長編
宿屋で荷物をまとめ、持ち物を確認する。何も盗まれていなかった。宿屋を出ると町は相変わらず賑やかで、人が沢山いる。そんな中、フィアスの腹がなって、そういえばと思い出す。
「バタバタしていて昼もろくに食べていなかったな…」
「オイラは食べたヨン!」
「あたしもノワーリア王女様と昼を共にさせてもらったねぇ。ずぅっと探してたのかい?」
「ああ。大切な物だからな」
「どこまでも律儀な奴じゃ」
鼻で呆れられ、苦笑いするフィアス。腹の足しになればいいと、クッキーをかじった。
「…美味いな」
「大方、あの女銃士が教えたんだろうて。レンジの音も知らない王女様が作れるわけないだろ」
「ヒヒッ、今の、王女様への悪口になるヨン」
「おっと…こればかりはあたしが悪いね」
「珍しいな、フルシャが失言するとは…」
「なんだって!?」
ギョロリと睨まれ、フィアスはしまったと固まる。ライフは呑気に笑う。次の瞬間、街中にも関わらず、フルシャが杖を振り回して怒鳴り散らす。
「あたしが失言しちゃあいけないってのかい!」
「ち、違う!我は…」
「だぁまらっしゃぁい!」
杖でバシバシと叩かれる。その時に、あちこちで何かの気配が消えたのをフィアスは感じた。周りの視線は集まり、自分達は注目の的。ライフがステップで踊りながら知らせた。
「ヒヒッ、いなくなったヨン」
「奴等はあくまでも影。これだけ注目されちゃ出てこれないだろうさ」
(…宿屋に仕えていた盗賊団か。影の支配者――ノワーリア王女様は大丈夫なのだろうか?)
だが、こちらも止まってはいられない。自分以外の物見族と、話がしたい。
(しかし…)
運がよかった。実は、消えていく気配がするまでフィアスは盗賊団に気づかなかったのだ。
(我もまだまだだな…フルシャやライフが気づいていたにも関わらず…これは我の胸の内だけにしまっておこう)
ふと、空を仰ぎ見た。自分のように青い空だった。恥ずかしく思っている自分とは裏腹に清々しかった。
「何してんだい、早く行くよ!」
「あ、ああ。すまない、今いく」
いつの間にか二人はエクセルの出口にいて、フィアスは人混みをかき分けて向かった。出口に来て、エクセルを振り返る。また戻ってくることはあるのだろうか?
(これだけの大都市だ。装備やら依頼やらで、また戻ってくるだろう。しばしの別れだ…エクセル)
また仲間を待たせてはいけない。フィアスはエクセルに背を向けて歩き出した。外に出て早々、雑魚の魔物が集まってくる。フルシャは、顎でフィアスに行けと示した。ライフにはフィアスに任せておくよう言った。それにライフは疑問を感じたようだ。
「何でヨ?」
「あやつは転職したばかりでの。回復魔法士になれば攻撃力は上がらん。だから、せめて雑魚だけはあやつにやらせるのさ。元剣士だった頃の自分を失いたくないってのもあるのかねぇ」
「ヒヒッ、きっとこれまでの経験を腐らせずに活かしたいんだと思うヨン」
「おや、あんた。たまにはいいこと言うじゃないかい」
「お婆さんに誉められても何も嬉しくないヨ」
「珍しく誉めてみたらこれだ!黙ってとっときな馬鹿たれ!」
「ヒィッ!」
「待たせたな…」
口喧嘩でフルシャがギョロリとした眼で睨んでいると、大分息切れしたフィアスが戻ってきた。その様子に驚いたフルシャは魔物を見る。まだ生きていた。
「これはどういうことだい?」
「…後は頼んだぞ、ライフ」
雑魚相手に苦戦するなどいくら回復魔法士でもフィアスにはあり得ない。だがそう言ったきり、へなへなと座り込んでしまう。ライフは嬉しそうに小躍りした。
「ヒヒッ、見る限り後一撃ヨン。ラッチ、やるヨ!」
「コン!」
