ほしぞら☆とれいん!

 椅子に腰掛け、深く深呼吸をするベテル。
まだ何も言葉を発してはいなかったが、その表情から重苦しい空気を感じ取る事が出来た。

「…コスミックゲート・プロトタイプの事故は、レグルスとプレアデスの両政府によって仕組まれていたんだ」

 10年前、ベテルはレグルスとプレアデスの交流、発展の為に空間転移を可能とするコスミックゲート構想を発表し、両政府の支援のもとで開発が始まった。
レグルスに住む星天獣達も星の雫を高濃度化させる事は勿論初めてであり、ましてや空間転移装置を作って組み込ませるなど全く初めての試みであった。
古くから星の雫と共に生活してきた星天獣だが、星の雫の事を完全に理解している訳ではなく『危険性よりも利便性』を優先して使っていたため、コスミックゲート構想も利便性と発展の目的が優先されていた。
勿論、『空間に穴を空ける』というシステム上、安全面を心配して反対する者もいたが、ベテルの丁寧な説明と小規模の実験を公開する等してそういった不安を一つ一つ取り除いていった。

「そもそもコスミックゲート構想は、プレアデスの近くにある星の遺跡で見つけた遺物がきっかけだ。本来なら星の雫を使った技術が存在しないはずの宇宙にそれらが存在していた事に驚いたんだ。そして、かつて此処には私達よりも優れた文明によって繁栄を極めた星獣達が暮らしていた事に感動したのと同時に、得意分野の違う冥天獣達となら共に発展した世界を作っていけると…」

 プレアデス近くの星の遺跡とは、アクアとリゲルが堕とされ、スピカが身を潜めていた遺跡の星の事だろう。
そして、それはかつて星天獣や冥天獣が生まれるよりも前に栄えていた種族である天使獣と悪魔獣がそこで生活していたという事。
アクアとリゲルが直し、銀河鉄道に改良した列車に星の技術が使われていたのも、かつては天使獣と悪魔獣が使っていた物だったからという訳だった。

そんな遺物を使って実験を繰り返し、人々の不安の除去と遺物から得た技術の理解を深めていくベテル…。
そんな多忙な日々を送っていたベテルだったが、突然レグルス政府関係者から呼び出を受ける。
そして政府関係者からある提案を打診されたのだが、これが信じられないものだった。

「奴らは突然、『コスミックゲートの軍事転用』を私に打診してきたんだ。星の雫は通常時でさえも扱いを間違えれば危険を伴う物質だ。それが高濃度化された物を扱うコスミックゲートは更に危険な事など星天獣なら誰でも分かるはず…。私は勿論断った。だが、奴らは『それが出来ないなら…』と設計図や研究資料を渡すように迫って来たんだ」

 レグルス政府から軍事転用の打診があった際、ベテルは何かの間違いではないかと思ったらしい。
それもそのはず。レグルスに住む星天獣は、武器や兵器を作る事を禁止されている星獣なのだから…。
だが、レグルス政府の『脅迫』ともとれる行為は日に日にエスカレートしていった。
そして、最後の方にはあろう事か息子である『リゲル』の名前まで出してきたらしい。

『もう何が起こってもおかしくない』
そう考えたベテルは、研究資料と設計図を強力なプロテクトのかかったサーバーへと隔離。
サーバーのプロテクトを解除するためには最後の鍵としてリゲルの瞳の網膜パターンを採用。
修理する際に必要な限られた情報のみシオンへ。
そして、リゲルを孤児院を運営している知り合いへと預ける事でリゲルの身の安全を確保したのだった。

 設計図さえ隠してしまえば新しくゲートを作る事は出来ない。
その上でならプロトタイプとして作ったゲートと各地で開発を進めているゲートを無理矢理軍事転用する事はないはずだ、と…。

 そう考えたベテルだったが、ここで想定外な事が起こる。

「事故を起こそうと企んでいたのはレグルス政府だけではなかったんだ。事故の数日前、自身を危険に晒してまで
私に知らせてくれたプレアデス軍の軍人が居たんだ。何とか彼の行為を無駄にしてはならない、と更なる対策を練っていた矢先だった。あの事故が起こったのは…」

