長編
「沙姫!沙姫ーっ!……くそ、捜索に出たばかりだと言うのに…これではキインに叱られる!」
平地を駆け抜け、森を駆け抜けたウルフ。背中には、乗っているはずの沙姫がいない。『助けられた』のだ。話は少し前に遡る。キインが集会をお開きにした後、ウルフはキインにこう命令された。
「いいかい?もうその小娘はアタイらのものだ。勝手に帰すことなんて許されない…けど、これはチャンスでもあるんだよ?」
「チャンス…だと?」
ウルフは話をよく聞こうと耳を立てた。振り向くと、沙姫は髪の毛にブラシをいれ、手入れをしている。
「小娘を石の貯蔵庫とすればいいのさ。なあに、あの小娘に石を持たせているなんて、誰にも分かりやしない。いつもの様に非常食と言い張れば誰もが納得する。だけど気をつけて欲しいのは…人間だね。」
「………。」
ウルフは黙って話を聞いていた。そして、その先は分かっていると垂れたまま尻尾微かに揺らす。確かに、そうである。人間側から見たら、沙姫は人質。助けなければもうすぐ死ぬ存在なのだ。人間のことだ。そんな状況の女、さらに子供であれば誰もが助けようとするだろう。
「くれぐれも、気をつけるんだよ…ほら、分かったらさっさと行きなこのおとぼけが!」
「言われなくとも行く!」
キインが噛みつこうとしたが、ウルフは横っ飛びで避ける。
「わっ!…ちょっとウルフ!急に動かないでよ!」
だが、沙姫はこんな急な動きにも関わらず、掴まってもいないのに落ちない。ここのところ、バランスがよくなっている。ウルフは、戦闘の時に乗せておいても大丈夫かもしれないと思った。そのまま尻尾で別れを告げ、基地から走り出すウルフ。沙姫は髪の手入れも終わったようで、ウルフに掴まった。
「終わったか?」
「バッチリね。」
「では行くぞ!」
意気揚々と駆けるウルフ。海辺を駆け、平地に来ると、ぴたりと止まって草に伏せる。
「疲れた。休憩だ。」
「早っ!!」
「早いも何も、基地はあそこだぞ?」
そう言って、基地を鼻で差す。確かに、基地はもう米粒当然となっており、見えることすら難しい。短時間でここまで来たならそりゃ疲れるか。と沙姫は納得してウルフから降りた。
「分かった。休憩しよっか。」
「ああ。」
吹き抜ける風が気持ちいい。ウルフは寝転がって、できるだけ体力を回復させようと思った。沙姫はそんなウルフによりかかり、うとうとしている。ウルフは首を動かし、沙姫に眠れと鼻でつついて催促した。すると、返事するより早く眠る。沙姫が眠ると、風邪をひかないようにウルフは自分の尻尾を毛布代わりにしてあげた。やがて、自分にも睡魔が訪れる。
「……眠たい。」
だが、眠ってはならない。ここは平地。身を隠すのに使える岩などない。何か来たら、すぐに戦闘になるのだ。
「………む?」
遠くから微かに人間の声がした。よく耳を澄ましてみる。
「ここは俺のお気に入りの場所なんだ。風が気持ちいいだろ?ここなら思いっきり修行ができる!」
「で、でも魔物が来ないかなぁ…?」
「大丈夫!魔物も滅多に来ないし、万が一いたとしても見つけられる。」
(…小僧と男…どちらも魔力は低い。だが男の方はそこそこやれそうだ。)
寝そべったまま姿を見て、ウルフは迷った。沙姫がいるのだから巻き込まないために襲わず逃げるか…しかし、男が言っていたように見つかってしまうだろう。腹の虫がなる。ここで襲っても地の利は働かないだろうか?だが修行をするのだから、間違いなく小僧は戦力外。お互い守る者がいるからハンデにならない。戦っても、不利ではない。
(…小僧を喰った後、沙姫を連れてさっさと逃げればいい。)
この結論に至り、ウルフは沙姫をゆっくり草に寝かせ、立ち上がって短く吠えた。
「ウォン。」
「ひっ!ま、魔物!」
「何故こんなところに魔物が…だが丁度いい。いいか?よく見とけよ?」
そう振り返ってる隙に、ウルフは軽い頭突きを男にかます。魔物にとって軽くても、人間にとっては痛いものだ。男は腹を押さえながら、ウルフを見据える。
「し、師匠!大丈夫ですか!」
「大丈夫大丈夫…お前は離れてろ!」
「………。」
ウルフはじっと男を見据えた。男はこの小僧を大切にしている。ガードが甘いので小僧を喰うのは簡単だが、その後の男に怒りが表れると知れば、先に殺すのは男の方だ。怒り狂った人間は計り知れない程の力を持つ。
「まずはお前だ。」
そう言っても普通の人間には言葉が通じない。沙姫は特例なのだ。ウルフは口を開け、低姿勢で飛びかかる。男は突きの構えをし、直前で攻撃した。
「炎の突き!」
「グォッ!?」
炎に包まれた拳で鼻面をパンチされたウルフは、熱そうに前足で鼻を覆う。その炎は鼻から体全体を包み込んだ。
「(焼かれる!?)ぅぐぉおっ…!」
体を振って、炎を消そうとするが、消えるどころか勢いを増すばかり。沙姫が起きていたら何と言うだろうか?
