長編
ウルフはそのまま一匹のフェミリーに飛びかかる。フェミリーは避け、口を膨らませた。
「火!」
ウルフの顔面に火を吹く。それに怯み、ウルフは一旦止まった。その隙をついて、クオンが叫ぶ。
「よくやったラヴン!お前ら、逃げるぞ!」
「よし!」
クオンの合図で一斉に逃げ出すフェミリー。顔の火を振り払った時にはもう、どこにも白い姿はなかった。盛り上げられた地面があまりにも高くて未だに沙姫は戸惑っている。
「これ、どうすれば。」
「グゥ…!」
その声に耳を立て、こちらを見上げたウルフ。紺碧の目…紫色の瞳に沙姫が映った。ウルフは沙姫を見つけると、舌なめずりをする。その仕草を見た沙姫はすぐに悟った。
(何かが原因で私のことを理解してない…!?混乱したか操られたか…とにかく、興奮している!)
沙姫は、挑発を無効化するアメトリンをウルフに使うために、初めて自ら石を外に出してみようとした。だが、出し方が分からない。そうしている内に、駆空でウルフが近くまで迫ってきた。その時、沙姫の中にあるクリソプレーズが反応してキンキン鳴り響く。あの時と同じだ。まるで珠と珠がぶつかりあうような音。それが頭の中でうるさく鳴り響くのだ。
「いぁぁあぁあっ!」
沙姫は耳を塞いだ。自分の体がその石に対して拒絶反応を起こしているのが分かる。その石を強く拒絶したその瞬間。クリソプレーズが体内から飛び出して、沙姫の手に緑の光を纏いながら収まる。
「グオッ!」
「ん?…ウルフの中に何かあるのかな。」
その石はウルフの体に光を差して、体内に石があることを示した。かなり強い反応だ。そこで原因はその石だと沙姫は推測が、今ウルフは本能のままに自分を喰おうとしている。大口を開けて飛びかかってきた。すると沙姫は、狭い足場の中、何とか体を捻って避ける。この状態でウルフの中に入るのは危険だ。
「どうしよう…怖い…!」
今までの勇気はクリソプレーズが与えてくれていたからか、石を外に出した途端に魔物の本能への恐怖を感じた。それだけでなく、狭い足場、高い場所ということもあって、沙姫の恐怖はピークに達していた。
「クリソプレーズの勇気だけを下さい!」
石を握りしめても差し示す光は消えない。だが、なんとなく、ほんの少しだけ、勇気づけられた気がした。その沙姫の恐怖の中にある焦りを感じて、アメトリンが沙姫の中で光り、効果を発揮する。沙姫はいつものような冷静な態度を取り戻した。
「そっか、今みたいにアメトリンも出せばいいんだ。」
沙姫は、試してみた。まずは自分への強い暗示だ。
(ウルフに必要なのであって、私にはいらない。ウルフに必要なのであって、私にはいらない。私にはいらない。私にはいらない!)