ライフは、素早い手の動きで雑魚共をはたくようなことをする。ラッチは、尻尾ではたいて何かを盗る。ライフが盗賊なら、ラッチも盗賊なのだ。雑魚は倒れて消える。魔物を倒すと盗むことができなくなるので、フィアスはわざと盗賊の一撃で倒せるように手加減したのだ。ライフから、目的の場所は遠いと聞いた。雪山を越えた、小さな村にその老人はいるらしい。ワープで行こうにも、フルシャはワープの魔法を使えない。ワープできるMAなどがあれば、少しは道を短縮できるのだが―――
「ヒッ?これは…MA?」
「MA?一体どんなだ?」
どうやら、ラッチが盗ったものがMAだったらしい。フィアスに手渡されたMAは、見る限り部品が飛び出ていたりと完全に壊れていた。魔物はMAの使い方を知らない。ましてや雑魚なら尚更だ。扱い方が乱暴だったのだろう。
「ありゃまあ…これじゃあ使い物にならないね」
フルシャがMAをのぞき込んで言う。フィアスは荷物から小人のMAを取り出した。エクセルで買ったMA修理用MAだ。使い方はなんとなく分かる。父のことを考えると、スイッチやら動かし方やら何に使うかまで丸分かりなのだ。あまり複雑な仕組みだと理解してもらえず、使えない人がでてくる。フルシャのようにだ。フィアスは小人を動かすスイッチを入れる。小人が動いた。きょろきょろして修理するものを探しているようだ。やがて見つけて向かっていくその様子に、フルシャが感嘆の息を漏らす。
「ほぉ~…偉いねぇこの子は。どっかのピエロとは大違いだよ」
「ヒヒッ、そうやっていちいちつっかかるクセ、よくないと思うヨン」
「だぁまらっしゃい!」
フルシャが杖を振り回す。ライフは逃げる。こんな光景にはもう慣れて、フィアスにはむしろほのぼのしたものに見えてきていた。そして、無理をしてフルシャが腰を痛める。それを自分が労る。このサイクルだ。その間にも小人は脇目も振らずにMAを修理していた。腰を痛めると、フィアスはすぐさま近くの木を斬ってちょうどフルシャが座れる高さの切り株を作る。ライフは驚いたようだった。
「腰を痛める度に斬るヨ?環境破壊も甚だしいヨ!」
「案ずるな。この木は使い終わったら元通りにする」
「ふぅ…どっこらせ」
フルシャは切り株に座り、あいたたたと声に出して腰をさする。フィアスは剣を納め、膝をついて話しかけた。
「あまり無理をするなと言ってるだろう」
「…もう若くないのを実感させられるねぇ。日に日に苦しくなるよ。いつ死んでもおかしくないね」
「……お婆さん、そんなこと言うと本当に死んじゃうヨン。だからせめて生きてる時はオイラのような若いのと楽しくしようヨ?」
「コン!」
ラッチがフルシャの膝に前足をついて、何とか励まそうとする。フィアスは、ライフが何故こうもフルシャを怒らせるようなことをするのかを知った。フルシャに少しでも残りの人生を旅以外にも楽しんでもらいたかったのだ。ラッチが慰めてもフルシャは遠くを見るばかり。ライフは、ぴょんぴょん跳んでフルシャの目をこちらに向かせた。
「お婆さんこちらっ、こっちーらっ!」
ライフは陽気に踊り出す。笑って貰おうという思いからかもしれない。フィアスは、その場にあぐらを掻いてリラックスした。楽器を使って楽しくしていく。やがて、ライフは帽子を取った。
「ぶふぁっ!」
フルシャは腹を抱えて大爆笑。無理もない。帽子の下はつるっぱげだ。帽子があった所の横に黄色い髪が生えているから、尚更笑える。しかも、〝ペカーッ〟という文字が黒マジックで書かれているのだ。笑うしかない。フィアスもくすっと笑った。ライフは陽気に逆さまになってつるっぱげの頭でくるくる回る。フルシャは手を叩いて楽しんでいた。
「ヒヒッ!楽しんでもらえたようで何よりヨン!」
ライフは帽子を被った。こうなると、誰もハゲとは分からないだろう。
「ちなみにオイラ、皆がもっと思い切り笑えるようにって思ってわざと剃ったんだヨン」
「自ら禿げたのか!?」
「そうヨ」
あまりに度胸がありすぎる。人の笑いを取るため、自ら髪をなくすなど、並の人間には到底しないことだろう。フィアスは、意外にも強かったピエロの笑いへの想いを感じていた。小人は最後の仕上げに入っていた。
