長編
「ウルフ。」
「………。」
ウルフは全力で大地を蹴りながら耳を動かした。生返事に近いものだが、今は仕方ない。沙姫はウルフにしがみつきながらそのまま続けた。
「別に狩りをするのは構わないよ。そうしないと生きていけないしね。」
「…………。」
「不意打ちに技や石を遣ったって構わない。自由にしていいんだ。」
「…………………。」
「だけどね…。」
沙姫はくるりと振り返って、自分達を覆うようにしてこちらへ飛んでくる黒い飛行物体を見た。それは、グラントフェザーよりは小さく、飛行機よりは大きい……カラス。そう、巨大カラスなのだ。沙姫は、追われている身であるにも関わらず冷静に言った。
「せめて何を狩るかは教えて欲しかったな。私、魔物はほんの一握りぐらいしか知らないんだよ?」
「………。」
最初に耳を動かす以外、返事は一切せず、後ろにも振り返らずにただウルフは走るばかり。沙姫は遂に押し殺した感情を爆発させた。
「で、何あれェ!?あれ何?グラントフェザーの亜種!?違うよね!私の予想だとあれがロークアーシャワーだと思うんだけど、もしそうだとしたら完全にウルフの説明不足だよね!」
「ロークアーシャだっ!それで合ってるっ!」
「私聞いてないよ!ねぇ。私聞いてないよ!ロークアーシャがこんなにでっかいって聞いてないよ!ねぇっ!」
「やかましい!静かにしてろ!」
沙姫を怒鳴りつけた後、ウルフは目の前に洞穴を見つけ、そこに飛び込む。いくらロークアーシャが嘴を突っ込んでも、奥深くに入った獲物には届かない。やがて不機嫌そうにカラスは飛び去った。共に深い息をつき、沙姫がウルフから降りて撫でる。
「走り続けて疲れたでしょ?少し休んだら?」
「まだ十分動けるが…休むときに休んでおくか。沙姫、お前は?…とは言え、乗ってるだけだからあまり疲れてないか。」
「疲れるんだ、これが。乗るには乗るなりの事が必要なんだよ?振り落とされないようにしがみつくとか、風の抵抗を受けないようになるべくくっついてしがみつくとか。」
「結局しがみつくだけではないか。」
「だね。」
ウルフはその場に伏せ、沙姫は洞窟から少しだけ顔を出して辺りを見渡す。周りに動物らしきものはいない。ウルフもそれを分かってか、目を閉じてリラックスする。沙姫のしたいことを知り、尻尾の先を振ってウルフは忠告した。
「あまり遠くに行くな。またファラストの時みたいになったら危険だ。」
「はーい。」
以前沙姫が散歩に出た時、ファラストと接触したことがあるのを言っているのだろう。沙姫が振り返って見ると、耳がかすかに震えている。恨みの仕草だ。あの時に大層な痛手を負ったから、沙姫にかファラストにか、ちょっとした恨みがあるのだろう。沙姫は洞窟を出た。暫くして体を丸めるウルフ。土が冷たくて気持ちいい。
「………そうだ!」
ふと、思いついてウルフは耳を立たせて顔を上げた。沙姫をつけていこう。前にプロースにつきあって尾行をし、巣ごと襲った経験がある。戦闘訓練を兼ねた悪戯になると思い、ウルフは尻尾を横に振って思わずにんまりした。
(…あまり近いとダメだから、少し経ってから匂いを辿ろう。)
ウルフは伏せたままじっと時期を待った。
(魔物ってさ…結局どのくらいいるんだろ?)
その頃沙姫は自分の身丈よりも高い植物が周りに生い茂っている所にいた。近寄りがたい派手な植物、雑草のような植物、綺麗な花の咲いている植物、日本では見たことのない植物が沢山。
「というか、知ってるものがないというね!流石ファンタジー!」
好奇心をくすぐられ、思わず笑ってしまう沙姫。その様子を茂みから窺っているウルフは、ハラハラしていた。
(触るな、触るな…特に目の前のセスチャーには!)
沙姫の目の前にある派手な色合いの植物は、実は擬態しているもので、触れればたちまちその者を飲み込んで消化してしまう。あっちの世界で言うと、蝿取り草みたいなものなのだ。しかも根っこを地面から引き抜いて歩けるのだから厄介きわまりない。視覚も嗅覚も聴覚もなく、触覚だけなので触れなければ何の問題もないのだが。
(頼む…触るなよ!)
