長編
今の内に物見族の話をしようと思ったが、この宿では危険すぎるとライフが言うので、先にこの後の行動を決めることにした。未だ黒装束の上に乗っているライフが言う。
「ヒヒッ、どちらにせよもう時間がないヨン」
「うむ…そうじゃのぅ」
「もし万が一、この話を聞かれていて逃げられても困る。フルシャ、どうする?」
「うぅ~む…」
フルシャは目を瞑り、杖に両手を乗せ、そこを支えにするように左右へ揺れた。やがて急に目玉が開き、その恐ろしさに二人して驚く。独り言のように、老婆は呟いた。
「話すより叩いた方が早いかねぇ?」
「…そうか。ライフ、どいてくれないか?我に案がある」
頷いて、フィアスは黒装束を見る。ライフは不思議に思いながらも退いた。するとフィアスは懐から蜘蛛を象ったMAを取り出し、黒装束の背中につけた。ライフがそのMAを見て、あーっと声を出す。
「それ、相手の記憶をコピーするMAでしょ?凄いヨン!何でこんなのまで持ってるヨ?」
「我の趣味がMA集めでな。色んなところを回ったり、父から譲り受けたり…依頼をこなしたりして集めている。これは依頼の報酬品だ」
「ほぅ…お主は旅の年が長いからな」
「ああ」
短い会話の後、蜘蛛が盗賊から飛び降りる。フィアスはMAを拾い、壁に向けて赤いスイッチを押した。すると、蜘蛛の目が光って、壁に映像を映し出した。誰かの視点で、物事が進んでゆく。しかし、音声ははっきりと聞こえるのだが映像は鮮明でなく、ところどころモザイクのようなものが入った。さっぱり訳が分からない、と、フルシャはため息で示す。おまけに首も軽く横に振った。だが、フィアスとライフは映像ばかり見ていて説明をしてくれない。フルシャは、じっくりゆっくり狙いを定めて、杖でライフをどついた。前のめりになってコケたライフがうっとうしそうにフルシャに振り向く。
「何ヨ?今は集中させてヨン!」
そう言ったきり、また映像に見入ってしまった。フルシャは怒りを募らせ、ソファーに座ってふてくされる。
「あたしゃMAだけには疎いんだよ」
やがて、映像に宿屋の店主の顔が映る。フィアスは事の顛末を見守った。
『あの魔女は邪魔者だ。逆らった!俺の宿に無理矢理タダで泊まったんだ!持ち物も服も全て盗んでこい!…あ、今はあの王女ノワーリアもいるそうだからついでによろしく』
そこで、ライフが蜘蛛についている青いボタンを押して、映像を一時停止させる。フィアスにくりんと首を向けた。
「…ヒヒッ!ここ、タダで泊まってたヨン?」
「ああ、フルシャがこんなボロ宿に二百カリルもいらないだろうと。そうだったな?フルシャ」
「…ふん。まぁ、そうだね。それで、そろそろあたしにも教えてくれないかい?あれはどういう仕組みになってるのか!」
「……ああ!そうか、貴女はMAだけは苦手だと言っていたな。孤独にさせてすまない」
申し訳なさそうな態度になるフィアスを見て、孤独感から解放されたフルシャは、少しだけ機嫌を取り戻した。
「ふん…こういうところは誰かさんとは違うね」
皮肉を込めてちらりとライフを見ると、相変わらずの陽気な声が返ってきた。
「ヒヒッ、話が進まないヨン。時間がないからそういうのは後回しにするヨ!」
「じゃーかしいっ!」
杖を振り回して怒り狂うフルシャ。フィアスは慌てて止めたが、ライフは反省の色もなく踊りながら笑っていた。両者の間を取り、フィアスが大急ぎでMAの説明をする。
「これは、相手の記憶を映し出すことのできるMAなのだが、記憶…脳に保存されたものは大雑把で、ところどころしかないのだ。だから映像があまり鮮明でもないし、台詞も正しく記憶されているかは分からない。そもそも、人の記憶を映し出すのが難しいことなのだ。まあ、これでも難しいのなら――壊れかけのビデオと思ってくれ」
