長編
「あれ、みんなは?」
ウールと別れ、沙姫とウルフが戻ると、そこに一族はいなかった。ウルフが鼻を動かし、一族の行方を捜し始める。ウルフは匂いを辿り、蛇行しながら歩を進めていたが、不意に動きを止めて空を仰いだ。
「……石の匂いがする。」
「えっ?」
沙姫もウルフと同じ方を見てみたが、空には何もない。ウルフは鼻を動かしながら、不意に駆空を始めた。茂みの多い樹木の並ぶ林へ行き、そこで二羽の梟を見つける。赤い梟と青い梟が寄り添って木に止まっていた。瞳は閉じられている。青い梟の方が一回り大きく、こちらが雄なのだろうと沙姫は判断した。ウルフの耳がくるりと回る。その仕草で、沙姫は狩りを覚悟した。一撃で仕留めるためか、溜めが長い。
「光・覚醒弾。」
ウルフの口から光の弾が発射される。寝込みを襲えたからか、それは青梟よりも大きくなった。しかし、赤梟の体が朱色に光りだし、弾は梟の直前で壁にぶつかったかのように止まる。それがあらぬ方向へ弾かれた時、赤梟の瞼がゆっくりと開いた。
「キャアアアアア!」
まるで人間の悲鳴のような鳴き声で、こちらを威嚇する。その声で、青梟も目が覚めてしまった。二羽は翼を広げ、ウルフと同じ高さまで飛び上がる。結局戦う流れとなり、ウルフは二羽を睨みつけた。
「面倒な……!沙姫、つかまっていろ!」
「わ、わかった!」
「ホーッ!!」
青梟が高らかに鳴くと、体が白く光り、一回り二回りと大きくなっていった。ポーチの中のクリソプレーズが光りだしたことで、沙姫はこれがただの狩りでないことを認識する。石を使う魔物との戦いだ。
(どうしたらいいんだろう?)
ウルフは懲りずにまた気を溜めているが、沙姫は赤梟の石の効果が気になっていた。攻撃を弾くバリアなんて、まるで十字石のようである。突破法を考えている間にも、ウルフと梟の交戦は続いていた。沙姫の中の十字石は、ウルフの範囲まで届き、赤梟は青梟の近くを離れないことで、青梟の範囲まで守りを広げている。そんなに賢くない魔物なのか、青梟は何度も突進してはウルフを守る十字石のバリアにぶつかって弾かれていた。赤梟もバリアをつついている。つつけばいつか割れるものだと思っているのだろう。
「空・強力圧迫。」
ウルフが気を放ったようだが、何も変化はなかった。堂々巡りになりそうなこの戦いの中で、沙姫は悠長に考えを巡らせていた。
(二羽とも石を持っている……多分、体内かな?青い方は体を大きくする石で、赤い方は……十字石なのかな?十字石は、攻撃から身を守ってくれる……あれ?でも、どこまでが攻撃なのかな?不思議な力や嘴は防ぐけど、くっついてからの攻撃って……叩くのは防ぐにしても、力を入れて押すとかはどうなんだろう?)
ウルフは魔物だし、自分のことは十字石が守ってくれる。だからいっそのこと自分が赤梟に飛びつけばと思い立つが、空高くにいるということもあって、万が一落ちてしまったらと躊躇った。落下に対して十字石が働くとは思えない。
(勇気が欲しい。)
自然と、沙姫の手はポーチの中へ伸びていた。石に反応して光っているクリソプレーズをぎゅっと握ると、心なしか、勇気づけられたような気がした。テクタイトの件から薄々感じてはいたが、感情に作用する石もあるようだ。クリソプレーズやアメトリンも、その一つだった。気づくのが遅れたが、アメトリンは直接思考に関わっていた。急に冷静になれるのだ。クリソプレーズを自分の中へ入れてしまおうかと考えたが、耐えられないくらいの頭痛を思い出すと入れたくはなかった。
(もっと勇気が欲しいけど、頭痛はやだな。)
手の中の石は、沙姫へほんの少しの勇気を与えた。けれど、ウルフから離れるくらいの度胸はない。沙姫が臆病になっていると、戦況が変化した。
「……ホーッ!」
青梟の大きさが赤梟と同じくらいになり、嘴が白く光る。ウルフが耳をぴたりと伏せた。本能が危険だと告げているのだろう。沙姫は咄嗟にウルフにつかまる力を強くした。心なしか、アメトリンがテクタイトとぶつかり合った気がする。攻撃と防御で葛藤があるらしい。青梟が突進してきたのを、ウルフは横っ飛びで避けた。しかし、パキンという音とともに、ウルフの横腹辺りの十字石のバリアが欠ける。バリアはすぐに直ったが、欠けたのを見たウルフが、唸り声をあげた。
「メノウか!」
「メノウ?」
「願いを叶える石だ。」
「ね、願いを叶える!?」
思いもよらない効果を持つ石に驚いていると、また青梟が甲高く鳴く。その願い事は何度でも変更できるらしく、嘴の光が消え、今度は翼が白く光った。
(最初の大きくなった願いはわからないけど、嘴はこのバリアを破りたかったんだと思う。けど、翼って……まさか!)
