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長編

「そうでしたか、あのファストの息子さん…」


マスターはフィアスをじっくり舐め回すように見た後で、ふぅむと唸った。閉店後のカウンターで店員がマスターを呼んでくれて、今はそのマスターとワインをかわしながら父の話を聞く。


「あの人とはよく飲んで愚痴をかわしあいました。懐かしい名前ですね。それにしても偶然です…実はフィアスさん、貴方の父からこんな風に言われてるんです。息子が大きくなって、もしここに来るようなことがあったらあれを渡してくれと。受け取ってくれますか?」


そう言ってマスターは店のドアにある鈴を指さした。フィアスは驚き、マスターの方へ体ごと向ける。


「あの頑固者から未来の我への贈り物か……」


肩を竦ませてみせるフィアス。マスターは短く笑ってその後の言葉を予測した。


「意外、ですか?」


「ああ。こんな吊り目して、そんな剣の使い方をする奴があるか!とよくしごかれたものだ」


ほろ酔い気分なのか、声が高くなっているフィアス。人差し指で吊り目を作り、笑う。マスターはあの人はいつもそんな顔でしたと腹を抱えた。


「ファストさん、今頃はどうしてますか?あの人のことだ。また山登りしてMAでも作っているのでしょう?」


「いや、それが……」


フィアスが含みをきかせて黙り込んだ。その鬱な表情にまさかという顔をするマスター。


「まさか…?いえ、そんな…!」


「いや、本当だ…本当に、海へ!」


「そんな…!」


たかが海。だが、この2人には苦笑物でしかない。ファストは海を見ると、野生の原始人のようにはしゃいでしまうのだ。フィアスは六年前、同行して声高に叫びながらサーフィンしている父を恥ずかしながら止め、海上で鮫の大群と戦う父を助けに行き、懸命に連れ戻した。もうあんな事はしたくない。マスターは二年前同行して、遊びにきている人達を狙って吹き矢を飛ばすファストを止めに行き、ライフセーバーに喧嘩を売るファストを引きずって離させた。


「まさに不羈な人ですよ」


「不羈すぎる、な」


2人はため息をついて、ワインを飲んだ。そして、フィアスが不意に言う。


「あんな父でも、ちゃんと我を思ってくれている。この不器用な愛情を受け取らずして何が子供だろうか。子供なりに父の愛を知り、受け止めよう」


「…それは…」


フィアスはついにワインを飲み干し、玄関の方へ歩く。そして、MAである桃色の鈴をドアから取って、マスターの方向へ突き出した。


「ああ。このMAは、我が引き取る!」


「ありがとうございます!さて、お引き取りが決まったところで、潰れます?」


マスターは残るワインを一気のみしてみせ、頬を赤らめて笑う。フィアスも微笑み、カウンターに向かっておかわりと言った。そこにいるはずの彼は隣で、どこに向かって言ってるんですかと苦笑いしていたのだった。一方フルシャは、町の露店でやりとりをしていた。

「勘弁してくだせぇよおネイさん。もうこれ以上はマケまへんて」


「そう言われてもねぇ。このスレンマはそれほどの価値はなかったんだよ。そちらがマケないつもりなら、あたしゃ別の店で買うね…あぁ、丁度そこの男の所とか、いい物揃いじゃないか!」


フルシャは意味ありげな流し目で後ろにある露店を見る。それを聞いた途端、売人は慌てた。フルシャはこの二つの店が敵対関係にあると知って、この手段にでたのだ。彼女が踵を返し、その店に行こうとした矢先、待ったが入る。


「失礼しやしたっ。本来ならば五カリルを十カリルで売ってたあっしの負けですわ。特別に二カリルで売りやしょう!」


「そぉらみたことか。やっぱり五カリルじゃないか。でも、三カリルもマケたその勇気を称えて、あたしゃ買うよ!」


「ありやとやしたっ!」

フルシャは沢山値切り、スレンマをお得な値段で買った。売人から離れ、酒場の外にあるテーブルに座る。不思議なことに、他の客は誰もいなかった。


「かっかっか、得したねえ。しっかし、なんだいこの酒場?エクセルなんだからもっと賑わってもいいじゃないか」


ドアにぶら下がっている看板を見て、フルシャは気づく。特別閉店と書かれてあったのだ。これは、マスターにとって特別な客が来ない限りださない。フルシャは疑問に思い、外からは中の様子が見えないガラスに近いて魔法で少しずつ熱し、穴を開けた。その穴に耳をくっつけて中の会話を盗み聞く。


「それは怖いですね…」

「だろう?だが、それ故に賢い。共に旅をして、もう既に彼女は必要な存在となった」


(フィアス…?)


フルシャはフィアスとマスターが店内にいることを声で認識した。話の内容は共と彼女という言葉からして自分のことだ。少し、期待した。


「ほう、それは何故?」


「彼女は我が道を踏み外そうとも、必ず引き戻してくれそうな気がするのだ。それだけでなく、何かと助けてくれる。我に回復魔法士になれと言ったのも彼女…フルシャだ。ここ、エクセルに来るまでも沢山の魔物と戦ったが、彼女は強い。息を合わせてくれるのだ」


フルシャは嬉しくなった。自分を必要としてくれる。自分がよく思われているのだ。


「うむ、なるほど…して、彼女は今どこに?」


「ここの町の露店を見て回っているだろう。女の買い物は沢山ある。気長に待ってやるのが連れではないか?」


「おっ!言いますねぇフィアスさん」


肘で小突いてちゃかすマスター。フルシャは穴から耳を離して、お主等男も酒の席は長いじゃろがと呟いた。そんな彼女をよそに、さあもっと飲もうと2人が笑う。女の買い物が終わっているのに待たれては、流石にあの言葉も言えたものではない。今の言葉を無駄にしないためフルシャは杖をドアに向け、レーザーでガラスに人が通れるくらいの穴を開けた。ガラスが落ちた音に驚いて振り返る2人のほろ酔い男。


「フィアス!買い物は終わったぞ!持たせる荷物などありゃせんから、早く話をつけんか!」


「あ…ああ。分かった。そういう事だ、マスター。このワインは…」


「ああ、特別客ですから今日はタダでいいですよ。つけたりもしません」

店を出た2人。フルシャは、ワインを二杯も飲み干したフィアスの足がふらついていないことに舌を巻いた。


「お主…酒豪か?」


「父が相当のな。我はまだいい方だ。父は我の三倍をゆく」


「つまり…六杯!?なんちゅう酒豪じゃ!」


辺りはもう暗くなっており、夜になると魔物も凶暴になることもあって、旅を続けるのは不可能。回復魔法士なりたてのフィアスでは回復がついていけず、やられてしまう。あたし一人なら行けるんだがねとフルシャは深い溜息をついた。回復魔法士を勧めたのは他でもないこの自分。フィアスを責めることもできない。宿屋を探すぞと歩き出した。
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