長編
「雪がやんできたな」
山を降りた麓にある、真っ白な足跡ばかりが残る白き村、ソミュール。目的の村に着いて、轟音の吹雪が無音の雪になった。辺りを見れば、家が並んでいる。真ん中はひらけていて、駆け回る時に犬が喜びそうだった。
「やれやれ…ひとまず、と言った所じゃな」
「フルシャ、休むか?」
「いんや、若いモンには負けんわい!」
フルシャは、伸ばせない腰を伸ばそうとして力を入れた。そのせいか、杖が雪に深くはまってしまう。
「ホガッ!?」
「フルシャ!」
その際に杖が手から離れてバランスを崩し、ぎっくり腰になってしまった。フィアスは急いで杖を引っこ抜いて手渡してやる。そのおかげで、フルシャは何とか雪に倒れずに済んだ。
「無事か!?」
「アイタタ…所々深いね。お主も気をつけよ」
「分かっている」
「ヒヒッ!前に来た時よりも雪が積もってるヨン!ラッチ、できるヨ?」
「コン」
ラッチはライフから離れ、比較的浅いところを自ら歩いて探していく。鼻をくっつけ、冷たそうにしていた。しかし、積もりすぎているのか、ラッチの鼻でも地面に近いところは探せないようで、しょんぼりした様子でライフの首に戻っていった。雪の問題に、フィアスが唸る。
「どうしたものか…」
「仕方あるまい。フィアス、確か炎の技を持っておったな?ブレイズなんとかって」
「BLAZE APPEAR HEAT(炎のように熱く)か?雪を溶かすと言うのだな?」
「そうじゃ。それに、辺りを見てみよ」
フルシャに言われて、フィアスは改めて村の様子を見た。来た時には気づかなかったが、雪に埋もれていて扉が見えない。それどころか、人が歩いてもいなかった。降雪量からは考えられない積雪量。ちらりと見えた一つの窓には、外を窺う人影があった。
「これは……」
「ヒヒッ、きっと、魔物の仕業ヨン」
「やはり…お主、ソミュールで何か起こったか心当たりがあるんじゃろ?」
フルシャの目が剥き出しになり、ライフは素直に怖いと飛び上がる。どこにも入れない寒さの中、ライフは丁寧に話してくれた。
「この村には、時折雪を操る魔物が迷い込んでたヨン!その度に、おじいさんが魔物を追っ払って不思議な力で雪を減らしてたんだヨ~ン!……でも」
突然、声のトーンが落ち、ライフは白に覆われた青い屋根の民家を見てこう発した。
「雪がここまでずっと積もり続けているなら、もう……」
「コン…」
表情は笑っているが、今ばかりは涙のメイクが目立ち、ラッチも不安そうに声を出す。数秒後、ライフは何かに気づいた様子で慌てて取り繕った。
「ヒ、ヒヒッ!オイラとしたことがっ…とにかく、まずはこの雪をなんとかするヨン!そぉれっ!」
ライフは青い屋根の民家の近くに行き、足を後ろに少し上げて力いっぱい雪を蹴り上げる。すると、多くの雪が舞った。扉が少し見える。フィアスも手伝おうと、剣に炎を宿した。
「貴女は休んでいてくれ、ここは我らがやろう!BLAZE APPEAR HEAT(炎のように熱く)!」
負けじと剣を振り、剣を雪に近づけて熱で溶かしてゆく。フルシャは、相当腰にきているらしく、腰を叩きながら杖をついて立っていた。
「…ゼェゼェ……」
どのくらい経っただろうか。やはり雪を蹴り上げるのは疲れるらしく、ライフの息が荒くなる。フィアスも熱でじっくり溶かすのは、そろそろじれったくなっていた。フィアスは雪を一気に溶かそうと思い、心を落ち着けた。剣を両手に握り、目を閉じて集中する。
「BLAZE APPEAR HEAT(炎のように熱く)…AND!」
「…む?」
聞き慣れないフィアスの言葉に、フルシャが耳を傾けた。魔力を高め、ゆっくりと言葉を発する。
「ADD POWERFUL RUN(加えて力強く走る)!!」
剣を雪に深く刺す。剣の熱以外にも、雪の中で炎が辺りに飛び散ったようで、みるみる雪が溶けていく。やがて一つの民家の扉が見えるようになり、急いで扉が開かれた。髭を生やした男性が、白い息をはいてフィアスに駆け寄って笑う。
「あなた方の動きは見えていました。本当にありがとうございます!よかったら、これを使って下さい」
