長編
「おや、お帰り」
宿に戻るとフルシャがいた。フィアスは自分が聞こうとしている事を忘れないようにしながら、王女の布団を用意する。勿論、この部屋の中では一番綺麗なものを選んだつもりだが、それでもボロボロで埃を被っている。フルシャの寝床も整えて、汗を拭い立ち上がった。
「寝る準備ができたようじゃな」
「ああ、ゆっくり休んでくれ。我はもう少し起きている」
「む。まぁこの宿は防犯もなっておらんようじゃからな。盗賊が入らんとも限らんし」
「ならば護衛を配置すればよろしいのでは?」
「……ハァ~」
フィアスに手伝ってもらいながら布団に入ろうとして座ったフルシャが溜息をつく。最初に出た言葉は世間知らずめという呟き。
「そんな金があったら護衛なんざに使わず強引にもっと高い宿に泊まってるさ!エクセルの宿はどれも金さえありゃ、他の客追っ払ってでも泊めるからね!…ゴホゴホ…怒鳴ったら喉が」
「無理をするな、フルシャ」
「……………」
王女は二人のやりとりを見つめ、自分がどんなに恵まれた環境で育ったかを知った。護衛はいない。召使いもいない。エステもマッサージもやってくれるメイドもいない。全て自分でやっている。こんなお婆さんでさえも、自分で身なりをやらねばならない。パジャマを着るも歯を磨くも、全て使いの者に言えばやってくれた。それが、この老婆は壊れゆく体を懸命に動かして全て自分で…何だか自分が恥ずかしくなってしまった。もうわがままは止めよう。できることは自分でやろう。王女は自分に似合わないボロ布団を握り、そう決心した。老婆だけでない、この剣士は老婆の世話をしながら剣に励み、今日に至っては自分に付き添った。自分の生活で言えば、介護、兵士、護衛、使者など城にいる者の全てをやったことになる。疲れは溜っているはずなのに、まだ寝ないというのか。
「いつ寝るつもりじゃ?」
「…そうだな。朝、といったところか」
「夜通しじゃと?お主、寝ずに見張る気か!」
「でないとな。今日は盗賊にも出くわした。綺麗なお仲間が二人もいるから気が抜けん」
「うっしゃっしゃっ!あたしに世辞はいらんよ。フィアス」
「ありがとうございます……でも」
これ以上彼を疲れさせてはいけない。そう思った王女は背中を布団から離し、強く言った。
「貴方は休んで下さい。見張りなら私が」
「…いや、危険すぎる。我は慣れているから、さあ」
そう言って、丁寧に体を倒される。王族の権威をもってしても、自分は剣士の一人さえ休ませられないのか。何もかもしてもらったのに、何もしてやれない自分を恥じた。悔しい。申し訳ない。初めてそんな気持ちになった。
「…んごぉぉぉ」
「…すー…すぅ」
(綺麗な月だ…こんな夜によく父と酒を交わしたな)
老婆の豪快ないびきを耳にしながら、フィアスは昔を思い出す。そして、肩をすくめて苦笑い。
(そしてよく、父に挑んでは負けていた。結局、勝てないでいたな)
快い風がフィアスの蒼い髪を揺らす。剣を抱いてのんびりと夜を過ごす。風に揺られながら王女を見ると、笑顔で眠っていた。そんな王女に微笑んだ後、フィアスは風が入ってくる窓を睨む。剣の鍔をそっと上に押して、カチャッと音をならす。
「そこにいるのは誰だ!」
一気に窓へ近付き、外へ飛んで剣を抜く構えになるが、見えた姿は狐の尻尾。肩の荷が降りたようにフィアスは一人呆れた。
「何だ、狐か」
窓からまた中へ戻り、壁に寄りかかってまた同じ所に座る。まだ荒ぶっている気を落ち着けるために、深呼吸一つ。しかし、また気配がして今度はゆっくり窓に近付いて外を覗いた。
「…?」
しかし、何も見えない。窓から身を乗り出して上の屋根、下の草を見る。すると、拳銃が見えてフィアスはサッと隠れた。
「あ、昼間の!」
ぴょこっと窓から顔を出した人物に、フィアスは剣を突きつけたが、すぐに引っ込めた。昼間、酒場で出会ったティルアだったのだ。ティルアの手が途中から拳銃になったり、手に戻ったりしているのでぎょっとしたが、すぐに自分の眼のせいだと気付き、頭を掻いた。
「こんな時間にどうしたのだ?」
「それはこっちの台詞さ。私は探し物をね」
「…そうか」
ティルアは王族親衛隊の中の一つ、女銃士隊だ。預かっている物故に探し物が何なのかは分かる。
「…すまない。それなら我が保護している」
「…あっ、の、ノワーリア王女様!」
フィアスが指差す先を見て、ティルアが叫ぶ。ここで王女の存在を隠したとしても、女の勘とやらで見つかっただろう。頼む、とフィアスは交渉に出た。
「朝には戻るように説得する。今帰すと盗賊団が危ないし、それに、眠りを妨げてしまってはあまりにもかわいそうだ…だから」
「ああ、ああ、分かってるよ。こんな時間に起きてて、私に剣を向けたってことは、ノワーリア王女様を本気で守ってくれてたんだろ?側にいてくれてたのがあんたでよかったよ」
「…はは、そう思ってもらえると助かる。だが実は一回盗賊団に襲われててな。怖い思いを…」
「お怪我などさせてはいないだろうね!?」
言っている途中で銃を突きつけられる。フィアスは慌てて答えた。
「攻撃されたのはナイフで計二回、全て防いだ」
「よろしい!」
ティルアは手を元の形に戻し、フッと笑った。だけどね、と腰に手を当てる。
「見つけた以上、私もノワーリア王女様の護衛をするからね!」