しかし、ウルフの切望虚しく、沙姫は目の前のセスチャーに向かって突っ込み続ける。
「特にこーゆーの。ファンタジーなんだから何か面白い仕掛けとかありそうな感じだよ。」
(面白くないぞ!?確かに仕掛けはあるけども…!)
「でもこっちも面白そうだよね。」
突っ込む沙姫に突っ込むウルフ。だが沙姫は、くるりと向きを変えて別の植物へと関心を変えた。それも束の間、次に興味を持ったのはラルベという毒蛇が住処としている大きな雑草、ラベール。その大抵に侵入者が入って来れないようにとラルベの毒が塗ってあって、人間なら体のどこかの皮膚が触れただけで即死の猛毒。ウルフは身の毛もよだつ思いで叫びたい一心を堪えた。だが沙姫は植物に触ろうとせず、ただ見るだけ。幸い、ここら一帯のものは危険であるが触らなければどれも問題がないものばかりなので、ウルフはほっと息をついた。しかし、次に沙姫から放たれる言葉に恐怖を覚える。
「どれか一つ…触ってみようかな?」
「や…止めろォォ!!」
「あ、ウルフ。」
茂みから勢いよく飛び出して、沙姫の元に来るウルフ。何も知らない沙姫は、きょとんとした顔で首を傾げていた。
「どうしたの?冷や汗どってなってるけど。」
「どうしたの?ではないッ!お前の行動が危険すぎて最早冷や汗が出るのも仕方ないことだ!」
別に急いではいなかったが、ウルフは大急ぎで沙姫に植物達の説明をした。説明を聞く度に、沙姫の顔から血の気が引いていく。最後まで聞くと、青ざめた顔で沙姫は腕を組んだ。
「や、私も分かってるよ?知らないものがある時は迂闊に近寄らないとか触らないとか。」
「嘘つけ。触ろうとしていたではないか。」
「あれは好奇心で…。」
「うるさい、黙れ。」
「……………。」
すると沙姫は口は閉じるものの、ジェスチャーをし始める。わざとだと分かっていて、ウルフは軽く沙姫の頭を前足で叩いた。あいてっ、と沙姫が言うが、構わず続ける。
「分からないものがあったら俺に聞け。いいな?絶対だぞ。」
「はーい。」
気怠そうに答える沙姫。ウルフは尻尾と耳を垂らして呆れた仕草をした。ところで、と沙姫は思い出したように次々と言う。
「何ではぐれた時に空・思想伝心を使わなかったの?忘れてた?ジェスチャーってなんで動くの?視覚もないから動く意味なくない?後、ラベルとタベール…名前がややこしいよ。」
「……あっ。」
(今更気づいた!?)
ウルフのはっとした表情を読みとり、沙姫は心の中で叫んだ。少し経ってからウルフは話題をそらすためにまた話す。
「ジェスチャーじゃなくセスチャー。奴らは湿っているところが好きでな。湿った地面で暮らす。地面が乾いてきたら引っ越すだけの話だ。それから、ラルベとラベールだ。タベールって何だ?俺が知りたいわ!」
一頻り突っ込むと、ウルフは毛を落ち着かせるためにその場に座って背中を身繕いする。沙姫は、改めて植物達を見た。さっきまで素晴らしく見えていたものが、途端に恐ろしく感じる。早く離れたいとさえ思った。
「何も知らないのは幸せなんだなぁ…。」
「む、何か言ったか?」
「言ってないよ。それより何で来たの?」
「つけてみたら面白そうだからと、戦闘訓練だ。」
「……私でやらないでよぉ…。」
そこははっきり答えるウルフ。沙姫はその場にへたり込んだ。すると、どこからか腹の音がする。
「…腹が減ったな。」
「…私も。」
二人とも、空腹だった。ウルフは立ち上がって、沙姫を見る。沙姫は首を振った。食料がないなら、探すしかない。ウルフは沙姫をくわえて背中に乗せた。
「どうするの?」
「さっきのロークアーシャの雌を喰らう。」
「え…雄雌違いあるの?」
「あるぞ。雄はつるつるな羽、雌はふわふわな羽だ。一目見て分かるほどのつるつるとふわふわだからな。分かりやすいぞ?」
「ふーん…つるふわ?」
「ぷっ…つるふわ。」
「つるふわ…っ!」
「ふわつる…っ!」
謎の空気が生まれ、二人はやがて何がおかしいかも分からずおかしくて笑い出す。ふと、ウルフとこうして笑うのは初めてのような気がして、沙姫はウルフに笑いかけた。ウルフも嬉しそうに尻尾を揺らして沙姫に笑いかける。そして、ウルフは駆空を始めた。