ウルフが再度迫って大きな口を開けた。沙姫は、思わず大きな声で叫んだ。
「私にはいらないっ!ウルフに必要なんだっ!」
その声に呼応するかのように、沙姫の体が強い光を発する。そして、沙姫からその光が飛び出した。それは沙姫の手に収まる。沙姫の手には二つの光があった。だが、それと同時に目の前は真っ暗になった。
「あ。」
それしか言えなかった。瞬時に、動物での行動を考えた。
(空中にいるから、地面についてから肉を出して噛み切るはず。短い保留なんだ。)
ここはウルフの口の中。少し、焦った――クリソプレーズのおかげか、少しで済んだ。その瞬間、駆空を止めようと急降下したのか、口の中が激しく揺れ動く。
「あっ!」
バランスを崩して、二つの石を手放してしまった。石はウルフの喉を通って落ちていく。沙姫は、理解した。
「助かるか、死ぬか…」
アメトリンでウルフの自我が戻れば出して貰えるかもしれないが、読みが外れたら自分は死ぬ。もし当たっていても、アメトリンの効果が遅ければ自我が戻る前に自分は死ぬ。最初から、助かる確率は極めて低かったのだ。
「…死にたくない。」
魔物の本能の次は、死への恐怖だった。改めて自分が非力であることを思い知らされる。石は口から入った確率が高い。沙姫は、アメトリンに祈った。
「ウルフを助けて…!」
「ンッ?」
ウルフは、地に足をつけた途端に気がついた。同時に、口の中に何かあると感じて、とりあえず吐き出した。すると、涎と共に、大事にしているはずの小娘が現れて、ウルフはこれまで生きてきた中で一番の驚きを得た。
「さ、沙姫!?お前、何故!」
「………ウルフ…。」
沙姫はおもむろに起きあがってウルフを見た。声が聞こえた。ウルフの喋る声だ。
「…うっ。」
途端に、本能と死の恐怖を思い出して沙姫は震える。
「大丈夫か、沙姫。」
ウルフが心配して慰めようと舌を出して近づけたその時だった。
「いやッ!!」
「!」
沙姫からの強い拒絶の意思が伝わった。肩を抱いて、沙姫はウルフを警戒している。自分が掘り返したグラントフェザーを食べてる時、何があったのか。全く記憶はないが、自分はどうやら沙姫を怖がらせるようなことをしたらしい。
「……すまない。」
ウルフは、耳を伏せ、尻尾を足の間にしまい、次に寝転がって腹を見せた。ウルフの行動に、沙姫は驚いた。
「…犬の…服従?」
「…教えてくれ、沙姫。俺は何をした?」
そのままの体勢で、ウルフが鼻を鳴らす。沙姫は、記憶を辿りながら終始を伝えた。話を聞くと、ウルフは無表情且つ無感情になる。どこも仕草を見せない。
「アレを食べていた時に感じた妙に小さな骨は石だったのか。とりあえず石はお前が持っていろ。三つ共だ。いいな?」
「…うん。」
沙姫はウルフの中に入るため、目を瞑って額を体にくっつける。次に目を開けると、沙姫の目の前にはクリソプレーズ、アメトリン、そして、見慣れない石が光っていた。
「これだね。」
沙姫が近づくと、まずクリソプレーズが中に入る。続いてアメトリンが沙姫に吸収された。見慣れない石はそのままだ。
(取扱説明書とか欲しいな。)
沙姫は、ふとそう思った。石を手にして、じっと眺める。見ていても、どんな効果があるのかとか、名前は何なのかとかは分からない。ただ、綺麗であった。涎まみれの手の中で綺麗に光っていた。手を見て呟く。
「……お風呂入りたいな。後は服の洗濯もしたいし…暖かいご飯も食べたい。」
沙姫の中で、人間の欲求が募っていく。そういえば、魔物の生活に合わせてばかりだった。その沙姫の思いは、ウルフにも聞こえている。
「…この村のを借りたらどうだ?村に生きる匂いは今のところない。」
「無人島ならぬ無人村ってこと?」
「……フッ。」
沙姫らしい言葉の言い回しが出てきて、ウルフは安心して尻尾を振る。沙姫はウルフの中から出てきて石を見せる。ウルフは暫く見た後、首を振った。
「忘れた。」
「忘れたって…いいの?そんなこと許されるの?」
「何故そんなことを聞く?」
「一族の大事な石でしょ?名前と効果くらいは覚えておかないとっていうのはないの?」
「長が覚えていればいい……最も、皆が覚えているがな。」
「長になりたいから?」
「………。」
どうしてこうも核心を突いてこれるのか。ウルフはその場に座り、返事の代わりに尻尾を振った。沙姫は、もう一度言う。
「石の取扱説明書が欲しい。」
「魔物に紙はいらん。体で覚えろ。」
「えー…。」
嫌そうな顔をする沙姫。話をそらそうとウルフはあくびをした後に言った。
「行かないのか?」
「あ、行く!ウルフはどうするの?」
「俺も行く。お前を一人にすると危険だ。」
「ふ~ん…。」
お風呂くらいゆっくり浸かりたかったが、クオンがまた来るかもしれない。あまりウルフと離れてはいけないと本能が悟っていた。
「火!」
ウルフの顔面に火を吹く。それに怯み、ウルフは一旦止まった。その隙をついて、クオンが叫ぶ。
「よくやったラヴン!お前ら、逃げるぞ!」
「よし!」
クオンの合図で一斉に逃げ出すフェミリー。顔の火を振り払った時にはもう、どこにも白い姿はなかった。盛り上げられた地面があまりにも高くて未だに沙姫は戸惑っている。
「これ、どうすれば。」
「グゥ…!」
その声に耳を立て、こちらを見上げたウルフ。紺碧の目…紫色の瞳に沙姫が映った。ウルフは沙姫を見つけると、舌なめずりをする。その仕草を見た沙姫はすぐに悟った。
(何かが原因で私のことを理解してない…!?混乱したか操られたか…とにかく、興奮している!)
