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長編

(夜に警備ってことはよくあったけど、月をじっくり見ることはなかった……って、何やってんだ私!ノワーリア王女様の護衛時は気を抜くなってあれほど隊長に言われてたじゃないか!)


ティルアは警戒意思を見せるため、手銃を構えた。辺りを警戒し、王女にも振り返る。何も変化がないのを確認し、ほっと、息をついた。


「どうした?」


フィアスにそう問われ、ティルアはそちらを見た。この男、てっきり月ばかり見ていると思ったが、手は鞘を握り、いつでも抜けるように親指が立っている。その眼差しも、近くで見ると一切の油断がないと分かる。


「いや、ちょっと油断しててね。警戒の意思を」

「そうか…眠いのなら寝て構わないぞ?貴女も纏めて守るだけだ」


「いや、自分の身は自分で守るよ。それに王女様の身も私が守るしね」


「はは、そうか。貴女は女銃士隊だったな」


「そう!王女様には指一本触れさせない!」


気を強く持ち、手を銃の形にして構えるティルア。フィアスも微かに笑い、鍔を押して右手を添えた。


「…何かいるな」


「…それで私も構えたんだよ」


茂みが揺れ、今にも飛び出さんばかりに前傾になるフィアス。ティルアも目を細め、狙いを定めた。そして茂みが大きく揺れて飛び出してきたのはキツネ。


「……またキツネか」


「全く、驚かせるんじゃないよ」


二人の力が抜ける。フィアスに至っては苦笑いまでしていた。


「しかもさっき見かけた奴と同じという」


「あっはっはっは!こりゃああんたもたまったモンじゃないね!」


「全くだ」


「……よくやったな。ほら、ご褒美の餌だヨン」


談笑している二人をよそに、茂みに身を隠しながらキツネを撫でるピエロが一人。フィアスを二度も驚かせたこのキツネ、今回は餌が多く貰えて嬉しそうだ。そんなピエロの手にはスレンマの輪飾り。フルシャのものだ。本物か確かめるために、ピエロは勾玉で壷を挟んだ。飛び出した壷から発光するのを見て、ピエロは舌を出して笑う。


「やっぱりオイラはラッキーだヨ~ン!」


ピエロがキツネに合図すると、キツネも跳ねてピエロについてゆく。魔女の持ち物にはダミーが多く、罠もあることがあり盗むのは難しい故にレベルが高い。だからこれを仲間内で売りつけると物凄く値が張るのだ。


「これはどのくらいするのかな?ヒヒッ、楽しみだヨ!」


コン!とキツネが鳴いて、ピエロは笑う。ピエロはスキップで小躍りしながら闇に紛れた。


「たわけが!あんだけカッコつけといてあたしのスレンマが盗まれるたぁどういうことだい!」


朝一番に響き渡るフルシャの大きな怒鳴り声。地に伏すフィアスを激しく叱咤している。その横にはティルアもいた。


「す、すまないフルシャ!」


「申し訳ありませんノワーリア王女様!私までついていながら!何か盗まれたものは?」


「え、えっと…」


ノワーリアはローブを探った。そこでフィアスがはっとする。ローブが眩しくない……そう思ったと同時にあっと声をもらすノワーリア。


「な、何が!?」


「……水晶玉が」


「あぁあ!どうぞ私めをクビにするなり何なりして下さい!」


ティルアは土下座でさらに頭を地にガンガン打ち付け、ノワーリアに謝罪する。フィアスはフィアスでフルシャに散々怒鳴られたおかげでどん底に落ち込んだのか、ネガティブな発言をぶつぶつと呟きだしている。


「…我も、日本の侍のように腹を切ろう」


最終的にそう言って人目のつかない場所へ行こうとするフィアスに気づき、慌てて止めにかかる女性達。だが父に似たのか、フィアスも頑なに踏ん張って死にゆこうとする。


「放せ!我は死なねばならん!」


「この…馬鹿者!」


フルシャが平手打ちをフィアスにかます。いい音がして、フィアスは地面に倒れた。驚いておもむろに頬に手を当てるフィアスを、ため息混じりに見下ろすフルシャ。目が怖いほどに見開かれ、周囲の者は怯えてしまう。


「立派な大人と思っとったが、見損なったよ!若造だねあんたも。これぐらいのことで命捨てていい訳ないだろ!小さな島国の馬鹿なならわしを真似るんじゃないよ!……どうすればいいのか、自分で考えな」


それまで宿に戻ってくるんじゃないよ!と追い出されてしまうフィアス。自分も行くとティルアも申し出たが、フィアスがいない間の護衛ということでフルシャに止められ、宿に残ることとなった。フィアスは気合い入れの為に体操をする。それが終わると手をぱんと叩いて腰に当てた。


「…さて、汚名返上と行くか。まずはちょっと怪しいあのキツネだな」


キツネは普通、人の前にそう簡単と姿を見せない。一度見れたらそれきりだ。いくら自分の幸運度が高いからと言って、二度見はありえない。近辺を回って調べ、フィアスは唸った。


(…調べる必要がありそうだが、足跡らしきものはない…流石だな。そして、盗られたのは夜…これは難しいぞ!)