沙姫の予感は当たり、これまでより速いスピードで突っ込んできた。しかし、ウルフは避けない。嘴の願いをやめたので、バリアに守られたのだ。青梟がその場で羽ばたいてバランスを取り戻しているところ、ウルフは耳をくるりと回し、舌舐めずりまでする。その意味は、赤梟との距離を見比べてわかった。石の守りの範囲外なのだ。ウルフを逃がさんとして飛ぶスピードを上げたことが敗因だった。赤梟が迫るも、恐らく間に合わないだろう。
「よくもここまで手こずらせたな!」
ウルフは気を溜めるでもなく放つでもなく、青梟の胴体に深く牙を食い込ませた。青梟は悲鳴をあげ、羽をばたつかせて抵抗する。構わず、ウルフはその場で噛みちぎった。
「わぁ。」
アメトリンが効いているのか、慣れたのか。生物の死に対しての反応が薄くなっていた。赤梟はより甲高い声で鳴き喚き、こちらに突進してくる。ウルフが、青梟のように白く光った。
(……メノウを取り込んだのかな?)
それを証明するかのように、ウルフは吠える。赤梟に向かって突進し、頭突きをした。すると、赤梟を守るバリアらしきものにヒビが入る。しかし、すぐに直るだけだ。沙姫は咄嗟に、ウルフへ提案する。
「石と梟を別々にしたいって願えない?」
「ふくろう?トルポワのことか?」
(トルポワって言うんだ。)
今更にして梟の魔種名を知った沙姫。頷くと、ウルフは耳を前へ伏せて、難しそうにしていた。
「そういう風に願ったことはないが……できるのか?」
「キャアアアアアア!」
会話を待たず、赤いトルポワは懲りずにこちらへ突進する。だが、こちらには十字石があった。メノウもあった。トルポワの嘴はバリアにぶつかり、弾かれていた。
「やってみてよ。」
「……できんな。」
やってみたらしいのだが、できないという。間接的な願いであるためと理解した時、沙姫はウルフへ質問を投げかけた。
「さっき、バリアを噛み砕く時、なんて願ったの?」
「こいつを噛み砕く。」
「じゃあ、石を狙おう。石を食べるんだ。きっと、あのトルポワの持つ石は私のと同じ、危険から身を守ってくれるような効果がある……だから、トルポワを狙うんじゃなくて、石だけを食べたいように願うんだよ。」
「石を?」
「石なら、トルポワが危険じゃない。」
「……なるほどな。」
耳を立てて返事してから、ウルフは吠えた。再び牙が白く光り、トルポワへ向かって駆ける。大きく口を開き、牙をするりと食い込ませた。トルポワは痛みのない牙に驚いてすり抜けるが、ウルフの口は、確実に石を捕まえていた。口の中で朱色に光るのが見えた。
「トルポワのくせに、生意気だ!」
焦れていたのだろう。ウルフは苛立ちを露わに吠える。石がなくなったことに気づいていないのか、それともわからないのか。トルポワはこちらに向かってまっすぐ突っ込んできた。ウルフはただ、大口を開ければいいだけだった。
(石があるだけでこんなに厄介なことになるなんて……。)
狩りが終わり、二羽をじっくりと味わっているウルフの上で、沙姫は石について考え込んだ。今まで石を使われた側になったことがなかった。ロウルサーブ以外の魔物が石を使えるなど、思ってもみなかった。
(私だって使えるし、魔物だけじゃない。他の人間も使えるかも……?)