 プロトタイプの事故が起こったのは本格的な起動試験の日…。
当日、プロトタイプの内部にはプレアデスの要人達も招かれていたのだ。
プレアデス政府も事故見せかけた暴走を企んでいるのならこんなにも絶好のチャンスはない…。
嫌な予感に急いで現場へ向かったベテルだったが、その予感は的中…。
ベテルが駆けつけた時にはもう手遅れだった。

「恐らく、作業員の中に政府に買われた者が居たんだろう…。制御室で確認した時、エネルギー出力を行う際のプログラムの一部が書き換えられている事にはすぐに気がついたが、もう修正している時間はなかった…。なんとかその場凌ぎでエネルギー放出を抑える事は出来たのだが、結果は皆さんの知っている通り…。私や側近の部下達は異空間へと取り込まれ、10年という月日が流れてしまった、という訳です」

 自分の身に起きていた事を話し終え、再び深く息を吐くベテル。
ベテルの話に驚きの表情を見せる者がほとんどだったが、旅の中で自分達が聞かされてきた話と違う事実を自身の目で見て、耳で聞いてきたアクアやリゲル、スピカの3人は驚きというより悲しそうな表情だった。

「…オレ達って大人達にとってどんな存在なんだろう…。都合の悪い事は隠して、捻じ曲げて…」

「…どちらの政府も利益の事しか考えていないだろう。所謂『管理された戦争』だ。私の所へ知らせに来てくれた軍人から渡された資料にも金銭のやり取りや今後の計画が書かれていた。恐らく利用出来そうな機関へは金銭を流し、誰も逆らえないようにしていたんだろう」

「金、金って…!長い間沢山の人達の生活に支障出た程影響があったのに!オレだって…オレだって父さんと過ごせるはずだった時間を10年も失ったっていうのに…!」

「リゲル殿、少し落ちついて…」

 珍しく声を荒げるリゲルに、肩を抱き、宥めに入るアル。
リゲルは、肩に置かれたアルの手をグッと握り締めると悔しそうに一筋の涙を流していた。
そして、そんなリゲルの姿を目にし、グッと手に力が入っているのはスピカ…。
いつにも増して鋭く、冷たい瞳を浮かべ、体が小刻みに震えている…。
そんなスピカの異変にソレイユは気がついていたが、声を掛ける間も無くベテルが口を開いた。

「…皆さん、助けてばかりで申し訳ないがもう少し力を貸してほしい。私をレグルスへ…首相の居る元へと連れていってほしい」

 ベテルは、椅子から立ち上がると深々と頭を下げた。

「先程、コスミックゲートを取り巻く事件の事を聞きました。コスミックゲートは私が考案し、設計した物…。生み出したものの責任は自らが取らなくてはならない。本来あるべき姿へと戻さなくてはならない…」

「父さん…」

 このままコスミックゲートの技術が両政府の手に落ち、軍事目的で使われたらどんな被害が出るか分からない。
ベテルは自ら生み出したものの責任を取るためにレグルスの首相の元へと乗り込もうと考えていたのだ。
ベテルの思い切った発言に言葉を詰まらせる面々だったが、シオンが「はぁ…」とため息を吐くと呆れたように笑った。

「奇遇ですね。私も全く同じ事を言おうと思ってました」
 
「ちょっと…!主任!?」

 相変わらず突っ走ろうとするシオンにあたふたするリオン。
ここでいつもは勢いでリオンに突っかかってくるシオンだが、今回はそんな事は無く、冷静さを保っていた。

「リオン、ここであたし達が何も行動しなければ、もっと悪い事が起こる。コスミックゲートの事だけじゃない…。レグルスに帰れたとしてもまたアクア君やリゲル君達が狙われて襲われる事だってあるかもしれない」

「…確かにシオン殿の言う通りかもしれません。政府から手が回っているとなると、レグルスへ帰った後もお2人がまた狙われる可能性は捨てきれないですね」

 顎に手を当てて「うーん…」と考え込むアル。
リゲルも自分達の置かれている立場を理解しているのだろう。
不安そうな表情を浮かべながら視線を落としていた。
正直『レグルスへ帰りさえすれば…』と思っていただけにショックは大きかったようだ。
そんなリゲルの姿見たベテルは「大丈夫だ」と言いながらリゲルの背中を優しくポンと叩いた。