「…分からん!」
だが、分からない。ウルフは火だるまのまま、道連れにしてやろうと男にタックルした。
「おっと!」
しかし、男は軽々とそれを避ける。ウルフはふと、小僧を見た。何と、沙姫に近づいてるではないか。ウルフは男から飛び退き、そのまま小僧を襲った。
「沙姫に近づくなァ!」
「危ないっ!」
「え?うわぁっ!」
ウルフに驚き、思わず魔法を放つ小僧。放った魔法は、よりにもよって水だった。
「…一石二鳥。」
ウルフは体を振るって水を飛ばし、小僧に頭突きをして男の方へ飛ばす。
「うわぁあ!」
「うぉっ!?」
読み通り、二人はぶつかってくれた。そのまま二人は重なって倒れる。ウルフはその隙に沙姫の様子を窺った。こんな戦闘においても、熟睡している。
「呑気な奴だ。」
だがそちらの方が都合がいい。ウルフは気を溜めた。
「イタタ…ごめんなさい、師匠。炎消しちゃった上に飛ばされちゃって。何かあそこにあるような気がしたんです。」
「何かがある?」
男は起きあがって小僧の指さす方向を見た。確かに何かある。ウルフを見る。すると、目があった瞬間に技を放たれた。
「光・覚醒弾。」
「!!」
ウルフの口から光が放たれ、男は小僧を庇いながら転がって避ける。その光は草を刈った。穴を開けた。男はそれを見てごくりと唾を呑む。あんなのに当たったら体が消し飛んでしまうだろう。また気を溜め始めたウルフ。男は小僧にこう言った。
「…あそこにあるものが何か、突き止めてくれ。分かれば有利になるかもしれない。俺はお前の時間稼ぎをする。」
「…はい!」
「…グクゥ…ッ。」
小僧はそっとさっきの所へ近づいてゆく。ウルフはそれを警戒し、横っ飛びで小僧の前に立ちはだかった。男は焦るウルフの様子を見て、にやりとする。
「余程大事なものがあそこに隠してあると見える。隙あり!」
「!」
冷気を纏った拳がウルフに迫る。それをウルフは体を捻って避けた。この男の突き、一部に当たれば全体に影響する。その隙に、小僧はそれに近づいた。
「…お、女の子!?」
「何ッ!?」
「…ちっ!」
ウルフはすぐに小僧を突き飛ばし、沙姫をくわえて背中に乗せる。流石に、沙姫も目を覚ました。
「ん…ウルフ?」
「起きたか、沙姫。」
その様子を見るや、男は全速力でウルフに迫る。突きの構えをしているのでウルフは避けたが、そのまま男は跳んで、沙姫を抱えて飛び退いた。
「しまった…!」
「ん、え?」
「逃げるぞ!」
「は、はい!」
沙姫を抱き抱えると、途端に平地の向こう側にある林へ逃げ出す男。それを、小僧が追う。ウルフも駆けだした。
「馬鹿め。俺の足から逃げられるとでも!?」
勿論、ウルフがすぐに追いついて吠える。それを見て、小僧が男に叫んだ。
「師匠!」
「しょうがねえ…煙玉!」
「!…な、何だ!?」
男が投げた煙玉で、ウルフは怯んで立ち止まる。げほげほと咳が出た。煙が晴れると、誰もいない。
「…沙姫?沙姫!?沙姫ィイーッ!!」
林を向けた先の崖の上、そこからウルフの遠吠えが轟いた。
「早く見つけださなければ……沙姫には口止めもしてないから何をしでかすか分からん!」
そして、今に至る。
平地を駆け抜け、森を駆け抜けたウルフ。背中には、乗っているはずの沙姫がいない。『助けられた』のだ。話は少し前に遡る。キインが集会をお開きにした後、ウルフはキインにこう命令された。
「いいかい?もうその小娘はアタイらのものだ。勝手に帰すことなんて許されない…けど、これはチャンスでもあるんだよ?」
「チャンス…だと?」
ウルフは話をよく聞こうと耳を立てた。振り向くと、沙姫は髪の毛にブラシをいれ、手入れをしている。
「小娘を石の貯蔵庫とすればいいのさ。なあに、あの小娘に石を持たせているなんて、誰にも分かりやしない。いつもの様に非常食と言い張れば誰もが納得する。だけど気をつけて欲しいのは…人間だね。」
「………。」
