ほしぞら☆とれいん!
「あーあ…逃げられちゃったかぁ」
薄暗い部屋の中で残念そうに呟く女性の声が響く。
黒いローブに身を包んだ女性の前には水晶玉が置かれており、そこには幻星雲から脱出するアクア達の姿が映し出されていた。
「仕方ないさ。思わぬ邪魔が入ってしまったんだからね。まぁ、お楽しみは先に取っておこうじゃないか」
次に女性を宥めるように横から男性の声が聞こえてくる。
そう、この2人はプレアデス軍とは別にアクア達を狙う『Peace maker』のカストルとポルだ。
「とは言ったものの、どうするか。我々Peace makerに大人しく入る気も無さそうだしな」
カストルは「うーむ」と腕を組みながら目を閉じる。
「手っ取り早く洗脳しちゃうのは?私達ならあっという間にあの4人を捕まえられるよ?」
ポルはクスクスッと笑うと恐ろしい事をさらっと口に出す。
カストルも「ふふふ、最終手段は…ね」と返した。
するとその時、アクア達を映し出していた水晶玉が突然点滅し始める。
そして、一瞬眩い光に包まれたかと思うとそこに1人の少年が映し出された。
黒と灰色の体毛を持つ狐のような姿をした少年で、頭には赤いバンダナをしており、左の赤い瞳と右の青い瞳のオッドアイ、そして何より9つに分かれた尻尾を持つ『九尾』の少年だ。
そして、少年は意図的に左腕を隠すような白いマントを羽織っていた。
「何者かな、この子。私達のプロテクトを突破してこの世界に干渉してきたみたいだけど」
「ふーん、面白そうな子だね?アクア君達の前にこの子に会ってみようか。その力、気になるしね」
そう言うと2人は水晶玉から離れ、暗闇の奥へと姿を消す…。
薄暗い部屋の中に残された水晶玉は、九尾の少年を映し出したまま、誰もいなくなった部屋を不気味に照らすのだった。
そして、水晶玉に映し出された少年はというと何やらキョロキョロと辺りを見回すとため息をついた。
「…無理矢理この世界に干渉したからバレたみたいだよ。内側から出られないようにより強力なプロテクトを掛けたみたい」
九尾の少年は、誰かと会話をするように突然喋り出す。
すると、姿は見えないが少年の声に応えるように声が聞こえてきた。
《仕方ないでしょう?他に方法が無かったのですから。分かっているとは思いますが、必要以上に人々に干渉する事は…》
「分かってる、努力はするから。…全く、毎度毎度無茶振りもいい所だよ」
九尾の少年は、ブスッと不満を漏らしながらも足元に転がっていたギターケースを背負うと、静かに歩き始めた。
「…僕も故郷の世界へ帰りたいな。もう、叶わない願いだけどね」
九尾の少年は、物悲しい目を浮かべると、森の奥へと消えていくのだった。
その頃アクア達、星空トレイン一行は、シリウスから教えてもらった『星天獣の剣の達人がいる星』へ着いていた。
その星には、見渡す限りの自然が広がっており、村や町など、星獣達が住む集落は見当たらなかった。
しかし、そんな中でも海岸沿いの崖の上に立つ小屋を見つけ、その近くへ列車を停めたのだった。
「ひっそりと住んでるってシリウスさんが言ってたけど、確かに星獣達が大勢住んでる様子も無いな」
列車から降り、辺りを見回すリゲル。
続いて「同感だ」とスピカが続いた。
「因みにアクアとリゲルは、本当に聞いた事がないのか?その、星天獣に剣の達人がいるというのは…」
スピカの質問にアクアとリゲルは顔を見合わせると、揃って首を横に振った。
「ううん、僕達は聞いた事ないよ」
「そもそもこの辺りはレグルス領の外れな訳だし、普段はこんな所は誰も立ち寄らないから…」
しかし、リゲルは「でも…」と何やら気になる事があった。
それは、アクアもリゲルも『星天獣に剣の達人がいるという事を全く知らない事』自体だった。
本来、戦いを避ける種族である星天獣。
その星天獣に剣の達人がいるとなれば、少なくとも同じ星天獣の間で話題になるはずだ、とそう思ったのだ。
「シリウスさんの情報だから間違いないだろうけど…。ちょっと引っかかってさ」
「…とにかく、その人に会ってみるしかないな。空から見えた小屋はすぐそこのはずだから行ってみよう」