「………。」
ウルフは全力で大地を蹴りながら耳を動かした。生返事に近いものだが、今は仕方ない。沙姫はウルフにしがみつきながらそのまま続けた。
「別に狩りをするのは構わないよ。そうしないと生きていけないしね。」
「…………。」
「不意打ちに技や石を遣ったって構わない。自由にしていいんだ。」
「…………………。」
「だけどね…。」
沙姫はくるりと振り返って、自分達を覆うようにしてこちらへ飛んでくる黒い飛行物体を見た。それは、グラントフェザーよりは小さく、飛行機よりは大きい……カラス。そう、巨大カラスなのだ。沙姫は、追われている身であるにも関わらず冷静に言った。
「せめて何を狩るかは教えて欲しかったな。私、魔物はほんの一握りぐらいしか知らないんだよ?」
「………。」
最初に耳を動かす以外、返事は一切せず、後ろにも振り返らずにただウルフは走るばかり。沙姫は遂に押し殺した感情を爆発させた。
「で、何あれェ!?あれ何?グラントフェザーの亜種!?違うよね!私の予想だとあれがロークアーシャワーだと思うんだけど、もしそうだとしたら完全にウルフの説明不足だよね!」
「ロークアーシャだっ!それで合ってるっ!」
「私聞いてないよ!ねぇ。私聞いてないよ!ロークアーシャがこんなにでっかいって聞いてないよ!ねぇっ!」
「やかましい!静かにしてろ!」
沙姫を怒鳴りつけた後、ウルフは目の前に洞穴を見つけ、そこに飛び込む。いくらロークアーシャが嘴を突っ込んでも、奥深くに入った獲物には届かない。やがて不機嫌そうにカラスは飛び去った。共に深い息をつき、沙姫がウルフから降りて撫でる。
「走り続けて疲れたでしょ?少し休んだら?」
「まだ十分動けるが…休むときに休んでおくか。沙姫、お前は?…とは言え、乗ってるだけだからあまり疲れてないか。」
「疲れるんだ、これが。乗るには乗るなりの事が必要なんだよ?振り落とされないようにしがみつくとか、風の抵抗を受けないようになるべくくっついてしがみつくとか。」
「結局しがみつくだけではないか。」
「だね。」
ウルフはその場に伏せ、沙姫は洞窟から少しだけ顔を出して辺りを見渡す。周りに動物らしきものはいない。ウルフもそれを分かってか、目を閉じてリラックスする。沙姫のしたいことを知り、尻尾の先を振ってウルフは忠告した。
「あまり遠くに行くな。またファラストの時みたいになったら危険だ。」
「はーい。」
以前沙姫が散歩に出た時、ファラストと接触したことがあるのを言っているのだろう。沙姫が振り返って見ると、耳がかすかに震えている。恨みの仕草だ。あの時に大層な痛手を負ったから、沙姫にかファラストにか、ちょっとした恨みがあるのだろう。沙姫は洞窟を出た。暫くして体を丸めるウルフ。土が冷たくて気持ちいい。
「………そうだ!」
ふと、思いついてウルフは耳を立たせて顔を上げた。沙姫をつけていこう。前にプロースにつきあって尾行をし、巣ごと襲った経験がある。戦闘訓練を兼ねた悪戯になると思い、ウルフは尻尾を横に振って思わずにんまりした。
(…あまり近いとダメだから、少し経ってから匂いを辿ろう。)
ウルフは伏せたままじっと時期を待った。
(魔物ってさ…結局どのくらいいるんだろ?)
その頃沙姫は自分の身丈よりも高い植物が周りに生い茂っている所にいた。近寄りがたい派手な植物、雑草のような植物、綺麗な花の咲いている植物、日本では見たことのない植物が沢山。
「というか、知ってるものがないというね!流石ファンタジー!」
好奇心をくすぐられ、思わず笑ってしまう沙姫。その様子を茂みから窺っているウルフは、ハラハラしていた。
(触るな、触るな…特に目の前のセスチャーには!)
沙姫の目の前にある派手な色合いの植物は、実は擬態しているもので、触れればたちまちその者を飲み込んで消化してしまう。あっちの世界で言うと、蝿取り草みたいなものなのだ。しかも根っこを地面から引き抜いて歩けるのだから厄介きわまりない。視覚も嗅覚も聴覚もなく、触覚だけなので触れなければ何の問題もないのだが。
(頼む…触るなよ!)