ウルフは黙って話を聞いていた。そして、その先は分かっていると垂れたまま尻尾微かに揺らす。確かに、そうである。人間側から見たら、沙姫は人質。助けなければもうすぐ死ぬ存在なのだ。人間のことだ。そんな状況の女、さらに子供であれば誰もが助けようとするだろう。
「くれぐれも、気をつけるんだよ…ほら、分かったらさっさと行きなこのおとぼけが!」
「言われなくとも行く!」
キインが噛みつこうとしたが、ウルフは横っ飛びで避ける。
「わっ!…ちょっとウルフ!急に動かないでよ!」
だが、沙姫はこんな急な動きにも関わらず、掴まってもいないのに落ちない。ここのところ、バランスがよくなっている。ウルフは、戦闘の時に乗せておいても大丈夫かもしれないと思った。そのまま尻尾で別れを告げ、基地から走り出すウルフ。沙姫は髪の手入れも終わったようで、ウルフに掴まった。
「終わったか?」
「バッチリね。」
「では行くぞ!」
意気揚々と駆けるウルフ。海辺を駆け、平地に来ると、ぴたりと止まって草に伏せる。
「疲れた。休憩だ。」
「早っ!!」
「早いも何も、基地はあそこだぞ?」
そう言って、基地を鼻で差す。確かに、基地はもう米粒当然となっており、見えることすら難しい。短時間でここまで来たならそりゃ疲れるか。と沙姫は納得してウルフから降りた。
「分かった。休憩しよっか。」
「ああ。」
吹き抜ける風が気持ちいい。ウルフは寝転がって、できるだけ体力を回復させようと思った。沙姫はそんなウルフによりかかり、うとうとしている。ウルフは首を動かし、沙姫に眠れと鼻でつついて催促した。すると、返事するより早く眠る。沙姫が眠ると、風邪をひかないようにウルフは自分の尻尾を毛布代わりにしてあげた。やがて、自分にも睡魔が訪れる。
「……眠たい。」
だが、眠ってはならない。ここは平地。身を隠すのに使える岩などない。何か来たら、すぐに戦闘になるのだ。
「………む?」
遠くから微かに人間の声がした。よく耳を澄ましてみる。
「ここは俺のお気に入りの場所なんだ。風が気持ちいいだろ?ここなら思いっきり修行ができる!」
「で、でも魔物が来ないかなぁ…?」
「大丈夫!魔物も滅多に来ないし、万が一いたとしても見つけられる。」
(…小僧と男…どちらも魔力は低い。だが男の方はそこそこやれそうだ。)
寝そべったまま姿を見て、ウルフは迷った。沙姫がいるのだから巻き込まないために襲わず逃げるか…しかし、男が言っていたように見つかってしまうだろう。腹の虫がなる。ここで襲っても地の利は働かないだろうか?だが修行をするのだから、間違いなく小僧は戦力外。お互い守る者がいるからハンデにならない。戦っても、不利ではない。
(…小僧を喰った後、沙姫を連れてさっさと逃げればいい。)
この結論に至り、ウルフは沙姫をゆっくり草に寝かせ、立ち上がって短く吠えた。
「ウォン。」
「ひっ!ま、魔物!」
「何故こんなところに魔物が…だが丁度いい。いいか?よく見とけよ?」
そう振り返ってる隙に、ウルフは軽い頭突きを男にかます。魔物にとって軽くても、人間にとっては痛いものだ。男は腹を押さえながら、ウルフを見据える。
「し、師匠!大丈夫ですか!」
「大丈夫大丈夫…お前は離れてろ!」
「………。」
ウルフはじっと男を見据えた。男はこの小僧を大切にしている。ガードが甘いので小僧を喰うのは簡単だが、その後の男に怒りが表れると知れば、先に殺すのは男の方だ。怒り狂った人間は計り知れない程の力を持つ。
「まずはお前だ。」
そう言っても普通の人間には言葉が通じない。沙姫は特例なのだ。ウルフは口を開け、低姿勢で飛びかかる。男は突きの構えをし、直前で攻撃した。
「炎の突き!」
「グォッ!?」
炎に包まれた拳で鼻面をパンチされたウルフは、熱そうに前足で鼻を覆う。その炎は鼻から体全体を包み込んだ。
「(焼かれる!?)ぅぐぉおっ…!」
体を振って、炎を消そうとするが、消えるどころか勢いを増すばかり。沙姫が起きていたら何と言うだろうか?