「これは…MA!?」
フィアスは驚きつつも、男性から緋色の珠を受け取った。中には、見慣れた青い紋章が入っていた。
(まさかこんな所で手にするとは…)
「私には使い方がわかりません…売るなりなんなりして下さい」
「…有り難くいただこう」
フィアスのお礼を聞いた男性は、にっこり笑って家の中に戻る。手の平に転がる珠を見れば、熱いものが感じられた。
(恐らく、炎強化用のMAだろう…持っているだけで効果があるから分かりづらいのだな)
珠を鞄にしまい、フィアスは再び魔力を高める。先程とは違う力の感じ方に戸惑いながらも、剣を握った。フルシャが驚いて、こちらを見つめているのを尻目に瞼を閉じる。やがて、脳内に浮かぶ新しい言葉の綴り。
「VOLCANO APPEAR HARD(火山のように激しく)!!」
剣を振り下ろせば、そこから火柱が湧き立ち、辺りにも火柱が立って階段状に拡散する。
「…あ、まずいか…?」
雪は溶けていくが、火柱の勢いがあまりにもよすぎる。幸い、扉まで燃やしてしまわないか不安になる程のぎりぎりなところで消えてくれた。胸をなで下ろしたフィアスを、遠くからフルシャが怒鳴る。
「家まで焼き尽くす気かい!?」
「す、すまん!我も正直ハラハラして…腰はもういいのか!?」
「じゃーかしい!あたしの手本を見な!!」
心配するフィアスを黙らせ、杖をくるくると振り回す老婆。フィアスは口を閉じ、肩を竦めた。流石のピエロも老婆の横暴振りに微かな笑みを見せる程度しかしない。陽気に跳ねながら近づき、ライフは耳打ちする。
「今のはちょ~っと酷いヨ?」
「……恐らく…」
フィアスはフルシャを庇おうと、言葉を選びながら答える。老婆が若干無理をしているのが見えた。
「フルシャのこと、腰はまだだ…我は力の配分を考えなかったことを反省せねばな。家を燃やさぬ内に、我にやり方を教えてくれようと動いてくれているのだろう」
「…ヒヒッ、相変わらずの強がり婆さんヨン」
フィアスの気持ちを汲み取ったライフは離れていき、除雪作業を再開する。フィアスはフルシャの厚意に感謝した。
(村を助けたいのにぎっくり腰では…やはり、フルシャも煩わしいのだな)
フィアスは無理をして動く老婆を眺めた。そこに老いた自分の未来想像を重ねて、根拠のない不安にかられる。
(我もいつかは体が悪く、喧しく、皺が増え、昔を嘆き、話を長くしたりして、若い者にうざがられるのだろうか……)
できることなら、健康に老いてゆきたい。フルシャを見ていると、背筋を伸ばしたくなるのだった。軽く詠唱して、火の球を雪に飛ばすフルシャ。馴染みの力で雪は丁度よく溶ける。一度考えてしまうと、嗄れ声も気になるものだった。喋る度に喉が転がるように鈍く鳴る。
(……昔、ギルドに依頼を持ってきたお婆さんが常に口を動かして嫌な音をさせていたな)
口の中に常に何かがあるように動かしているその音が耳障りだった、不愉快な記憶。今に考えれば複雑な思い出だ。
(…我も、やるようになってしまうのだろうか)
周囲の迷惑そうな、冷たい視線。ふと思い浮かべて、それを恐れた。
「んぬぬぬぬぬぐ…」
力を増減して調整し、杖に込める。フィアスは黙って見届けた。少し大きい火球が飛ぶ。少し広く雪が溶けた。
「こんな風さ…ぬわっ!」
フルシャは得意気に言うと、力加減を気にしながら杖をつく。上手くいかず少し埋まって、慌てて引っこ抜く様子が微笑ましかった。
「ヒヒッ、ヒヒヒ」
ライフはというと、二人の前では笑っていたが、余程心配なのだろう。青い屋根の家近くを除雪し続けていた。何度も何度も雪を蹴り飛ばしている。ラッチも小さな手で、懸命に雪掻きをしていた。
「……いつになれば終わるだろうか」
ぽつりと呟いて、まずは拡散しない火柱を立てることに集中する。フルシャがやっていたように、力を増減して、調整する。真っ赤に光らせた剣を、振り下ろした。
「VOLCANO APPEAR HARD(火山のように激しく)!」
叩きつけるように振り下ろせば、火柱が立って雪解けが広がる。しかし、フィアスが呟くように、やはりライフも息を切らす。
