長編
物見族。それは、真実だけが見える者のことだった。どこから来たのかも分からず、何故そんな能力を持つのかも分からない。彼らに関する書物は数少ないそうだ。王宮にあるのでも、毒や呪いなどの症状が見える、幻覚が効かないというものや、集落で暮らしていただとか、元々は魔物にはらませられた女王が産んだ人間が始まりだったという説話まで存在していて、歴史も正体も未だ分かっていない。ノワーリアが言うには、物見族はこの世にまだ何人かいて、ひっそりと存在を悟られずに血を残し続けているのだという。
「外見では見分けがつかないから、明るみに出ることはないんだヨン」
ライフが難しい話で疲れたラッチを寝かしつけながらそう言った。フィアスは、初めて自分のことを知り、不思議な気持ちでいた。
「まるで他人事のようだ。新しく自分を知れるかと思えば、既に分かっている事だらけ」
「まあ、お主がその物見族なんじゃからのぅ」
「そうだったヨ?」
ライフの疑問が解けた所で、フルシャはイスに腰掛けた。フィアスは老婆の後ろに立ち、さも当たり前かのように肩を揉んでやる。チン、という音を聞いて、ノワーリアが首を傾げた。
「あら、何の音でしょう?」
「…若き王女様は電子レンジの音も知らんのかえ?」
老婆が呆れたように杖に額を乗せる。ノワーリアは、その単語を聞いて、さらに首を傾げる。
「どうして音がなったのでしょう?」
「何かができあがった時にしかこの音は鳴りません。ノワーリア王女、何かを作っていらっしゃったのでは?」
「…あ、あの、えーと」
王女は困惑の表情をした。できればバレずに渡したい。そこへ、せわしなくバタバタと足音が聞こえた。扉が急に開く。女銃士隊隊長のティルアが凛々しい表情で立っていた。
「ノワーリア王女!不届き者は地下牢に捕らえました!」
「分かりました。後で対応します。見張りは二人、つけましたか?」
「はい。とっくに」
「分かりました…ところで、音が」
ノワーリアがちらりと電子レンジを見る。ティルアは、側によって説明した。
「チン、と音が鳴ったのですね。手を火傷しないためにミットという分厚い手袋をし、慎重にクッキーを取り出して下さい」
「はい」
ノワーリアは、ミットを探す。手の形をしたものが二つあったのでそれをはめて、ドアを開けた。香りが広がった。熱くないのを確認してから慎重に取り出して、調理台に置く。いい香りが三人にも伝わったのか、フィアスが言った。
「クッキーか…」
「…ヒヒッ、フィアス。ちょっといいヨ?」
「む?」
ライフが耳打ちするように指を動かす。フルシャから離れて耳を貸すと、ライフはこう囁いた。
「物見族。オイラは町を巡りながら、その情報をかき集めてるんだヨ。その中で他の物見族にも会ったことあるヨ」
「他の物見族…?それは本当か、ライフ!」
自分以外の物見族に会えるかもしれない。今にも切れてしまいそうな糸にも近い希望を抱き、フィアスはライフの肩を掴んだ。ライフは含みを込めて笑う。
「ヒヒヒッ、本当ヨン。ただしオイラが見たのは耳が遠い老人ヨ。記憶も薄れている可能性もあるけど、それでも?」
「ああ、行かないよりはいいだろう」
そうと決まると、すぐに向かいたくなるのが旅人というもの。しかし、仲間がいると、どうもスムーズにはいかないようだ。まず、フルシャへの説明が必要となる。
「フルシャ、さっきライフから聞いたのだが」
「何だい?」
王女がティルアと一緒に、楽しくクッキーの包装をしているのを見ているフルシャに話しかけ、自分のしたいことを話す。すると、フルシャは珍しく穏やかに笑って言った。
「いいんじゃないかい?どうせすぐ行きたいんだろう?行こうじゃないか」
「よし」
しかし、流石に挨拶なしで行くのは王女に悪いので、フィアスは王女に別れの挨拶をすることにした。二人に近づいて、フィアスは腕を腹に当てて頭を下げた。
「すみません、我等はこれにてエクセルを離れ、次の場所へ移ります」
「え!…で、ではこれを受け取って下さい!あの、あの時のお礼です!」
急な知らせだった。ティルアの言っていた通り、旅人はいつ来ていつ去るか分からない。ノワーリアは青いリボンをつけたクッキーの袋を差し出した。フィアスが受け取ると、続いてフルシャ、ライフへと手渡していく。ノワーリアは、にこりと笑って感謝の意を伝えた。
「色々お世話になりました。では、お別れなのですね」
「はい…とは言え、いつかは戻ってくることになりそうですが」
「そうだと嬉しいです」
笑い合うフィアスとノワーリア。さて、とフルシャが腰を上げた。
「同じ帰り道を行った方が何かといいだろうね。ほら、行くよ」
フルシャは元来た道へ帰ろうと言う。二人も、それに賛成だった。
「そうだな。侵入者だと思われない内に帰るが吉か」
「ヒヒッ、こんな怪しいおばあさんがいちゃ地下牢に入れられるのは確実ヨン!」
「あんた!いっつも一言余計さね!」
杖を振り回すフルシャ。ライフは楽しそうに踊りながら回転扉の向こう側へ消える。怒り狂う老婆がそれを追った。フィアスは苦笑して、二人に別れを告げながら剣を抜く。
「では、またいつか」
「はい、またいつか」
「…MOON APPEAR BRIGHT(月のように明るく)!」
