ほしぞら☆とれいん!

 暗闇を照らす星の光と街明かり…。
街の外でも時たま聞こえてくるのは車のクラクションの音。
ここは、軍事要塞の星『プレアデス』
そう、アクア達を狙うプレアデス軍のある冥天獣達が住む星だ。
そんなプレアデス軍の本部がある街から少し離れた高台にスピカのかつての部下『アル』は居た。
アルは、ぼんやりと物悲しそうな表情で街と軍の本部を見つめていた。

「アル様、只今戻りました」

 アルの背後に現れたのはアクア達を襲った男性隊員と女性隊員。
2人の手には何やら荷物が抱えられていた。

「ご苦労だった。それで、どうだった?」

 アルは、男性隊員に話しかけながら2人から荷物を受け取る。
男性隊員は何やら気落ちしたようにため息を吐くと「スピカ様の言う通りでした…」と溢すように呟いた。

「スピカ様が育ったという孤児院跡に軍の戦争犯罪の書類が隠してありました。それからコスミックゲートのプロトタイプに関する書類も…」

「ありがとう。それ以上は話さなくていい…。誰が聞いているか分からない」

 アルは、口の前に指を当てて男性隊員の報告を止める。
今、プレアデス軍では何が起こっているのか全く分からない状態…。
もしかしたら自分達の行動を怪しんで尾行されているかもしれない…と考えている為だ。

「私はこれから全ての書類に目を通す。君達は、怪しまれないうちに本部へと戻るんだ」

 アルの指示に2人は一瞬戸惑いを見せるも直ぐに敬礼をするとその場を離れて行く…。

「(…彼らに迷惑をかける訳にはいかない。だが、もし軍を離れるような事があれば私は彼らを裏切る事に…)」

アルはキュッと胸を締め付けられるような気持ちのまま、深い夜の闇へと消えていくのだった。

 さて、場所は変わってここは宇宙空間…。
整備場を出発したアクア達は、遺跡の星近くのコスミックゲートを抜けてレグルス方面へと走り出していた。

「よし、しばらくはこのままオートパイロットで大丈夫かな…」

 機関室にいるのはリゲル。
リゲルは操縦パネルのスイッチを押すと機関室を後にし、スピカのいる客車へと向かった。
客車にいるスピカは座席には座っておらず、アクアを抱えたまま窓の外をじっと見つめていた。

「スピカさん、どう?アクアの様子は…」

「…この通りぐっすり眠っている。得体の知れない者達にまで狙われる羽目になったんだ。昨晩は眠れなくても仕方ないさ」

「いや、それは分かるんだけど…。わざわざ抱っこしなくてもいいんじゃ…?」

「下ろして寝かせたいのは山々なんだが…」

 スピカが少し困ったような表情で抱かれているアクアの手を見る。
よく見るとアクアはスピカの上着をギュッと握りしめながらスピカの胸の中で眠っていた。
それを見たリゲルも「なるほど、そりゃ無理だな」と苦笑いするのだった。

 Peace maker(ピースメーカー)という組織を名乗る2人組のカストルとポル。
この2人の目的は、アクア達3人を自分達の組織へと引き込む事…。
得体の知れない人物達にも狙われる事になった恐怖から昨晩のアクアは中々寝付く事が出来ずに今、ダウンしてしまっているという訳だ。
 
 リゲルとスピカは窓際の席に並んで座ると窓の外を眺めた。
無数の星達が輝きながら車窓を横切って行く。
リゲルも毎日の銀河鉄道の運行で眺めている景色と同じはずなのだが、こうしてじっくりと車窓から星を眺めるのは久しぶりの事だった。

「リゲル、君は怖くないのか?」

「あの2人の事?まぁ、怖くないっていうのは嘘になるかな、やっぱり…」

 いつも通りに明るく振る舞っているリゲルもカストルとポルの不気味さから恐怖は感じているようだ。
しかし、リゲルにはあの2人以上に自分達の周りで起こっている事が分からなすぎて不安だとも言った。