「バタバタしていて昼もろくに食べていなかったな…」
「オイラは食べたヨン!」
「あたしもノワーリア王女様と昼を共にさせてもらったねぇ。ずぅっと探してたのかい?」
「ああ。大切な物だからな」
「どこまでも律儀な奴じゃ」
鼻で呆れられ、苦笑いするフィアス。腹の足しになればいいと、クッキーをかじった。
「…美味いな」
「大方、あの女銃士が教えたんだろうて。レンジの音も知らない王女様が作れるわけないだろ」
「ヒヒッ、今の、王女様への悪口になるヨン」
「おっと…こればかりはあたしが悪いね」
「珍しいな、フルシャが失言するとは…」
「なんだって!?」
ギョロリと睨まれ、フィアスはしまったと固まる。ライフは呑気に笑う。次の瞬間、街中にも関わらず、フルシャが杖を振り回して怒鳴り散らす。
「あたしが失言しちゃあいけないってのかい!」
「ち、違う!我は…」
「だぁまらっしゃぁい!」
杖でバシバシと叩かれる。その時に、あちこちで何かの気配が消えたのをフィアスは感じた。周りの視線は集まり、自分達は注目の的。ライフがステップで踊りながら知らせた。
「ヒヒッ、いなくなったヨン」
「奴等はあくまでも影。これだけ注目されちゃ出てこれないだろうさ」
(…宿屋に仕えていた盗賊団か。影の支配者――ノワーリア王女様は大丈夫なのだろうか?)
だが、こちらも止まってはいられない。自分以外の物見族と、話がしたい。
(しかし…)
運がよかった。実は、消えていく気配がするまでフィアスは盗賊団に気づかなかったのだ。
(我もまだまだだな…フルシャやライフが気づいていたにも関わらず…これは我の胸の内だけにしまっておこう)
ふと、空を仰ぎ見た。自分のように青い空だった。恥ずかしく思っている自分とは裏腹に清々しかった。
「何してんだい、早く行くよ!」
「あ、ああ。すまない、今いく」
いつの間にか二人はエクセルの出口にいて、フィアスは人混みをかき分けて向かった。出口に来て、エクセルを振り返る。また戻ってくることはあるのだろうか?
(これだけの大都市だ。装備やら依頼やらで、また戻ってくるだろう。しばしの別れだ…エクセル)
また仲間を待たせてはいけない。フィアスはエクセルに背を向けて歩き出した。外に出て早々、雑魚の魔物が集まってくる。フルシャは、顎でフィアスに行けと示した。ライフにはフィアスに任せておくよう言った。それにライフは疑問を感じたようだ。
「何でヨ?」
「あやつは転職したばかりでの。回復魔法士になれば攻撃力は上がらん。だから、せめて雑魚だけはあやつにやらせるのさ。元剣士だった頃の自分を失いたくないってのもあるのかねぇ」
「ヒヒッ、きっとこれまでの経験を腐らせずに活かしたいんだと思うヨン」
「おや、あんた。たまにはいいこと言うじゃないかい」
「お婆さんに誉められても何も嬉しくないヨ」
「珍しく誉めてみたらこれだ!黙ってとっときな馬鹿たれ!」
「ヒィッ!」
「待たせたな…」
口喧嘩でフルシャがギョロリとした眼で睨んでいると、大分息切れしたフィアスが戻ってきた。その様子に驚いたフルシャは魔物を見る。まだ生きていた。
「これはどういうことだい?」
「…後は頼んだぞ、ライフ」
雑魚相手に苦戦するなどいくら回復魔法士でもフィアスにはあり得ない。だがそう言ったきり、へなへなと座り込んでしまう。ライフは嬉しそうに小躍りした。
「ヒヒッ、見る限り後一撃ヨン。ラッチ、やるヨ!」
「コン!」
ライフは、素早い手の動きで雑魚共をはたくようなことをする。ラッチは、尻尾ではたいて何かを盗る。ライフが盗賊なら、ラッチも盗賊なのだ。雑魚は倒れて消える。魔物を倒すと盗むことができなくなるので、フィアスはわざと盗賊の一撃で倒せるように手加減したのだ。ライフから、目的の場所は遠いと聞いた。雪山を越えた、小さな村にその老人はいるらしい。ワープで行こうにも、フルシャはワープの魔法を使えない。ワープできるMAなどがあれば、少しは道を短縮できるのだが―――
