長編
「遅いね、フィアスの奴」
昼になった。古びた時計が壊れた音で時刻を知らせると同時にフルシャがイライラした様子で呟く。ティルアが宥めた。
「お、お婆さん、落ち着いて…」
「落ち着いていられるかい!」
怒鳴るために振り向くフルシャ。ティルアはその形相に怯んだ。その時に、ドアが軋んだ音と共に開く。
「待たせてしまったな」
ハート型のクッキーが入った袋を抱えたフィアスがそこにいた。女性陣の顔が明るくなる。フルシャが近寄って、フィアスを見上げた。
「それは賄賂のつもりかい?スレンマや水晶玉はちゃんと取り返してきたんだろうね」
「案ずるな。無事だ」
口元に笑みを浮かべ、フィアスはスレンマと水晶玉を取り出して持ち主に返した。水晶玉に傷がないことを確認すると、王女はやっと笑顔になる。フルシャもスレンマが返ってきたことで、機嫌が直ったようだ。
「…そ、それで…その袋は…?」
「あぁ、これは…待たせてしまったお詫びだ」
ティルアがそわそわした様子で尋ねると、フィアスは苦笑いで答えた。さっき賄賂と言われたのが苦しいのだろう。フィアスは袋を開け、女性陣に渡した。
「三人で食べてくれ」
「これは…エクセルで人気のハートクッキーですか!?」
お菓子が好きなのか、目を輝かせて言うノワーリア。ティルアも喜びの表情を表し、買ってきてよかったとフィアスは思う。フルシャがクッキーを食べながら、探るように尋ねた。
「これは何カリルだったんだい?」
「…それを言うのは贈り物として失礼だろう」
ソファーに座って剣を研いている手を止めて、眉をしかめて呆れてみせたフィアス。フルシャは大口を開けて膝を叩いた。
「それもそうじゃな!」
(………旅をして、どのくらいの月日が経ったのだろうか)
三人がお菓子を食べて幸せな顔をしている時、フィアスは一人考えにふけっていた。
(少なくとも二年前には始めている…三年…四年…十六の頃か。あの頃はギルド内の者によく喧嘩をふっかけたものだ)
子供の頃を思い出して失笑してしまう。当時の自分はそれがカッコいいなどと思いこんでいた。
(今、こうして思うと我もまだまだ青かったのだな)
研かれた剣に映る今の自分。剣士をやめたとはいえ、まだその名残がある目つきをしていた。
(いつでも礼儀正しく…というのが剣士だったが、回復魔法士になってからは堅苦しいものが取れたみたいに清々しいな)
ふと、顔を上げると女達は終わりそうのない話をしている。ノワーリア王女様のローブにある水晶玉の眩い光に、フィアスははっと思い出した。
(フルシャに物見族の事を聞かなければ!)
そして、今思い出したことを恨んだ。ノワーリア王女とティルアがいると、話しづらい。フィアスは仕方なく、忘れないようにしようと自分に言い聞かせた。剣を研き終わると、少し持ち上げて状態を確認する。
「……ん?」
後ろのドアの隙間を映したその剣に、ピエロが一瞬見えたのは気のせいではないだろう。フィアスは気配を消し、部屋を出た瞬間にその人物の鼻に剣をつきつける。
「ヒッ…」
「…やはり今朝の」
今朝、自分と戦ったピエロがそこにいた。そのピエロが肩に乗せているキツネを呼ぶと、キツネはコンと鳴いて何かを差し出した。
「…MA?」
果たしてそれは、フィアスの持ち物でないMAだった。また盗んだのかと目で言うと、ピエロは激しく首を横に振る。
「これあげるから、オイラを警察に突き出さないで欲しいヨ」
「…賄賂か?」
フルシャが言っていた事を思い出し、フィアスも言ってみた。
「ヒヒッ、捉えようによってはそうなるヨ」
「…………」
過去の自分なら不正を嫌い、受け取らなかっただろう。だが、フィアスは受け取った。そして小さく頷く。ピエロの顔が、ほっとした表情になる。そのMAは録音することができる物だったから、フィアスは何か録音されてるかもしれないとその場で再生してみた。雑音が目立つが、何とか聞き取れる。
「…聞いたか?ノワーリア王女様がお城を抜け出したそうだ」
「ま、王女様と言えどまだ子供。遊び足らないのでは?」
「それが…女銃士隊がいくら探しても行方不明で、見つからないらしい」
「あら大変。盗賊団にでも捕まったのかしら」
「無事だといいんだけどな」
そこで録音が終わっていた。ヒヒッと笑ってフィアスの注意をこちらに向けたピエロが笑う。
「ちなみに録音したのは今日の十一時頃ヨン」
「…大変だ!」