しかし、ウルフの切望虚しく、沙姫は目の前のセスチャーに向かって突っ込み続ける。
「特にこーゆーの。ファンタジーなんだから何か面白い仕掛けとかありそうな感じだよ。」
(面白くないぞ!?確かに仕掛けはあるけども…!)
「でもこっちも面白そうだよね。」
突っ込む沙姫に突っ込むウルフ。だが沙姫は、くるりと向きを変えて別の植物へと関心を変えた。それも束の間、次に興味を持ったのはラルベという毒蛇が住処としている大きな雑草、ラベール。その大抵に侵入者が入って来れないようにとラルベの毒が塗ってあって、人間なら体のどこかの皮膚が触れただけで即死の猛毒。ウルフは身の毛もよだつ思いで叫びたい一心を堪えた。だが沙姫は植物に触ろうとせず、ただ見るだけ。幸い、ここら一帯のものは危険であるが触らなければどれも問題がないものばかりなので、ウルフはほっと息をついた。しかし、次に沙姫から放たれる言葉に恐怖を覚える。
「どれか一つ…触ってみようかな?」
「や…止めろォォ!!」
「あ、ウルフ。」
茂みから勢いよく飛び出して、沙姫の元に来るウルフ。何も知らない沙姫は、きょとんとした顔で首を傾げていた。
「どうしたの?冷や汗どってなってるけど。」
「どうしたの?ではないッ!お前の行動が危険すぎて最早冷や汗が出るのも仕方ないことだ!」
別に急いではいなかったが、ウルフは大急ぎで沙姫に植物達の説明をした。説明を聞く度に、沙姫の顔から血の気が引いていく。最後まで聞くと、青ざめた顔で沙姫は腕を組んだ。
「や、私も分かってるよ?知らないものがある時は迂闊に近寄らないとか触らないとか。」
「嘘つけ。触ろうとしていたではないか。」
「あれは好奇心で…。」
「うるさい、黙れ。」
「……………。」
すると沙姫は口は閉じるものの、ジェスチャーをし始める。わざとだと分かっていて、ウルフは軽く沙姫の頭を前足で叩いた。あいてっ、と沙姫が言うが、構わず続ける。
「分からないものがあったら俺に聞け。いいな?絶対だぞ。」
「はーい。」
気怠そうに答える沙姫。ウルフは尻尾と耳を垂らして呆れた仕草をした。ところで、と沙姫は思い出したように次々と言う。
「何ではぐれた時に空・思想伝心を使わなかったの?忘れてた?ジェスチャーってなんで動くの?視覚もないから動く意味なくない?後、ラベルとタベール…名前がややこしいよ。」
「……あっ。」
(今更気づいた!?)
ウルフのはっとした表情を読みとり、沙姫は心の中で叫んだ。少し経ってからウルフは話題をそらすためにまた話す。
「ジェスチャーじゃなくセスチャー。奴らは湿っているところが好きでな。湿った地面で暮らす。地面が乾いてきたら引っ越すだけの話だ。それから、ラルベとラベールだ。タベールって何だ?俺が知りたいわ!」
一頻り突っ込むと、ウルフは毛を落ち着かせるためにその場に座って背中を身繕いする。沙姫は、改めて植物達を見た。さっきまで素晴らしく見えていたものが、途端に恐ろしく感じる。早く離れたいとさえ思った。
「何も知らないのは幸せなんだなぁ…。」
「む、何か言ったか?」
「言ってないよ。それより何で来たの?」
「つけてみたら面白そうだからと、戦闘訓練だ。」
「……私でやらないでよぉ…。」
そこははっきり答えるウルフ。沙姫はその場にへたり込んだ。すると、どこからか腹の音がする。
「…腹が減ったな。」
「…私も。」
二人とも、空腹だった。ウルフは立ち上がって、沙姫を見る。沙姫は首を振った。食料がないなら、探すしかない。ウルフは沙姫をくわえて背中に乗せた。
「どうするの?」
「さっきのロークアーシャの雌を喰らう。」
「え…雄雌違いあるの?」
「あるぞ。雄はつるつるな羽、雌はふわふわな羽だ。一目見て分かるほどのつるつるとふわふわだからな。分かりやすいぞ?」
「ふーん…つるふわ?」
「ぷっ…つるふわ。」
「つるふわ…っ!」
「ふわつる…っ!」
謎の空気が生まれ、二人はやがて何がおかしいかも分からずおかしくて笑い出す。ふと、ウルフとこうして笑うのは初めてのような気がして、沙姫はウルフに笑いかけた。ウルフも嬉しそうに尻尾を揺らして沙姫に笑いかける。そして、ウルフは駆空を始めた。