沙姫は、挑発を無効化するアメトリンをウルフに使うために、初めて自ら石を外に出してみようとした。だが、出し方が分からない。そうしている内に、駆空でウルフが近くまで迫ってきた。その時、沙姫の中にあるクリソプレーズが反応してキンキン鳴り響く。あの時と同じだ。まるで珠と珠がぶつかりあうような音。それが頭の中でうるさく鳴り響くのだ。
「いぁぁあぁあっ!」
沙姫は耳を塞いだ。自分の体がその石に対して拒絶反応を起こしているのが分かる。その石を強く拒絶したその瞬間。クリソプレーズが体内から飛び出して、沙姫の手に緑の光を纏いながら収まる。
「グオッ!」
「ん?…ウルフの中に何かあるのかな。」
その石はウルフの体に光を差して、体内に石があることを示した。かなり強い反応だ。そこで原因はその石だと沙姫は推測が、今ウルフは本能のままに自分を喰おうとしている。大口を開けて飛びかかってきた。すると沙姫は、狭い足場の中、何とか体を捻って避ける。この状態でウルフの中に入るのは危険だ。
「どうしよう…怖い…!」
今までの勇気はクリソプレーズが与えてくれていたからか、石を外に出した途端に魔物の本能への恐怖を感じた。それだけでなく、狭い足場、高い場所ということもあって、沙姫の恐怖はピークに達していた。
「クリソプレーズの勇気だけを下さい!」
石を握りしめても差し示す光は消えない。だが、なんとなく、ほんの少しだけ、勇気づけられた気がした。その沙姫の恐怖の中にある焦りを感じて、アメトリンが沙姫の中で光り、効果を発揮する。沙姫はいつものような冷静な態度を取り戻した。
「そっか、今みたいにアメトリンも出せばいいんだ。」
沙姫は、試してみた。まずは自分への強い暗示だ。
(ウルフに必要なのであって、私にはいらない。ウルフに必要なのであって、私にはいらない。私にはいらない。私にはいらない!)