スピカの先導の元、空から見えた小屋へと向かうアクア達。
小屋は崖の上に建てられている為、急な坂道を登りながら歩いて行く…。
坂を登り切り、視界が開けると小屋が姿を現した。
かなりの年月が経った様子の木造で出来た小屋だが、外に新しい焚き火の跡がある等、誰かが生活している跡が確かにあった。
「ごめんください」
スピカは、挨拶をしながらそっと小屋のドアを開ける。
すると、小屋の中には若い星天獣の女性がスピカ達の方へ床に手を当てて、深々と頭を下げながら待っていた。
女性は、見た目はスピカやリゲル、アルと同じ位の歳に見える真っ白の体毛を持つ猫獣人。
どうやら列車の近づいてくる音でアクア達が来る事を予測していたようだ。
「よくいらっしゃいました。…しかし、星天獣と冥天獣が共に行動しているとは珍しいですね」
「突然押し掛けてすいません。この星に剣の達人が居ると聞いて訪ねて来たのですが…。もしかしてあなたが…?」
アルは、まさかと思いながら恐る恐る女性に質問する。
すると、女性は「この星には私1人しかいないので、そういう事になりますかね」と返した。
「…ご迷惑でなければ、お話だけでも聞いて頂けませんか?」
スピカは、深々と頭を下げる。
アクア達もそれに続いて慌てて頭を下げた。
女性は、目を閉じて暫く沈黙し、長めの息を吐く…。
そして「良いでしょう、上がって下さい」と返すとアクア達を中へ招き入れた。
女性は、アクア達を前に座り直すと『レグ』と名乗る。
そして、それに続く形でアクア達も順に名前を自己紹介をしていった。
スピカは、自分達がプレアデス軍から狙われ、追われている事情を話し、得体の知れない者達からも狙われている事を話した。
「私は、この子達が無事にレグルスへ帰れるようにもっと強くなりたい。レグさん、貴方が剣の達人なら私に稽古をつけてくれませんか?お願いします」
スピカは、再び深く頭を下げる。
レグは「分かりました」と静かに頷き、立ち上がるとスピカを外へと連れ出した。
アクア達もそれに続いてぞろぞろと外へと出る。
外に出るとスピカとレグが距離を取って向かい合っていた。
「まず、貴方の力を私に見せて下さい。必ず本気で来て下さい。良いですね?」
「はい、よろしくお願いします」
スピカは一礼すると腰から星の武器を抜く。
そして、持ち手からエネルギー刃が展開されるとグッと構えた。
一方のレグは腰から刀を引き抜き、構える。
レグが刀を構えた時、アクアとリゲルはレグの刀が普通ではない事にすぐに気がついた。
「リゲルさん、あの刀…」
「あぁ、星の雫が使われてるな。しかもかなり上質な…」
その時、リゲルはふと思った。
『どうして、レグさんは星の雫で作った武器を持っているのだろう』と…。
だが、そう考え込んでいると激しい金属音が辺りに響き渡った。
スピカが全力で振りかざした剣をレグが受け止めた音だ。
スピカは攻撃の手を休める事なく、次々と攻撃を繰り出していく。
踏み込んでからの突き攻撃、更にそこから横斬り、そして縦斬りへと目にも止まらぬ速さで連続攻撃を仕掛ける。
しかし、レグは突きを紙一重でかわすと、横斬りを刀で受け止め、縦斬りをバック宙でひらりと交わした。
それどころか、今度は逆にレグが攻撃を仕掛けてくる。
突き攻撃からの横斬り、とお返しとばかりにスピカへ繰り出される連続攻撃…。
スピカも突きをサッとかわすと横斬りを自らの横斬りで弾き返した。
2人は高速で飛び回りながらお互いの力をぶつけ合い、辺りには激しい金属音が響き渡った。
「ア、アルさん…。これは互角と見ていいのか…?」
高次元の戦いに思わずアルへ質問するリゲル。
「…いや、スピカ様の呼吸が少し乱れ始めています。それに対しレグ殿の呼吸は乱れていません」
アルは、疲れが見え始めたスピカをじっと見つめる。
軍で共に活動していたアルもこんなスピカの姿を見るのは初めてだった。
「(まだだ…!この程度で弱音を吐いていたら、アクア達を護れない…!)」
スピカの全身に更に力が入る。
しかし、それを見たレグは「ここまでです」と戦いを中断した。
「ど、どうしてですか!?私はまだ…!」
