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長編

「はいはい!もういないかな?じゃないとこの指輪はこの人の物になっちゃうよ~?」


そうは言っても、誰も乗って来ない。バンダナの優男はにこっと笑った。

「はい、じゃあ千五百カリルでお買い上げ~!まいどあり~!」


指輪は、真珠のネックレスがとても似合う、美女へと渡された。


「では次の商品を…」


「WAVE APPEAR VIOLENT(波のように荒く)!!」


倉庫の中の人達は、何事かと立ち上がった。息つく暇もなく、大津波がシャッターを壊して浸水してくる。盗賊達は、皆上へと持ち前の素早さで逃げた。そして、剣を肩に担いだ一人の男が入ってきて、倒れたシャッターの上に乗って呟いた。


「…後で修理代を出さねばいけないな」


それは、息を切らしたフィアスだった。MAを懐にしまい、誰にも聞こえるように叫ぶ。


「ここに、光る水晶玉と、魔女のスレンマを持った盗賊のキツネは来なかったか!?」


「ヒヒ、ヒィ…」


キツネの飼い主のピエロは両方を持って、人や物の後ろに隠れる。ピエロは、誤魔化してくれとジェスチャーを送った。無論、貸し借りなしで庇ってもらえるはずだ。何故なら、ここにある品物全てが盗品なのだから。


「…ここにはいない!」


ピエロの前にいた人物が、きっぱりと断言する。フィアスは、その盗賊の方を向いて、無言で剣を突きつけた。そして、その盗賊を…いや、その後ろにいるピエロを睨みつけて冷たく言い放つ。


「だが、我が探している物そのものは、そこの人が持っているようだ。返してくれ」


「…ヒヒ、ヒヒヒッ!」

そう笑って出てくるピエロ。盗賊達は、皆、体を構えた。それを見て、フィアスも剣を構える。


「…渡さないヨ~ン!」

「あ、待てっ!」


その合図で、盗賊達が一斉に外へ逃げ出した。流石盗賊。その足は素早く、皆一瞬にして建物の陰に隠れてしまう。だが、フィアスの狙う物は、フィアスには光って見える。そんな巧妙な罠には、引っかかるはずもなかった。


「この…っ!」


フィアスはピエロではなく、反対方向へ逃げた美女を追った。後ろから迫ってくるフィアスを見て、美女は焦る。


「な、何で!?品を持っているのはピエロでしょ!?何で私を…」


「我には見える。貴女が持っている!WIND APPEAR RAPIDLY(風のように速く)!!」


剣を鞘にしまい、フィアスの走る速度が上がる。当然、風のような速さに勝てるはずもなく、美女の腕はフィアスに捉えられた。もう片腕も掴まれて背中に回され、美女は身動きが取れない。


「くっ…!さてはあいつめ、私に押しつけたな!?」


「失礼ながら、触らせていただきます」


女性の言葉を無視してフィアスは光る部分を見つめ、スレンマを胸の谷間から取り出し、さらに水晶玉を腰の小袋から取り出した。そうすると、なんとフィアスは掴んでいる美女の手を離す。警察に突き出されるだろうとばかり思っていた美女が驚いてフィアスを見ると、訳を喋ってくれた。


「我は捜し物をしているだけであって、女性に乱暴をふるいにきた訳ではない。ここのところ、分かって欲しい」


それだけ言って、フィアスはまた魔法を使って走り出す。しかし、あのピエロは依頼にあるキツネのヒントかもしれないから逃がす訳にもいかないのだ。一方、ピエロは路地裏のドラム缶にひっそりと隠れていた。


「コン」


「しっ!」


あのキツネも、一緒だ。ピエロは足音を聞きつけ、キツネを黙らせる。息を殺して、耳を澄ませた。やがて、足音が止まって、ピエロも呼吸を止める。ドラム缶の蓋が、開いた。雪の結晶の形をしたMAを持ったフィアスが立っている。


「…流石だ。MAを使わねば見失っていた所だ」

「…ヒィ」


「コン」


「あっ、バカ!」


「む?…あぁっ!」


ピエロの後ろから、キツネの声がしたかと思うと、フィアスの前にあのキツネが躍り出る。ピエロはあーあと顔を打った。

「このキツネ…お前が飼い主だったのか!」


「…ヒヒッ、バレちゃ仕方ないヨン」


ドラム缶から飛び出し、笛を取り出して踊るピエロ。改めて見ると、赤と青の白い水玉模様がある白ボンボンのピエロ帽子を被っているピエロの盗賊…これでは目立って仕方ないではないか。


(いや、目立っても問題ない程、実力があるのか…?)