「実は、オレとアクアがレグルス政府に運ばされていたのは『加工済みの星の雫』だったんだ」

 星の雫は、星天獣達が使う資源であり、星の技術を使う為に欠かせない物。
そして、加工済みの星の雫とは『扱いに不慣れな星天獣が扱ってもある程度性能が保証された物が作れるように前加工された物』の事。
しかし、プレアデスには星の雫を資源として活用する機関が無い。
また、加工済みの星の雫とはいえ、そもそも星の技術を扱う事が出来ない冥天獣達にそれを届けるという事自体がおかしかった。
しかも政府から依頼を受けた時、届ける荷物の詳細は無く、遺跡の星で車両を整備している際に積荷を確認した所、大量の星の雫が出てきたというのだ。

「オレ、レグルス政府も何か隠している様な気がするんだ。結果としてオレ達はプレアデス軍に襲われた訳だけどさ、星の技術が存在しないプレアデスに大量の星の雫を届ける意味が分からないんだよ」

「確かにな…。星の技術が存在しない事は、今の軍を見れば分かる。何故レグルス政府はそんな事を…」

 その時だった。
突然、ピピッと警報音がなり、キィー!というブレーキ音と共に車両が止まった。
急ブレーキではなかったため、衝撃は無かったが予想もしない停車に驚いてしまい、2人は慌てて窓の外を見た。
するとそこに姿を現したのは、なんとコスミックゲートだった。

「な、なんでこんな所にコスミックゲートがあるんだ?」

「…リゲル、よく見てみろ。ゲートに電源も入っていないようだし、所々傷んでないか?」

 スピカの言う通り、目の前に現れたコスミックゲートはゲート内部に展開されているはずのエネルギーフィールドが発生していない。
そればかりか、所々塗装や部品が剥がれており、メンテナンスもまるで行われていないようだった。

「…スピカさん、ちょっと調べてきてもいいかな?スピカさんはアクアがくっ付いてるし…」

「構わないが…本当に1人で平気か?もし中に誰か居たら…」

「大丈夫!宇宙空間の活動は多分オレ達の方が慣れてるだろうから!」

 リゲルはそう言うとニコッと笑ってみせる。
それを見たスピカは「分かった。気をつけて行ってくるんだぞ」と見送った。

 頭にボール形で透明のメットを被り、車両から宇宙空間へ飛び出したリゲル。
慣れた様子で宇宙遊泳をするとあっという間にコスミックゲートの管理用出入り口から中へと入って行った。
ゲートの中は、照明も切れている状態で薄暗く、重力発生装置も作動していないのか、無重力状態になっていた。

「中もかなり老朽化してるみたいだけど、こんな所にコスミックゲートがあるなんて聞いた事ないぞ…?」

 通路を泳ぎながら進んでいくリゲル。
すると、大きな扉で仕切られた部屋が現れた。
その部屋はコスミックゲートのメイン制御室。
ゲートの電源やエネルギーフィールドの出力調整などが出来るいわばコスミックゲートの心臓部だ。
しかし、その部屋の扉はカードをスライドスキャンさせて開閉する仕組みとなっており、入り口は硬く閉ざされていた。

「うーん…せめてどこに繋がってた物なのか調べたかったけど、やっぱり無理かー…」

 扉を開ける手段が無い為、諦めて引き返そうとするリゲル。
しかし、カードをスライドさせる部分にカードが一枚挟まっている事に気がついた。
「何だろ?」と挟まったカードを引き抜き、何のカードかを確認する…。
すると、そこにはある一人の科学者の名前が書かれており、リゲルは言葉を失った。
そこに書かれていた名前は『ベテル』
なんとリゲルの父親の名前だった。

「間違いない…父さんの名前だ!でもどうしてこんな所に…?」

 戸惑いながらも試しに父親のカードをスキャンしてみる。
するとゆっくりと扉がスライドして開いた。
僅かに残っていた電力で扉が開いた為、完全に開ききらなかったが、リゲルが通れる分の幅は確保出来た為、なんとか中へ入る。
 制御室も最後に管理者が入ってから大分年月が経っているのか制御装置などは使えない程に荒れていた。
『人工的に作り出した物は誰かが管理し続けなければその姿を保つ事はできない』という事を改めて感じたリゲルだった。

 何か手掛かりはないか、と部屋の中を探し回る。
すると、出力テスト時の結果が書かれていた書類を見つけた。
簡単に目を通して行くリゲルだったが、接続先と出力テスト日を見て驚いた。