最初は疑問顔でいたフルシャも、最後の一言でようやく分かったようだ。次にフィアスは盗賊の記憶から繋げた真実を言う。
「この盗賊達は、フルシャ、貴女を狙って遣わされた者共だ。この宿にタダで泊まったのが原因らしい」
「なるほどねぇ…じゃあ、叩く立派な理由ができたって訳かい?」
よっこらせ、とソファーから立ち上がるフルシャ。杖をついてゆっくりドアへと歩き出した。
「荷物を纏めな。文句つけに行くよ!」
「分かった」
「ヒヒッ、いよいよヨン!ラッチ、今夜はご馳走かもヨ?」
「コン!」
ライフがいつになく楽しそうにステップを踏んだ。キツネのラッチも嬉しそうにライフの肩で踊る。フィアスは荷物を纏め、剣の状態を確認した。ライフはそれを見て、自分の持ち物を確認する。一通り準備が整うと、フルシャは部屋のドアを開けた。受付に向かう。
「…おや?」
しかし、受付には誰もいない。呼び鈴をならしてみるも、来る気配がない。ライフが不思議そうにカウンターの裏へと回った。隠れている者はいないらしく、首を振る。
「逃げられちゃったヨン。遅かったヨ?」
「うぅむ…」
どうしたものかとフルシャが唸る。そこで、フィアスは気づいた。自分にしか見えていないのだ。無言でカウンター内に入り、壁を指さして知らせてやる。
「我にはここに、回転扉の切れ目が見えるのだが…」
そう言って、切れ目に沿って指を動かす。すると、フルシャは大口を開けて笑った。
「カッカッカ!本当に便利だね、お主は!」
「な、何でヨ?君、何で分かるヨン?」
対して疑問顔のライフ。ラッチまで一緒に首をかしげている。フィアスは壁に手を当て、ライフを見ずに言った。
「後で話す」
そう言ったのと同時に、フィアスは腕に力を込めて扉を回転させて入っていった。それを見て、フルシャもライフも後に続いて入っていった。
「ヒヒッ、どちらにせよもう時間がないヨン」
「うむ…そうじゃのぅ」
「もし万が一、この話を聞かれていて逃げられても困る。フルシャ、どうする?」
「うぅ~む…」
フルシャは目を瞑り、杖に両手を乗せ、そこを支えにするように左右へ揺れた。やがて急に目玉が開き、その恐ろしさに二人して驚く。独り言のように、老婆は呟いた。
「話すより叩いた方が早いかねぇ?」
「…そうか。ライフ、どいてくれないか?我に案がある」
頷いて、フィアスは黒装束を見る。ライフは不思議に思いながらも退いた。するとフィアスは懐から蜘蛛を象ったMAを取り出し、黒装束の背中につけた。ライフがそのMAを見て、あーっと声を出す。
「それ、相手の記憶をコピーするMAでしょ?凄いヨン!何でこんなのまで持ってるヨ?」
「我の趣味がMA集めでな。色んなところを回ったり、父から譲り受けたり…依頼をこなしたりして集めている。これは依頼の報酬品だ」
「ほぅ…お主は旅の年が長いからな」
「ああ」
短い会話の後、蜘蛛が盗賊から飛び降りる。フィアスはMAを拾い、壁に向けて赤いスイッチを押した。すると、蜘蛛の目が光って、壁に映像を映し出した。誰かの視点で、物事が進んでゆく。しかし、音声ははっきりと聞こえるのだが映像は鮮明でなく、ところどころモザイクのようなものが入った。さっぱり訳が分からない、と、フルシャはため息で示す。おまけに首も軽く横に振った。だが、フィアスとライフは映像ばかり見ていて説明をしてくれない。フルシャは、じっくりゆっくり狙いを定めて、杖でライフをどついた。前のめりになってコケたライフがうっとうしそうにフルシャに振り向く。
「何ヨ?今は集中させてヨン!」
