このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

長編

十五時。丁度、王族達がお菓子を食べて会話を楽しむ、セルラッセの時間。だが、召使い達はその時間すらも仕事に使い、兵士達は護衛に使う。フィアスの件で、自分の我が儘に気づいたノワーリア王女は、両親に内緒で普段、召使い達が立つ厨房に立ち、エプロンをして、女銃士隊隊長ティルアのアドバイスを受けながら、ここにいる王族以外の全ての者達へのお菓子を作っていた。勿論ティルアの分もある。


「誰か入ってこないでしょうか…?」


「ご安心して下さい、ノワーリア王女。鍵はかけましたし、この部屋は防音仕様です。それより、料理に集中して下さい。料理はスピードが命です。遅くだらだらと作るものなどないのです」


「…分かりましたわ」


料理の基本すら知らないで初めてお菓子を作る王女は、ティルアの言うことに渋々従った。ティルアが隊員に聞き出したレシピメモを片手に、指示を出す。実はティルアも料理こそするもののクッキーを作ったことがなく、王女に作り方を教えて欲しいと頼まれた時には、思わず顔をひきつらせてしまったが、何より王女直々の頼み。断るわけにもいかず、承諾してしまったのだ。


「えー…まず、そこに置いてあるボウルに、バターと砂糖を入れて混ぜる。分かりますか?」


「バターと…砂糖…」


ノワーリアは、バターと砂糖を探した。だが、バターも砂糖もない。ノワーリアは、不機嫌そうな碧眼をティルアに振り向かせた。


「どこにもないですわ。ティルア、これはどういうことですの?」


「……あ、えっと。失礼しました。ノワーリア王女様はご存じでいらっしゃらないのでしたね。それがバターで、それが砂糖です」


言いながら、ティルアはさっきまで冷蔵庫に入っていた四角いバターと、砂糖が入った容器を指さす。すると王女は、手を口に当てて驚いたのだ。

「そんな!では、紅茶に入れるあの砂糖は?ホットケーキの上にあるあのバターは?」


「……………」


ティルアは一瞬、豆鉄砲をくらったような顔をした後、必死に笑いを堪えた。目の前の王女は真剣そのものだから、失礼に当たると思ったのだ。


「すっ、すみ…申し訳ありませんが、王女様。それは正式には角砂糖と言いまして、その容器に入ってるものを固めたものでございます。そして…ぷっ、くすくす……」


ティルアは笑うまいとして説明していたが、途中で少し笑ってしまった。そこで王女が頬を膨らませたのを見て、慌てて謝罪して続ける。


「申し訳ありませんっ!…えー、そして、ノワーリア王女様がおっしゃっているバターというのは、そこの長方形から、こうやって」


そこでティルアは側にあったバターナイフで、ホットケーキに乗せる形に切る。そこで、まあとノワーリアは驚いた。


「では、私が見てきたものは、全て工夫がされたものでしたのね」


「そうです」


ティルアはメモを見たが、詳しくは書かれていないので、自分の常識で教えることにした。


「大人数なので、バターはこれ全部を使いますが、混ぜるには固すぎるので耐熱性の小さいボウルに入れて下さい。そうしたら、そこにあるレンジという名の白い長方形の箱に入れて下さい。ここまで分かりますか?」


「えっと…」


ノワーリアはバターをボウルに入れようとしたが、入らなかったので、いくつかに切って入れる。そして、レンジなるものを探した。


「白い…長方形?」


「ここですよ」


ティルアがレンジをとんとんと手で叩いてから、ノワーリアがレンジに気づく。だが、見たこともなかったのであれば使い方も知らない。ティルアは、レンジの蓋を引いて開けた。何も知らない王女様は、新たな知識を手に入れたことに喜びの表情を見せた。ボウルをレンジに入れ、蓋を閉めるとティルアが次を言う。


「その後、電源を入れて、加熱を強にして、40秒に設定します」


ティルアの言葉通りに、ノワーリアはボタンを押していく。設定が全て終わると、ティルアは言った。


「スタートを押して下さい」


「はい」


王族の女がつける白い長手袋。それによって白くなっている人差し指で、ボタンを押す。レンジが動き出し、ノワーリアが楽しそうにそれを見つめた。そのタイミングで、ティルアが不思議に思っていたことを伝える。


「ところでノワーリア王女、あの剣士…の見た目の回復魔法士一行にも差し上げるのですか?」


「えっ?」


ティルアの疑問に、ノワーリアが首を傾げる。すると、当たり前のようにきょとんとした顔で答えた。


「差し上げてはいけないのですか?あの方々がいてこそ、今の私がいるのです。お礼はしませんと」


「……そうですか」


当たり前のように言われ、渋々納得するティルア。正直、一般人である者にまであげようとしなくてもいいと思うのだが…王女の意思には逆らえない。だが、一つ問題点があった。


