長編
ウルフがグラントフェザーを食べるため、地に足をつける。沙姫は降りて、グラントフェザーを見た。くたびれていて、死んでいるようだ。ウルフが息をさせないために首根っこを噛んでいたからだろう。突然、ウルフが鼻をヒクヒクさせた。
「沙姫、石の気配はあるか?」
「え?ううん、全然しないよ。どうしたの?」
「いや…嫌な予感がしてな。石と関係があったら厄介だ。」
しかめっ面で唸るウルフを見て、不安を覚えた。動物、基、魔物の勘というのは侮れない。嫌な予感と言われると、こちらまで警戒してしまう。グラントフェザーをゆっくり置いて、辺りに睨みをきかせるウルフ。沙姫も周りを見た。海の匂いがするから森を抜けた近くに海岸があるのだろうか。
「…何だ?この言いしれぬ嫌な感じは…あまり鼻に入れたくない匂いも……まさか!?」
「ウルフ?」
身の毛のよだつ思いでもあったのだろうか。不機嫌な表情を露わにして、同時に怒りも表す。沙姫はなんだか怖くなって、ウルフに寄り添った。海風が運ぶ嫌な匂いが確信に変わった時、ウルフは静かな声で沙姫に言った。
「絶対に俺から離れるな。いいか?絶対にだ。」
「あ、あ、うん。分かった。」
ウルフの警戒心が沙姫にも伝わってくる。やがて、それは来た。茂みが動き、体を震わせて水を飛ばしながらやってくる。太陽に照らされて光る白色の体毛、澄んだエメラルドの瞳が沙姫を見つめた。
「…狼?」
ウルフより遙かに小さく、普通の狼の大きさ。幻想的なその姿に、沙姫は見とれた。狼は、ウルフを無視して沙姫に近づこうとする。沙姫も、無意識に近づいた。その双方の間に、太く逞しい足がズンと置かれる。
「何が目的だ。」
牙を見せ、毛を逆立てて唸るウルフ。それに怯えるように耳をしまい、尻尾を内側に入れる狼。
「そんなに怒らないでよ。何をしようとした訳でもないのに。」
「…ねえ、この魔種は?」
「…わぁーお!可愛い女の子!君、名前は?俺はクオン。よろしく!」
ウルフに尋ねたつもりだったが、あちらが答えてくれた。怯えた様子とは一変。尻尾を振って喜んでいる。沙姫は、友好的なクオンに安心した。
「よろしく、私は沙姫だよ。クオン…は、魔種?」
「いやいや、違うよ!俺の名前がクオン。魔種名はフェミリーさ!」
「ファミリー?」
「フェミリー。」
呆れた様子でウルフが答えてくれた。仕切り直すように、ウルフはクオンの目線に合わせて睨む。
「で、何の用だ?」
「ううん?特に用はないよ。この近くに人里があるだろ?そこに行こうとしたらここらでは嗅がない匂いがしたからさ。」
「どんな?」
「可愛い女の子の!」
「…へ、へぇ。」
人懐こいが女好きのようだ。フェミリーは皆そうなのだろうか?沙姫がそう考えていると、ウルフが沙姫の服を口に挟んで背中に乗せた。相変わらず機嫌が悪そうに言う。
「行くぞ、こんな奴に構うことはない。」
「…ウルフ、クオンのことを毛嫌いしてる…同族嫌悪?」
「……雌たらしだからな。狩りの仕方も卑怯で、好きになる要素がない。」
「子孫を残すのに必死と言ってくれよ。同じ狼で魔物だろ?それに、女の子を連れ回してるなんてとこも同じじゃないか。」
クオンがそう言った途端、ウルフが吠えて怯ませた。思わず沙姫も怯んでしまう。感情的になっているのか、体中の毛が逆立っていた。
「俺達ロウルサーブはフェミリーごときとは違う!こいつは、ただの非常食だ!勝手に懐かれているだけだッ!」
叫んだ時、はっと我に返って後悔した。沙姫が怒っている。匂いで分かる。両耳を力いっぱい握られ、チクリと痛んだ。
「間違ってる!懐いてきたのはウルフ!キミが、私の世界に来て、助けてやった!なのにそう言うの!?もうウルフなんか知らないッ!馬鹿!」
そう言って、沙姫はウルフから降りた。言い過ぎたかと思ったが、さらに沙姫は鼻を思い切りビンタしてきた。流石にこれにはいらついて、ウルフは吠える。
「さっさとどこかに行ってしまえ!この小娘!」
「ふんだっ!」
互いにそっぽを向き、沙姫は歩き出す。ウルフも獲物をくわえて歩き出す。クオンは一瞬きょとんとして、一人と一匹を見てから、沙姫の方を追った。沙姫とクオンの姿が見えなくなると、ウルフは立ち止まり、金色の鳥をくわえたまま冷静になって考える。
(…どうする。)
謝罪の言葉も見つからない。だが、フェミリーと沙姫だけにしたのはマズい。
「…これも、いい教訓だ。沙姫は魔物と人のあり方を分かっていない。」
そう自分に言い聞かせた。かといって沙姫が殺されてからでは遅い。ウルフは、地面を掘って掘って掘りまくって、獲物を埋めながらさらに言い聞かせる。
「やはり、アイツには俺の監視が必要だな。仕方ない奴だ。あれは一族のものだからな。」
埋め終えると、沙姫の匂いを辿った。ここらはフェミリーの縄張りだ。沙姫の匂いでしか辿れない。ウルフは自分の言ったことを頭の中で繰り返した。
こいつは、ただの非常食だ!勝手に懐かれているだけだッ!
