長編
まさか温泉があるとは思わなかった。どこの家を探しても風呂らしきところが見つからないと思っていたら、すぐ近くの林に温泉があったのだ。代わりになりそうな服を持ってきて、お湯がかからなさそうな場所に置く。手を入れてみれば、少しぬるい。だが、入らないよりはよかった。
「久々のお風呂ー!」
タオルを巻いた沙姫は温泉の中、岩の壁によりかかってゆっくりくつろぐ。ウルフはというと、離れたところで湯を飲もうと舌をつけて熱そうにしていた。
「…何やってるのさ。」
「こういう湯には味があると長老が言っていてな。本当かと飲んでみればこのザマだ。」
「こっちのぬるいとこに来た方がいいよ。」
「そっちはぬるいのか?先に言え!」
「まさかキミがお湯を飲むとは思わなかったから。」
ウルフは沙姫の近くまで歩く。人間なら泳がないといけない深さを、ウルフは余裕そうに歩いていた。
「うぉっぷ!!」
「ぷはっ!」
しかし、一番深い真ん中は無理だったようだ。沙姫は久しぶりにどじなウルフを見て吹き出す。狼の魔物であるはずのウルフは顔を出し、その場で浮遊した。
「沙姫、ここが一番美味いぞ。お前も来い。」
「私はお湯は飲まないよ。」
「大丈夫だ、人間もたまに飲むらしい。」
「本当?」
「らしい。」
「………。」
半信半疑で、沙姫はそこまで行く。真ん中に着くと、ウルフに掴まった。ウルフを見る。誇らしげに耳をくるくるしていた。
「…よーし!」
ウルフの言葉を信じて、沙姫はお湯を飲む。レモンティーの味がした。
「…………………。」
何故これを温泉で味わえるのか疑問に尽きないが、そこはファンタジーだからと沙姫は無理矢理な理屈でねじ伏せておいた。
「美味いだろう?」
「びっくりした。」
沙姫は岩のところまで戻って、またちょっと飲んでみる。少し薄いレモンティーだ。
「……………」
思いかけたが、やめた。
「紅茶だからと言ってミルクや砂糖を入れようなどとは思わんことだな。あまり変わらない。」
「思いかけただけなのに、分かるの?」
「お前の考えることだ。読まなくとも分かる。」
「キミにその言葉はまだ早いね。」
「喰われたいか?」
「ごめんなさい!」
沙姫は笑っていた。やはり、ウルフといると楽しい。最初は怖かったこの台詞も、今は怖くなかった。そんな様子の沙姫に、ウルフは驚いたようで尻尾を立てる。
「…怖くないのか?」
「多分、クリソプレーズのおかげかもね。」
「勇気か。」
「それか、アメトリン。」
「挑発の無効化だな。」
「…さて、この石は?」
沙姫はずっと握っていた石をウルフに見せる。
「忘れた。」
即答された。沙姫はため息をついて、石をまた握る。放すまいと握る。アメトリンを吸収しようとした時に、石の吸収は昼間は無理だということが分かっていた。夜の青い月でないと反応しないのだ。今は薄暗い水色の太陽。もう夕方だ。そんなことはないかもしれないが、吸収できない時に石を何個も持つのはできない。昼間の時に持ち運ぶような入れ物が欲しい。
(〝入れ物〟が入れ物を欲しがるのは、変…かな。)
自分はロウルサーブにとって、石の入れ物――隠し場所だ。そう思ってから、沙姫は倒れた人々やフェミリーを思い出す。
「……ねえ、ウルフ。」
「何だ?」
「聞きたいことがあるんだ。こっち…来て。」
「………。」
何やら真剣な面持ちだ。ウルフはすぐに沙姫の隣まで行って、伏せた。耳を立てて聴く態勢だ。沙姫は肩まで浸かって言葉を発する。
「思ったんだけどさ、魔物って人の言葉が分かるの?」
「ああ、魔物は分かる。だが人間は魔物の言葉が分からないらしい。」
「じゃあ…フェミリー…クオンは?」
「クオン?あの風のリーダーか?」
「うん。クオンのしゃべり方に…こう、おかしなものを感じたんだ。」