もし、メノウみたいな強力な石が人間の手に渡れば、どうなるかは手に取るように分かる。現に今、どうにかしてウルフからメノウを預かろうと企んでいるのだから。恐らく、考えなくとも自分が石の入れ物としての務めを果たせばいいだけであるのだろうが。
(願いが叶う石かぁ……何にしよう?でも、願いは変えられるんだよね。青いのがやってたみたいに。)
魔物が使ったから、戦いに関してだけの願いだったのかもしれない。まだ手中にない内に、沙姫はどんなことを叶えようかと心を躍らせていた。
「なかなか美味い。」
「美味しいんだ。ねえウルフ、石、私の中に入れるよ。」
「ああ、構わん。」
自然な流れで石を自分の中に入れられることになった。沙姫は獲物を食べているウルフの中に入り、朱色の石と白い石を目の前にする。
(青い方が確か白だったはず。)
十字石があるから、朱色の方はいらないのかもしれない。白い石に手を伸ばし、自分の中へ取り込んだ。感づかれる前にと、沙姫はウルフの中から出る。ウルフはまだ、獲物を味わっていた。肉は既に食べ尽くし、骨をしゃぶっているところだった。
(願いを叶える石、メノウ。何にしよう?)
いざ手に入れてみると、どう使えばいいのかわからなくなる。どうしたら願いを叶えてくれるのかはウルフがやっていたが、吠えたり鳴いたりしなければならないのだろうか。
(だったらちょっと恥ずかしいな。)
心の中だけで完結させられればどんなに楽だろうか。試しに、心の中だけで動こうとしてみた。願ったのは、軽いこと。
(ウルフがころんと転がってくれますように。)
しかし、何も起こらなかった。少し考えて、今度は願い事を変えてみる。あたたかいご飯が食べたい。池や水溜りからではなく、普通の水が飲みたい。いずれも何も起こらず、沙姫はとうとう眉を顰めた。
(何でも叶うわけじゃないんだ。どういう願いなら叶えられるんだろう?戦う時だけ?)
今度は自分の想いとは裏腹に、石のできる範囲を探っていく。ウルフやトルポワがやっていたように、体の一部分に向けての願い事をしてみることにした。
(魔物に襲われても大丈夫なような……何にしよう、体を下さい。)
すると、自分の中のメノウが力なく光った。想いが弱かったためだろうか。とりあえず反応したようなので、沙姫は自分の体をまさぐる。すると、皮膚が少し硬くなっていると感じた。
(気持ちも必要なのかな。そうなると、ちょっと大変かも……でも、咄嗟にこうしたい!って時あるし、中に入れておいて損はないかも。)
叶えたいことはメノウでは叶えられず、反映されるのは今のところ己の体の強化のみ。ちょうどウルフが満足した頃だったので、沙姫もメノウを試すのはそこまでとした。
「沙姫。」
「うん。」
ウルフに呼ばれ、沙姫は上に跨る。ウルフはその場で気を溜め始めた。空・瞬間転移だろうか。
(フェミリーの巣に行ったことあるのかな?)