「これは稽古ではありません。私は『まず貴方の力を見せて欲しい』と言っただけです」
レグは刀を鞘にしまうとスピカに背を向けた。
「貴方の実力は分かりました。しかしながら、私から技術的な事で教えられる事は何も無いようです」
「えっ…!?」
『教える事は何も無い』
レグの口から出て来た言葉にスピカは首を横に振った。
「そんな事はありません!レグさんの剣術の高さは私を遥かに凌いでいます。私は強くならなくてはならない…真の強さを手にしたいんです!」
「では、貴方の求める『真の強さ』とは何ですか?」
「そ、それは…」
レグから突然質問をされ、言葉を詰まらせるスピカ…。
レグは振り返るとスピカをじっと見つめた。
「今夜一晩、時間をあげます。貴方の求める『強さ』とは何かをもう一度考えてみて下さい」
「私の求める強さ…」
「貴方は気がついていないだけ…。貴方の武器がずっと訴えかけています。それに耳を傾ければ…分かるはずです」
レグは、そう言うと小屋の中へと入っていく…。
一方、自分の求めていた『真の強さ』が何かを見失ったスピカは、暫くの間ただ呆然とその場に立ち尽くしてしまうのだった。
そして、日はすっかり落ち、レグの小屋の中で食事を済ませたアクア達。
食事の後、レグは皆を外へと誘った。
「折角ですから、星空でも見ながらお話しませんか?この星は私1人しか暮らしていませんから空気は澄んでいますし、とても綺麗な星空が見えますよ」
『綺麗な星空』と聞いてキラキラと目を輝かせるアクア。
それを見たリゲルは苦笑いをし、アルはクスクスと微笑んだ。
「アクア殿は本当に星空を見るのが好きですね」
「うん!星の見え方は場所によって違うからどこで見ても飽きないし、心が落ち着くんだ!」
アクア達が盛り上がる中、スピカだけは1人浮かない表情のまま言葉を発しなかった。
そして、ふらふらと立ちがると1人で小屋の出入り口へと歩いて行った。
「すまない、私は浜で風にでも当たってくる」
「スピカさん…」
アクアは元気のないスピカの名前を呼ぶ。
すると、スピカは振り返ると「大丈夫だ。すぐに戻ってくるから」と微笑むと外へと出て行った。
だが、アクアはスピカが無理をして笑っている事に気がついていた。
1人で海岸へ向かうスピカは崖へと飛び込む。
僅かな飛び出している岩場を足場代わりにしながら飛び移り、最短距離で崖下の海岸へと向かった。
碧い月の光に照らされた砂浜を1人歩くスピカ。
辺りは静寂に包まれており、引いては寄せてを繰り返す波の音だけが響いている。
そんな静かな砂浜に腰を下ろすとため息をついた。
「武器に聞いてみろ、か…」
レグの言われた事を思い出し、腰から武器を取り出すスピカ…。
「私は冥天獣…。物の声を聞く事は出来ない。どうすればいいのかわからない…!」
スピカは、悔しさと自分の力不足から涙を流し始める。
ポタポタと涙が頬を伝って握りしめる武器へと落ちた…。
すると、その時だった。
波の音に混ざって何やら音楽が聞こえてきた。
「(楽器の音…。ギターか?)」
涙を拭いて立ち上がると砂浜の奥にある岩場へと向かうスピカ。
大きな岩場へと飛び乗り、奥を覗く。
すると、そこには九尾の狐の少年が背を向けながらギターを弾いていた。
そう、Peace makerの2人が水晶玉で見ていた少年だ。
「(何だ、この子…?この星にはレグさんしか暮らしていないはずでは…?)」
ポカン、と立ち尽くしているとそれに気がついたのか、少年はギター弾くのを止めると振り返った。
「…?この星はレグさんしか暮らしてないって聞いてたけど、貴方は?」
スピカは、九尾の少年から『レグ』の名前が出てきた事でレグの知り合いだと悟った。
少年の体はアクアよりも小さく、幼く見えるが、その様子や口調はとても落ち着いていた。
「あっ…すまない。邪魔をするつもりはなかったんだが…。私はスピカ。ちょっと訳ありで旅をしている者でレグさんを訪ねてこの星に寄ったんだが…」
「僕はクロノって言います。僕も…似たような者ですね、旅の者です」
クロノは、そう言うとギターをケースにしまい、スピカの顔をじっと見つめる。