今は十二時半。急いでノワーリア王女様とティルアを返さなければ。フィアスはピエロに感謝と別れを告げると、ドアを乱暴に開けた。驚いた女性陣が一斉にこちらを見る。
「ノワーリア王女様!話で盛り上がっている所失礼しますが、そろそろ戻られないと町中の大騒ぎになります!どうかご理解を!」
「…そ、そうだった!ノワーリア王女様、早くお城へ帰りますよ!」
ティルアがはっとして立ち上がり、ノワーリア王女の手を引いて有無を言わさず、別れも告げずに宿から慌てて出て行く。それを見送ったフルシャが、ドアを見つめながら呟いた。
「…騒がしいね。それに礼もなしかい?」
「それだけ急いでいたのだろう…フルシャ、我々はどうする?」
「ふぅむ…」
ソファーに座って考え込むフルシャ。フィアスはMAの録音を削除した。
「…――ヒヒッ、オイラがいいこと教えるヨ」
「誰じゃ!」
「安心だフルシャ。奴は…色々あったが敵ではない」
ドアから声が聞こえ、フィアスはフルシャにそう言った。また、ピエロはヒヒッと笑いながら言う。キツネも短く鳴いた。
「オイラ、知ってるヨ。エクセルでMAの闇市をやってるコト。君はフィアス・ファクトリー、MA集めが趣味なら行くはずだヨ」
「…何故、我の名を」
フィアスは驚きつつも話を聞き入っていた。質問には答えずに、ピエロは言う。
「知りたいならついてきなヨン」
そのままドアの向こうに消えるピエロを追うフィアス。それをフルシャが引き止めた。
「行くのか?罠かもしれないんじゃぞ」
「…それでもだ。MAだけでも気になるのに闇市と聞いてはな。さらにあのピエロは我の名や趣味を知っているのだから、行くしかあるまい」
そう言って剣が腰にあるのを確認すると、フィアスは改めてピエロを追う。やれやれとフルシャは立ち上がった。
「全く、落ち着けやしないねぇ…それに」
胸騒ぎがする。フルシャは杖をついて若者達の後を追った。
昼になった。古びた時計が壊れた音で時刻を知らせると同時にフルシャがイライラした様子で呟く。ティルアが宥めた。
「お、お婆さん、落ち着いて…」
「落ち着いていられるかい!」
怒鳴るために振り向くフルシャ。ティルアはその形相に怯んだ。その時に、ドアが軋んだ音と共に開く。
「待たせてしまったな」
ハート型のクッキーが入った袋を抱えたフィアスがそこにいた。女性陣の顔が明るくなる。フルシャが近寄って、フィアスを見上げた。
「それは賄賂のつもりかい?スレンマや水晶玉はちゃんと取り返してきたんだろうね」
「案ずるな。無事だ」
口元に笑みを浮かべ、フィアスはスレンマと水晶玉を取り出して持ち主に返した。水晶玉に傷がないことを確認すると、王女はやっと笑顔になる。フルシャもスレンマが返ってきたことで、機嫌が直ったようだ。
「…そ、それで…その袋は…?」
「あぁ、これは…待たせてしまったお詫びだ」
ティルアがそわそわした様子で尋ねると、フィアスは苦笑いで答えた。さっき賄賂と言われたのが苦しいのだろう。フィアスは袋を開け、女性陣に渡した。
「三人で食べてくれ」
「これは…エクセルで人気のハートクッキーですか!?」
お菓子が好きなのか、目を輝かせて言うノワーリア。ティルアも喜びの表情を表し、買ってきてよかったとフィアスは思う。フルシャがクッキーを食べながら、探るように尋ねた。
「これは何カリルだったんだい?」
「…それを言うのは贈り物として失礼だろう」
ソファーに座って剣を研いている手を止めて、眉をしかめて呆れてみせたフィアス。フルシャは大口を開けて膝を叩いた。
「それもそうじゃな!」
(………旅をして、どのくらいの月日が経ったのだろうか)
三人がお菓子を食べて幸せな顔をしている時、フィアスは一人考えにふけっていた。
(少なくとも二年前には始めている…三年…四年…十六の頃か。あの頃はギルド内の者によく喧嘩をふっかけたものだ)
子供の頃を思い出して失笑してしまう。当時の自分はそれがカッコいいなどと思いこんでいた。
(今、こうして思うと我もまだまだ青かったのだな)
研かれた剣に映る今の自分。剣士をやめたとはいえ、まだその名残がある目つきをしていた。
(いつでも礼儀正しく…というのが剣士だったが、回復魔法士になってからは堅苦しいものが取れたみたいに清々しいな)
ふと、顔を上げると女達は終わりそうのない話をしている。ノワーリア王女様のローブにある水晶玉の眩い光に、フィアスははっと思い出した。
(フルシャに物見族の事を聞かなければ!)