さっさとどこかに行ってしまえ!この小娘!
思えば何故あの時、感情的になってしまったのか。
(奴等と同じにされたのが許せないだけ…そうだ。きっと、そうだな。)
納得して満足げに尻尾を振る。目の前に、沙姫が見えてウルフは伏せた。様子を窺う。沙姫は、クオンを撫でていた。
「そういえばクオンも狼の魔物だよね?人間を食べるの?」
「冗談じゃない!俺は人間を食べたりしないよ。」
「本当に?」
「本当だよ。食べるのは小動物さ。」
正直ほっとした。所詮、クオンも魔物なのだ。沙姫はクオンをじっと見る。澄んだエメラルドの目に吸い込まれそうだ。元々姿が幻想的だと思う。周りの草は黄色い。毛皮が白いのに、黄色いところを住処にするということは天敵がいないのだろうか。思い切って、聞いてみた。
「ねえ、クオンには天敵がいないの?」
「天敵?いないよ。人間を喰わないから人間を敵に回さなくて済むし…。」
「でも、こんなに白いから…密猟者とかに狙われない?」
「そりゃあ狙われるさ!でもそれで人間を恨んだりしない。人間には色んな奴がいるって知ってるから――その密猟者は恨むけどね。」
ぺろりと舌なめずりするクオン。それを見て沙姫ははっとした。普段から、ウルフを見ていなければ分からなかっただろう。この仕草は獲物を前にしてする仕草だ。恐らく、食べた人間の味を思い出して今の仕草が出たのだろう。そこまで考えなくとも、沙姫は直感で悟った。
(こいつ…私を喰う気でいる…!?)
耳を見てみた。やはり両耳の先端はピクピク動いている。嘘をついている証拠だ。
「ここで何をしている?」
「な…いつの間に!?」
声のした方を見ると、ウルフが草むらから立ち上がった。ウルフの周りには他のフェミリーが十匹程。クオンとは違い、敵意むき出しで唸っている。沙姫は、喧嘩中なのを忘れてすぐさま名前を呼んだ。
「ウルフ!」
「………。」
だが、ウルフは答えない。まだ怒っているのかと沙姫は落ち込んだ。
「……沙姫、こっちに来れるか?」
だが、怒ってなどいなかった。穏やかに言われ、沙姫は驚いた。勿論、近くに行こうと思ったが、クオンが先回りして豹変。にやりと怪しく笑う。
「行かせはしない。大人しく俺の餌となれ、小娘!」
「…ついに本性を表したな!」
ウルフがクオンを見て唸る。隙を見せた途端に、フェミリー達が襲いかかった。ウルフは、こっそり溜めていた気を放つ。
「火・大火散(カ・ダイカサン)!」
ウルフの周りから大きな火が出て辺りに散らばる。数匹のフェミリーが、火ダルマになった。苦しみの声をあげながら、混乱して走り回る白狼。クオンが、ギリッと歯ぎしりした。口を膨らませ、クオンは仲間の所へ駆ける。
「風!」
単語だけを言い放ち、クオンは口から風を吹く。火がついていた仲間は落ち着きを取り戻した。その間に沙姫はウルフの元に移動して、背中に乗っていた。
「ひとまず逃げよう、ウルフ。分が悪い…仲直りは後でね。」
「賛成だな。」
大混乱しているフェミリーのどさくさに紛れ、ウルフはすぐに駆空する。仲間の火を消し終えた後、クオンは空を見上げた。
「…俺は、狙った獲物は逃がさない…折角美味しそうな小娘だったんだ。このまま逃がしてたまるかよッ!」
ウルフを睨みつけ、クオンは駆けだした。
「沙姫、石の気配はあるか?」
「え?ううん、全然しないよ。どうしたの?」
「いや…嫌な予感がしてな。石と関係があったら厄介だ。」
しかめっ面で唸るウルフを見て、不安を覚えた。動物、基、魔物の勘というのは侮れない。嫌な予感と言われると、こちらまで警戒してしまう。グラントフェザーをゆっくり置いて、辺りに睨みをきかせるウルフ。沙姫も周りを見た。海の匂いがするから森を抜けた近くに海岸があるのだろうか。
「…何だ?この言いしれぬ嫌な感じは…あまり鼻に入れたくない匂いも……まさか!?」
「ウルフ?」