「もうこれ以上、コスミックゲートで悲しい思いをする人をつくらない為に行くんだ。勿論、お前にもな」

 ベテルの想いを感じ取ったリゲルは、ベテルの顔をじっと見つめるとコクッと頷いた。
すると、話が纏まるのを待っていたリオンが「それじゃ、ひとまずレグルスに向けて銀河鉄道を走らせますね」と少々乗り気ではない様子ながらも先頭車両へと足早に向かっていった。

「よし!オレ達も手伝いに行こうぜ、アクア!」

 リオンに続いてリゲルも先頭車両へと向かう。
アクアも「うん!」と応えるとその場を離れようとするが、ベテルの話が始まった時から何も言葉を発せずに黙り込むスピカの姿が横目に入り、声をかけた。

「スピカさんも行こ?」

 スピカの手を握り、引こうとするアクアだったが、スピカはその場から動こうとしなかった。

「…すまない。少し気分が悪くてな。レグルスに着くまで横になってくる」

 そう言い残し、後方の車両へと繋がる扉へと歩いて行くスピカ。
その足取りは重く、正に『心ここに在らず』という感じだった。
その姿に心配したアクアは、呼び止めようと「スピカさ…!」と飛び出すが、ソレイユに肩を掴まれ、静止させられた。

「ソレイユさん…?」

「少し、1人にしてやろう」

 ソレイユの一言に、キョトンとするアクアだったが、力無く車両を後にするスピカを見て何かを察したのか「分かりました」と応え、反対方向である先頭車両へと向かう。
スピカは、1人暗い車両へと入ると窓の外をじっと見つめた。

「(私は…プロトタイプ事故の首謀者を目にした時、正気を保てるだろうか。私やアクアやリゲル、そして沢山の星獣の『時を狂わせた』犯人を…)」

 考えれば考える程に怒りが込み上げてくる…。
窓に写る自分の瞳がいつしか濃い紅色に染まっている事に気がついたスピカは、冷静になろうと頭をブンブン横に振る。
しかし、一度込み上げてきた怒りは簡単には抑える事は出来ず、スピカは人知れずに涙を流すのであった。

 暫くして、銀河鉄道はレグルスへと向けて走り出した。
すると、ここでシオン達が乗っていた車両に繋がっていたアクア達の車両を切り離す。
理由としては、遺跡の星で見つけた車両の為『到着時に大きな騒ぎにならないように』という事だ。
そして、アクアとリゲル、スピカの3人が両政府からの指示で狙われていたのなら、余計に宇宙空間へ置いて行く他なかった。

 切り離された車両を心配するように窓からじっと見つめるアクア達…。
数ヶ月とはいえ、自分達と共に遠い宇宙からここまで旅をしてきた『相棒』なのだ。
アクア達は、レグルスの衛星軌道から見守るように佇む自分達の銀河鉄道をじっと見つめながらレグルスの大気圏へと入って行くのだった。

 大気圏を抜け、車両が安定し始めると見えてきたのは懐かしいレグルスの風景…。
アクア達がレグルスを出発してどれ位の月日が経ったのだろう。
数ヶ月のはずなのだが、不思議と懐かしさで胸がいっぱいになっているアクアとリゲルなのであった。

 そして、遂にアクア達の住む町が見えてきた。
いつもならここで更に高度を下げて駅に銀河鉄道を停めるのだが、今回は駅を素通りし、アクア達の住む孤児院近くの空き地へと向かう。
その理由は『異空間に取り込まれていた作業員達を匿ってもらう為』だ。
外傷は無くても、異空間内の時間でも数週間も満足に食事も出来ない状態で閉じ込められていたのだ。
体力的にも精神的にも消耗して衰弱している者を連れ回す事は流石に出来ないと判断しての事だった。

 列車はゆっくりと空き地へと降りる。
普段は空き地に入って来ない銀河鉄道の車両が入ってきた事で、孤児院から数人の子供達と騒ぎを聞きつけた管理人の『おばちゃん』が出てきた。