「ヒー…ヒーッ…埒があかないヨン」
「…貴方もそう思うか」
「確かに、埒があかないね。根源を叩くしかないんじゃあないかい?」
「そのようだ」
「コン!」
ラッチがライフの首に巻き付き、短い足で洞窟を指し示す。ライフは間を置いて、いつものように笑った。
「ヒヒッ、そういえばお爺さん、言ってたヨ。何かあったらあの洞窟に行くといいってヨ!」
ライフは疲れている素振りを見せずに跳ね踊る。その言葉を聞いたフルシャの体が怒りに震え、真っ赤な顔で杖を振り回した。
「…お主!!何でそれを先に言わんかぁっ!」
「ヒィ!」
「無駄に魔力を使ったじゃないのさ!?」
「勘弁してヨン!オイラだってたった今、思い出したんだヨン!」
「じゃーかしい!もっと前に思い出さんかい!」
「ヒィイ!」
杖を振り回す老婆から逃げるピエロを呆れながら見つめる回復魔法士。ぎっくり腰はよくなったようで、フィアスは安堵した。しかしまた悪くなるといけないので、いつものようにフルシャを宥める。
「そう怒るな、こうしてMAも貰えたのだし……ライフも知り合いが心配だったのだろう、許してやってくれ」
「…仕方ない…ほら、さっさと来んか!」
フルシャは杖をつき、洞窟に向かってゆっくり歩く。フィアスは、その後ろをついていった。ライフは終始笑うだけだったが、やがて、二人の前に躍り出て片足立ちをする。格好はふざけているが、笑い泣く顔の奥に、暖かみがあった。
「…ありがとヨン」
「……全く、ピエロは黙って笑い転げていればいいんじゃ」
「…仲がいいのか悪いのか…はっきりしてくれ、二人共」
二人の仲を心配していたフィアスが肩を落として剣をしまう。その様子に、仲のいい二人は顔を見合わせ、それから大口を開けて笑い出した。
「ヒャッヒャッヒャッ…まだまだ青いのう!」
「ヒヒッ、いずれ分かるヨン」
「…い、行くぞ!」
やはり自分はまだ大人になりきれていない。フィアスは耳が熱くなっていくのを感じながら、足早に洞窟へと入っていった。
山を降りた麓にある、真っ白な足跡ばかりが残る白き村、ソミュール。目的の村に着いて、轟音の吹雪が無音の雪になった。辺りを見れば、家が並んでいる。真ん中はひらけていて、駆け回る時に犬が喜びそうだった。
「やれやれ…ひとまず、と言った所じゃな」
「フルシャ、休むか?」
「いんや、若いモンには負けんわい!」
フルシャは、伸ばせない腰を伸ばそうとして力を入れた。そのせいか、杖が雪に深くはまってしまう。
「ホガッ!?」
「フルシャ!」
その際に杖が手から離れてバランスを崩し、ぎっくり腰になってしまった。フィアスは急いで杖を引っこ抜いて手渡してやる。そのおかげで、フルシャは何とか雪に倒れずに済んだ。
「無事か!?」
「アイタタ…所々深いね。お主も気をつけよ」
「分かっている」
「ヒヒッ!前に来た時よりも雪が積もってるヨン!ラッチ、できるヨ?」
「コン」
ラッチはライフから離れ、比較的浅いところを自ら歩いて探していく。鼻をくっつけ、冷たそうにしていた。しかし、積もりすぎているのか、ラッチの鼻でも地面に近いところは探せないようで、しょんぼりした様子でライフの首に戻っていった。雪の問題に、フィアスが唸る。
「どうしたものか…」
「仕方あるまい。フィアス、確か炎の技を持っておったな?ブレイズなんとかって」
「BLAZE APPEAR HEAT(炎のように熱く)か?雪を溶かすと言うのだな?」
「そうじゃ。それに、辺りを見てみよ」
フルシャに言われて、フィアスは改めて村の様子を見た。来た時には気づかなかったが、雪に埋もれていて扉が見えない。それどころか、人が歩いてもいなかった。降雪量からは考えられない積雪量。ちらりと見えた一つの窓には、外を窺う人影があった。
「これは……」
「ヒヒッ、きっと、魔物の仕業ヨン」
「やはり…お主、ソミュールで何か起こったか心当たりがあるんじゃろ?」
フルシャの目が剥き出しになり、ライフは素直に怖いと飛び上がる。どこにも入れない寒さの中、ライフは丁寧に話してくれた。