身の毛のよだつ思いでもあったのだろうか。不機嫌な表情を露わにして、同時に怒りも表す。沙姫はなんだか怖くなって、ウルフに寄り添った。海風が運ぶ嫌な匂いが確信に変わった時、ウルフは静かな声で沙姫に言った。
「絶対に俺から離れるな。いいか?絶対にだ。」
「あ、あ、うん。分かった。」
ウルフの警戒心が沙姫にも伝わってくる。やがて、それは来た。茂みが動き、体を震わせて水を飛ばしながらやってくる。太陽に照らされて光る白色の体毛、澄んだエメラルドの瞳が沙姫を見つめた。
「…狼?」
ウルフより遙かに小さく、普通の狼の大きさ。幻想的なその姿に、沙姫は見とれた。狼は、ウルフを無視して沙姫に近づこうとする。沙姫も、無意識に近づいた。その双方の間に、太く逞しい足がズンと置かれる。
「何が目的だ。」
牙を見せ、毛を逆立てて唸るウルフ。それに怯えるように耳をしまい、尻尾を内側に入れる狼。
「そんなに怒らないでよ。何をしようとした訳でもないのに。」
「…ねえ、この魔種は?」
「…わぁーお!可愛い女の子!君、名前は?俺はクオン。よろしく!」
ウルフに尋ねたつもりだったが、あちらが答えてくれた。怯えた様子とは一変。尻尾を振って喜んでいる。沙姫は、友好的なクオンに安心した。
「よろしく、私は沙姫だよ。クオン…は、魔種?」
「いやいや、違うよ!俺の名前がクオン。魔種名はフェミリーさ!」
「ファミリー?」
「フェミリー。」
呆れた様子でウルフが答えてくれた。仕切り直すように、ウルフはクオンの目線に合わせて睨む。
「で、何の用だ?」
「ううん?特に用はないよ。この近くに人里があるだろ?そこに行こうとしたらここらでは嗅がない匂いがしたからさ。」
「どんな?」
「可愛い女の子の!」
「…へ、へぇ。」
人懐こいが女好きのようだ。フェミリーは皆そうなのだろうか?沙姫がそう考えていると、ウルフが沙姫の服を口に挟んで背中に乗せた。相変わらず機嫌が悪そうに言う。
「行くぞ、こんな奴に構うことはない。」
「…ウルフ、クオンのことを毛嫌いしてる…同族嫌悪?」
「……雌たらしだからな。狩りの仕方も卑怯で、好きになる要素がない。」
「子孫を残すのに必死と言ってくれよ。同じ狼で魔物だろ?それに、女の子を連れ回してるなんてとこも同じじゃないか。」
クオンがそう言った途端、ウルフが吠えて怯ませた。思わず沙姫も怯んでしまう。感情的になっているのか、体中の毛が逆立っていた。
「俺達ロウルサーブはフェミリーごときとは違う!こいつは、ただの非常食だ!勝手に懐かれているだけだッ!」
叫んだ時、はっと我に返って後悔した。沙姫が怒っている。匂いで分かる。両耳を力いっぱい握られ、チクリと痛んだ。
「間違ってる!懐いてきたのはウルフ!キミが、私の世界に来て、助けてやった!なのにそう言うの!?もうウルフなんか知らないッ!馬鹿!」
そう言って、沙姫はウルフから降りた。言い過ぎたかと思ったが、さらに沙姫は鼻を思い切りビンタしてきた。流石にこれにはいらついて、ウルフは吠える。
「さっさとどこかに行ってしまえ!この小娘!」
「ふんだっ!」
互いにそっぽを向き、沙姫は歩き出す。ウルフも獲物をくわえて歩き出す。クオンは一瞬きょとんとして、一人と一匹を見てから、沙姫の方を追った。沙姫とクオンの姿が見えなくなると、ウルフは立ち止まり、金色の鳥をくわえたまま冷静になって考える。
(…どうする。)
謝罪の言葉も見つからない。だが、フェミリーと沙姫だけにしたのはマズい。
「…これも、いい教訓だ。沙姫は魔物と人のあり方を分かっていない。」
そう自分に言い聞かせた。かといって沙姫が殺されてからでは遅い。ウルフは、地面を掘って掘って掘りまくって、獲物を埋めながらさらに言い聞かせる。
「やはり、アイツには俺の監視が必要だな。仕方ない奴だ。あれは一族のものだからな。」
埋め終えると、沙姫の匂いを辿った。ここらはフェミリーの縄張りだ。沙姫の匂いでしか辿れない。ウルフは自分の言ったことを頭の中で繰り返した。
こいつは、ただの非常食だ!勝手に懐かれているだけだッ!
