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長編

「あ、皆だ。」

背中に乗っている沙姫が、群れを指さして嬉しそうに言った。だが、顔色一つ変えず、ウルフは小さな声で沙姫に忠告する。

「そんなこと匂いで分かっている。だが、どうも様子がおかしい。」

群れの近くまで来てから沙姫を降ろして、その場で待機させる。ウルフはズルバーに話しかけた。

「おい、どうなっている?」

「ウルフか。新しい石でも見つかったのか?こちらはロークアーシャを全滅させた…こいつを除いてな。石は回収した。今夜は宴だ。」

ズルバーの鼻の指すところを見ると、一羽の雄が倒れてこちらを見ていた。少し大きいが、まだ子供だ。戦闘経験はないように思える。隙を窺っている様子も見られない。ただ、諦めの顔だ。そっと近づいて一族の外からそれを見る。沙姫を見た瞬間、雄の目が開かれた。

「あ、あんたは!!」

「えっ?」

「な、何だ!」

一族が身構え、臨戦態勢になる。それでも雄は沙姫だけを見ていた。

「あん時渡した石は持ってるか?」

「石………あ!」

その時、自分の中で何かが重なった。あの時の小さなカラスが渡した、クリソプレーズ。容易に取り出すと一族の警戒心が強くなるので、取り出すのはやめておいた。

「持ってるよ。キイン!このカラス…このロークアーシャと話をさせてくれないかな。」

「どういうことだい?あんたら…知り合い?」

「裏切りか!?小娘!」

「違うよ。このロークアーシャは私にクリソプレーズをくれたんだ。その時は小さかったけど…あれはどういう意味だったの?」

一族の間をすり抜け、沙姫はロークアーシャの前に立つ。その雄は、ゆっくりと立ち上がった。羽から、嘴から血が滴る。周りの一族が構えたが、キインが一吠えして鎮めた。

「あの小娘に任せておきな。」

一族を退かせ、基地に戻るように鼻で差せば、ロウルサーブ達は基地へ戻る。沙姫は残った狼の魔物を見渡した。ウルフ、ズルバー、プロース、キインの四匹だ。

(ウルフは私が心配で、キインは長。プロースは多分万が一の戦闘員。でも、ズルバーは何でだろう?)

「…あの時、俺は基地の襲撃の時、一番取られたくない石を託されて逃げるように言われた。以前人間から奪ったポーチに入れて、離れた場所にきたんだ。」

「それがあの時のキミなんだね。」

「そうさ。だが、聞いて笑え……俺があんたを見た時、何で自分がそう思ったのか分からない。あんたに何かを感じて、あの石をあんたに託した。吸収しちまって、俺は慌てたよ。しかも結局あんたは敵と絡んでたって寸法さ。」

「……うん?」

沙姫はこのロークアーシャに違和感を覚えた。

「あんた…名は?」

「沙姫…だけど?」

「サキ…いい名だ。」

(…な、何?なんなんだろう、この感じ?このロークアーシャ、何かおかしい。)

見た目は少し大きなカラスだ。沙姫は、じっと目を凝らして雄を見る。分からない。それでも、沙姫は違和感の理由を理解したかった。だが、沙姫の望みは、意外なところから解決した。プロースが首を傾げて問う。

「何だお前。人間か?」

「…人間?プロース、何でそう思ったの?」

「む?いや…生きるために足掻くこともなければ、人間の小娘に名を聞いたり、おかしな奴だ。」

「……人間。」

沙姫は、雄を見た。今なら分かる。このロークアーシャは、人間のような言動なのだ。魔物っぽさがまるでない。そこが分かると、次の疑問が浮かぶ。魔物への疑問だ。

「キイン、プロース。何でこの〝カラス〟はまだ生きているの?これだけ諦めているんだから、さっさと噛み千切ればいいのに。」

カラスと言ったのは、魔物やロークアーシャと言うのが似合わないからだった。因縁と言われるほどの仲だ。ロークアーシャにせめてもの情けで一匹だけ生き残りを、なんという慈悲はない。まして魔物なら尚更だ。キインは耳を立て、思い出したようにプロースを見た。

