顔、丸太よりも太い腕で、胸板を叩きながらあげられた雄叫びに、フルシャの目がぎょろりと飛び出た。


「あれは……古代級だね。お主ら、無傷では済まぬぞ!覚悟はよいな!」


「…やるしかないだろう!」


「ヒヒッ、ちょっと怖いけど、いい素材が手に入りそうヨン!」


そう言ったライフが誰よりも早く駈けだし、跳躍する。魔物の目の高さまで跳び、ピエロ特有の丸まった靴先を二回、左右に刺して目潰しした。魔物は目を瞑り、怯む。


「はぁっ!!」


ライフほどは跳べなかったが、へその辺りに炎の剣を突き立てることができた。それに反応し、魔物はフィアスを掴みあげる。思わず、剣を放してしまった。


「しまっ、ぐぉああああ!」


顔の高さまで持ち上げられ、そこで両手の力で握り締められる。鎧がぎしぎしいって今にも割れそうだ。


「放さんかこの化けモンめ!ファイアーボール!」


詠唱が終わったようで、フルシャから火の球が向かう。それはフィアスを掴む手に当たり、魔物が力を緩めたその隙にフィアスは抜け出した。地に足をつけ、立ち上がる。


「助かった、すまぬフルシャ!」


「全く、ヒヤヒヤさせおって!」


とは言え、剣がまだ魔物のへそに刺さったままである。ライフがフィアスの横に躍り出た。


「とってくるヨ~ン!」


そう言うや否や、ライフは素早く魔物の死角へ駈けていき、早業でへそから剣を抜いてきてくれた。感覚がないのか、魔物の反応はない。剣が無事に手元に戻り、フィアスは安堵する。


「礼を言う、ライフ!」


「ヒヒッ、いいってことヨン」


不意に、魔物は大きく息を吸い込み出した。胸板が膨らんでいくのを見て、氷のブレスを吐くのだと感じたフィアスは剣を再び赤く光らせた。赤色の珠から強い魔力を感じてから、駈けだす。


「VOLCANO APPEAR HARD(火山のように激しく)!!」


魔物の足元で剣を振り下ろし、そこから火柱を立てる。突然現れた大きな火柱は、魔物を貫いて燃やす。魔物は苦しそうでいるが、雑魚のようにすぐには燃えない。


「…もう一発お見舞いしようかねぇ…!?」


魔物が暫く動けないと知ったフルシャが、おぞましい顔で笑った。嗄れた声で怪しげな詠唱が始まり、フルシャの周りを膨大な魔力が取り囲み、ライフもフィアスも思わず一歩、また一歩とフルシャから離れていく。


「な、なんだ…!?」


「お婆さん、怖いヨ…」


詠唱の言葉らしきものだろうが、何を呟いているかは聞き取れない。二人がまた一歩と離れた時だった。魔女が高笑いする。


「イ~ッヒッヒッヒッ!くらいなあたしのとっておき!フェイム・エゼットォォォ!!」


手を叩いたかと思えば、魔物の下に魔法陣が浮かび、新たに火柱が立つ。太く、赤く、熱く。さらにもがき苦しむ魔物の声に、魔女は笑う。


「ヒャッヒャッヒャッ!」


「……怖いヨン」


(…恐ろしい……)


炎に照らされ、老婆が怖く見える。魔物はフルシャを睨み、燃える腕を伸ばした。それに気づき、フィアスは駆け出して手を伸ばす。


「危ない、フルシャ!」

咄嗟に老婆を抱え、フィアスは魔物の腕を避ける。魔物は、それが最後の力だったようで、そのまま俯せに倒れた。燃える炎は、まだ消えない。


「…ヒヒッ、燃えないうちに盗っちゃうヨン」


ライフが果敢にも、炎の中へ手を伸ばして素材をとっている。フィアスはフルシャを降ろし、服装を正してやった。


「無事か、フルシャ」


「この通り無事さ。全く、その反応のよさを何であの時に……」


「……はは」


突然始まる説教。フィアスは、肩を竦めて苦笑いするしかなかった。その時、ライフから驚きの声があがる。


「ヒッ!周りの氷が消えていくヨ!」


周りを見回すと、洞窟内に刺さっていた氷が溶けていく。天井の氷柱が溶け、滴が魔物に当たる。魔物もまた、それに応えるように溶けていき、消え去った。魔物がいた場所に、カラフルに光る棒があった。