「…プロトタイプ事故よりも前に作られてる!?しかも接続先はプロトタイプだって…?じ、じゃあ、コスミックゲートは最初に3機作られていたのか!?」

 どうやらコスミックゲートは、レグルス付近のプロトタイプと今も稼働中のプレアデス付近のゲート、そしてこの棄てられたゲートの3機が最初に作られていたようだ。
しかし、一つ謎も残った。
それは『この場所はプレアデスからさほど離れていない』という事。
プレアデス付近には別のゲートがある為、わざわざこんな場所にゲートを置く必要がないのだ。
 
 分からない事だらけだが、リゲルは一旦スピカ達の元へと戻り、状況を報告した。

「リゲルの父親のIDカードに接続先がプロトタイプだったゲート…。謎は深まるばかりだな」

「プレアデスからさほど離れてないけど、スピカさんはこのゲートについては何も分からないんだよな?」

「ゲートはプレアデス付近の物を使ってしまうし、この辺りの宇宙はあまり良い噂がなくてな…」

 そう言うとスピカは窓からある一つの星を指差した。
そこはエメラルドのような色の綺麗な星だった。

「かつてあの星から帰れなくなった隊員達がいたみたいなんだが、それを調査しに行った隊員達も行方不明になったらしい。大昔の話だから事実関係は怪しいものだが…」

「なるほど、いわくつきの星って訳か。でも、距離的にあの星の為に作られたって感じなんだよな」

 じっとその星を見つめるリゲルにスピカは「行ってみるか?」と声をかける。
さっきの話を聞いたからか、スピカやアクアを「危険な目に遭わせる訳にはいかない」と一度は断るリゲルだったが、スピカは優しくリゲルの肩に手を掛けた。

「それは君の本当の気持ちか?」

「えっ」

「私は後悔してほしくないんだ。少しでも行方不明の父親に関して知りたいという想いがあるなら、行こう」

 スピカの何気ない心遣いにリゲルの目から涙が溢れる…。
急いで何度も拭いても涙が止まらなかった。
 
「ス、スピカさんっ…オレ…!」

「ほらほら、アクアが目を覚ましてそんな顔を見たら笑われるぞ?さ、行こう!発車準備を頼むよ」

 リゲルは思いっきり涙を拭き取ると満面の笑みでニカッと笑ってみせた。
  
「らじゃーっ!」

 機関室に戻ると進路をエメラルド色の星へと変更し、走り始める。
本来の機関車は停まるのにも動き出すのにも時間がかかるものだが、銀河鉄道は別物だ。
方向転換すると直ぐに動き出し、加速していった。

 機関室の小窓から目的の星を見ているとスピカも機関室に入ってきた。
そして、スピカの横では目を覚ましたアクアが眠そうに目を擦りながら立っていた。

「おっ!おはよう、アクア!」

「ふわぁぁ…!リゲルさん、ごめんなさい…。任せっきりにしちゃって」

 しゅん、と耳と尻尾が垂れながら申し訳なさそうに謝るアクア。
しかしリゲルは「気にすんなって!」といつもと変わらない笑顔で返した。

 数分後、アクア達を乗せた機関車は目的地の星へと入り、空気のある所まで降りてきた。
アクア達はそれぞれ窓から顔を出し、何かないか辺りを見回す。
しかし、建造物などは無く、辺り一面は自然が生い茂っている情景が続いているだけ…。
しばらく走り続けると今度は木が生い茂った森が辺り一面に広がった。

「なんかこの様子だと誰も住んでなさそうな星だな」

「同感だ。やはりあの昔話は誰かの悪戯だったか…」

 地上に降りるだけ無駄か、と思い始めた時だった。
突然アクアが指を差しながら声を上げた。

「見て、あそこ!駅が見えるよ」

 アクアが指差す方向を急いで確認する2人…。
するとそこには駅のホームらしき物が確かに見えた。
しかし、周りは相変わらず木が生い茂っている森の中…。
かなり不自然な状況だ。