フィアスは舌を巻いて、情報を得るために町へ走った。捕まえるならなるべく早い方がいい。たとえ既にエクセルからいなくなっていたとしても、必ず捕まえてやる。それにはまず、ギルドだ。着くなり、フィアスは掲示板を確認する。捜し物を依頼ついでのオマケにすると、何故か発見率が高いのは昔からだった。


「…あった!」


キツネの絵を見つけ、文章を読む。そして内容の一致を確認すると、貼り紙の上部分を破った。いつもなら丁寧に画鋲を取るのだが、今回は時間がない。受付に行き、バン!と乱暴にカウンターへ叩きつけて言い放つ。


「この依頼を受けます!」


「は、はい!」


受付担当の女性が驚いていたが、謝るなんて余裕のないフィアスは返事を聞くなり紙を握ってこれまた乱暴に扉を開けて外へ出た。


「な、何?あの人。風…よりか突風のように過ぎていったけど」


「さぁ?」


「…何かあったんですかねぇ?」


受付の会話を遠くのバーにいる男性が聞き、ワインを飲む。それに答えるは、マスター。


「あったんでしょうねぇ」


とても、気楽な声だ。


「…はぁっ…はぁ…!(夜に出没、洗練された動き、盗賊の飼い主がいる疑惑あり…)はぁ…はっ……」


走りながら頭の中で情報を整理する。倉庫のシャッターに手をつき、一端体を休めた。ここまで何も考えずに全力で走ってきたからか、体が熱い。心臓の鼓動が波状に伝わり、全身がドクドクいっているようだ。自身を落ち着けるためにフィアスは深呼吸をする。依頼完了条件は、キツネの正体を暴き、盗まれた品物を取り返すこと。そのついでにスレンマと水晶玉を取り返せばいいのだ。幸いどちらも光って見える。水晶玉に至っては光が強い。それがせめてもの救いだった。


「………え……!」


「…む?」


倉庫の中から声が聞こえた。よく耳をすますと、大勢が盛り上がっている。パーティでもやっているのだろうか?とても楽しそうだ。


(しかし倉庫の中でとは物好きだな……いかん!こんなことしている場合では!)


フィアスはまた走りだした。その時に、一つのMAが落ちてカシャンという音がする。それに振り向くと、雪の結晶みたいな模様のMAがアスファルトで光っていた。それを見て固まり、次にフィアスは舌打ちをする。


「我は馬鹿か?これがあったというのに!」


それを拾い、MAを睨みつける。それを手に握りながら、フィアスは空を仰ぎ、ぐるりと見回した。すると、街に入ってきた方向とは別の出入り口に、見張り台を見つける。MAをしまい、また走った。


「…あそこならこれが使える!」


今度も全力疾走する。ただし、捜索方法が確実なため、後は時間だけとなる。フィアスは剣を抜かずに柄だけを握った状態で、勝ちを確信しながら叫んだ。


「WIND APPEAR RAPIDLY(風のように速く)!」


その瞬間、フィアスの走る速度が速くなり、周りに突風が吹く。この技は、最近急ぐことが多いフィアスには最早十八番となっていた。風より速いとまではいかないが、それに匹敵できるくらいの速さだ。この技を以てしても着くのは一分くらいかかるのだから、エクセルは広い。それだけ走った分、フィアスの体力も奪われる。見張り台の梯子を登ると当然衛兵に止められるが、無言で依頼書とギルド『RESISTANCE』のメンバーズカードを見せて、さらにさっき落としたMAを見せる。それで衛兵は敬礼し、フィアスを見張り台に立つことを許した。そこに立つと、MAを額に当てて念じるフィアス。


「我の捜し物、それはキツネ」


あのキツネの姿を強く脳内にイメージすると、MAが光ってキツネの姿が映し出される。よし、と頷いて、フィアスは思いっきり、


「でぁっ!!」


そのMAを見張り台からぶん投げた。すると横にくるくる回りながら、光って目的のものを探しだすMA。フィアスも身を乗り出し、屋根へと降りてMAを追った。やがて、さっきの倉庫の所でMAが止まる。それを見てフィアスは自分の馬鹿さ加減に顔を片手で覆って笑うしかなかった。


「考えれば倉庫でパーティなどありえん!!」
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