「この列車は…シオン達の…?」

 何やら珍しい来客に子供達を直ぐに建物内へと戻すおばちゃん。
すると、列車の扉が開き、中からアクア達がゾロゾロと出てきた。

「リゲル、アクア…!」

「おばちゃん!」

「おばちゃーん!!」

 アクアは、おばちゃんに向かって走り出すとそのまま勢いよく飛びついた。

「おかえり…!よく無事に辿り着いたねぇ…!」

 おばちゃんは、そう言うと涙を浮かべながらアクアの頭を撫でる。
そんな光景を後ろで見ていたリゲルは、直ぐにスピカとアルの手を引くとおばちゃんの近くへと案内した。

「おばちゃん、こちらが緊急用の回線で紹介したスピカさんだよ。で、もう1人はアルさん。2人共オレたちを命懸けで守ってくれたんだ」

「2人が本当にお世話になったみたいだね。ありがとう…!」

 おばちゃんは、2人に深々と頭を下げる。
すると、スピカの手を握ると「すまなかったね」と更に頭を下げた。

「スピカさん、あの時は本当にすまなかったね…。貴方の事を何も知らないのにいい歳した大人達が憶測だけで嫌味ったらしく尖った言葉をぶつけてしまって…」

 どうやらおばちゃんは、遺跡の星を出発して直ぐに立ち寄った整備場の星で通信した際に、レグルスの大人達がスピカに向けて冷たい言葉を放った事をずっと気にしていたようだ。
スピカは、首を横に振るとおばちゃんに顔を上げるように言う。

「元はといえば、プレアデスの軍人が2人を襲ったのが原因…。私達、冥天獣は何を言われても仕方がないんです」

 おばちゃんは、スピカの優しい言葉に「ありがとう…」と再びお礼を言うと、顔を上げる。
そして、更に後ろで待つ大勢の人達が目に入った。

「ベテルさん…!あんた無事で…!?」

「色々ご心配とご迷惑をお掛けしました。最後のお願い…と言っちゃなんですが、もう一つ頼まれてくれますか?」

 ベテルは、10年前に起きたプロトタイプ事故の裏側と今起きている事を全て話す。
アクア達も旅を通して様々な人達から聞いた事や自身の目で見てきた事を話した。
そして、その上で『衰弱している作業員達を預かって欲しい』とお願いをした。

「そんな事で良ければ協力させてもらうよ。それにしても信頼していた政府があの事故を起こしていたとはね…」

 おばちゃんは、当時を思い出すように空を見上げながら呟く。
実は、おばちゃんはプロトタイプ事故の発生時にその激しい閃光が原因で『色』を失っていた。
所謂『色盲』と言われる白と黒でしか色を認知出来なくなる病だ。
当時、外でプロトタイプを見上げていた幼いリゲルを庇う形で閃光を目に受けてしまい、数日にかけて徐々に色を失ってしまったのだという。
つまり、アクアの名前はおばちゃんが色を失うまでの僅かな時間でつけた名前だという事だ。

「リゲルとアクアもついて行くつもりなんでしょう?本当はおばちゃんもついて行って一発ぶん殴ってやりたいくらいだけどね」

 おばちゃんは、リゲルとアクアを両手で抱きしめ、後ろから頭をポンポンと優しく叩いた。

「本当は何をされるか分からない所には行かせたくない。でも、あんた達には選ぶ権利がある。あの事故の当事者であるあんた達は尚更に、ね」

 この時、おばちゃんの言った事がいまいちよく分からず、顔を見合わせる2人。
おばちゃんは、そんな2人を見て苦笑いをすると「難しい事は考えず、自分達の気持ちをぶつけておいで」と再び頭を撫でた。

「それでは、向かいましょうか。国のお偉いさん達が集まる場所『コスミックゲート国際センター』へ」

 ベテルの言葉に一斉に頷くアクア達。
そして「あたしが案内します。ついてきて下さい」とシオンが先頭に立って走り出した。

「なんだか暫く見ない間にすっかり大人になっちゃったみたいだね…。子の成長する姿は嬉しいけどね」

 旅を通して少しばかり逞しくなっていたアクアとリゲルの後ろ姿を見つめるおばちゃん。
その後ろ姿を見えなくなるまで見送ると「さ、私は私に出来る事をやろうかね」とコスミックゲートの作業員達を孤児院の中へと案内するのだった。

