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長編

フルシャの前に置かれたのは、老婆の歯を考慮したカレーだった。肉も芋も柔らかく、食べやすい。そんな考慮しなくてもいいと言ったのだが、フィアスが譲らなかったと、ライフの口から伝えられた。


「全く、お主はつくづく紳士よのぅ」


「いや、これもライフが手伝ってくれたおかげだ」


「…ヒヒッ、オイラは何もしてないヨン」


自分の分をラッチに分けてやったライフがへらへらと滑稽に笑うが、フィアスは言わないでいた。実は、カレーを作る前にフルシャへの考慮を持ち出したのはライフの方なのだ。別に隠す必要はないと思ったが、ライフは小さくこう囁いた。


「なるべく老いを体で感じさせたくないんだヨン」


それ以上は何度追求しても、ヒヒッとしか言わなかった。恐らく、ピエロ独特のプライドなどがあるのだろう。


「ふむぅ…うまい」


「ヒヒッ、物を口に入れて喋っちゃだめだヨン」


「カッ、お主が言うな!」


「喧嘩をするな、二人とも!」


カレーを食べ終える頃には、吹雪が雪へと変わっていた。しんしんと静かに降り注ぐ。片づけをしている最中、ラッチはフルシャの玩具になっていた。耳や髭、鼻を触られたり。しかし、嫌がってはいない。何せ、玩具にされにきたのはラッチ自身。老婆は狐を愛おしそうに撫でて毒を吐いた。


「はぁぁ…全く、なんていい子なんだい?主人とは大違いだよ」


「それ、どういう意味ヨ?」


困ったように笑っているライフ。立ち上がろうとしていたので、フィアスが手を貸した。ラッチはライフの肩に戻り、マフラーのように巻き付く。

「本当に、いい子じゃな。カッカッカ!」


意味深に笑うフルシャの言葉。さりげなく伝えられた事に、フィアスは気づいても気づかぬ振りをしていた。相互間での不器用な思いやり。まるで、昔の自分を見たようだ。


(我らは大人だが、子供のような時もあるのか。素直に伝えないのは、大人流の思いやりか?)


大人になったばかりの自分にはわからないこと、時が解決してくれるだろうと自分に言い聞かせた。さあ小屋を出ようとしたところで、ふと思い立って振り返る。


(……どうする)


父のMAだ。持って行きたい想いは十分にある。だが、あそこに置いてあるということは、何かしら意味があるはずだ。しかし、もう一つのMAのことを考えると、やはり持って行った方がよいのでは―――。


「いいんじゃないかい?」


相談するまでもなく、フルシャがしわを口元に寄せる。


「もう一つがあんな状態だったんだ。持ってゆけ、フィアス」


「……そうだな」


やはりフルシャももう一つのMAのことを考えて、持って行く案を出した。フィアスはMAの電源を切り、持ち上げる。


「しかし…鞄に入れるには少しでかい。どれ、あたしのスレンマに入れるかい?」


「いや、我にも収納庫はある。だいたい、我の持つMA全てが鞄に入りきると思っているのか?」


自分が身に纏う鎧の中に無理矢理MAを入れる。ぎりぎりどころか、普通に入っていった。フルシャの目玉が飛び出しそうなくらい、見開かれる。ライフは飛び跳ねて、鎧を指さした。


「オイラわかった!それ自体もMAだヨン!」


「その通り!」


「MAマニアかえ?」


「そう思ってもらっても構わない。正直、我は父を尊敬しているし、MAが大好きだ」


そこから、少年のあどけなさを前面に押し出して小屋の扉の前にも関わらず熱くMAについて語り出すフィアス。しかし、長くはなく、手短に語っただけだった。


「さあ、行こう」


「え、終わりヨ?」


「そうだが?」


それは、聞く側があまりにも短いと思うほどの語りだった。それでも、立ち話をしている最中にまた吹雪いたら困る。一同は早急に小屋を立ち去った。山の中は雲が立ちこめ、霧が深い。


「足下に気をつけな!」


「分かったヨン」


「魔物に出くわした時はどうする?」


「あたしが何とかしてやるさね」


自信満々に口端を吊り上げるその姿が恐ろしい。だが、フルシャの実力なら安心できるのも事実。フィアスはその言葉に頷いた。麓を目指して周りに気を配りながら降りていく。フルシャの足にも負担は大きいだろう。時折支えてやりながら、ゆっくりと下山した。


「コン!」


「ヒヒッ、残念ながら遭遇ヨン!」


「なんだと!」


ラッチが何かを察して鳴く。ライフの言葉と共に現れた魔物のその姿に、恐怖を覚えた。大きい。


「あれは三ツ星クラスの魔物か…?まさかこんな時に!」


魔物は進行方向とは反対にいて、こちらに向かって吠えている。フルシャの体が心配だが、やってもらうしかない。この中であんなのを倒せるのはこの老婆しかいないのだ。しかし、だからと言って何もできないと歯痒い思いをすることはない。老婆を支えたり、陽動して詠唱時間を稼いだりの知恵はある。


「ヒヒッ、鬼さんこちら!こっちだヨン!」


ライフは迷わず飛び出し、魔物の周りを鬱陶しい虫のように跳ね回る。フィアスは雪の降り積もる急な坂道でフルシャの杖を預かり、代わりに体を支えた。


「フルシャ、我が支えている。安心して詠唱してくれ」


「カッカッカ!そうさせてもらうかね!」


「早くヨ~」


陽動しているライフがラッチと協力して、攻撃を避けながら気を惹き続けている。フルシャは腕を前に突きだし、両の掌を魔物に向けた。足下には魔法陣が描かれ、ローブが舞う。


(くっ…凄い魔力だ…!)

老婆の体に触れ、支えているフィアスが今最もフルシャを恐れている者だろう。理解不能な呟きを続けた魔女は口端を吊り上げ、嗄れた声で精一杯叫んだ。


「どきな若造!ヤムア・ウッゼ!!」


一瞬。フルシャの両手の間から、魔物に向かって細い光線が放たれたならば、魔物は呆気なく倒れてしまった。


「…適わないな」


「カッカッカ!さて、回収といこうかねぇ」


フィアスから杖を奪うように取り、元気よく歩き出すフルシャ。その背中は曲がっていたが、魔女の凛々しさを残していた。フィアスは微かに笑い、老婆の後をゆっくりついていった。


「これとこれとこれ。ヒヒッ、結構レアなものが盗れたヨン!」


ライフがフルシャに様々な物を差し出す。フルシャは首にある勾玉でスレンマを挟み、大きくした。ライフはそれらを入れてやり、フルシャがまたスレンマを小さくする。不意に、魔女は不気味な笑い声をあげた。


「イッヒッヒ…村についたらとびきりイイモノを作ってやるさね…」


「ヒィ!お婆さんがさらに魔女っぽくなったヨ!」


「あたしゃ魔女さね!」


足場の悪い雪の坂道でも、駆け回る二人。フィアスは二人のこの喧嘩が終わるまで、フルシャが雪に足を取られて体に支障が出ることを案じねばならなかった。
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