「確かに見間違いじゃなさそうだな…。どうしよう、スピカさん?」

「駅があるという事は、星天獣も立ち寄った事のある場所という事か。ここまで来たんだ、降りてみよう」

 スピカに相談の下、ホームへ向けて列車を走らせる。
次第に速度を落としていき、地上に車両が着くとゆっくりと停車した。
さほど振動もなく停車出来たが、これも簡単に出来るものではない。
銀河鉄道を運行しているリゲルやアクアの努力の賜物だ。

 ホームへ降りると「うわぁ…」と驚きの声をあげる3人。
機関車を降りて目の前にあったのは洋風の立派なお屋敷だった。

「何だか凄いお屋敷だなぁ」

「うん、魔女さんでも住んでそうな所だね」

 しばらく屋敷を眺めていると、ガチャッと玄関の扉が開き、中から女性が1人出てきた。

「おや、珍しいですね。お客様とは」

 中から出てきたのは黒いローブを羽織り、三角帽子を被った狐の女性だった。
ローブに隠れてはいるが、体毛は白色。
年齢はスピカと同じくらいに見える。

「本当に魔女が出てきたな…」

 リゲルがポロッと溢すように呟くと「えっへん!」と胸を張るアクア。
しかし「誰も褒めてないぞ?アクア」とスピカが早々にツッコミを入れた。
それを見た女性は「賑やかですね」とクスクスと笑った。

「もし宜しければ寄って行かれますか?とは言ってもここは私1人しか居ないので大した事は出来ませんが…」

 女性は、玄関の扉を開けると「どうぞ」と手招きをした。
「どうしようか、スピカさん?」とリゲルが聞くと少し考えた後に「お言葉に甘えさせて貰おう」と答えた。
屋敷の中へと入って行く3人…。
その時、女性が悲しそうな表情浮かべたのをスピカは見逃さなかった。

 中に入ると暖炉のある部屋に通された。
この星は夜に冷え込みが強くなるらしく、基本的に暖炉の火は付きっぱなしらしい。
女性は、アクア達3人に紅茶を淹れて来てくれた。

「申し遅れました。私はポラリスと申します。この星で魔女をやっております」

「オレはリゲルと言います。こっちは相棒のアクアでレグルスで機関士をしています」

「私はスピカ。今はこの子達と旅をしています」

 ひと通り自己紹介が終わると紅茶を飲みながら自分達が襲われている事などを話したアクア達。
ポラリスは変な顔はせずにアクア達の話に耳を傾けていた。

「皆さんがそんな状況になっているとは知らず…。引き止めてしまったのも迷惑でしたね。ここはプレアデスからもそれほど離れていないですし…」

「いや、お言葉に甘えて寄らせて貰ったのはこちらですから。ポラリスさんの謝る事じゃない」

 スピカがそう返すと、うんうん、と相槌を打つアクアとリゲル。
すると「あー…そうだ」と何かを思い出したかのように立ち上がるスピカ。

「もしよければ庭をお借りできませんか?」

「庭…ですか?一体何を?」

 スピカはそのままリゲルの手を引き、リゲルも立ち上がらせた。

「ちょっと護身術の指導をしたくて。機関車の中だと狭くて細かく指導できないものですから…」

 護身術の指導と聞いてどことなくリゲルの表情が嬉しそうになる。
それを見たポラリスも「えぇ、そういう事でしたら構いませんよ」と快諾した。

 アクアはポラリスさんと室内に残り、スピカとリゲルは庭で特訓を始めた。

「リゲルさん、星天獣なのに戦い方を教えて貰うのですね…」

 本来なら星天獣は戦いを避ける種族…。
身を守る為の護身術とはいえ、戦いの指導をしてもらう姿に少し不安な表情を浮かべるポラリス。
すると、アクアも少し不安そうな表情を浮かべながらポラリスに話しかけた。

「…ポラリスさんは、星天獣が戦ったり、武器を作ったりするのはおかしいと思う?」

 突然の質問に「どうしてそんな事を聞くの?」とアクアの顔を覗き込みながら聞き返す。
アクアは、暖炉近くの椅子に腰掛けると自分がスピカの為に武器を作ろうとしている事を話した。
星の雫を使った武器は、星天獣にとっては禁止されている…。
でも、今回はそれを破りでもしないと無事にレグルスまで辿り着けないかもしれない…。
アクアの気持ちは大きく揺れていた。