知っている場所にしか行けない技だ。ウルフは、全く別の技を使ったのだった。
「空・探捜(タンソウ)。」
特に何かが起こることもなく、ウルフは鼻をひくつかせながら歩き始める。
「何したの?」
「においをもっとわかるようにしただけだ。」
「いつもそれやればいいのに。」
「余計なにおいまで入ってくる。」
ウルフに言われせば、自分や自分のポーチの中にある石の匂いや、トルポワの骨の匂いは勿論、近くの温泉の匂いや雲に溜まっている雨、少し離れた魔物が残していったにおいまで鼻に入ってくるという。そこまで聞くと、普段はやらない方がよさそうに思えてきた。犬でさえ人間の数百万倍以上も鼻がいいのだ。狼の、しかも魔物がもっと嗅覚の能力をあげたとなると、余計なものが増えるだけなのも納得できた。再び一族を捜し始めたウルフは、確固たる足取りでにおいを辿っていく。何とは無しに、質問を投げかけてみた。
「同じような効果の石って、他にもある?」
「メノウの他に、ドラゴンアイという石もある。それはメノウよりも力が強い。メノウは自分に関わることしか叶えられないが、ドラゴンアイは何でも叶える。」
「何でも!?」
想定外に強力な石の存在を明かされ、沙姫は一瞬息が止まったのを感じた。詳しく聞こうとすると、向こうから語ってくれた。
「メノウは今あるものならば何でも叶う。だが、牙のない奴が牙を強くしたくてもできない。ドラゴンアイは、ないものもあることにできる。」
「じゃ、じゃあ……もしだよ?もし、お腹いっぱいになりたいっていうのも?」
「叶う。キインが長になる前、獲物に困っていた時、この目で見た。肉が現れたあの時のことは忘れない。」
ウルフの言葉に、意識が遠くなりそうだった。
(流石ファンタジーの世界……そんなものもあるなんて……!)
魔法もあるこの世界で、何度でも使え、何でも叶う石。悪用されるのは明白だ。トルポワのように石を使ってくる魔物や、人間の手に渡ってしまったらそれこそ危険だ。何が何でも、回収しなければならない。沙姫は、ウルフを急かすように言い放った。
「じゃあ、ドラゴンアイから探さないと!ただ石ってだけじゃ……あの魔物、ト、トル……?」
「トルポワか?」
「そう、それ。トルポワみたいに石を使ってくる魔物とかいたら、ドラゴンアイは!」
「……確かに、厄介だな。」
今までその可能性を考えていなかったのだろう。ウルフの毛が分かりやすいほど逆立ったのが、跨る足から伝わってくる。事の重大さを認識したらしいウルフは、徐々にスピードを速めた。
「沙姫、捕まっていろ。」
「わかった。」
返事を聞き、ウルフは駆け出した。一刻も早く、この事を一族に伝えるために。
ウールと別れ、沙姫とウルフが戻ると、そこに一族はいなかった。ウルフが鼻を動かし、一族の行方を捜し始める。ウルフは匂いを辿り、蛇行しながら歩を進めていたが、不意に動きを止めて空を仰いだ。
「……石の匂いがする。」
「えっ?」
沙姫もウルフと同じ方を見てみたが、空には何もない。ウルフは鼻を動かしながら、不意に駆空を始めた。茂みの多い樹木の並ぶ林へ行き、そこで二羽の梟を見つける。赤い梟と青い梟が寄り添って木に止まっていた。瞳は閉じられている。青い梟の方が一回り大きく、こちらが雄なのだろうと沙姫は判断した。ウルフの耳がくるりと回る。その仕草で、沙姫は狩りを覚悟した。一撃で仕留めるためか、溜めが長い。
「光・覚醒弾。」
ウルフの口から光の弾が発射される。寝込みを襲えたからか、それは青梟よりも大きくなった。しかし、赤梟の体が朱色に光りだし、弾は梟の直前で壁にぶつかったかのように止まる。それがあらぬ方向へ弾かれた時、赤梟の瞼がゆっくりと開いた。
「キャアアアアア!」
まるで人間の悲鳴のような鳴き声で、こちらを威嚇する。その声で、青梟も目が覚めてしまった。二羽は翼を広げ、ウルフと同じ高さまで飛び上がる。結局戦う流れとなり、ウルフは二羽を睨みつけた。
「面倒な……!沙姫、つかまっていろ!」
「わ、わかった!」
「ホーッ!!」
青梟が高らかに鳴くと、体が白く光り、一回り二回りと大きくなっていった。ポーチの中のクリソプレーズが光りだしたことで、沙姫はこれがただの狩りでないことを認識する。石を使う魔物との戦いだ。
(どうしたらいいんだろう?)