「しかし、あの者達は旅人。いつ現れ、いつ去ってゆくか分かりません。今もエクセルにいるかどうかさえ……」


「……そればかりは…ティルア、頼めますか?」


「…はっ、しかし…」


「私は今や謹慎の身。貴方が唯一、信頼できる人なのです。私を探しに出た中で、あの方を知っているのは貴方だけ。それにあの方の眼は…」


そこで、はっとして口を手で覆う王女。ティルアが顔をしかめて尋ねた。

「眼…?」


「…いえ、何でもありません。とにかくお願いします」


「…了解しました」


王女の言葉に引っかかりを覚えたが、そこはノワーリアの意に従って、流しておくことにした。ティルアが承諾すると同時に、レンジの音が鳴る。ノワーリアは焦っていた顔を笑顔に変え、蓋を開けてボウルを取り出した。王族の手袋をしているからか、それとも耐熱性がいいのか、それほど熱くはないようだ。ボウルの中のバターは若干溶けている。そして、ティルアが言った。


「それに砂糖を入れ、ゴムベラで混ぜます」


「ゴムブェラ?」


「ゴムベラです。これですよ」


ティルアは道具の中からゴムベラを取り、ノワーリアに柄の部分を向けて渡す。ノワーリアはまず、容器にあった砂糖をざっと全部入れた。そして、混ぜる。とにかく二つを一つにしようとして闇雲にゴムベラを動かした。両手でゴムベラを持ってるので、ティルアは慌ててボウルを押さえた。そんな滅茶苦茶なやり方でも、バターは砂糖と混ざってくれる。そして、何とか液体になったところでティルアがストップをかけた。


「では、次に行きますよ」


「はい」


そんな調子でお菓子作りは順調に進み、いよいよ形が分かるところまできた。生地こそ黄色いものの、星形のクッキーもどきは焼いたら美味しそうだ。ティルアが、メモを見ないで言った。


「では、それをそこにあるオーブンに入れて下さい。焼きあがるまで待ちます」


「はい。いよいよですね」


「そうですね」


若干興奮気味の王女とティルア。オーブンに入れて、蓋を閉め、スタートを押した時だった。


「おやおや、何でこんなところに繋がってるんだい?」


「何者!…って、貴方は」


突然遠くから声が聞こえて、ティルアは左手を構える。すると、壁の一部が回転して、あのお婆さんが出てきた。手に持っている蜘蛛の巣を、スレンマに入れながら。その次に、フィアスが淡く光らせた剣を持って出てきた。出たところが明るいと知ると、フィアスは剣を水を切るように短く振って、光を消してから剣をしまう。その時点でティルアは構えを解いたが、最後に出てきたキツネ付きのピエロを見てまた警戒の意思を見せた。ノワーリアが驚いて問う。


「あ、貴方達…何故ここに!?」


「…ノワーリア王女?」

フィアスが王女に気づき、すぐにその場で紳士の礼をする。そして顔を上げると、時間がないからと事を素早く説明した。説明を聞くと、ティルアがドア近くの壁にある赤いボタンを拳で押す。城内にサイレンが響き渡った。ティルアはフィアスに目配せしてから、厨房を出る。


「侵入者だ!盗賊団の親玉がこの城内に出入りしている!見つけたらとっ捕まえろォ!」


残されたノワーリアは不安そうにするが、とりあえずフィアス一行の元へ寄った。それで、と片足をあげて呑気なライフが笑う。


「さっきから君の眼、何があるヨ?どうも見てると君は普通じゃ見えないものが見えてるヨン」


「…フルシャ、我はどうしたらいい?」


フィアスはフルシャに答えを求めた。勿論、軽はずみに自分の眼のことを話すことはない。だが、ノワーリア王女がいる前で話してもよいものか…

「…いいんじゃないかい?ノワーリア王女様は見抜いておられるんだろう?」


フルシャは小さなイスにゆっくり腰掛け、ふーっと深いため息をついた。フィアスは、ライフやノワーリアに向けて話す。

「ライフの言う通り、我の眼は少しばかり特別だ。簡単に言えば…真実を映してくれる」


「真実…ですか?」


「はい。見え始めたのは…恐らく産まれてから。物心ついた時にはもう見えていました」


「……ヒヒッ!」


フィアスの話を聞き、ライフが短く笑う。ノワーリアが最初に口を開いた。


「やはり貴方は…〝物見族〟なのですね?」


ゆっくりと、確認するようにノワーリアがじっとフィアスを見る。ところがフィアスは肩を竦ませて苦笑いするのだ。


「申し訳ありませんが、我は物見族なるものを知りません。差し支えなければ、教えていただきたいのですが」


「…分かりました。話しましょう」


「というか、フィアス。物見族を知らないのはお主だけじゃぞ?」


「…どうもそうらしい」

フルシャのはっきりとした宣言に、フィアスはまた困ったように肩を竦ませた。
20/28ページ
スキ