「おかしなもの?」
「なんていうか…私が魔物の言葉が分かるなんて知らないのに、最初から語りかけるように話すから…口調も変わるし。」
「口調も変わる?」
「うん。二人称が君だった時は穏やかな口調だったのに、本性を露わにした時はちょっと違う…ような気がしたんだ。」
「…………。」
ウルフには難しい話題だったのか、ぽかんと口を開けて聞いている。そんなウルフを見かねて、沙姫は纏めた。
「つまり、フェミリーの言葉って人間にも分かるものなんじゃないかなってことさ。」
「…それは…人間と魔物が戦うことなく一緒にいるという俺達の奇妙な光景に異変を感じたんじゃないか?」
「うーん。」
考えるほど、真意を確かめたくなってくる。沙姫は、安全よりも自分の探求心に従った。
「会おう。」
「は?」
「クオンにもう一回会って、本当のことを知りたいんだ。もしかしたら、重要なことかもしれないし。」
「……教える訳がない。魔物が一族のことや自分の事を話すのは命取りになる。情報があるほど殺されやすくなるからな。」
「ウルフやロウルサーブの皆を使えば無理にでも教えてくれるよ。」
「俺達もそう易々とは動かん。第一、そこまでして…どうしたんだ?お前、最近おかしいぞ。」
「そうかな?」
そうかもしれない。ウルフに感化されたのか、石のせいなのか…だけど、どうしてか動かずにはいられない。
「それより石のことが先だ。その石が何かキインに聞きに、一旦基地に戻るぞ。使い所も分からないと意味がない。」
「………はーい。」
渋々沙姫は頷いた。一通り楽しむと、沙姫は温泉から出てすぐタオルで体を拭き、服を着る。ウルフもびしょ濡れのまま地に足をつける。その瞬間、沙姫はタオルで壁を作った。予想通り、ウルフは体を震って水滴を飛ばす。沙姫は濡れなかった。ウルフはそのまま、気を溜めた。
「沙姫、乗れ。」
「分かってる。」
空・瞬間転移を使うつもりなのだろう。沙姫はまたがり、ウルフに掴まった。思い切り溜められた気を、放つ。
「空・瞬間転移。」
「久々のお風呂ー!」
タオルを巻いた沙姫は温泉の中、岩の壁によりかかってゆっくりくつろぐ。ウルフはというと、離れたところで湯を飲もうと舌をつけて熱そうにしていた。
「…何やってるのさ。」
「こういう湯には味があると長老が言っていてな。本当かと飲んでみればこのザマだ。」
「こっちのぬるいとこに来た方がいいよ。」
「そっちはぬるいのか?先に言え!」
「まさかキミがお湯を飲むとは思わなかったから。」
ウルフは沙姫の近くまで歩く。人間なら泳がないといけない深さを、ウルフは余裕そうに歩いていた。
「うぉっぷ!!」
「ぷはっ!」
しかし、一番深い真ん中は無理だったようだ。沙姫は久しぶりにどじなウルフを見て吹き出す。狼の魔物であるはずのウルフは顔を出し、その場で浮遊した。
「沙姫、ここが一番美味いぞ。お前も来い。」
「私はお湯は飲まないよ。」
「大丈夫だ、人間もたまに飲むらしい。」
「本当?」
「らしい。」
「………。」
半信半疑で、沙姫はそこまで行く。真ん中に着くと、ウルフに掴まった。ウルフを見る。誇らしげに耳をくるくるしていた。
「…よーし!」
ウルフの言葉を信じて、沙姫はお湯を飲む。レモンティーの味がした。
「…………………。」
何故これを温泉で味わえるのか疑問に尽きないが、そこはファンタジーだからと沙姫は無理矢理な理屈でねじ伏せておいた。
「美味いだろう?」
「びっくりした。」
沙姫は岩のところまで戻って、またちょっと飲んでみる。少し薄いレモンティーだ。
「……………」
思いかけたが、やめた。
「紅茶だからと言ってミルクや砂糖を入れようなどとは思わんことだな。あまり変わらない。」
「思いかけただけなのに、分かるの?」