 一方のアクア達が目指すコスミックゲート国際センターは、町の中心部に位置している。
大通りを突っ切ってしまえば、ものの数分で着く場所なのだが、冥天獣のスピカやアル、混血種のソレイユがいる為、敢えて人目のつきにくい裏の細道を駆け抜けていく。
そして、一気に視界が開けると、そこはコスミックゲート国際センター出入り口の真横だった。
しかし、出入り口には警備員と思われる星天獣が立っていた。

「正面突破するわよ!」

「ち、ちょっと、主任ッ…!」

 飛び出していくシオンの後をリオンが頭を抱えながら続く。

「シオンさんにリオンさんじゃないですか。今日はどうされたんです?2人共ここを退所されたと聞きましたが…」

「そ、その…ちょっと訳ありでして…。あの、ここを通して頂く事は…?」

 リオンは、ここを通してもらえるか、と恐る恐る警備員に申し出る。
本来は勿論ダメなのだが、今までここで働いていた2人の為、「うーん…!」と悩み出す警備員。

「通してあげたいのですが、一応2人はもう部外者ですし…」

 当然の回答に「で、ですよね〜…」と苦笑いするリオン。
しかし、それを聞いたシオンは逆にぐいぐいと警備員に迫った。
 
「いいから通しなさいって言ってんのよっ!!」

 断ろうとした警備員の胸ぐらをぐいっと掴み、物凄い剣幕で一気に迫るシオン。
シオンの勢いにあっという間に押されてしまった警備員は「あっ…はい…」と完全に萎縮してしまった。

「ほら、みんな行くわよ!」

 シオンの掛け声に建物の影からゾロゾロとアクア達が出てくる。
そして、警備員をその場に下ろすと建物の中へと入って行くのだった。

 シオンが目星を付けていたのは2階の会議室。
ここはよく政府関係者とゲート作業員が意見交換や会議をする為に使っている部屋だ。
そして、今日もここでは会議の予定が入っている事をシオンは知っていた。

「ここよ!スピカさん、扉壊せる?」

 扉の横に立つとスピカに扉を壊すように指示を出す。
どうやら会議中は鍵が掛けられているようだ。
スピカは「任せてくれ」と走りながら扉の前で片足を踏み込む。
そして、右手に魔力を集中させると勢いよく扉を殴った。

 ボコッ!って大きな音と共に扉が部屋の中へと飛んでいき床に転がる。
「何事だ!?」と中から複数人の声がザワザワと聞こえ出した。
そんな中、シオンは深呼吸すると「失礼します」と一言だけ発するとアクア達を連れて部屋の中へと入っていった。

「シ、シオン!?退所したはずの貴様が何故…!?」

「…それはこちらが聞きたいですね、ヴェネラ首相。そちらは…プレアデス軍の軍人様では?どうしてコスミックゲートの会議に軍人様が出席なさっているんです?」

 シオンの鋭い切り返しに、思わず表情が引きつる首相。
その時、会議に出席していた軍人が逃げようとシオンに向かって飛び出してきた。
突然の事に恐怖で目を瞑るシオンだったが、軍人がシオンの身体にぶつかってくる事はなかった。
直前でスピカが2人の間に割り込んでおり、軍人の顔を殴り返す事で部屋の中へと押し返していたのである。

「くっ…!裏切り者の分際で…!!」

「偽物で私達を騙しておいて、よくそんな事が言えますね、サタン司令官」

 スピカと共に部屋の中へと入るアル。
そう、この目の前にいる軍人はアルが手をかけた司令官だった。
つまり、この司令官は自分が生きていながら偽物と入れ替わり、偽物に軍を任せていた、という事だ。
そして、それは『Peace makerの2人と繋がっており、偽物を魔法で作らせていた』という証拠でもあった。

 逃げ場を失い、たじろぐヴェネラ首相とサタン司令官。
その他、会議に参加していた者達もただただ怯える事しか出来ない様子だった。
そんな中、遂にベテルが首相達の前に姿を現し、それに続いてアクア達が続いて部屋の中に入った。