そして「その…何かあったんですか?」と聞いてきた。
突然の事にビクッと耳と尻尾が逆立ち、驚くスピカ。
クロノは苦笑いをすると隣へ座るように催促をした。
「ごめんなさい。でも、涙を流した痕があったからつい…」
そして「でも、話したくなかったら話さなくてもいいですから…」と付け足した。
この時、スピカはクロノが『ただの少年ではない』と何となくだが悟った。
月明かりがあるとはいえ、薄暗いこの場所で僅かな涙の痕を見つけ、スピカの心理を読み取ったのだから…。
そもそもクロノは、星天獣でも冥天獣でもない様な独特な雰囲気を漂わせていた。
そして、その容姿からは想像も出来ない大人っぽさもそう思わせる一つの要因だった。
「…不思議だよ。初対面なのに君に話を聞いてほしい、と思っている自分がいるんだ」
スピカはそう言うとクロノの横へ並んで座る。
そして、レグに言われた事、自分の目標を見失いどうすればいいのか悩んでいる事を話した。
「レグさんがそんな事をね〜…。で、その武器っていうのは?」
興味を持ったクロノは、スピカに『武器を見せて欲しい』とお願いする。
スピカは、腰から星の武器を取り出すとクロノに手渡した。
「一緒に旅をしている仲間が作ってくれたんだ。敵であろうと決して殺めない…。そんな優しさが詰まった武器なんだ」
「…なるほど。良い武器ですね」
クロノは、目を瞑ると星の武器をギュッと抱きしめる。
そして「確かに、レグさんの言う通りかも」と呟いた。
「スピカさんはこの武器がどういう想いで作られたのか、考えた事はありますか?」
クロノの唐突な質問に首を横に振るスピカ。
クロノは、優しく微笑むと星の武器をスピカに返した。
「この武器がどういう想いから作られてスピカさんへ託したのか…。それがきっと答えになるんじゃないかな?」
受け取ったスピカは、じっと星の武器を見つめた。
「(この武器は…アクアが私の為に作ってくれた。決して他人を殺めない星天獣としての責任、優しさが詰まった武器…。だが、それ以外に込められたものがあるというのか…?)」
考え込むスピカを横目にクロノは立ち上がるとギターをケースごと背負った。
「すいません、僕はこの辺りで失礼します。ちょっと調べなきゃならない事もあるので…」
静かにその場を立ち去ろうとするクロノだったが、スピカは直ぐに「待ってくれ!」と呼び止めた。
「良かったら最後に聞かせて欲しい。クロノ、君は一体何者なんだ?」
正体が気になるスピカは、思い切ってクロノに質問をぶつける。
だがその時、スピカの後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「是非、私達にも聞かせて欲しいなぁ…。君が何者なのか」
その悪戯に笑う声に全身の毛が逆立つ…。
スピカは、恐る恐る振り返った。
するとそこに居たのは、Peace makerの2人、ポルとカストルだ。
「カストルとポル…!」
2人の姿を見るなり直ぐに身構えるスピカ。
カストルとポルの2人はそんな姿にクスクスと不気味に笑った。
「お久しぶりだね、スピカさん。そろそろあの時の返事を聞きに行こうと思ってた所だったんだ」
「でも、今日用があるのはそっちの子なんだよね〜。クロノ君、だっけ?」
カストルとポルは、クロノを見つめた。
「スピカさん、この2人は?」
「Peace makerという良からぬ事をを企んでいる奴らだ。ロクでもない奴らだという事は確かなのだが」
クロノは「そうですか…」と呟くとギターケースを地面に置き、スピカと並ぶようにして立った。
「それじゃ、貴方達ですね?この宇宙のこの時代にアクセス出来ないようにしているのは…」
「…やっぱり只者じゃないね。詳しく聞かせてもらおうか!」
そう言うと、カストルは手から電撃を放った。
カストルの放った電撃は、真っ直ぐクロノへと飛んでいく。
「…!危ないっ!!」
スピカは、咄嗟にクロノを押し退けた。
押されたクロノは、岩場から身を投げ出され形になってしまい、海へと落ちてしまった。
そして、カストルの放った電撃はスピカに直撃してしまった。
「うわあぁぁっ!!」