「この村には、時折雪を操る魔物が迷い込んでたヨン!その度に、おじいさんが魔物を追っ払って不思議な力で雪を減らしてたんだヨ~ン!……でも」
突然、声のトーンが落ち、ライフは白に覆われた青い屋根の民家を見てこう発した。
「雪がここまでずっと積もり続けているなら、もう……」
「コン…」
表情は笑っているが、今ばかりは涙のメイクが目立ち、ラッチも不安そうに声を出す。数秒後、ライフは何かに気づいた様子で慌てて取り繕った。
「ヒ、ヒヒッ!オイラとしたことがっ…とにかく、まずはこの雪をなんとかするヨン!そぉれっ!」
ライフは青い屋根の民家の近くに行き、足を後ろに少し上げて力いっぱい雪を蹴り上げる。すると、多くの雪が舞った。扉が少し見える。フィアスも手伝おうと、剣に炎を宿した。
「貴女は休んでいてくれ、ここは我らがやろう!BLAZE APPEAR HEAT(炎のように熱く)!」
負けじと剣を振り、剣を雪に近づけて熱で溶かしてゆく。フルシャは、相当腰にきているらしく、腰を叩きながら杖をついて立っていた。
「…ゼェゼェ……」
どのくらい経っただろうか。やはり雪を蹴り上げるのは疲れるらしく、ライフの息が荒くなる。フィアスも熱でじっくり溶かすのは、そろそろじれったくなっていた。フィアスは雪を一気に溶かそうと思い、心を落ち着けた。剣を両手に握り、目を閉じて集中する。
「BLAZE APPEAR HEAT(炎のように熱く)…AND!」
「…む?」
聞き慣れないフィアスの言葉に、フルシャが耳を傾けた。魔力を高め、ゆっくりと言葉を発する。
「ADD POWERFUL RUN(加えて力強く走る)!!」
剣を雪に深く刺す。剣の熱以外にも、雪の中で炎が辺りに飛び散ったようで、みるみる雪が溶けていく。やがて一つの民家の扉が見えるようになり、急いで扉が開かれた。髭を生やした男性が、白い息をはいてフィアスに駆け寄って笑う。
「あなた方の動きは見えていました。本当にありがとうございます!よかったら、これを使って下さい」
「これは…MA!?」
フィアスは驚きつつも、男性から緋色の珠を受け取った。中には、見慣れた青い紋章が入っていた。
(まさかこんな所で手にするとは…)
「私には使い方がわかりません…売るなりなんなりして下さい」
「…有り難くいただこう」
フィアスのお礼を聞いた男性は、にっこり笑って家の中に戻る。手の平に転がる珠を見れば、熱いものが感じられた。
(恐らく、炎強化用のMAだろう…持っているだけで効果があるから分かりづらいのだな)
珠を鞄にしまい、フィアスは再び魔力を高める。先程とは違う力の感じ方に戸惑いながらも、剣を握った。フルシャが驚いて、こちらを見つめているのを尻目に瞼を閉じる。やがて、脳内に浮かぶ新しい言葉の綴り。
「VOLCANO APPEAR HARD(火山のように激しく)!!」
剣を振り下ろせば、そこから火柱が湧き立ち、辺りにも火柱が立って階段状に拡散する。
「…あ、まずいか…?」
雪は溶けていくが、火柱の勢いがあまりにもよすぎる。幸い、扉まで燃やしてしまわないか不安になる程のぎりぎりなところで消えてくれた。胸をなで下ろしたフィアスを、遠くからフルシャが怒鳴る。
「家まで焼き尽くす気かい!?」
「す、すまん!我も正直ハラハラして…腰はもういいのか!?」
「じゃーかしい!あたしの手本を見な!!」
心配するフィアスを黙らせ、杖をくるくると振り回す老婆。フィアスは口を閉じ、肩を竦めた。流石のピエロも老婆の横暴振りに微かな笑みを見せる程度しかしない。陽気に跳ねながら近づき、ライフは耳打ちする。
「今のはちょ~っと酷いヨ?」
「……恐らく…」
フィアスはフルシャを庇おうと、言葉を選びながら答える。老婆が若干無理をしているのが見えた。
「フルシャのこと、腰はまだだ…我は力の配分を考えなかったことを反省せねばな。家を燃やさぬ内に、我にやり方を教えてくれようと動いてくれているのだろう」
「…ヒヒッ、相変わらずの強がり婆さんヨン」