宿に戻るとフルシャがいた。フィアスは自分が聞こうとしている事を忘れないようにしながら、王女の布団を用意する。勿論、この部屋の中では一番綺麗なものを選んだつもりだが、それでもボロボロで埃を被っている。フルシャの寝床も整えて、汗を拭い立ち上がった。
「寝る準備ができたようじゃな」
「ああ、ゆっくり休んでくれ。我はもう少し起きている」
「む。まぁこの宿は防犯もなっておらんようじゃからな。盗賊が入らんとも限らんし」
「ならば護衛を配置すればよろしいのでは?」
「……ハァ~」
フィアスに手伝ってもらいながら布団に入ろうとして座ったフルシャが溜息をつく。最初に出た言葉は世間知らずめという呟き。
「そんな金があったら護衛なんざに使わず強引にもっと高い宿に泊まってるさ!エクセルの宿はどれも金さえありゃ、他の客追っ払ってでも泊めるからね!…ゴホゴホ…怒鳴ったら喉が」
「無理をするな、フルシャ」
「……………」
王女は二人のやりとりを見つめ、自分がどんなに恵まれた環境で育ったかを知った。護衛はいない。召使いもいない。エステもマッサージもやってくれるメイドもいない。全て自分でやっている。こんなお婆さんでさえも、自分で身なりをやらねばならない。パジャマを着るも歯を磨くも、全て使いの者に言えばやってくれた。それが、この老婆は壊れゆく体を懸命に動かして全て自分で…何だか自分が恥ずかしくなってしまった。もうわがままは止めよう。できることは自分でやろう。王女は自分に似合わないボロ布団を握り、そう決心した。老婆だけでない、この剣士は老婆の世話をしながら剣に励み、今日に至っては自分に付き添った。自分の生活で言えば、介護、兵士、護衛、使者など城にいる者の全てをやったことになる。疲れは溜っているはずなのに、まだ寝ないというのか。
「いつ寝るつもりじゃ?」
「…そうだな。朝、といったところか」
「夜通しじゃと?お主、寝ずに見張る気か!」
「でないとな。今日は盗賊にも出くわした。綺麗なお仲間が二人もいるから気が抜けん」
「うっしゃっしゃっ!あたしに世辞はいらんよ。フィアス」
「ありがとうございます……でも」
これ以上彼を疲れさせてはいけない。そう思った王女は背中を布団から離し、強く言った。
「貴方は休んで下さい。見張りなら私が」
「…いや、危険すぎる。我は慣れているから、さあ」
そう言って、丁寧に体を倒される。王族の権威をもってしても、自分は剣士の一人さえ休ませられないのか。何もかもしてもらったのに、何もしてやれない自分を恥じた。悔しい。申し訳ない。初めてそんな気持ちになった。
「…んごぉぉぉ」
「…すー…すぅ」
(綺麗な月だ…こんな夜によく父と酒を交わしたな)
老婆の豪快ないびきを耳にしながら、フィアスは昔を思い出す。そして、肩をすくめて苦笑い。
(そしてよく、父に挑んでは負けていた。結局、勝てないでいたな)
快い風がフィアスの蒼い髪を揺らす。剣を抱いてのんびりと夜を過ごす。風に揺られながら王女を見ると、笑顔で眠っていた。そんな王女に微笑んだ後、フィアスは風が入ってくる窓を睨む。剣の鍔をそっと上に押して、カチャッと音をならす。
「そこにいるのは誰だ!」
一気に窓へ近付き、外へ飛んで剣を抜く構えになるが、見えた姿は狐の尻尾。肩の荷が降りたようにフィアスは一人呆れた。
「何だ、狐か」
窓からまた中へ戻り、壁に寄りかかってまた同じ所に座る。まだ荒ぶっている気を落ち着けるために、深呼吸一つ。しかし、また気配がして今度はゆっくり窓に近付いて外を覗いた。
「…?」
しかし、何も見えない。窓から身を乗り出して上の屋根、下の草を見る。すると、拳銃が見えてフィアスはサッと隠れた。
「あ、昼間の!」
ぴょこっと窓から顔を出した人物に、フィアスは剣を突きつけたが、すぐに引っ込めた。昼間、酒場で出会ったティルアだったのだ。ティルアの手が途中から拳銃になったり、手に戻ったりしているのでぎょっとしたが、すぐに自分の眼のせいだと気付き、頭を掻いた。
「こんな時間にどうしたのだ?」
「それはこっちの台詞さ。私は探し物をね」
「…そうか」
ティルアは王族親衛隊の中の一つ、女銃士隊だ。預かっている物故に探し物が何なのかは分かる。
「…すまない。それなら我が保護している」
「…あっ、の、ノワーリア王女様!」
フィアスが指差す先を見て、ティルアが叫ぶ。ここで王女の存在を隠したとしても、女の勘とやらで見つかっただろう。頼む、とフィアスは交渉に出た。
「朝には戻るように説得する。今帰すと盗賊団が危ないし、それに、眠りを妨げてしまってはあまりにもかわいそうだ…だから」
「ああ、ああ、分かってるよ。こんな時間に起きてて、私に剣を向けたってことは、ノワーリア王女様を本気で守ってくれてたんだろ?側にいてくれてたのがあんたでよかったよ」
「…はは、そう思ってもらえると助かる。だが実は一回盗賊団に襲われててな。怖い思いを…」
「お怪我などさせてはいないだろうね!?」
言っている途中で銃を突きつけられる。フィアスは慌てて答えた。
「攻撃されたのはナイフで計二回、全て防いだ」
「よろしい!」
ティルアは手を元の形に戻し、フッと笑った。だけどね、と腰に手を当てる。
「見つけた以上、私もノワーリア王女様の護衛をするからね!」