「そうですね。周りから見れば、あなたのやろうとしている事はおかしいと思う星獣達が殆どでしょう。でも、それはただ単に『古いしきたり』と考える事も出来ます。時代は変わっていきます。勿論変わらない事もありますが…」

 ポラリスは、椅子に座っているアクアを背後から優しく抱きしめ、頭を撫でる。

「大丈夫、あなた達はまだお若いですから!焦る事はありません。きっとあなた達だけの答えが見つかるはずです」

「ポラリスさん…」

 全てを納得出来た訳ではなかったが、これ以上この話を持ち出すのはやめる事にしたアクア。
何となくだが、ポラリスが悲しそうな目をしたからだ。

 その後は、ポラリスと何気ない話を続けたアクア。
気がつくと、日は傾き、暖かい暖炉の近くで寝息を立てていた…。
そんなアクアにポラリスは優しく毛布を掛ける。
その時、外にいたリゲルとスピカが戻ってきた。

「アクア、眠っちゃったか」

「大分長い間特訓していたからな。ポラリスさん、アクアの面倒を見てくれてありがとうございました」

「いいえ、お礼を言いたいのはこちらです。久しぶりに外の方とお話出来て楽しかった…」

 何やら端切れが悪いポラリス…。
それをスピカは見逃さなかった。

「ポラリスさん、今度は私達とお話をして頂いても?主にあなたの事を…」

「えぇ、勿論です。正直、アクア君にはまだ難しいお話ですから…」

 深呼吸をし、ひと呼吸空けるとポラリスは自分の事を話し始めた。
スピカとリゲルもポラリスと向き合うように椅子へ座った。

「私は、この星に捧げられた生贄のような存在なのです」

 その昔、この星にも星獣達が住んでいた。
住んでいたというよりは、他の星から資源を採取する為に星獣達が集まって来ていたらしい。
ところが、採取された資源に病原菌が混ざっていたらしく、大量に資源採取していた星では『謎の病』として大流行した。
 
「当時、医療技術の発達していない彼らは『神の逆鱗に触れた』と騒ぎ生贄を差し出すようになったのです」

「ち、ちょっと待ってください!」

 ポラリスの説明に納得がいかず、話を止めるリゲル。

「生贄って…今はそんな事しないだろ!?どう見たってオレ達と変わらない位の歳じゃ…!」

 そう、ポラリスの年齢はその見た目からはスピカと殆ど変わらない位だ。
リゲルの少々荒々しい声に対し、ポラリスは少し悲しそうに静かに微笑んだ。

「ありがとうございます。でも、私はもう何百年もこの世界を生きているんです」

「魔女…だからこその寿命という訳ですか」

「はい。スピカさん、あなたは最初からそれに気がついていましたね?」

 スピカはコクッと頷く。
魔女は、その寿命が何千、何万年と言われている。
恐らく、魔女の寿命が長い事を利用し、最終的にポラリスを生贄にしたのだろう。
ポラリスを生贄としてこの星に捧げた後も当然、病は治らず星獣達は誰も寄り付かなくなった。
しかし、それから何十年か経った頃、星獣達はそれが病原菌が原因であると突き止め、再び調査にやってきた。
その後にワクチンが開発され、この星にも薬を散布。
再び沢山の星獣達が訪れるようになった。
この時、ポラリスは「ようやく自分の役目が終わった、帰れる」と思ったようだ。

 だが、この時ポラリスは自分の体に呪いがかけられている事を初めて知る…。
それは『星から出られなくなる呪い』
生贄に逃げられないように、ポラリスの故郷の星獣達がポラリスにかけた呪いだった。
そして、資源を粗方採掘し終えると再びこの星から星獣達は姿を消したという…。

「これが私がこの星に居る理由…。私は星に囚われ続けるのです、命が尽きるまで…」

「そ、そんな…!その呪いって解けないんですか!?」

「その術師はもういません。つまりもう誰も解く事は…」

 この星を出る事が叶わないと分かってからポラリスは星の外からやってくる星獣達とは極力関わらないようになった。
中には交流を求めてくる者も居たようだが、あえて魔法を使って威嚇したり、とにかく自分と関わりを持たないようにしていたようだ。