辺りにスピカの悲鳴が響く。
電撃はスピカの手足に纏わりつく様に残り、鎖の様に体を拘束してしまった。
「あーあ、逃げられちゃったぁ」
「困るなぁ、こっちも計画を立ててきてるのに…。でも、君が欲しい事には変わりないし、順番は前後するけど捕らえさせてもらうよ」
「ふふふっ、じゃあ早速アクア君達を迎えに行こ?ね、スピカさん?」
カストルとポルは、ニヤリと不気味に笑うと、捕らえたスピカを連れて闇に消えてしまう。
クロノ、スピカ、カストル、ポルが姿を消し、辺りに聞こえるのは再び波の音だけになった。
だが、岩場の奥…。
クロノが落ちた場所から微かに物音が聞こえてきた。
「…ふぅ。何とか落ちずに済んだけど」
波が打ちつける岩の影からクロノが這い上がってきた。
海に落ちる寸前に岩に剣を突き刺し、それに掴まっていたのだ。
這い上がったクロノは、一息つくとレグの小屋がある崖の上を見上げた。
「スピカさんは僕を庇って連れ去られたんだ。『関係のない者を巻き込んではいけない』だったよね?」
クロノは、ぽつりと呟くと小走りにその場を後にするのだった。
その頃、アクア達は焚き火を囲んで星を眺めながら話をしていた。
「そうですか。プレアデス軍ではそんな事が起こっているのですね…」
「はい。私も軍に所属していた身なので信じたくはないのですが…。あの組織は完全に狂い始めています」
真剣な表情で軍の実態を話すアル。
そんな話をレグは何やら物悲しい表情で聞いていた。
「そして、軍の追手から逃れる為に禁断である星の武器に手を出した、という事ですか」
レグの『禁断』という言葉にビクッと反応してしまうアクア。
そして責任を感じてか、しゅん、と折れた耳が更に垂れる。
それを見たレグはクスクスと微笑むと「ごめんなさいね。そういうつもりじゃないんです」と謝った。
「あの武器に込もっていたのはアクア君の想いだったんですね。とても素敵な想いでしたよ」
模擬戦の中でレグは、星の武器に込められた強い想いを感じ取っていた。
それを褒められたアクアは思わず顔を赤くして照れてしまう。
それを見たリゲルは悪戯に笑い、アルもクスッと微笑んだ。
「スピカさんは充分強い。でも、自分で自分に『枷』を掛けてしまっているんです。自分でも気がつかない内に…。その枷を解く鍵をずっと星の武器が、アクア君の想いが語りかけてくれているというのに…」
「アクアの想い…か。で、一体どんな想いを込めて作ったんだ?」
リゲルは、再びからかう様にニカッと笑いながらアクアの顔を覗き込む。
するとアクアは「そ、それはぁ…」と顔を真っ赤にしてしまうのだった。
それを見たリゲルは思わず大笑い。
アルとレグもつい声をあげて笑ってしまうのだった。
「そ、そんな事より!そろそろスピカさんを迎えに行かない?」
「確かに、すぐ戻ってくると言ってた割にはちょっと遅いですね…。私が見て来ますよ」
アルは、そう言って立ち上がるが「待って下さい」とレグが止めた。
何故止めるのか分からないアクア達…。
しかし、その直後、背後から聞こえてくる声にアクア達は凍りついてしまうのだった。
「お探しものは彼女かしら、アクア君?」
慌てて振り返ると、そこに居たのはカストルとポル。
そして、何とスピカが一緒に立っていた。
「ス、スピカさん!!」
アクアは大声でスピカを呼ぶが、スピカの様子がおかしい。
あろう事か、アクア達に剣先を向けてきたのだ。
「み…んな、逃げ、ろ…!体が…勝…手…に…!」
必死に抵抗しているのだろう。
スピカは苦しそうに顔を歪ませる。
よく見るとスピカの手足と首に黄色く光る輪が付いており、そこから鎖の様な紐状の物がポルの手へと伸びていた。
「ふーん、まだ抵抗出来るんだ?」
ふふふ、と笑うとポルは、スピカに繋がれた鎖に電撃を流した。
スピカは「うわあぁぁっ…!!」と大声で悲鳴を上げる…。
電撃を浴びせられ、視界がボヤけ始める。
「(嫌…だ…。みん…なを傷…つけ…たくな…)」
スピカの視界は真っ暗になった。
気を失ってしまったらしく、倒れる様に頭が前へと垂れる。
しかし、鎖で操られているスピカは、倒れる事なく、顔を地面に向けながら不気味に立ち尽くしていた。