そして、今思い出したことを恨んだ。ノワーリア王女とティルアがいると、話しづらい。フィアスは仕方なく、忘れないようにしようと自分に言い聞かせた。剣を研き終わると、少し持ち上げて状態を確認する。
「……ん?」
後ろのドアの隙間を映したその剣に、ピエロが一瞬見えたのは気のせいではないだろう。フィアスは気配を消し、部屋を出た瞬間にその人物の鼻に剣をつきつける。
「ヒッ…」
「…やはり今朝の」
今朝、自分と戦ったピエロがそこにいた。そのピエロが肩に乗せているキツネを呼ぶと、キツネはコンと鳴いて何かを差し出した。
「…MA?」
果たしてそれは、フィアスの持ち物でないMAだった。また盗んだのかと目で言うと、ピエロは激しく首を横に振る。
「これあげるから、オイラを警察に突き出さないで欲しいヨ」
「…賄賂か?」
フルシャが言っていた事を思い出し、フィアスも言ってみた。
「ヒヒッ、捉えようによってはそうなるヨ」
「…………」
過去の自分なら不正を嫌い、受け取らなかっただろう。だが、フィアスは受け取った。そして小さく頷く。ピエロの顔が、ほっとした表情になる。そのMAは録音することができる物だったから、フィアスは何か録音されてるかもしれないとその場で再生してみた。雑音が目立つが、何とか聞き取れる。
「…聞いたか?ノワーリア王女様がお城を抜け出したそうだ」
「ま、王女様と言えどまだ子供。遊び足らないのでは?」
「それが…女銃士隊がいくら探しても行方不明で、見つからないらしい」
「あら大変。盗賊団にでも捕まったのかしら」
「無事だといいんだけどな」
そこで録音が終わっていた。ヒヒッと笑ってフィアスの注意をこちらに向けたピエロが笑う。
「ちなみに録音したのは今日の十一時頃ヨン」
「…大変だ!」
今は十二時半。急いでノワーリア王女様とティルアを返さなければ。フィアスはピエロに感謝と別れを告げると、ドアを乱暴に開けた。驚いた女性陣が一斉にこちらを見る。
「ノワーリア王女様!話で盛り上がっている所失礼しますが、そろそろ戻られないと町中の大騒ぎになります!どうかご理解を!」
「…そ、そうだった!ノワーリア王女様、早くお城へ帰りますよ!」
ティルアがはっとして立ち上がり、ノワーリア王女の手を引いて有無を言わさず、別れも告げずに宿から慌てて出て行く。それを見送ったフルシャが、ドアを見つめながら呟いた。
「…騒がしいね。それに礼もなしかい?」
「それだけ急いでいたのだろう…フルシャ、我々はどうする?」
「ふぅむ…」
ソファーに座って考え込むフルシャ。フィアスはMAの録音を削除した。
「…――ヒヒッ、オイラがいいこと教えるヨ」
「誰じゃ!」
「安心だフルシャ。奴は…色々あったが敵ではない」
ドアから声が聞こえ、フィアスはフルシャにそう言った。また、ピエロはヒヒッと笑いながら言う。キツネも短く鳴いた。
「オイラ、知ってるヨ。エクセルでMAの闇市をやってるコト。君はフィアス・ファクトリー、MA集めが趣味なら行くはずだヨ」
「…何故、我の名を」
フィアスは驚きつつも話を聞き入っていた。質問には答えずに、ピエロは言う。
「知りたいならついてきなヨン」
そのままドアの向こうに消えるピエロを追うフィアス。それをフルシャが引き止めた。
「行くのか?罠かもしれないんじゃぞ」
「…それでもだ。MAだけでも気になるのに闇市と聞いてはな。さらにあのピエロは我の名や趣味を知っているのだから、行くしかあるまい」
そう言って剣が腰にあるのを確認すると、フィアスは改めてピエロを追う。やれやれとフルシャは立ち上がった。
「全く、落ち着けやしないねぇ…それに」
胸騒ぎがする。フルシャは杖をついて若者達の後を追った。