「これは…MAか!?」

その存在にいち早く気づいたのはフィアスで、すぐさま拾い上げる。そこにあったのは、見慣れた蒼き紋章。


「……MAだ」


分かるや否や、それを鎧の中にしまうフィアス。その顔は、魔物を倒した時よりも達成感溢れる表情をしていた。そこで、ライフがおかしそうに笑う。


「ヒヒッ、もしかしたらそれ、おじいさんのかもヨ」


「何!?…では返さないといけないのか……なんとかしてもらえぬだろうか」


「お礼にだったらくれるかもしれないねぇ…どちらにせよ、そやつに会わんと分からないだろう?」


「…そうだな」


洞窟の温度が少しあがり、寒さの苦しみがなくなる。一同は、外へと歩いた。


「…コン!」


出口に近い場所でラッチが鳴き、ライフの首から離れて駆け出す。いつもとは違う様子に、ライフは声を荒げた。


「…誰が死んでる!?」

脇目も振らずに駆け出す。が、途中でぴたりと止まり、思い出してとってつけたように、面白おかしくふらふら蛇行しながらまた走り出してライフは言い直した。


「ラッチ~どうしたヨ~!?」


「…やれやれ、急ぐぞフィアス」


ピエロの様子に、老婆が呆れながら杖をついて歩く。フィアスもライフが心配で、足を早めた。村に着いてからずっと、誰かが心配だったのだろう。何度もボロが出ていた。外の雪は減り、地面は見えないものの、家の扉が開くまでになった。


(…気になるな)


ライフの言葉が気にかかり、フィアスは青い屋根の家の扉を開ける。そこには、幾人か村人が集まっていた。村人に囲まれて、ライフと老人はいる。老人は新たな来客に、こう告げる。


「…やがて、嘘は真となる……」


それは、老人からは想像がつかないはっきりとした声音で、明らかにフィアスに告げていた。フィアスは村人に道を開けてもらい、ソファーに横たわる老人の側へ行き、膝をついた。


「我が名はフィアス、フィアス・ファクトリー。別名『天地水を操りし者』だ」


「…我が名はアルヒ、アルヒ・アンリッヒ。別名『心を操りし者』よ」


アルヒと名乗る老爺は、こちらに向き、力なき手を差し出す。その手を見て思い出し、フィアスは棒を取り出して乗せる。しかし、老爺はその手を上にあげた。フィアスは棒を受け取り、鎧にしまう。二人の雰囲気には、誰が近づくことも許されなかった。


「……道を正し、真と生きよ」


「…分かりました」


「…やがて、嘘は真となる」


「…ああ」


誰も会話に入らせず、二人は話す。フィアスは、静かに言った。


「……他に物見族を知っているか?」


「……カレン」


「…カレン?」


「…はぁ…ぁ…ぁぁ…」

老爺は天井を見つめ、息を深く吐く。そのまま、目を閉じて開ける気配がない。そこにすかさず、ライフが口を挟んだ。


「おじいさん、寝ちゃったヨ。今は静かに寝かせヨ。オイラがベッドに持って行くから、みんなは外に行っててヨン」


ピエロは、軽々と老人を抱き上げて、時々落としそうになりながら老爺の部屋へ運ぶ。ライフは、最後の最後でピエロになった。


(…………カレン)


フィアスは村人達と共に外に出て、老人の言葉を繰り返す。人名のようだが、実は小さな村の名前である。いずれ、そこにある特産物目当てで寄ろうと思っていたところだ。


「おや、もう事は済んだのかい?」


「ああ、済んだ」


「そうかい…」


たった今、洞窟から出てきたのだろう。足跡が後ろにあった。フルシャは、悲しみにくれる村人を見渡して、ぽつりと呟く。


「…あたしが死んだ時も、あんな風に泣かれたいねぇ」


「…………」


フィアスは、何も言わなかった。フルシャも、ライフの居所を聞かなかった。


「…そうか」


ふと、フィアスはようやく気づく。ここは―――。


「ヒヒッ!おじいさん寝かしてきたヨ!」


ライフが元気に青い屋根の家から出てくる。一人の村人が、ライフの肩に手をかけた。


「いつでも、帰ってきていいからね」


「……ヒヒッ、ありがとヨン!」


ライフは片足立でバランスをとりながら、ふざけたお礼を言う。その姿に、村人は笑って、泣いた。一人の女性が微笑む。


「ちゃんとピエロ、やってるわね」


「ヒヒッ、ソミュール生まれは強いんだヨ~ン!」


その場で変な踊りをする。村人達のすすり泣きが、笑い声に変わる。少し遠くから見ていた二人は、何事もなかったように会話をする。


「それで?次はどこに行くんだい?」


「カレンだ…ほら、特産物で有名な」


「ああ、あそこかい?あたしの出身地じゃないか」


「そうなのか!?」


「そうさ!なんだ、それならあたしの魔法でいけるじゃないかい!歩かずに済むねぇ」


途端、フルシャは会話途中にも関わらず、故郷に想いを馳せてこちらに帰ってこなくなる。フィアスは、もう一つの転移装置が心配だったが、こちらが起動してない限り使えないので、大丈夫だろうと思った。


「……い、いつまで踊っているのだ、ライフ?」

「ヒヒッ、誰かが止めてくれるまでヨン!鬼さんこちらー!」


「あ、待て!待ってくれライ…待てぇ!」


普段はフルシャが止めるのだが、そのフルシャが止めないため、今回はフィアスが止めねばならなかった。
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