フィアスの気持ちを汲み取ったライフは離れていき、除雪作業を再開する。フィアスはフルシャの厚意に感謝した。
(村を助けたいのにぎっくり腰では…やはり、フルシャも煩わしいのだな)
フィアスは無理をして動く老婆を眺めた。そこに老いた自分の未来想像を重ねて、根拠のない不安にかられる。
(我もいつかは体が悪く、喧しく、皺が増え、昔を嘆き、話を長くしたりして、若い者にうざがられるのだろうか……)
できることなら、健康に老いてゆきたい。フルシャを見ていると、背筋を伸ばしたくなるのだった。軽く詠唱して、火の球を雪に飛ばすフルシャ。馴染みの力で雪は丁度よく溶ける。一度考えてしまうと、嗄れ声も気になるものだった。喋る度に喉が転がるように鈍く鳴る。
(……昔、ギルドに依頼を持ってきたお婆さんが常に口を動かして嫌な音をさせていたな)
口の中に常に何かがあるように動かしているその音が耳障りだった、不愉快な記憶。今に考えれば複雑な思い出だ。
(…我も、やるようになってしまうのだろうか)
周囲の迷惑そうな、冷たい視線。ふと思い浮かべて、それを恐れた。
「んぬぬぬぬぬぐ…」
力を増減して調整し、杖に込める。フィアスは黙って見届けた。少し大きい火球が飛ぶ。少し広く雪が溶けた。
「こんな風さ…ぬわっ!」
フルシャは得意気に言うと、力加減を気にしながら杖をつく。上手くいかず少し埋まって、慌てて引っこ抜く様子が微笑ましかった。
「ヒヒッ、ヒヒヒ」
ライフはというと、二人の前では笑っていたが、余程心配なのだろう。青い屋根の家近くを除雪し続けていた。何度も何度も雪を蹴り飛ばしている。ラッチも小さな手で、懸命に雪掻きをしていた。
「……いつになれば終わるだろうか」
ぽつりと呟いて、まずは拡散しない火柱を立てることに集中する。フルシャがやっていたように、力を増減して、調整する。真っ赤に光らせた剣を、振り下ろした。
「VOLCANO APPEAR HARD(火山のように激しく)!」
叩きつけるように振り下ろせば、火柱が立って雪解けが広がる。しかし、フィアスが呟くように、やはりライフも息を切らす。
「ヒー…ヒーッ…埒があかないヨン」
「…貴方もそう思うか」
「確かに、埒があかないね。根源を叩くしかないんじゃあないかい?」
「そのようだ」
「コン!」
ラッチがライフの首に巻き付き、短い足で洞窟を指し示す。ライフは間を置いて、いつものように笑った。
「ヒヒッ、そういえばお爺さん、言ってたヨ。何かあったらあの洞窟に行くといいってヨ!」
ライフは疲れている素振りを見せずに跳ね踊る。その言葉を聞いたフルシャの体が怒りに震え、真っ赤な顔で杖を振り回した。
「…お主!!何でそれを先に言わんかぁっ!」
「ヒィ!」
「無駄に魔力を使ったじゃないのさ!?」
「勘弁してヨン!オイラだってたった今、思い出したんだヨン!」
「じゃーかしい!もっと前に思い出さんかい!」
「ヒィイ!」
杖を振り回す老婆から逃げるピエロを呆れながら見つめる回復魔法士。ぎっくり腰はよくなったようで、フィアスは安堵した。しかしまた悪くなるといけないので、いつものようにフルシャを宥める。
「そう怒るな、こうしてMAも貰えたのだし……ライフも知り合いが心配だったのだろう、許してやってくれ」
「…仕方ない…ほら、さっさと来んか!」
フルシャは杖をつき、洞窟に向かってゆっくり歩く。フィアスは、その後ろをついていった。ライフは終始笑うだけだったが、やがて、二人の前に躍り出て片足立ちをする。格好はふざけているが、笑い泣く顔の奥に、暖かみがあった。
「…ありがとヨン」
「……全く、ピエロは黙って笑い転げていればいいんじゃ」
「…仲がいいのか悪いのか…はっきりしてくれ、二人共」
二人の仲を心配していたフィアスが肩を落として剣をしまう。その様子に、仲のいい二人は顔を見合わせ、それから大口を開けて笑い出した。
「ヒャッヒャッヒャッ…まだまだ青いのう!」
「ヒヒッ、いずれ分かるヨン」
「…い、行くぞ!」
やはり自分はまだ大人になりきれていない。フィアスは耳が熱くなっていくのを感じながら、足早に洞窟へと入っていった。