「ヒッ?これは…MA?」
「MA?一体どんなだ?」
どうやら、ラッチが盗ったものがMAだったらしい。フィアスに手渡されたMAは、見る限り部品が飛び出ていたりと完全に壊れていた。魔物はMAの使い方を知らない。ましてや雑魚なら尚更だ。扱い方が乱暴だったのだろう。
「ありゃまあ…これじゃあ使い物にならないね」
フルシャがMAをのぞき込んで言う。フィアスは荷物から小人のMAを取り出した。エクセルで買ったMA修理用MAだ。使い方はなんとなく分かる。父のことを考えると、スイッチやら動かし方やら何に使うかまで丸分かりなのだ。あまり複雑な仕組みだと理解してもらえず、使えない人がでてくる。フルシャのようにだ。フィアスは小人を動かすスイッチを入れる。小人が動いた。きょろきょろして修理するものを探しているようだ。やがて見つけて向かっていくその様子に、フルシャが感嘆の息を漏らす。
「ほぉ~…偉いねぇこの子は。どっかのピエロとは大違いだよ」
「ヒヒッ、そうやっていちいちつっかかるクセ、よくないと思うヨン」
「だぁまらっしゃい!」
フルシャが杖を振り回す。ライフは逃げる。こんな光景にはもう慣れて、フィアスにはむしろほのぼのしたものに見えてきていた。そして、無理をしてフルシャが腰を痛める。それを自分が労る。このサイクルだ。その間にも小人は脇目も振らずにMAを修理していた。腰を痛めると、フィアスはすぐさま近くの木を斬ってちょうどフルシャが座れる高さの切り株を作る。ライフは驚いたようだった。
「腰を痛める度に斬るヨ?環境破壊も甚だしいヨ!」
「案ずるな。この木は使い終わったら元通りにする」
「ふぅ…どっこらせ」
フルシャは切り株に座り、あいたたたと声に出して腰をさする。フィアスは剣を納め、膝をついて話しかけた。
「あまり無理をするなと言ってるだろう」
「…もう若くないのを実感させられるねぇ。日に日に苦しくなるよ。いつ死んでもおかしくないね」
「……お婆さん、そんなこと言うと本当に死んじゃうヨン。だからせめて生きてる時はオイラのような若いのと楽しくしようヨ?」
「コン!」
ラッチがフルシャの膝に前足をついて、何とか励まそうとする。フィアスは、ライフが何故こうもフルシャを怒らせるようなことをするのかを知った。フルシャに少しでも残りの人生を旅以外にも楽しんでもらいたかったのだ。ラッチが慰めてもフルシャは遠くを見るばかり。ライフは、ぴょんぴょん跳んでフルシャの目をこちらに向かせた。
「お婆さんこちらっ、こっちーらっ!」
ライフは陽気に踊り出す。笑って貰おうという思いからかもしれない。フィアスは、その場にあぐらを掻いてリラックスした。楽器を使って楽しくしていく。やがて、ライフは帽子を取った。
「ぶふぁっ!」
フルシャは腹を抱えて大爆笑。無理もない。帽子の下はつるっぱげだ。帽子があった所の横に黄色い髪が生えているから、尚更笑える。しかも、〝ペカーッ〟という文字が黒マジックで書かれているのだ。笑うしかない。フィアスもくすっと笑った。ライフは陽気に逆さまになってつるっぱげの頭でくるくる回る。フルシャは手を叩いて楽しんでいた。
「ヒヒッ!楽しんでもらえたようで何よりヨン!」
ライフは帽子を被った。こうなると、誰もハゲとは分からないだろう。
「ちなみにオイラ、皆がもっと思い切り笑えるようにって思ってわざと剃ったんだヨン」
「自ら禿げたのか!?」
「そうヨ」
あまりに度胸がありすぎる。人の笑いを取るため、自ら髪をなくすなど、並の人間には到底しないことだろう。フィアスは、意外にも強かったピエロの笑いへの想いを感じていた。小人は最後の仕上げに入っていた。