ウルフは懲りずにまた気を溜めているが、沙姫は赤梟の石の効果が気になっていた。攻撃を弾くバリアなんて、まるで十字石のようである。突破法を考えている間にも、ウルフと梟の交戦は続いていた。沙姫の中の十字石は、ウルフの範囲まで届き、赤梟は青梟の近くを離れないことで、青梟の範囲まで守りを広げている。そんなに賢くない魔物なのか、青梟は何度も突進してはウルフを守る十字石のバリアにぶつかって弾かれていた。赤梟もバリアをつついている。つつけばいつか割れるものだと思っているのだろう。
「空・強力圧迫。」
ウルフが気を放ったようだが、何も変化はなかった。堂々巡りになりそうなこの戦いの中で、沙姫は悠長に考えを巡らせていた。
(二羽とも石を持っている……多分、体内かな?青い方は体を大きくする石で、赤い方は……十字石なのかな?十字石は、攻撃から身を守ってくれる……あれ?でも、どこまでが攻撃なのかな?不思議な力や嘴は防ぐけど、くっついてからの攻撃って……叩くのは防ぐにしても、力を入れて押すとかはどうなんだろう?)
ウルフは魔物だし、自分のことは十字石が守ってくれる。だからいっそのこと自分が赤梟に飛びつけばと思い立つが、空高くにいるということもあって、万が一落ちてしまったらと躊躇った。落下に対して十字石が働くとは思えない。
(勇気が欲しい。)
自然と、沙姫の手はポーチの中へ伸びていた。石に反応して光っているクリソプレーズをぎゅっと握ると、心なしか、勇気づけられたような気がした。テクタイトの件から薄々感じてはいたが、感情に作用する石もあるようだ。クリソプレーズやアメトリンも、その一つだった。気づくのが遅れたが、アメトリンは直接思考に関わっていた。急に冷静になれるのだ。クリソプレーズを自分の中へ入れてしまおうかと考えたが、耐えられないくらいの頭痛を思い出すと入れたくはなかった。
(もっと勇気が欲しいけど、頭痛はやだな。)
手の中の石は、沙姫へほんの少しの勇気を与えた。けれど、ウルフから離れるくらいの度胸はない。沙姫が臆病になっていると、戦況が変化した。
「……ホーッ!」
青梟の大きさが赤梟と同じくらいになり、嘴が白く光る。ウルフが耳をぴたりと伏せた。本能が危険だと告げているのだろう。沙姫は咄嗟にウルフにつかまる力を強くした。心なしか、アメトリンがテクタイトとぶつかり合った気がする。攻撃と防御で葛藤があるらしい。青梟が突進してきたのを、ウルフは横っ飛びで避けた。しかし、パキンという音とともに、ウルフの横腹辺りの十字石のバリアが欠ける。バリアはすぐに直ったが、欠けたのを見たウルフが、唸り声をあげた。
「メノウか!」
「メノウ?」
「願いを叶える石だ。」
「ね、願いを叶える!?」
思いもよらない効果を持つ石に驚いていると、また青梟が甲高く鳴く。その願い事は何度でも変更できるらしく、嘴の光が消え、今度は翼が白く光った。
(最初の大きくなった願いはわからないけど、嘴はこのバリアを破りたかったんだと思う。けど、翼って……まさか!)
沙姫の予感は当たり、これまでより速いスピードで突っ込んできた。しかし、ウルフは避けない。嘴の願いをやめたので、バリアに守られたのだ。青梟がその場で羽ばたいてバランスを取り戻しているところ、ウルフは耳をくるりと回し、舌舐めずりまでする。その意味は、赤梟との距離を見比べてわかった。石の守りの範囲外なのだ。ウルフを逃がさんとして飛ぶスピードを上げたことが敗因だった。赤梟が迫るも、恐らく間に合わないだろう。
「よくもここまで手こずらせたな!」
ウルフは気を溜めるでもなく放つでもなく、青梟の胴体に深く牙を食い込ませた。青梟は悲鳴をあげ、羽をばたつかせて抵抗する。構わず、ウルフはその場で噛みちぎった。
「わぁ。」
アメトリンが効いているのか、慣れたのか。生物の死に対しての反応が薄くなっていた。赤梟はより甲高い声で鳴き喚き、こちらに突進してくる。ウルフが、青梟のように白く光った。
(……メノウを取り込んだのかな?)