「なるほど、それじゃプレアデスであまり良い噂が無いのはあなたが…」

「そう、ですね…。誰も近寄らないように私が…」

「でもどうしてそこまで…?1人の方が寂しいんじゃ…」

「…別れが、辛くなりますから」

 ポラリスは、椅子から立ち上がると暖炉に追加の薪を焚べる。
リゲルにはポラリスの言った事が分からない様子だった。
一方のスピカは「そう、ですね」と静かに頷いていた。

「寿命が長いという事は、普通の星獣達とは『時間の流れる早さが違う』という事。出会った時に私より遥かに年下だったとしても、いずれ私を追い抜き、先にいなくなってしまう…。1人で居る事は本当は凄く寂しい…。でも交流していく中でもし、私が誰かを愛してしまったら…?」

 魔女であるポラリスの命はいつ尽きるか分からない。
しかし、他の星獣達はポラリスの命よりも遥かに短い。
『もし、誰かに愛され、自らも誰かを愛してしまったら…』
そう考えると心が割れそうになるという…。

「星獣達が住んでいる地域から少し離れている事もあって、ここ近年は誰とも交流はありませんでした。ところが10年程前、1人の星天獣がここに迷い込んできたのです」

「…もしかして『ベテル』という星天獣じゃないですか!?」

 リゲルは、もしやと思い、父親の名前を出す。
すると、ポラリスは少し驚いた様子で頷いた。

「え?えぇ…。ベテルさんは、私の為に異次元空間を移動できる装置を作ると約束してくれたんです」

「それじゃ、あのコスミックゲートは父さんがポラリスさんの為に…」

「…!待って下さい!リゲルさんはベテルさんの息子さんなのですか!?あのっ、ベテルさんはお元気でいらっしゃいますか…!?」

 椅子に座っているリゲルの肩をガバッと掴むポラリス。
その表情は必死だった。
リゲルは、目を閉じて首を横に振り、10年前のプロトタイプ事故以来行方不明になっている事を伝えた。
それを聞いたポラリスはその場に崩れ落ち、涙を流し始めた…。

「ベテルさんは1人で孤独な私の為にゲートをっ…!近い将来、沢山の星獣達が銀河鉄道に乗って来るから…もう少し待っていてくれ、と…!そう約束してくれたんですっ…!」

「リゲル、君の父親は本当に心優しい技術者だったんだな。星天獣と冥天獣を繋げるだけではなく、ポラリスさんのように寂しい思いをしている者にも手を差し伸べていたんだからな」

「うん…。オレも見習わないといけないな」

 リゲルは、椅子から立ち上がると、その場に座り込むポラリスの背中を優しく撫でる。

「オレ、約束します!無事にレグルスに帰って争い事も全部解決したらあのゲートを開通してもらうって。そうしたら必ず、オレ達の銀河鉄道『星空トレイン』で沢山のお客さんを連れてきます!だから、もう少しだけ待ってくれませんか?」

 ポラリスは、驚いた表情でリゲルの顔を見つめる。
そして、その表情がくしゃっと潰れたかと思うと体を震わせながらギュッとリゲルを抱きしめた。
 
「はい…!待ってます…!いつまでも待ってますから…!」

 その後、ポラリスはまるで子供のように大声をあげて泣きじゃくった。
その声に驚いてアクアも目を覚ましたが「子供にはまだ早いかな」とその理由は教えて貰えずに拗ねてしまうという事件が発生。
しかし、ポラリスが落ち着いた後、本人から「ありがとう。あなた達が私の呪いを解いてくださったんですよ」とお礼を一言告げられた。
訳が分からないアクアだったが、これで機嫌を取り戻す事には一応成功。
少々遅い夕食…という名の夜食を摂り、暖炉に当たりながら夜が明けるのを待った。

