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長編

あれこれと試してみたが、石の出る気配すらない。その状況の中、二匹の狼の怒りだけが募る。それを横目で見て、喰われると思った沙姫は、今も尚キンキンと鳴り響く音の方へとゆっくり後退して近づく。近づくにつれ、音はうるさいくらいに大きくなる。唸り声が聞こえない。波の音も聞こえない。聞こえるのは、耳障りなこの音だけ。音に耐えられず耳を塞ぎ、沙姫はこの世界に来て初めての奇声をあげた。うるさいうるさいうるさい!ムカつく!イライラする!そこでやっとウルフが沙姫の異変に気付いて呼びかける。しかし、何も気付いたのはウルフだけではない。プロースも、ファラストもだ。

「おい、沙姫……っ!」

日本にいた頃と同じ様に、ウルフは沙姫の体に入る。そして、うるさく鳴り響くこの音に耳を伏せた。目の前には淡く光るクリソプレーズ。これは、他の石に近づけるとうるさく鳴り響くのだ。まさにこの音のように。沙姫の異変がこれにあると知り、ウルフは石をくわえて外に出た。沙姫の中で音がなくなり、耳から手を放す。クリソプレーズは今も淡く光るが、先程ではない。ウルフは石をくわえたまま、耳を立てた。音も小さくなり、沙姫は安心から深い溜息。

「死ぬかと思った。」

「死なれてたまるか。」

不思議と、沙姫の体内に入ってからは痛みが引いている――と思った時、皮肉にも痛みが戻って倒れる。気のせいか…クリソプレーズも転がり、沙姫が拾う。たまにはとウルフは弱音を吐いた。

「死ぬかもしれん。」

「死なれたら困るよ。」

お返しにと沙姫は笑ってやった。沙姫の手に渡ると、また淡く光って鳴り出す石。ウルフは寝る前にと沙姫を呼んで囁いた。

「その石は…他の石に近づけるとそんな反応を示す。探せ。」

「…って言われても。」

文句を言う前にウルフは寝てしまった。いつの間にかプロースとファラストの休戦が終わっている。形勢は…近づけないだけ、若干プロースが不利だ。応援にと、沙姫は叫んでおく。

「プロース頑張れ!目潰しとか、鼻を噛み千切った方が有利だよ!」

「!?」

「後、そのバッテンのお腹とかも。攻撃が危ないから動きを封じてからね。」


ファラストは焦った。先に小娘を何とかするべきだったのだ。こうも容易く自分の弱点を全て暴かれようとは。ファラストの焦りを感じ取り、してやったりと歓喜に尻尾を軽く揺らすプロース。

「だとさ。じゃ、お言葉通りに!」

「…っんのガキャァァ!」

プロースは技を出し、少し動きを封じてから爪で目潰しにかかる。ファラストは寸でのとこで避け、悔しさの混じった雄叫びをあげた。ここからはグロくなると予想してか、石探しに専念する沙姫。手で握っていても、その光は外に少し漏れる。気のせいか、音も大きくなってきた。

(近いのかな?)

プロース達を視界に入れないようにしながら石を色んな方向へ向ける。やがて反応を見てきた結果、一番反応が強いのは海。

「海~っ。水着もないのに泳げと?」

「見つけたか!?」

プロースの声が聞こえる。沙姫は顔を動かさずに答えた。思わず笑った顔がひきつる。

「海だって!」

「泳げ!」

「無理!水着がないと…。」

「…ちっ。」

使えんな、と舌打ちが聞こえたが、この世界の海は分からないことだらけ。入る勇気などない。魚が跳ねる。あの魚はこの海を知っているからか、あざ笑うかのように沙姫を見た気がした。だが、皮肉なことにその魚からかなり強い反応がある。

「………。」

魚が海に消えた時、沙姫は砂浜に流れ着いていた貝殻をいくつか拾い、足を広げてフォームをとった。再び魚が跳ねた時、沙姫は魚に向かって貝殻のフリスビーをめちゃくちゃに連投する。

「その石渡せやゴルァァァ!!」

この世界に来て初めて、沙姫は一瞬女を捨てた。貝殻のフリスビーよりか、沙姫の声にびっくりして気絶しそうになる。もう一回、もう一回跳ねろ。沙姫はそんな思いで貝殻を構えた。

「地・蔓転草槌!」

少し長く気を溜め、砂浜から蔓を出して足下を結び、転ばせる。しかも、俯せに転ぶ勢いがつくように、草のハンマーで殴るのだ。ファラストはそれをくらい、脳が揺さぶられる衝撃を受ける。そのまま、プロースは次の攻撃へ移った。連続コンボをするなら今の内だ。

「光・覚醒弾!」

不気味な光の弾がファラストを襲う。後ろからの攻撃で、身動きができない。悲鳴が聞こえるが、もっと攻撃しなければ。次の、最後の攻撃に備え、プロースは短く素早く多く、気を溜めた。

「天・漠然炎!」

空から炎が落ちてきて、ファラストを燃やす。草ごと燃えるが、もう平気だ。目も潰した。体もぎたぎたにした。こんなにやられたら動けまい。プロースは飛び退いて最期を見守った。炎が消え、ぴくりともしなくなる。こんがり焼けていて、美味しそうだ。ちらりとウルフを見るが、起きあがる気配はない。というか、怪我をいい理由に寝ている気がする。焼けたファラストをくわえ、プロースは言った。

「絶対帰ってこい、ウルフ。今日中にだ。」

「……ああ。」

返答があった。無理に体を動かし、プロースを見る。

「………沙姫は?」

「砂浜でサテライズに向かって貝殻を投げている。あの非常食の小娘がどうかしたか?」

「……そうか。いや、さっき沙姫の中に入ったら痛みが引いたような気がして……。」

そこで耳を立て、ウルフは首を寝かす。

「何でもない。」

「……………。」

恐らくウルフは、もう沙姫を非常食として見ていないだろう。友達、あるいは相棒として見ている。プロースは短く鼻をならして、巣に帰った。痛みが少し引いて、ウルフは立ち上がってみる。走るのは無理だが、静かに動けばいい。砂浜に行くと、沙姫が喜びに飛び跳ねていた。幾つも貝殻が砂浜に打ち上げられていてサテライズも海に浮かんでいる。それを指さしこんな台詞を口にした。

「よい子の皆さんは真似しちゃダメよ~ん!……うー、キマった!」

何とも現実的な沙姫らしい台詞だった。ウルフは思わず笑い、沙姫が振り返る。立っていることに、沙姫は驚いた。

「もう立てるの?」

「魔物だからな。治癒能力も人間より上だ。」

「さっきからそれ、万能すぎるって。」

今度は沙姫が笑い、ウルフも尻尾を振る。今までのより、嬉しそうなのが沙姫に伝わった。尻尾で帰ろうと言うので、沙姫は頷いた。

「それにしてもさぁ、ファラスト…熊なのに何で人間の私まで食べようとしたんだろう?」

道中、ウルフの背中に乗らずに歩く沙姫が顎に手を当てて考えていた。そんなことは簡単だ。ウルフは鼻を鳴らし、にやりとして決めた。

「魔物だからな!」

「ナイスウルフ!つかもうそれが決め台詞。」

再び笑い合う二人。沙姫の手には勿論、あのサテライズがあった。巣についたら、捌いてもらうつもりだ。
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