「その件でアタイは来たんだよ。さあ、話しな。〝簡単には殺せない〟なんて、どういうことだい?」

「ああ…厄介なことに、こいつは死に際の長からの命令で、十字石を体の中に吸収してしまったのだ。」

「なんだって!?」

キインの全身の毛が逆立つ。そんな時、ウルフは沙姫を尻尾で呼んだ。沙姫が目の前に来ると、耳をくるくると回すウルフ。何か場を読まぬ発言をしそうである。

「十字石なら分かる。敵の攻撃を無効化する便利な石だ!」

「…今は厄介だよね。はい、ウルフ。」

「よし。」

だが、ウルフの言葉を流す訳にもいかない。ウルフに石を渡した。こんな中でも、聞いてきてくれるだろう。案の定ウルフはキインに石の名を聞き出しに行った。その間、沙姫はカラスに向き直る。

「その石、出すことはできないの?」

「無理だ。吸収したからな。」

「え?吸収しても私は取り出せるよ?」

「は?石は吸収すれば取り出せないし、溶けて肉体に馴染んでなくなるぞ?」

互いの疑問が飛び交う。何故取り出せないのか、何故取り出せるのか。そんなことを言及していると、急にウルフが間に入ってきた。

「テクタイトだ、沙姫!テクタイトだったぞ!」

「わっ、ウルフ?って、何?テクタイト?」

「攻撃力があがる石だそうだ。」

ウルフは嬉しそうに尻尾を振る。すっきり何かを自己解決させているようだ。かくいう沙姫も、異様に高かった地・盛突上を思い出す。

(だからなんだね。でも、そういやあの時は…?)

思い出す限り、記憶が正しければ、ウルフの中に石が入っても石はこちらに戻ってこれた。それは、飲み込むという形が吸収ではないのか、ウルフの中に入ることのできる特例だからか。このカラスの吸収した様子が分かれば何か繋がるかもしれないと沙姫は考えた。

「どうやって吸収したの?」

「飲み込んで溶かすだけ。」

「………。」

やはり、ウルフの中に入って取り出すというのは特例らしい。石が取り出せないと分かり、何とも言えない気持ちになった。

「…ウルフ、基地に小娘を連れてって産まれた子供を見せてやりな。」

突然、キインが落ち着いた声で命令する。ウルフの耳が立ち、プロースはキインを見ながら静かに毛を逆立てた。

「そうだった。沙姫、一族の間に隠れていて分からなかっただろうが、さっき帰って行った群れの中に子供がいた。今度はしっかりと見るぞ!」

「えっ、本当?」

沙姫が顔を明るくして、賑やかに話しながらウルフに乗って連れられた後、キインに寄り添ったプロースが小声で囁く。

「キイン、何を考えている?」

「こいつは喰われる覚悟があるんだろう?なあに、簡単な話だ。」

そう言うキインは、ロークアーシャを見ながら誇らしげに尻尾を振り回した。

「アタイはなんて賢いんだろうねぇ!」

(何を考えているのだか。)

訝しげに見つめるプロースの視線を気にせず、キインはロークアーシャに何らかの確認らしき事を尋ねた。

「あんたは、もう諦めたんだろう?」

「ああ、雄の俺だけ残っても子孫は残せない。生きる意味はない。殺せ。」

「ああ、遠慮なく殺させてもらうよ。」

気を溜め始めたキインにプロースが焦りを見せる。

「ま、待て!さっき簡単には殺せないと…。」

「そりゃあ、こいつを喰ったら石をうっかり小娘以外が吸収してしまうからだろう?なあに、だったら!」

気を放ったキインは、高らかに言い放った。

「こいつが小娘に身を差し出せばいいだけの話さ!火・大炎小火。」

「ぐっ!」

丁度いい加減の火が、ロークアーシャを襲う。熱さから迫る死を恐れるも、沙姫の顔が浮かんで、誰にも聞こえないように呟いた。

「不思議だ…サキのためなら喜んで死ねるな。死とはこんなにも気持ちのいいものだったのか?」

命尽きる前にと、嘴を羽に入れてポーチを取り出し、ロウルサーブに放る。

「サキが使ってくれれば俺は嬉しい。石を入れるのに役立つだろう。」

「…つくづく人間みたいだな、気味が悪い。」

「俺は死ぬ。怒りすら湧かない。」

死を受け入れた瞬間、自らを包む火が熱くなったような気がした。受け入れたことで、火に対する無意識の抵抗がなくなったのだろう。意識が遠のいてきた。最後にと、ロークアーシャは叫んだ。