「お前の考えることだ。読まなくとも分かる。」
「キミにその言葉はまだ早いね。」
「喰われたいか?」
「ごめんなさい!」
沙姫は笑っていた。やはり、ウルフといると楽しい。最初は怖かったこの台詞も、今は怖くなかった。そんな様子の沙姫に、ウルフは驚いたようで尻尾を立てる。
「…怖くないのか?」
「多分、クリソプレーズのおかげかもね。」
「勇気か。」
「それか、アメトリン。」
「挑発の無効化だな。」
「…さて、この石は?」
沙姫はずっと握っていた石をウルフに見せる。
「忘れた。」
即答された。沙姫はため息をついて、石をまた握る。放すまいと握る。アメトリンを吸収しようとした時に、石の吸収は昼間は無理だということが分かっていた。夜の青い月でないと反応しないのだ。今は薄暗い水色の太陽。もう夕方だ。そんなことはないかもしれないが、吸収できない時に石を何個も持つのはできない。昼間の時に持ち運ぶような入れ物が欲しい。
(〝入れ物〟が入れ物を欲しがるのは、変…かな。)
自分はロウルサーブにとって、石の入れ物――隠し場所だ。そう思ってから、沙姫は倒れた人々やフェミリーを思い出す。
「……ねえ、ウルフ。」
「何だ?」
「聞きたいことがあるんだ。こっち…来て。」
「………。」
何やら真剣な面持ちだ。ウルフはすぐに沙姫の隣まで行って、伏せた。耳を立てて聴く態勢だ。沙姫は肩まで浸かって言葉を発する。
「思ったんだけどさ、魔物って人の言葉が分かるの?」
「ああ、魔物は分かる。だが人間は魔物の言葉が分からないらしい。」
「じゃあ…フェミリー…クオンは?」
「クオン?あの風のリーダーか?」
「うん。クオンのしゃべり方に…こう、おかしなものを感じたんだ。」
「おかしなもの?」
「なんていうか…私が魔物の言葉が分かるなんて知らないのに、最初から語りかけるように話すから…口調も変わるし。」
「口調も変わる?」
「うん。二人称が君だった時は穏やかな口調だったのに、本性を露わにした時はちょっと違う…ような気がしたんだ。」
「…………。」
ウルフには難しい話題だったのか、ぽかんと口を開けて聞いている。そんなウルフを見かねて、沙姫は纏めた。
「つまり、フェミリーの言葉って人間にも分かるものなんじゃないかなってことさ。」
「…それは…人間と魔物が戦うことなく一緒にいるという俺達の奇妙な光景に異変を感じたんじゃないか?」
「うーん。」
考えるほど、真意を確かめたくなってくる。沙姫は、安全よりも自分の探求心に従った。
「会おう。」
「は?」
「クオンにもう一回会って、本当のことを知りたいんだ。もしかしたら、重要なことかもしれないし。」
「……教える訳がない。魔物が一族のことや自分の事を話すのは命取りになる。情報があるほど殺されやすくなるからな。」
「ウルフやロウルサーブの皆を使えば無理にでも教えてくれるよ。」
「俺達もそう易々とは動かん。第一、そこまでして…どうしたんだ?お前、最近おかしいぞ。」
「そうかな?」
そうかもしれない。ウルフに感化されたのか、石のせいなのか…だけど、どうしてか動かずにはいられない。
「それより石のことが先だ。その石が何かキインに聞きに、一旦基地に戻るぞ。使い所も分からないと意味がない。」
「………はーい。」
渋々沙姫は頷いた。一通り楽しむと、沙姫は温泉から出てすぐタオルで体を拭き、服を着る。ウルフもびしょ濡れのまま地に足をつける。その瞬間、沙姫はタオルで壁を作った。予想通り、ウルフは体を震って水滴を飛ばす。沙姫は濡れなかった。ウルフはそのまま、気を溜めた。
「沙姫、乗れ。」
「分かってる。」
空・瞬間転移を使うつもりなのだろう。沙姫はまたがり、ウルフに掴まった。思い切り溜められた気を、放つ。
「空・瞬間転移。」