「…分からん!」
だが、分からない。ウルフは火だるまのまま、道連れにしてやろうと男にタックルした。
「おっと!」
しかし、男は軽々とそれを避ける。ウルフはふと、小僧を見た。何と、沙姫に近づいてるではないか。ウルフは男から飛び退き、そのまま小僧を襲った。
「沙姫に近づくなァ!」
「危ないっ!」
「え?うわぁっ!」
ウルフに驚き、思わず魔法を放つ小僧。放った魔法は、よりにもよって水だった。
「…一石二鳥。」
ウルフは体を振るって水を飛ばし、小僧に頭突きをして男の方へ飛ばす。
「うわぁあ!」
「うぉっ!?」
読み通り、二人はぶつかってくれた。そのまま二人は重なって倒れる。ウルフはその隙に沙姫の様子を窺った。こんな戦闘においても、熟睡している。
「呑気な奴だ。」
だがそちらの方が都合がいい。ウルフは気を溜めた。
「イタタ…ごめんなさい、師匠。炎消しちゃった上に飛ばされちゃって。何かあそこにあるような気がしたんです。」
「何かがある?」
男は起きあがって小僧の指さす方向を見た。確かに何かある。ウルフを見る。すると、目があった瞬間に技を放たれた。
「光・覚醒弾。」
「!!」
ウルフの口から光が放たれ、男は小僧を庇いながら転がって避ける。その光は草を刈った。穴を開けた。男はそれを見てごくりと唾を呑む。あんなのに当たったら体が消し飛んでしまうだろう。また気を溜め始めたウルフ。男は小僧にこう言った。
「…あそこにあるものが何か、突き止めてくれ。分かれば有利になるかもしれない。俺はお前の時間稼ぎをする。」
「…はい!」
「…グクゥ…ッ。」
小僧はそっとさっきの所へ近づいてゆく。ウルフはそれを警戒し、横っ飛びで小僧の前に立ちはだかった。男は焦るウルフの様子を見て、にやりとする。
「余程大事なものがあそこに隠してあると見える。隙あり!」
「!」
冷気を纏った拳がウルフに迫る。それをウルフは体を捻って避けた。この男の突き、一部に当たれば全体に影響する。その隙に、小僧はそれに近づいた。
「…お、女の子!?」
「何ッ!?」
「…ちっ!」
ウルフはすぐに小僧を突き飛ばし、沙姫をくわえて背中に乗せる。流石に、沙姫も目を覚ました。
「ん…ウルフ?」
「起きたか、沙姫。」
その様子を見るや、男は全速力でウルフに迫る。突きの構えをしているのでウルフは避けたが、そのまま男は跳んで、沙姫を抱えて飛び退いた。
「しまった…!」
「ん、え?」
「逃げるぞ!」
「は、はい!」
沙姫を抱き抱えると、途端に平地の向こう側にある林へ逃げ出す男。それを、小僧が追う。ウルフも駆けだした。
「馬鹿め。俺の足から逃げられるとでも!?」
勿論、ウルフがすぐに追いついて吠える。それを見て、小僧が男に叫んだ。
「師匠!」
「しょうがねえ…煙玉!」
「!…な、何だ!?」
男が投げた煙玉で、ウルフは怯んで立ち止まる。げほげほと咳が出た。煙が晴れると、誰もいない。
「…沙姫?沙姫!?沙姫ィイーッ!!」
林を向けた先の崖の上、そこからウルフの遠吠えが轟いた。
「早く見つけださなければ……沙姫には口止めもしてないから何をしでかすか分からん!」
そして、今に至る。