「…という事は、プロトタイプ事故を起こそうと手を回したのはやはり貴方達ですね?ヴェネラ首相」

 ベテルの顔を見るなり、顔が青ざめる首相。

「星空トレインに加工済みの星の雫を運ばせて、同時にオレ達を襲うように軍人を仕向けたのも…最初から全部計画通りだったって事なんだろ!?」

「僕達に運ばせた星の雫をどうするつもりだったんですか?軍事転用は禁止のはずでしたよね!?」

「我々混血種との関わりを絶つように仕向けたのもお前達の仕業という事か。しかも自らの種の子をあろう事か『生贄同然で』軍に差し出すとはな…」

 アクア、リゲル、そしてソレイユと…。
それぞれが胸の内にあったモヤモヤをぶつけていく。
だがその時、突然、バンッ!と首相が床を叩き「うるさい、黙れ!!」と叫んだ。

「一体誰のおかげで今の生活があると思っている!?時代は変わった…。もう星の技術だけでは経済は回らないんだ!!」

 星の雫を使った技術は、レグルス近辺の星々にあらかた伝わり、『ビジネス』として星の技術を広げる事が難しくなっていた。
新たに高性能な製品を作って売り捌く事は可能だが、技術自体が伝わっていたため、『わざわざレグルスから買わなくても自分達で作り出せる』となり始めていた。
そんな時、軍事転用の話を持ちかけてきたのがプレアデスだった。
その時、たまたまプロトタイプとして作っていたコスミックゲートに目を付けたのである。

「プロトタイプで起こった事故ならば、政府に疑いの目が向けられる事はない。作業員やレグルスの民に犠牲が出ても多少の犠牲は許容しようと考えたのだ。そう、将来的な経済効果を考えればな」

「だが、その情報をレグルスの技術者に流した裏切り者がいたのだ。そいつのおかげで計画は狂い出した…。一部で『プレアデスが事故を起こした』と噂が広がり出し、共同運営を見込んでいたコスミックゲートはやむなくレグルス単体での運営に…」

「これ以上計画に支障が出るとまずいと判断した我々は、事故の調査書を『出力テスト中に起こった不幸な事故』とし、真実を知る者の口を封じた…。全ては双方の国の為に…!」

 首相と司令官の『言い訳』に言葉を失うアクア達。
中でもスピカは怒りからかギュッと握り拳を作り、身体を小刻みに震わせていた。

「そう、金だ!何事にも必要なのは金!お前達が今こうして暮らしているのにも!都合の悪い事を揉み消すのにもなァ!!」

「天使の子とゲート開発者の息子を捕らえ、武器と新たなゲートを作り出せば経済も軍事力も潤う、はずだったのに…!裏切り者共が邪魔さえしなければ!!」

 追い詰められ、開き直った首相と司令官がケラケラと笑いながら全てを語る…。
その時、スピカが呟くように口を開いた。
その声は、震えて掠れていた…。

「…それだけ、か…?」

「何だと…?」

 スピカの問いに応えるように司令官が聞き返す。
すると次の瞬間、スピカはカッ!と目を見開くと雄叫びの如く声を上げた。

「言いたい事は…それだけかぁぁっ!!」

 瞳は、より紅く染まり、興奮状態からか尻尾も太くなる…。
更に、物凄いパワーがスピカの身体から波動のように溢れ出していた。

 そして、そのままサタン司令官へと向かって突っ込んでいくスピカ。
スピカは、ありったけの力を右手に込めて司令官の顔を再度ぶん殴る。
その時、司令官は悲鳴すら上げる事が出来ず、壁に突っ込むと気を失ったのか、そのまま動かなくなってしまった。

「はぁっ…はぁっ…」

 静まり返った空間に響くのはスピカの荒い呼吸のみ…。
司令官が気を失い、動かなくなった事を確認したスピカは、次はヴェネラ首相をギラッと睨みつけた。
先程の態度とは打って変わってオドオドし始める首相…。
その変わりようにスピカの怒りは頂点に達していた。