「こっちも逃げてばかりじゃ埒があかない。こうなったら戦うしかないヨ!危ないから離れろ、ラッチ」


「コン!」


ラッチと呼ばれたキツネは、言いつけ通りに離れる。首にはスレンマ、手には水晶玉。その光は、フィアスの視界をよくしてくれた。もう昼になっていると言えど、路地裏は暗い。相手の視界は悪いはずだ。フィアスは水晶玉に感謝した。


「ヨン!」


「うぉっ!」


ピエロは笛を吹き、音波でフィアスを壁に打ち付ける。不意打ちだ。ピエロが迫ってきたので、フィアスも慌てて剣を抜き、ピエロの蹴りを受け止める。その力は凄まじく、格闘家かと思うまでの威力があった。跳ね返ってピエロはドラム缶の縁に片足をつける。一瞬力を抜いて、フィアスは短い溜息をついた。


「いいバランスだな」


「ヒヒッ、ピエロだからね」


短い会話。そこからでも一瞬の隙をついて、フィアスは払いをかける。ピエロはジャンプして剣に乗り、顔面に蹴りを出す。フィアスは何とか空いてる腕で、防御をした。

(くそっ、防戦一方だな…)


フィアスが剣を上下に動かすと、ピエロはバランスを取ってくる。ならばとフィアスの目が光った。


「BLAZE APPEAR HEAT(炎のように熱く)!!」


「あっちぃっ!」


剣が赤く光り、まるで炎のように熱くなる。ピエロはその熱さに剣から飛び降りた。その空中の隙を使って、フィアスは剣を熱くしたまま、平たいところでピエロの背中を打った。防御もしていないのでかなりのダメージなはずだ。だがピエロはすぐに向き直り、笛を吹く。音波がフィアスをまたも吹き飛ばした。今度は踏ん張り、何とか壁には打ち付けられなかったが、ふと前を見るとピエロがいない。


「ヨン!」


「がっ…!」


探そうとした時には遅く、上からのかかと落としを脳天にくらうフィアス。頭がクラクラして、足もよろける。その隙にとピエロは、飛び蹴りをフィアスの腹にかました。


「ぐふぉっ!」


腹を抱え、うずくまるフィアス。だが、今の衝撃で頭のクラクラが治ってくれた。剣を構え直し、考える。


(あの笛を何とかしないことには…)


あの笛の音波は防ぎようがない。フィアスは踏み込み、ピエロに迫った。ピエロが笛を口にしながら飛び退くが、フィアスは懐から、ジェラスガイのリンゴを切るときに使ったあのブーメラン式のナイフのMAを投げ、笛を弾き飛ばす。


「ヒッ!?」


「そぉ…らっ!!」


「ヒギャッ!」


フィアスの突きを喰らい、ピエロはコンクリートの地面に後頭部を打ち付けて気絶する。戻ってきたMAを、フィアスは懐にしまった。キツネがコンと鳴いてピエロに近寄った。キツネを見て、フィアスがしゃがむとキツネは思わず飛び退く。フィアスは、キツネに尋ねた。


「他に盗品は?」


「……コン!」


少し戸惑ってから、キツネは笛を指さした。恐らく依頼主の物だろう。


「あれか!」


盗品をあたかも自分の武器であるかのように使っていたピエロに驚いてしまう。刺さなくてよかったとフィアスは安堵の息。キツネを撫でて、別れを告げた。用が済んだのでギルドに戻るのだ。


「では、我はこれで」


コン!とキツネが鳴いて、フィアスは三つの盗品を持って、行きに走った分、帰りはゆっくりと歩いた。ギルドに行く途中で、露店がある。そこで、ハート型のクッキーを売っていたのでお土産にと買っていくことにした。


「へいらっしゃい!」


「このハート型のクッキーを…(フルシャ、ノワーリア王女様、ティルアだから…)三つ下さい」


「あいよ!元々三つ纏めて買うと五カリルなんだけどね、今タイムサービス中で、何と一カリルにしてあげちゃうよ!」


「それは有り難い!」


「まいどありー!」


たった一カリルを支払ってクッキーを買い、フィアスはギルドのドアを開けた。朝に来た時とは様子が違うので、驚く受付の女性。フィアスが受付に来ると、女性は慌てて対応した。


「何のご用でしょうか?」


受付がそう尋ねると、フィアスは依頼の紙と笛、それからメンバーズカードをカウンターに置く。


「依頼完了だ。この笛を持ち主に返してくれないか?それと、キツネの正体は盗賊ピエロのペットだったとも伝えてくれ」

受付の女性はカードを機械に読み込ませ、すぐにフィアスに返した。


「承りました。報酬は明日、受け取りに来て下さい」


「ああ」


それだけ言って、フィアスはギルドを出て行った。ここのシステムは、ギルドを介して依頼が動く。依頼人は、電話で自分の依頼を受けてくれたと知るし、依頼完了時には、依頼を受けた人の顔や情報が分かって安心…というものである。


「とりあえず、一件落着だな」


そう呟きながら、フィアスはあのボロ宿へと向かった。
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