剣を素早く振ると、淡く光を放った。これを灯り代わりにしてきたのだ。フィアスは一礼すると、回転扉の向こうへと足を踏み入れた。中は暗いが、クモの巣はない。フルシャが全部取ったのだ。その怒号が、こっちにまで聞こえてくる。
「全く…腰を痛めても我は知らんぞ?」
肩を竦ませる。だが、自分もこの洞窟を駆け抜けたい程、同族に会うのは楽しみだった。
「外見では見分けがつかないから、明るみに出ることはないんだヨン」
ライフが難しい話で疲れたラッチを寝かしつけながらそう言った。フィアスは、初めて自分のことを知り、不思議な気持ちでいた。
「まるで他人事のようだ。新しく自分を知れるかと思えば、既に分かっている事だらけ」
「まあ、お主がその物見族なんじゃからのぅ」
「そうだったヨ?」
ライフの疑問が解けた所で、フルシャはイスに腰掛けた。フィアスは老婆の後ろに立ち、さも当たり前かのように肩を揉んでやる。チン、という音を聞いて、ノワーリアが首を傾げた。
「あら、何の音でしょう?」
「…若き王女様は電子レンジの音も知らんのかえ?」
老婆が呆れたように杖に額を乗せる。ノワーリアは、その単語を聞いて、さらに首を傾げる。
「どうして音がなったのでしょう?」
「何かができあがった時にしかこの音は鳴りません。ノワーリア王女、何かを作っていらっしゃったのでは?」
「…あ、あの、えーと」
王女は困惑の表情をした。できればバレずに渡したい。そこへ、せわしなくバタバタと足音が聞こえた。扉が急に開く。女銃士隊隊長のティルアが凛々しい表情で立っていた。
「ノワーリア王女!不届き者は地下牢に捕らえました!」
「分かりました。後で対応します。見張りは二人、つけましたか?」
「はい。とっくに」
「分かりました…ところで、音が」
ノワーリアがちらりと電子レンジを見る。ティルアは、側によって説明した。
「チン、と音が鳴ったのですね。手を火傷しないためにミットという分厚い手袋をし、慎重にクッキーを取り出して下さい」
「はい」
ノワーリアは、ミットを探す。手の形をしたものが二つあったのでそれをはめて、ドアを開けた。香りが広がった。熱くないのを確認してから慎重に取り出して、調理台に置く。いい香りが三人にも伝わったのか、フィアスが言った。
「クッキーか…」
「…ヒヒッ、フィアス。ちょっといいヨ?」
「む?」
ライフが耳打ちするように指を動かす。フルシャから離れて耳を貸すと、ライフはこう囁いた。
「物見族。オイラは町を巡りながら、その情報をかき集めてるんだヨ。その中で他の物見族にも会ったことあるヨ」
「他の物見族…?それは本当か、ライフ!」
自分以外の物見族に会えるかもしれない。今にも切れてしまいそうな糸にも近い希望を抱き、フィアスはライフの肩を掴んだ。ライフは含みを込めて笑う。
「ヒヒヒッ、本当ヨン。ただしオイラが見たのは耳が遠い老人ヨ。記憶も薄れている可能性もあるけど、それでも?」
「ああ、行かないよりはいいだろう」
そうと決まると、すぐに向かいたくなるのが旅人というもの。しかし、仲間がいると、どうもスムーズにはいかないようだ。まず、フルシャへの説明が必要となる。
「フルシャ、さっきライフから聞いたのだが」
「何だい?」
王女がティルアと一緒に、楽しくクッキーの包装をしているのを見ているフルシャに話しかけ、自分のしたいことを話す。すると、フルシャは珍しく穏やかに笑って言った。
「いいんじゃないかい?どうせすぐ行きたいんだろう?行こうじゃないか」
「よし」
しかし、流石に挨拶なしで行くのは王女に悪いので、フィアスは王女に別れの挨拶をすることにした。二人に近づいて、フィアスは腕を腹に当てて頭を下げた。
「すみません、我等はこれにてエクセルを離れ、次の場所へ移ります」
「え!…で、ではこれを受け取って下さい!あの、あの時のお礼です!」
急な知らせだった。ティルアの言っていた通り、旅人はいつ来ていつ去るか分からない。ノワーリアは青いリボンをつけたクッキーの袋を差し出した。フィアスが受け取ると、続いてフルシャ、ライフへと手渡していく。ノワーリアは、にこりと笑って感謝の意を伝えた。
「色々お世話になりました。では、お別れなのですね」
「はい…とは言え、いつかは戻ってくることになりそうですが」
「そうだと嬉しいです」
笑い合うフィアスとノワーリア。さて、とフルシャが腰を上げた。
「同じ帰り道を行った方が何かといいだろうね。ほら、行くよ」
フルシャは元来た道へ帰ろうと言う。二人も、それに賛成だった。
「そうだな。侵入者だと思われない内に帰るが吉か」
「ヒヒッ、こんな怪しいおばあさんがいちゃ地下牢に入れられるのは確実ヨン!」
「あんた!いっつも一言余計さね!」
杖を振り回すフルシャ。ライフは楽しそうに踊りながら回転扉の向こう側へ消える。怒り狂う老婆がそれを追った。フィアスは苦笑して、二人に別れを告げながら剣を抜く。
「では、またいつか」
「はい、またいつか」
「…MOON APPEAR BRIGHT(月のように明るく)!」
剣を素早く振ると、淡く光を放った。これを灯り代わりにしてきたのだ。フィアスは一礼すると、回転扉の向こうへと足を踏み入れた。中は暗いが、クモの巣はない。フルシャが全部取ったのだ。その怒号が、こっちにまで聞こえてくる。
「全く…腰を痛めても我は知らんぞ?」
肩を竦ませる。だが、自分もこの洞窟を駆け抜けたい程、同族に会うのは楽しみだった。