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長編

「う。」

「!沙姫?」

ウルフは突然倒れた沙姫を心配して、後ろに振り返る。それを見逃す訳もなくファラストはその隙をついて、とがった爪をウルフの首に刺した。ウルフは悲痛の声をあげ、相手を睨む。勝ち誇ったように、ファラストは言った。

「人間の小娘に気を取られて首への攻撃を許すなど…堕ちたなロウルサーブ!そんなにあれが大事か?」

「…フン。あれはただの非常食だ。だが何故気を取られたかは知らん。お前、俺の獲物に何をした?」

「知りたいか?」

「ヴ、グガァァッ!」

更に爪が食い込み、ウルフを苦しませる。ファラストはウルフを転ばせ、もう片方からも爪を出して腹を掴む。二重の弱点責めにウルフは目を見開いて声の限り叫んだ。これで仲間が気付いてくれればいいのだが、たった一匹の戦力など、助けには来てくれないだろう。この無様な姿を見下し、ファラストは鼻をならした。

「さっき眠り粉を嗅いだからな。寝てるだけだ。安心しろ。お前を眠らせた後すぐに会わせてやる……腹の中でな!」

「ぐ……っ!」

ファラストの出す眠り粉にやられ、自分も眠くなってくる。にやにやしているファラストの顔がぼやけてくる。勝利を確信したファラストがウルフを喰おうと口を開けた時だった。

「俺の戦友に何をしている?」

「誰だ!」

(プロー…ス?)

出血と眠気で霞んだ目を動かし何とか声がした方を見る。姿はロウルサーブ。ファラストはウルフが戦えない状態なのを確認し、爪を抜く。プロースはぐったり横たわるウルフを見て睨みつける。

「無様だなウルフ。」

「何……だとっ。」

苦し紛れにウルフは答える。まだ反論できる元気があるなら戦えとプロースは言いたかったが、首と腹の大量出血、そして眠り粉。瀕死の状態だと言えよう。プロースはついでに沙姫を見る。あの小娘も眠り粉にやられたか。短く気を溜め、技を放った。

「天・落雷多撃(テン・ラクライタゲキ)!!」

プロースが空に向かって遠吠えをすると、急に空が荒れて雨が降る。瞬間、落雷がファラストを襲った。ファラストは耐えるが、それだけでは終わらず、次々と自分に落ちてくる。それでも耐えてみせた。やがて雨が止み、ファラストはにやりとする。

「俺の攻撃と眠り粉が怖くて近づけないか?だがこっちは…。」

「!」

「近づける。」

ファラストは足に力を入れて飛びかかった。プロースは飛び退こうとしたが、タイミングが悪くてのしかかりを許してしまった。

「う。」

短い声が聞こえ、二匹はそちらを見る。沙姫が目を覚ましたのだ。とりあえず、と沙姫は状況把握のために、ウルフ、ファラスト、プロースを見る。そして、ぐっと拳に力を込めてガッツポーズ。

「生きてる!ラッキー!」

他のことはともかく、自分は生きている。そして、またウルフを見た。酷い怪我だが、息はある。ウルフは沙姫に気付き、微かに顔をあげた。

「…沙姫。」

「こっぴどくやられたね。そんなに強い?」

「……ああ。」

沙姫に気を取られた事は、恥ずかしくて言えなかった。プロースはファラストの僅かな隙をつき、頭突きをして抜け出す。そこからまた、気を溜めた。ウルフもプロースを援護しようと気を溜めるが、体の痛みで集中力が途切れてしまう。

「く…ファラストめ。」

「死んじゃう?」

「馬鹿を言うな。このくらいの傷、すぐに治る!」

「……治る気配がないんだけど。」

耳も前向きに少し折れている。強がっている証拠だ。改めてじっくり見てみると、普通の犬なら即死の傷を負っている。沙姫は少し心が痛んだが、だが今はプロースを応援しなければ。プロースが負ければ自分も喰われる立場である。そして、七面鳥など食べる口ではないだろう。熊の主食、それは魚。しかし、だとすると辻褄が合わない。何故人間である自分を喰おうとして襲ったのか。そう考えている内に、いつの間にかプロースが熊に押し倒されていた。腹を掴まれ、苦しそうだ。

「プロース!噛んで!」

まだ首が自由だ。プロースははっとしたように首を動かし、自分の腹を押さえている腕に牙を刺す。ファラストは痛みに思わず腹から腕を引っ込めるが、プロースは離さない。相手を睨み続け、噛み続ける。ファラストはプロースを振り落とそうとするが、痛みで我を忘れているらしい。もう片腕を使おうとしない。沙姫はひたすらプロースを応援した。やがて、ウルフがふらふらとしながら立ち上がる。沙姫はウルフの動きに気付き、ふらついたウルフを支える。

「無理しちゃダメだよ。休んでてよ。」

「いや、もう十分休んだ。沙姫、すまないが支えていてくれ。プロースを援護する!」

「いいよ…重いけど。」

「当たり前だ。魔物だからな。」

その一言は万能すぎる気がしたが、気にしないことにした。今は生死がかかっている。四の五の言っていないで、支えてやろう。だが、これだけ気になる。

(ウルフが私を頼った?)

以前は自分で何でもやっていた。痛くても、支えはいらないなどと言ったはず。私は獲物としか見ていないはず。なのに、何故?その間、ウルフは沙姫に支えられながら気を溜めていた。やはり怪我をしているからか、いつもより時間が遅い。少し苦しみながら、目を閉じて、集中しようとしている。その時だった。パチンコ玉がぶつかり合うようなキンキンという音が聞こえてきた。沙姫はキョロキョロするが、どこから聞こえるのか分からない。はっきり聞こえるし、空耳ではないだろう。

(何の音?爪と爪の音じゃない…だってプロースは噛んだまま、ファラストは振り回してるし。)

「…おい、沙姫!?」

急に風が沙姫からウルフの方へ吹き抜けた。その時に、沙姫にはないはずの匂いが入ってきてウルフは驚きで痛みを忘れて唸る。沙姫はびくっとなり、何と聞き返した。ウルフはとぼけるなと怒鳴り散らす。

「お前から何故石の匂いがする!?」

「へ?」

「「んなっ!?」」

その場にいる者全てが動かなくなった。ファラストも、プロースも止まる。ファラストが止まった事により、沙姫は悟った。ロウルサーブの持つ石には、何かあると。こんな空気ではぐらかすのは到底無理だろう。観念して、面倒だと思いながら沙姫は子供カラスがくれたと話す。

(子供カラス――ロークアーシャの子供か!)

プロースはファラストを睨みつけ、後ろ足でバッテンの腹を蹴って離れる。

「一時休戦だ。」

その発言に、ファラストは頷いた。沙姫の話を一通り聞くと、ウルフとプロースが物凄い形相で怒鳴る。

「吐け!見せろ!」

「何とか出せっ!」

「んなこと言わ。」
「「出せっ!!」」

「…………えー。」

そんな事言われても困る。吸収?の仕方は分かったが、出し方は分からない。沙姫はそんな夢のようなことがある訳がないと思いながらも、デタラメだけど、と少し離れて月を見上げ、腕を広げて叫んでみた。

「石よ~離れろ!」

「…………はぁ?」

暫くの沈黙。沙姫が腕を降ろし、苦笑い。

「…無理みたい!」

「小娘ェエエ!!」

「ひぃ!」

ガァッと大口を開ける魔物二匹。沙姫は怖さから咄嗟に頭を抱えた。
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