そう言ったきり、また映像に見入ってしまった。フルシャは怒りを募らせ、ソファーに座ってふてくされる。
「あたしゃMAだけには疎いんだよ」
やがて、映像に宿屋の店主の顔が映る。フィアスは事の顛末を見守った。
『あの魔女は邪魔者だ。逆らった!俺の宿に無理矢理タダで泊まったんだ!持ち物も服も全て盗んでこい!…あ、今はあの王女ノワーリアもいるそうだからついでによろしく』
そこで、ライフが蜘蛛についている青いボタンを押して、映像を一時停止させる。フィアスにくりんと首を向けた。
「…ヒヒッ!ここ、タダで泊まってたヨン?」
「ああ、フルシャがこんなボロ宿に二百カリルもいらないだろうと。そうだったな?フルシャ」
「…ふん。まぁ、そうだね。それで、そろそろあたしにも教えてくれないかい?あれはどういう仕組みになってるのか!」
「……ああ!そうか、貴女はMAだけは苦手だと言っていたな。孤独にさせてすまない」
申し訳なさそうな態度になるフィアスを見て、孤独感から解放されたフルシャは、少しだけ機嫌を取り戻した。
「ふん…こういうところは誰かさんとは違うね」
皮肉を込めてちらりとライフを見ると、相変わらずの陽気な声が返ってきた。
「ヒヒッ、話が進まないヨン。時間がないからそういうのは後回しにするヨ!」
「じゃーかしいっ!」
杖を振り回して怒り狂うフルシャ。フィアスは慌てて止めたが、ライフは反省の色もなく踊りながら笑っていた。両者の間を取り、フィアスが大急ぎでMAの説明をする。
「これは、相手の記憶を映し出すことのできるMAなのだが、記憶…脳に保存されたものは大雑把で、ところどころしかないのだ。だから映像があまり鮮明でもないし、台詞も正しく記憶されているかは分からない。そもそも、人の記憶を映し出すのが難しいことなのだ。まあ、これでも難しいのなら――壊れかけのビデオと思ってくれ」
最初は疑問顔でいたフルシャも、最後の一言でようやく分かったようだ。次にフィアスは盗賊の記憶から繋げた真実を言う。
「この盗賊達は、フルシャ、貴女を狙って遣わされた者共だ。この宿にタダで泊まったのが原因らしい」
「なるほどねぇ…じゃあ、叩く立派な理由ができたって訳かい?」
よっこらせ、とソファーから立ち上がるフルシャ。杖をついてゆっくりドアへと歩き出した。
「荷物を纏めな。文句つけに行くよ!」
「分かった」
「ヒヒッ、いよいよヨン!ラッチ、今夜はご馳走かもヨ?」
「コン!」
ライフがいつになく楽しそうにステップを踏んだ。キツネのラッチも嬉しそうにライフの肩で踊る。フィアスは荷物を纏め、剣の状態を確認した。ライフはそれを見て、自分の持ち物を確認する。一通り準備が整うと、フルシャは部屋のドアを開けた。受付に向かう。
「…おや?」
しかし、受付には誰もいない。呼び鈴をならしてみるも、来る気配がない。ライフが不思議そうにカウンターの裏へと回った。隠れている者はいないらしく、首を振る。
「逃げられちゃったヨン。遅かったヨ?」
「うぅむ…」
どうしたものかとフルシャが唸る。そこで、フィアスは気づいた。自分にしか見えていないのだ。無言でカウンター内に入り、壁を指さして知らせてやる。
「我にはここに、回転扉の切れ目が見えるのだが…」
そう言って、切れ目に沿って指を動かす。すると、フルシャは大口を開けて笑った。
「カッカッカ!本当に便利だね、お主は!」
「な、何でヨ?君、何で分かるヨン?」
対して疑問顔のライフ。ラッチまで一緒に首をかしげている。フィアスは壁に手を当て、ライフを見ずに言った。
「後で話す」
そう言ったのと同時に、フィアスは腕に力を込めて扉を回転させて入っていった。それを見て、フルシャもライフも後に続いて入っていった。