「スピカさん、スピカさん!しっかりして…!」
アクアは必死に名前を呼ぶがスピカから反応は無かった。
そればかりか、スピカは剣を突き出しながらアクア達に襲いかかってくる…。
「アクア、下がれ!」
リゲルは、アクアの前へ素早く出ると白刃取りの要領で剣を受け止めた。
そして、リゲルの背後からアルが飛び出し、スピカを蹴り飛ばして押し返した。
「アルさん、どうしよう?このままじゃ埒があかない…!」
「確かに…。操られているスピカ様を何とかしない限り、我々に勝ち目はありませんね…」
アルの言う通り、操られているスピカを何とかしてからカストルとポルを倒さない限り状況は悪くなる一方だ。
しかし、カストルとポルに攻撃をしようものなら直ぐにスピカを間に割り込ませ、巧みに邪魔をしていた。
「ふふふ、そろそろ無駄だと分かったかな?アクア君もリゲル君も大人しくこちらへ来なさい。もし、これ以上逆らうならスピカさんがどうなるか…分かるね?」
カストルがそう言うと、ポルは手のひらに電撃をパチパチと出し、アクア達に見せつけた。
アクアとリゲルは、顔を見合わせると頷き、カストル達の方へ向かおうと足を出す…。
しかし、アルがそんな2人の腕をガシッと掴んで止めた。
「アクア殿、リゲル殿!行ったらダメだ!落ち着きなさい!」
「…ごめんアルさん。でもオレ達が行かなきゃスピカさんがもっと傷つけられる…。それだったら…!」
リゲルは、アルの手を振り解くと再び歩き出そうとする。
だがその時、沈黙を決めていたレグがアクアとリゲルを横から追い抜き、2人の前へと出た。
その表情は真剣そのものであり、アクア達を庇い、守る様に両手を広げた。
「貴方達が軍の他にこの子達を狙う方達ですか。しかし、これ以上『私達の子供達』を苦しめるなら私も黙って見ている訳にはいきません」
「私達の子供達…?」
レグの言葉にキョトンとするアクア達。
すると、突然レグの背中から真っ白で大きな翼が姿を現した。
そして「居るのは分かっていますよ。その気があるなら力を貸して下さい」と一言呟いた。
その瞬間、スピカとポルを繋いでいた鎖がパチン!と砕け散った。
鎖から解放されたスピカは、その場へ崩れ落ちそうになるが姿を現した九尾の少年によって支えられた。
そう、海岸でスピカと話をしていたクロノだ。
クロノは、素早くスピカの肩を持つとアクア達の方へと飛んで運ぶ。
そして、アクア達にスピカを渡すとカストル達を睨みつけた。
「…クロノ君はともかく、天使まで登場となると少々部が悪いかな」
「でもスピカさんはもう私達のものだよ?こっちに返してもらうねっ」
ポルは、引き寄せる様にクイッと指を手前へ引く。
するとそれに反応する様にスピカの体が浮き、引き寄せられる様に動き出した。
「や、やめてっ!」と慌てるアクア。
アクアの声にクロノは直ぐに振り返ると左手でスピカの首と手足に付いていた黄色い光の輪に触れる。
するとその瞬間、スピカに付けられていた光の輪はパチン!と粉々に砕け散った。
それを見たカストル達も流石に驚いたのか、一瞬表情が引きつった。
「これでスピカさんは解放されたはず。元々、僕が目的でこの星へ来たみたいだけど、どうしますか?まだやりますか?」
そう言って腰に付けていた剣を抜いて構えるクロノ。
クロノの剣もスピカの武器の様にエネルギー刃を展開するタイプの武器だった。
「相変わらず不思議な力を使いますね、貴方は…。しかし、味方だとこんなに心強い事はないですけどね」
レグもクロノと並んで刀を構える。
すると、カストルはチッ!と舌打ちをすると「仕方ないですね。こちらも次の段階へ移らせて頂きましょう」と言うとワームホールの様な物を作り出し、その中へと入っていった。
ポルも「次は必ず捕まえちゃうから、覚悟してね!」と言い残すとカストルを追ってワームホールの中へ…。
そして、2人の入っていったワームホールは、しばらくすると消えていった。
突然現れた謎の少年クロノに天使の翼が生えたレグ…。
情報量の多さに頭が追いつかないアクア達…。