さっさとどこかに行ってしまえ!この小娘!
思えば何故あの時、感情的になってしまったのか。
(奴等と同じにされたのが許せないだけ…そうだ。きっと、そうだな。)
納得して満足げに尻尾を振る。目の前に、沙姫が見えてウルフは伏せた。様子を窺う。沙姫は、クオンを撫でていた。
「そういえばクオンも狼の魔物だよね?人間を食べるの?」
「冗談じゃない!俺は人間を食べたりしないよ。」
「本当に?」
「本当だよ。食べるのは小動物さ。」
正直ほっとした。所詮、クオンも魔物なのだ。沙姫はクオンをじっと見る。澄んだエメラルドの目に吸い込まれそうだ。元々姿が幻想的だと思う。周りの草は黄色い。毛皮が白いのに、黄色いところを住処にするということは天敵がいないのだろうか。思い切って、聞いてみた。
「ねえ、クオンには天敵がいないの?」
「天敵?いないよ。人間を喰わないから人間を敵に回さなくて済むし…。」
「でも、こんなに白いから…密猟者とかに狙われない?」
「そりゃあ狙われるさ!でもそれで人間を恨んだりしない。人間には色んな奴がいるって知ってるから――その密猟者は恨むけどね。」
ぺろりと舌なめずりするクオン。それを見て沙姫ははっとした。普段から、ウルフを見ていなければ分からなかっただろう。この仕草は獲物を前にしてする仕草だ。恐らく、食べた人間の味を思い出して今の仕草が出たのだろう。そこまで考えなくとも、沙姫は直感で悟った。
(こいつ…私を喰う気でいる…!?)
耳を見てみた。やはり両耳の先端はピクピク動いている。嘘をついている証拠だ。
「ここで何をしている?」
「な…いつの間に!?」
声のした方を見ると、ウルフが草むらから立ち上がった。ウルフの周りには他のフェミリーが十匹程。クオンとは違い、敵意むき出しで唸っている。沙姫は、喧嘩中なのを忘れてすぐさま名前を呼んだ。
「ウルフ!」
「………。」
だが、ウルフは答えない。まだ怒っているのかと沙姫は落ち込んだ。
「……沙姫、こっちに来れるか?」
だが、怒ってなどいなかった。穏やかに言われ、沙姫は驚いた。勿論、近くに行こうと思ったが、クオンが先回りして豹変。にやりと怪しく笑う。
「行かせはしない。大人しく俺の餌となれ、小娘!」
「…ついに本性を表したな!」
ウルフがクオンを見て唸る。隙を見せた途端に、フェミリー達が襲いかかった。ウルフは、こっそり溜めていた気を放つ。
「火・大火散(カ・ダイカサン)!」
ウルフの周りから大きな火が出て辺りに散らばる。数匹のフェミリーが、火ダルマになった。苦しみの声をあげながら、混乱して走り回る白狼。クオンが、ギリッと歯ぎしりした。口を膨らませ、クオンは仲間の所へ駆ける。
「風!」
単語だけを言い放ち、クオンは口から風を吹く。火がついていた仲間は落ち着きを取り戻した。その間に沙姫はウルフの元に移動して、背中に乗っていた。
「ひとまず逃げよう、ウルフ。分が悪い…仲直りは後でね。」
「賛成だな。」
大混乱しているフェミリーのどさくさに紛れ、ウルフはすぐに駆空する。仲間の火を消し終えた後、クオンは空を見上げた。
「…俺は、狙った獲物は逃がさない…折角美味しそうな小娘だったんだ。このまま逃がしてたまるかよッ!」
ウルフを睨みつけ、クオンは駆けだした。