「(こんなヤツにっ…こんな、ヤツにッ…!!)」

 スピカの脳裏に浮かぶのは、幼少期を過ごした孤児院の友達や寮母…。
そして、命の恩人であり、先代の司令官のアークの姿だった。
ポロポロと涙を流しながら首相へと近づいて行くスピカ。
この時、スピカは星の武器に手を掛け、ビーム状の刀身を展開させた。

「…!スピカさん、ダメッ!」

 それを見たアクアは思わず声を上げた。
そう、今スピカの持つ星の武器はプロトタイプの中で発生していた異空間の境目を斬る為に、最大まで出力を高めたまま…。
このまま斬りかかれば、星獣の命など簡単に奪えてしまうだろう。
しかし、スピカはアクアの声を無視するかのように剣を構えた。

「ダメだ、スピカ!落ち着け!!」

 既に銀河鉄道内でスピカの異変にいち早く気がついていたソレイユが剣を持つ腕にしがみ付き、アルもスピカを止めようとスピカにしがみ付いた。

「邪魔するな、放せっ!!」

 スピカは、叫びながらソレイユとアルを振り解き突き飛ばす。
そして、首相の前までつかつかと近づくと剣を頭上へと振り上げた。

「スピカさん!」

「お願い!やめてっ!」

 剣を振り下ろそうとしたその時、今度はアクアとリゲルがスピカにしがみ付いてきた。
アクアはスピカの腕にしがみ付き、リゲルは正面から身体を抱えるようにして首相との間に入り込んでいた。

「放せっ!放してくれ!コイツのせいで、コイツらのせいで沢山の星獣達が苦しんだんだぞ!!アクアやリゲルだって被害者じゃないか!2人はコイツらを許せるのか!?」

「分かってる!分かってるよ!オレだって許せない!!でも!!」

「だからって『本当の犯罪者』にならないで…!お願いだよっ…!」

 涙を浮かべながら掠れるような声で訴えるアクアにスピカはハッとし、動きが止まった。
そして、ゆっくりと振り上げていた剣が下へと下りる。
腕にしがみ付いていたアクアは、床に降りるとスピカの腰へ抱きつき、涙を流した。

「私は…私はっ…!」

 やり場のない気持ちだけが残り、どうすればいいか迷い始めるスピカ。
しかし、そんな中ベテルがスピカ達に近づくとスピカを優しく包むように抱きしめた。

「それでいい。これ以上スピカさんが傷つき、罪を被る必要はない」

 その言葉を聞いた時、スピカの手から星の武器がスルッと落ち、床へ転がる…。
ガチャン!という音と同時にスピカは膝から崩れ落ちた。
スピカの目には涙が溢れ出して止まらない…。
慌てて拭き取ろうと目を擦るも次々と溢れてくる涙は止まらなかった。

「ヴェネラ首相、これが『貴方の望んだ世界』です。大人の都合によって抑えつけられる子供達は実に非力だ。次代を担う子供達は傷つき、貴方のような権力者が私腹を肥やす…。コスミックゲートを設計した時、私はそんな事を望んではいなかった」

「な、何とでも言えばいい…!我々のしてきた事は間違いではない!レグルスに住む星天獣達の生活が潤っているのがその証拠だ!」

「なるほど、つまりプロトタイプ事故を起こした事もアクア君やリゲル君をプレアデス軍に売った事も全ては正しかった、という事ですね?」

 泣き崩れているスピカの後ろからシオンが前へと移動し、ある端末を首相に見せた。

「この端末を通して、ここの音声は全てレグルスの各地へと放映されました。これからプロトタイプ事故で後遺症を負った者や貴方達に騙された者達が続々とここに来るでしょう」

 シオンの言葉に首相の顔は青ざめるように凍りつくとガクッと膝を着く。
それと同時に部屋の中に居る他の関係者もざわざわと騒めき始めた。
どうやらこの部屋の中には首相や司令官の片棒を担いだ者が沢山居るようだ。
実は、シオンはスピカに扉を壊して欲しいと頼んだ後、リオンを放送設備のある部屋へと行かせていた。
そして、シオンの端末から流れる音声を緊急時に使う放送回線を使ってレグルス中に流していたのだった。