ウルフが再度迫って大きな口を開けた。沙姫は、思わず大きな声で叫んだ。
「私にはいらないっ!ウルフに必要なんだっ!」
その声に呼応するかのように、沙姫の体が強い光を発する。そして、沙姫からその光が飛び出した。それは沙姫の手に収まる。沙姫の手には二つの光があった。だが、それと同時に目の前は真っ暗になった。
「あ。」
それしか言えなかった。瞬時に、動物での行動を考えた。
(空中にいるから、地面についてから肉を出して噛み切るはず。短い保留なんだ。)
ここはウルフの口の中。少し、焦った――クリソプレーズのおかげか、少しで済んだ。その瞬間、駆空を止めようと急降下したのか、口の中が激しく揺れ動く。
「あっ!」
バランスを崩して、二つの石を手放してしまった。石はウルフの喉を通って落ちていく。沙姫は、理解した。
「助かるか、死ぬか…」
アメトリンでウルフの自我が戻れば出して貰えるかもしれないが、読みが外れたら自分は死ぬ。もし当たっていても、アメトリンの効果が遅ければ自我が戻る前に自分は死ぬ。最初から、助かる確率は極めて低かったのだ。
「…死にたくない。」
魔物の本能の次は、死への恐怖だった。改めて自分が非力であることを思い知らされる。石は口から入った確率が高い。沙姫は、アメトリンに祈った。
「ウルフを助けて…!」
「ンッ?」
ウルフは、地に足をつけた途端に気がついた。同時に、口の中に何かあると感じて、とりあえず吐き出した。すると、涎と共に、大事にしているはずの小娘が現れて、ウルフはこれまで生きてきた中で一番の驚きを得た。
「さ、沙姫!?お前、何故!」
「………ウルフ…。」
沙姫はおもむろに起きあがってウルフを見た。声が聞こえた。ウルフの喋る声だ。
「…うっ。」
途端に、本能と死の恐怖を思い出して沙姫は震える。
「大丈夫か、沙姫。」
ウルフが心配して慰めようと舌を出して近づけたその時だった。
「いやッ!!」
「!」
沙姫からの強い拒絶の意思が伝わった。肩を抱いて、沙姫はウルフを警戒している。自分が掘り返したグラントフェザーを食べてる時、何があったのか。全く記憶はないが、自分はどうやら沙姫を怖がらせるようなことをしたらしい。
「……すまない。」
ウルフは、耳を伏せ、尻尾を足の間にしまい、次に寝転がって腹を見せた。ウルフの行動に、沙姫は驚いた。
「…犬の…服従?」
「…教えてくれ、沙姫。俺は何をした?」
そのままの体勢で、ウルフが鼻を鳴らす。沙姫は、記憶を辿りながら終始を伝えた。話を聞くと、ウルフは無表情且つ無感情になる。どこも仕草を見せない。
「アレを食べていた時に感じた妙に小さな骨は石だったのか。とりあえず石はお前が持っていろ。三つ共だ。いいな?」
「…うん。」
沙姫はウルフの中に入るため、目を瞑って額を体にくっつける。次に目を開けると、沙姫の目の前にはクリソプレーズ、アメトリン、そして、見慣れない石が光っていた。
「これだね。」
沙姫が近づくと、まずクリソプレーズが中に入る。続いてアメトリンが沙姫に吸収された。見慣れない石はそのままだ。
(取扱説明書とか欲しいな。)
沙姫は、ふとそう思った。石を手にして、じっと眺める。見ていても、どんな効果があるのかとか、名前は何なのかとかは分からない。ただ、綺麗であった。涎まみれの手の中で綺麗に光っていた。手を見て呟く。
「……お風呂入りたいな。後は服の洗濯もしたいし…暖かいご飯も食べたい。」
沙姫の中で、人間の欲求が募っていく。そういえば、魔物の生活に合わせてばかりだった。その沙姫の思いは、ウルフにも聞こえている。
「…この村のを借りたらどうだ?村に生きる匂いは今のところない。」
「無人島ならぬ無人村ってこと?」
「……フッ。」
沙姫らしい言葉の言い回しが出てきて、ウルフは安心して尻尾を振る。沙姫はウルフの中から出てきて石を見せる。ウルフは暫く見た後、首を振った。
「忘れた。」
「忘れたって…いいの?そんなこと許されるの?」
「何故そんなことを聞く?」
「一族の大事な石でしょ?名前と効果くらいは覚えておかないとっていうのはないの?」
「長が覚えていればいい……最も、皆が覚えているがな。」
「長になりたいから?」
「………。」
どうしてこうも核心を突いてこれるのか。ウルフはその場に座り、返事の代わりに尻尾を振った。沙姫は、もう一度言う。
「石の取扱説明書が欲しい。」
「魔物に紙はいらん。体で覚えろ。」
「えー…。」
嫌そうな顔をする沙姫。話をそらそうとウルフはあくびをした後に言った。
「行かないのか?」
「あ、行く!ウルフはどうするの?」
「俺も行く。お前を一人にすると危険だ。」
「ふ~ん…。」
お風呂くらいゆっくり浸かりたかったが、クオンがまた来るかもしれない。あまりウルフと離れてはいけないと本能が悟っていた。