それを証明するかのように、ウルフは吠える。赤梟に向かって突進し、頭突きをした。すると、赤梟を守るバリアらしきものにヒビが入る。しかし、すぐに直るだけだ。沙姫は咄嗟に、ウルフへ提案する。
「石と梟を別々にしたいって願えない?」
「ふくろう?トルポワのことか?」
(トルポワって言うんだ。)
今更にして梟の魔種名を知った沙姫。頷くと、ウルフは耳を前へ伏せて、難しそうにしていた。
「そういう風に願ったことはないが……できるのか?」
「キャアアアアアア!」
会話を待たず、赤いトルポワは懲りずにこちらへ突進する。だが、こちらには十字石があった。メノウもあった。トルポワの嘴はバリアにぶつかり、弾かれていた。
「やってみてよ。」
「……できんな。」
やってみたらしいのだが、できないという。間接的な願いであるためと理解した時、沙姫はウルフへ質問を投げかけた。
「さっき、バリアを噛み砕く時、なんて願ったの?」
「こいつを噛み砕く。」
「じゃあ、石を狙おう。石を食べるんだ。きっと、あのトルポワの持つ石は私のと同じ、危険から身を守ってくれるような効果がある……だから、トルポワを狙うんじゃなくて、石だけを食べたいように願うんだよ。」
「石を?」
「石なら、トルポワが危険じゃない。」
「……なるほどな。」
耳を立てて返事してから、ウルフは吠えた。再び牙が白く光り、トルポワへ向かって駆ける。大きく口を開き、牙をするりと食い込ませた。トルポワは痛みのない牙に驚いてすり抜けるが、ウルフの口は、確実に石を捕まえていた。口の中で朱色に光るのが見えた。
「トルポワのくせに、生意気だ!」
焦れていたのだろう。ウルフは苛立ちを露わに吠える。石がなくなったことに気づいていないのか、それともわからないのか。トルポワはこちらに向かってまっすぐ突っ込んできた。ウルフはただ、大口を開ければいいだけだった。
(石があるだけでこんなに厄介なことになるなんて……。)
狩りが終わり、二羽をじっくりと味わっているウルフの上で、沙姫は石について考え込んだ。今まで石を使われた側になったことがなかった。ロウルサーブ以外の魔物が石を使えるなど、思ってもみなかった。
(私だって使えるし、魔物だけじゃない。他の人間も使えるかも……?)
もし、メノウみたいな強力な石が人間の手に渡れば、どうなるかは手に取るように分かる。現に今、どうにかしてウルフからメノウを預かろうと企んでいるのだから。恐らく、考えなくとも自分が石の入れ物としての務めを果たせばいいだけであるのだろうが。
(願いが叶う石かぁ……何にしよう?でも、願いは変えられるんだよね。青いのがやってたみたいに。)
魔物が使ったから、戦いに関してだけの願いだったのかもしれない。まだ手中にない内に、沙姫はどんなことを叶えようかと心を躍らせていた。
「なかなか美味い。」
「美味しいんだ。ねえウルフ、石、私の中に入れるよ。」
「ああ、構わん。」
自然な流れで石を自分の中に入れられることになった。沙姫は獲物を食べているウルフの中に入り、朱色の石と白い石を目の前にする。
(青い方が確か白だったはず。)
十字石があるから、朱色の方はいらないのかもしれない。白い石に手を伸ばし、自分の中へ取り込んだ。感づかれる前にと、沙姫はウルフの中から出る。ウルフはまだ、獲物を味わっていた。肉は既に食べ尽くし、骨をしゃぶっているところだった。
(願いを叶える石、メノウ。何にしよう?)
いざ手に入れてみると、どう使えばいいのかわからなくなる。どうしたら願いを叶えてくれるのかはウルフがやっていたが、吠えたり鳴いたりしなければならないのだろうか。
(だったらちょっと恥ずかしいな。)
心の中だけで完結させられればどんなに楽だろうか。試しに、心の中だけで動こうとしてみた。願ったのは、軽いこと。
(ウルフがころんと転がってくれますように。)
しかし、何も起こらなかった。少し考えて、今度は願い事を変えてみる。あたたかいご飯が食べたい。池や水溜りからではなく、普通の水が飲みたい。いずれも何も起こらず、沙姫はとうとう眉を顰めた。
(何でも叶うわけじゃないんだ。どういう願いなら叶えられるんだろう?戦う時だけ?)