 そして翌朝…。
朝日が昇るのと同時に機関車の炉に炎が灯った。

「星の雫充填完了!もう少ししたら発車出来るよ!」

「ご苦労さん!んじゃスピカさんを呼びにいくか」

 機関室から降りると、スピカを呼びに行く2人。
すると、玄関からスピカとポラリスが揃って外へ出てきた。

「2人ともご苦労様。さて、これからどこを目指して出発するかだが…」

「それなら、この星を目指してみるのはどうでしょう?」

 ポラリスが手に持っていた地図を広げ、指差した。

「この星は確か…鍛冶屋の職人が多くいる星だったな」

「流石スピカさんですね。仰る通り、この星には鍛冶屋の職人が多く暮らしているはずです。ここにはアクア君の求めるものがあるかな?と思いましてね」

 昨日、ポラリスと2人きりで話をした時にアクアは武器作りについて相談をしていた。
ポラリスはその時の事から鍛治職人のいる星を候補として出したのだ。
勿論、外にいたリゲルとスピカは訳が分からず「何の事だ?」と顔を見合わせていた。

 するとその時、飛行機の飛行音が空に響き渡った。
聴き慣れたエンジン音…。
それを聴いた瞬間、スピカの耳がピクピクッと反応しすぐに空を見上げた。
プレアデス軍の戦闘機のようだが一向に姿を見て現さなかった。
すると、ポラリスが「大丈夫ですよ」とクスクスと笑った。

「今、私の魔法で彼らには森の上空を彷徨って貰ってますから」

「では、彷徨って貰っている間に私達は行かせてもらう事にしよう」

 アクアとリゲルはコクッと頷くと、ポラリスと握手を交わした。

「よし、それじゃあ鍛治職人のいる星を目指して発車だ!」

「「らじゃーっ!!」」

 スピカの号令に敬礼するアクアとリゲル。
それを見たポラリスはクスッと微笑んだ。

 リゲルはすぐに先頭の機関室へ、スピカは3両目の客車へ、そしてアクアはハーモニカを出すと星空トレインの発車メロディを吹き始める。
追われている身だが、ポラリスの魔法で近づいて来れないと分かっているので、発車時の決まり事はひと通り行うようだ。

《間もなく、星空トレインの車両が発車致します。車両に近づきすぎないようご注意下さい》

 アナウンスと共に急いでアクアも客車へと乗り込む。
すると、車両の前に線路が空へ向かって生成され、ゆっくりと走り始めた。
ホームで見送るポラリスに客車から手を振るアクアとスピカ。
ポラリスも星空トレインの車両が見えなくなるまでホームから手を振り続けていた。

「ひょっとしたら、あの子達なら創れるかもしれないですね、皆が手を取り合う事の出来る新しい世界を…」

 ポラリスはそう呟くとクスッと微笑み、再び屋敷の中へと戻って行くのだった。

 そして、再び宇宙へ飛び出したアクア達はというと全員機関室に集まり、話をしていた。

「リゲルさん、良かったね!お父さんのお話を聞けたんでしょ?」

「ん?あぁ、少しでも父さんの事が聞けて良かったよ」

 操縦桿を握っている為、少し遅れて返事をするリゲル。

「最初にポラリスさんを見た時は少しばかり違和感もあったからか不気味さも感じていたんだが、気のせいでよかったよ。あれはきっと私達と関わる事に迷いがあったからなんだろうな」

 スピカの意見にリゲルは静かに「うん…」と答え、ポラリスの過去を聞いていないアクアは再び首を傾げた。

「そういえば、アクアはポラリスさんと何の話をしたんだ?鍛治職人の星へ行きたいなんて…」

 スピカがアクアに質問するとリゲルも「あ!それオレも聞きたい!」と後に続く。
するとアクアは、にししっ!と悪戯に笑うと「えへへ…!ナ〜イショだよっ!」と機関室の扉を開けた。
そして魔法で星を出すと乗り、後ろの車両へ逃げて行った。

「あっ、コラ!こんな狭い所で!…ったく、すまないリゲル、ちょっと行ってくる」

 リゲルは、足早に機関室を出て行くスピカに「はいはい…」と苦笑いで返事をする。
そして「なんだかんだで旅を楽しんでるよな、スピカさん」とほっこりするのだった。

 棄てられたコスミックゲートをきっかけに思わぬ出会いをしたアクア達。
追われる身のアクア達だが、決して悪い事ばかりではなさそうだ。
そして、ポラリスとの約束を胸に無事にレグルスへと帰る事を誓うのであった。
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