「サキ…!」

その叫びは掠れたものにしかならなかった。後のことは、わからない。知らない。関係がない…なくなったのだ。

「美味しそうな肉ができあがった。アタイが食べたいよ!」

「…小娘に食べさせるのだろう?」

呆れるも、その気持ちは分かる。石のせいか、他のロークアーシャの肉より美味しいような気がした。そんな確信があった。

「ああ、そうだったね。持って行きな。」

「ああ。しかし、俺達ならともかく、あの小さな体にこれが入るのか?」

「無理矢理にでも入れるさ。」

時折発せられるキインの強引さ。それに呆れ、プロースは耳と尻尾を垂らして肉をくわえた。キインはポーチをくわえ、その場を後にする。

基地に戻れば、沙姫は子供を見て感動していた。

「ち…ちっちゃい、可愛い!」

「ガゥガゥ。」

薄い灰色だから、雌なのだろう。沙姫の腕にじゃれて噛みつくも、まだ歯が生えていないので全く痛くはない。

「さて、どうしよう!雌だ、雄向けのかっこいい名前を用意していたのだが、困るなぁ!」

ふと、沙姫の周りを周回しているズルバーが何かを言いたげにしている様子だった。呆気にとられていると、久々の基地で腹を見せてだらしなく寝転がっているウルフが説明する。

「ズルバーはこういう子供に何もかも教える育成員だ。」

「教育係?」

「沙姫の言う、かてきょーに似ている。」

「ちょっと違うけど、なんとなくわかったよ。」

「あああ、どうしよう!」

「…ズルバー、本当は雌向けの名前も決まってるんでしょ?」

呆れたように沙姫が笑うと、心の底から驚いたようで、ズルバーが飛び上がる。耳を畳み、尻尾を足の間に入れて恐れているようだった。

「な、な、何故、何故わかった!」

「丸分かりだよ。ぐるぐるしている時の尻尾や耳、顔を見ていればわかるんだ。」

沙姫の言葉を聞いていた近くのロウルサーブ達の耳が立った。

「本当か?」

「本当なのか。」

「もしそうなら…。」

辺りがざわめく。当たり前だ。何を考えているか人間に見破られているというのが、どれだけ命取りになるか。沙姫は皆を安心させるため、つけ加えた。

「でも、ずっとウルフといたからわかるだけで、キミ達の仕草は凄くわかりづらいんだ。」

「なんだ、驚かせるな。」

「全く、魔騒がせな奴だ。」

安心して耳が横に垂れる沙姫の話を聞いていたロウルサーブ達。沙姫はズルバーを見つめて笑った。

「で、この子の名前は?」

「聞いて驚け。こいつの名前はフィンだ!!」

ズルバーの声が基地中に響き渡る。ロークアーシャを食べていた全員が立ち上がり、その場で雄叫びをあげた。ウルフもそうしたので、沙姫はこれを祝福なのだと理解する。

「アォー!」

「くすっ。」

沙姫の腕の中で、つられたようにフィンも様にならない雄叫びの真似をしたので、沙姫は思わず笑ってしまった。泳がせるのは帰る時に済ませたらしい。もうフィンは一族の仲間だった。ふわふわな毛が気持ちいいので、沙姫はずっと抱いていた。

「……ふん。」

「あっ、ごめん。」

「寄りかかれ。」

「はいはーい。」

密かに不機嫌になっていたウルフに気づいた沙姫が、謝罪という意味でじゃれてやったのは、また別の話。
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