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長編

「百カリルも!それは無理ですって!」


「どうしてだい?こんな蜘蛛の巣ばかりの宿じゃあ百カリルは当たり前じゃないのさ!」


(やれやれ…)


宿屋の店員が困った顔でフィアスを見る。が、助けを求められても困るのだ。自分だって同意見なのだから。今、二百カリルの宿に百カリルまけろとフルシャは店員を怒鳴り散らしている。結局、根負けした店員が自暴自棄になって、もうタダでいいですと言い放ってくれた。


「かっかっか!今日は二百五カリルも得したねぇ!」


「いくら何でも値切り過ぎでは?」


寝床の準備をしながら、フィアスは呆れて言う。かけ布団はボロく、ところどころに縫い跡が目立つ。ベッドも固い。都市なのだからもっと気持ちのいい宿がありそうなものだが、生憎全ての宿が予約いっぱい。満室であり、彼等は運悪く、エクセルで一番物騒で不親切なボロ宿に当たってしまったのだ。


「やれやれ。今度来た時は「まず酒場」じゃなくて「まず宿屋」だな」


「……いい勉強になったかもしれんな」


フルシャはバネが飛び出して今にも壊れそうなソファーに座る。すると案の定、嫌な音がして、フィアスは慌てて振り返った。


「大丈夫か、フルシャ!」


「アイタタタ…全く、この体にはこたえるわい」

腰を押さえながら、フィアスを支えにしてそっと、ゆっくりと立ち上がるフルシャ。休みに来たのにケガをしてしまっては宿の意味がない。文句を言いに行くぞというこの老婆の意見には、流石のフィアスも止めるどころか殴ってやるという意気込みさえあった。


「受け取れませんって!そんなお金!」


「何故です?人民はお金を払って寝床を借りるのでしょう?」


しかし、下へ降りると既に揉め事が起きていた。またしてもお金の問題だが、今度は逆のようだ。黒いローブを被った赤紫色の髪をした碧眼の少女が受付にお金を払おうとしているが、手中にあるのはいくつかの赤紫色の宝石が埋め込まれた金貨。通称、王族金貨である。そんなものを宿屋に使ったら、お釣りがいくらあっても足りない。フルシャはあまりの常識のなさに深い溜息をついた。フィアスの方を見ると、眩しそうに目を細め、不思議そうに首を傾げている。


「フルシャ、彼女のローブの中……右ポケット辺りが光ってて眩しいのだが…フルシャは平気なのか?」


「…あたしゃ何も見えんよ。お主以外、誰も眩しく思っておらん」


「……また、なのか」


落胆するようにそう言って、フィアスは少女から目をそらした。今のフィアスではこの状況の打破は難しいだろう。受付と少女は同じ発言を何度も繰り返していてキリがない。自分しかいない。フルシャは咳払いをして、深く息を吸った。


「いい加減にせんかあほんだらぁ!」


(…口が悪いぞフルシャ)


まさに鶴の一声。さっきまで揉めていた二人も固まってこちらを見ている。フルシャは少女にゆっくりと歩みより、顎でフィアスを示した。


「あたしらの部屋にきな。タダで借りたし、一人くらい増えたって別にいいさね!道案内はあの男がしてくれる。あたしゃ用事があるから先に行ってな!」


そう言ってフルシャはカウンターを力強く拳で叩き、受付の男に文句を垂れる。


「ここは宿屋だよねぇ?なのに客を怪我させてどうすんだい!ソファーが壊れてたよ!」


「それはお客さん、あんたがタダで借りたからそのくらい……」


「おだまり!!」


「…行こうか。短時間では終わらない」


「え、ええ」


少女をなるべく見ないようにして、フィアスは歩く。部屋のドアを開けて少女を先に入れた。


「まあ…本当に壊れてますのね」


「ああ」


「…ふう!」


少女が壊れてないソファーに座って、ローブを降ろした。宝石のカチューシャをしている十代の少女。ここまでくるともう分かるだろう。フィアスは寝床を整えながら言った。


「で、お城から逃げ出したノワーリア王女様。何があったのですか?」


「!……バレてらしたの」


「バレない方が不思議だ。赤紫色の髪、碧眼、王族金貨、宝石のカチューシャ、上品で丁寧な言葉遣い……王族のヒントが一通り揃っているというのに」


王女は諦めたように、ローブから水晶玉を取り出した。光が直に目に入ってきて、思わず声を出して目を覆うフィアス。


「ど、どうなされたのです!」


「すまないが…我には眩しく見えるのだ」


「眩しい…?まさか、貴方は〝物見族〟だと言うのですか!?」


「〝物見族〟?」


初めて聞くはずなのに、どこか懐かしい響きであった。
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