今度は自分の想いとは裏腹に、石のできる範囲を探っていく。ウルフやトルポワがやっていたように、体の一部分に向けての願い事をしてみることにした。
(魔物に襲われても大丈夫なような……何にしよう、体を下さい。)
すると、自分の中のメノウが力なく光った。想いが弱かったためだろうか。とりあえず反応したようなので、沙姫は自分の体をまさぐる。すると、皮膚が少し硬くなっていると感じた。
(気持ちも必要なのかな。そうなると、ちょっと大変かも……でも、咄嗟にこうしたい!って時あるし、中に入れておいて損はないかも。)
叶えたいことはメノウでは叶えられず、反映されるのは今のところ己の体の強化のみ。ちょうどウルフが満足した頃だったので、沙姫もメノウを試すのはそこまでとした。
「沙姫。」
「うん。」
ウルフに呼ばれ、沙姫は上に跨る。ウルフはその場で気を溜め始めた。空・瞬間転移だろうか。
(フェミリーの巣に行ったことあるのかな?)
知っている場所にしか行けない技だ。ウルフは、全く別の技を使ったのだった。
「空・探捜(タンソウ)。」
特に何かが起こることもなく、ウルフは鼻をひくつかせながら歩き始める。
「何したの?」
「においをもっとわかるようにしただけだ。」
「いつもそれやればいいのに。」
「余計なにおいまで入ってくる。」
ウルフに言われせば、自分や自分のポーチの中にある石の匂いや、トルポワの骨の匂いは勿論、近くの温泉の匂いや雲に溜まっている雨、少し離れた魔物が残していったにおいまで鼻に入ってくるという。そこまで聞くと、普段はやらない方がよさそうに思えてきた。犬でさえ人間の数百万倍以上も鼻がいいのだ。狼の、しかも魔物がもっと嗅覚の能力をあげたとなると、余計なものが増えるだけなのも納得できた。再び一族を捜し始めたウルフは、確固たる足取りでにおいを辿っていく。何とは無しに、質問を投げかけてみた。
「同じような効果の石って、他にもある?」
「メノウの他に、ドラゴンアイという石もある。それはメノウよりも力が強い。メノウは自分に関わることしか叶えられないが、ドラゴンアイは何でも叶える。」
「何でも!?」
想定外に強力な石の存在を明かされ、沙姫は一瞬息が止まったのを感じた。詳しく聞こうとすると、向こうから語ってくれた。
「メノウは今あるものならば何でも叶う。だが、牙のない奴が牙を強くしたくてもできない。ドラゴンアイは、ないものもあることにできる。」
「じゃ、じゃあ……もしだよ?もし、お腹いっぱいになりたいっていうのも?」
「叶う。キインが長になる前、獲物に困っていた時、この目で見た。肉が現れたあの時のことは忘れない。」
ウルフの言葉に、意識が遠くなりそうだった。
(流石ファンタジーの世界……そんなものもあるなんて……!)
魔法もあるこの世界で、何度でも使え、何でも叶う石。悪用されるのは明白だ。トルポワのように石を使ってくる魔物や、人間の手に渡ってしまったらそれこそ危険だ。何が何でも、回収しなければならない。沙姫は、ウルフを急かすように言い放った。
「じゃあ、ドラゴンアイから探さないと!ただ石ってだけじゃ……あの魔物、ト、トル……?」
「トルポワか?」
「そう、それ。トルポワみたいに石を使ってくる魔物とかいたら、ドラゴンアイは!」
「……確かに、厄介だな。」
今までその可能性を考えていなかったのだろう。ウルフの毛が分かりやすいほど逆立ったのが、跨る足から伝わってくる。事の重大さを認識したらしいウルフは、徐々にスピードを速めた。
「沙姫、捕まっていろ。」
「わかった。」
返事を聞き、ウルフは駆け出した。一刻も早く、この事を一族に伝えるために。
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