「…さて、と。一部の大人達が始めた呪われた物語はここまでにしよう。アクア君、スピカさん、そしてリゲル…。君達はこれからどうしたい?どんな未来を望む?」

 ベテルの突然の質問に戸惑うアクア達…。
スピカも涙を流しながら顔を上げ、ベテルを見つめていた。

「貴方達はプロトタイプ事故に巻き込まれて、深く傷つき、そして政府に売られるような仕打ちを受けた者…。貴方達にはどんな未来にしていきたいか教えてしてほしいの」

 困った表情のアクア達にシオンも優しく声を掛ける。
何を望むか?と急に聞かれても直ぐには何も浮かばず、不安そうな表情の浮かべる事しか出来ないアクア達。
しかし、そんな中でリゲルが唯一「オレは…!」と声を上げた。

「オレは、異種族の星獣達が手を取り合っていける世界を生きたい…!」

 リゲルの言葉にフッとベテルやシオンの表情が和らぐ…。
しかし、そんなリゲルをヴェネラ首相は声を上げて笑った。

「何とも子供らしい単純な考えだ!現実はそんなに甘くはないというのに」

 馬鹿にするようにリゲルの願いをひと蹴りする首相。
その様子が悔しくて悔しくてグッと歯を食いしばって我慢するリゲル…。
すると、アクアが「それは違う!」とリゲルを擁護するように力強く答えた。

「僕達は、色んな星で沢山の冥天獣達と出会って助けられながらここまで帰ってこられた…。星天獣の僕達が冥天獣のスピカさんとアルさん、混血種のソレイユさん達と手を取り合って助け合いながらレグルスまで辿り着けたのが何よりの証拠のはず!僕達は手を取り合っていける!」

 アクアの力強い言葉に返す言葉に詰まる首相。

「僕達はただ、『当たり前の日々を当たり前に過ごしたい』だけ…。他人を不幸にして手に入る幸せなら僕は欲しくない!」

 何も言い返せない首相にとどめを指すかのように追い討ちをかけるアクア…。
その言葉は、首相だけでなく、部屋の中にいた他の関係者にも深く刺さったのか、目を背けるように俯くと誰も声を発しなくなった。

「…これが次代を担う子供達の答えです。これまで貴方達がしてきた事は決して許される事ではありません。自分達の罪を償って下さい」

 ベテルは、そう言うとアクア達を部屋の外へ出るように指示を出す。
どうやら放送を聴いた住民と通報を受けた警察が建物の中に押し寄せてきたようだ。
アクアは、リゲルと共にスピカの肩を支えに入るとゆっくりと歩き出し、部屋の外へ向かう。
部屋の外から次々と中に入って来るレグルスの住民達…。
アクア達は、そんな住民達と入れ替わる形でベテルとシオンを残し、その場から姿を消すのだった。

「…何も知らない子供の願いは残酷だ。現実を知ればその残酷さに気づく事だろう」

 住民達に取り囲まれながら負け惜しみのようにボソッと溢す首相。
すると、それを聞いていたベテルは首相の前に立つと膝をついたままの首相を見つめた。

「確かに現実はそんなに甘くはない。しかし、そんな『子供達の夢を手助けしてあげる事が我々大人としての役目』だ。なのに耳を貸さず、自らの利益の為に利用し、仕舞いには妬むとくる…。貴方は本当に最低ですよ。大人としても星獣としても、ね」

 少し首相を憐れむように言葉を放つベテルに首相はただただ俯く事しか出来なかった。
十数年に渡って計画され、犯した罪は決して許される事はないだろう。
その後、レグルスの首相とプレアデスの現司令官は、レグルスの住民や警察などによって取り押さえられ、表舞台から永遠にその姿を消したのだった。

 そして、そんな当たり前の日常を願う子供の長い長い旅も同時に幕を閉じた。
アクア達の活躍は人伝てに広がり、話題となったようだ。
そして、レグルスとプレアデスの関係にも進展があり、お互いが良い方へ進めるように今も話し合いが続けられている。
まだまだ課題は山積みのようだが、アクア達が望む未来の姿は近いのかも、しれない。
14/14ページ
スキ