レグとクロノの後ろ姿を呆然と眺めていると、レグが苦笑いをしながら振り返った。
「聞きたい事が山ほどあるのは承知しています。ですが、まずはスピカさんを運びましょう。話はそれからです」
レグの提案に頷くと、小屋の中へとスピカを運び、布団へ寝かせる。
「うん、どうやら気を失っているだけみたい。厄介な魔法も掛けられていないみたいだし、心配ないよ」
クロノはスピカの体に異変がない事を確認すると毛布を優しく掛けた。
そして、アクア達はレグとクロノの2人と対面する形で座り込んだ。
「まず、私の話からしましょう。この翼を見れば分かる通り、私は星天獣ではありません。正確に言えば、私は星天獣よりも前にミラ銀河に繁栄していた種族です」
星天獣がミラ銀河に栄える前、ミラ銀河には『天使獣』という種族が暮らしていた。
天使獣は、魔法を使い、星の雫も扱える万能種族。
争いを拒む民族性であり、魔法も攻撃魔法といった物は扱う事はなかった。
しかし、ある時平和なミラ銀河に異変が起こる。
それは『別宇宙との重なり』だった。
そう、それこそが今のアクア達の宇宙の始まり…。
別宇宙の『アンカア銀河』には、『悪魔獣』という種族が種族が暮らしていた。
悪魔獣も魔法を扱い、星の雫も扱える万能種族だったが天使獣とは違い、強力な攻撃魔法や鍛え上げた自らの体を使う事を得意とする戦闘種族だった。
宇宙の重なりと共にお互いの存在に気がついた双方の種族は協力し合って捜査を開始。
この時、お互いの意見を尊重し合い、共に手を取り合っていく世界を望んでいた。
「ところが、独占的に力を持つ者達によって2つの種族は争いを始めたんです」
互いが互いを傷つけ合うように…。
星の雫を使った兵器を大量に製造し、沢山の命を奪いあう。
何が真実で何が嘘なのか知らないまま争い続け、次第に争う事に理由など無くなり、それに対する抵抗すら無くなっていった。
互いに戦う事が当たり前になったある時、彼らの前に遂に『神』が姿を現した。
神の逆鱗に触れた2つの種族は、病気や祟りなどで次々と姿を消して行ったという。
2つの種族は、神の怒りを抑える為に互いに1人ずつ生贄を差し出した。
そう、その内の1人がレグという訳だ。
天使獣の生贄として差し出されたレグは、悪魔獣の生贄『ルイ』と共に神に差し出される。
しかし、『生贄によって自分達だけ助かろうとする者達』に神は更に激怒…。
神は…遂にレグとルイ以外の天使獣と悪魔獣を全て滅ぼした。
その後、レグとルイは神によって『命の呪い』を掛けられ、ミラ銀河とアンカア銀河の再建を任されたという。
「私達『生贄』は自分の意思で寿命を全うする事が出来ません。神が納得するまで私は生き続けるのです」
その後、レグは天使獣から魔法の力を取った『星天獣』を…
ルイは悪魔獣から星の雫を扱う力を取った『冥天獣』を創造し、まずは互いが干渉し合わないように距離を離して各宇宙へと放った。
これが、星天獣と冥天獣の始まりであり、レグが『私達の子供達』と言った意味の全てである。
それからルイは、星天獣と冥天獣の未来をレグに託し、宇宙を放浪する旅へ出たという。
長い昔話を終えると、レグは「ふぅ…」とひと息吐いた。
「我々が天使と悪魔に近い種族だと言われてはいますが、大昔にこんな事があったとは…」
想像もしなかった壮大な話に思わず圧倒され、腕を組むアル。
「それで、クロノさんとはどういう関係なんですか?戦ってる時の感じだと2人は知り合い?」
次にリゲルはクロノの事について質問し始めた。
「クロノ君は『時を司る神の使い』なのです。つまり、私達に再建のチャンスをくれた方の1人、という事になりますね」
「うん。僕は元々、別の世界の星獣なんだけどね。ある『重罪』を償う為に時の神様のお手伝いをしているんだ。それで、レグさんと知り合ったって訳」
そう、クロノは星獣ではあるが、更に別の世界から来た星獣だった。
スピカが感じていた『星天獣でも冥天獣でもない独特な雰囲気』の正体はこれだ。
そして、クロノの『重罪』という言葉にアクア達は思わず騒ついてしまう。
アルは失礼だと思いながらも「クロノ殿、大変失礼ですが、その『重罪』とは…?」と恐る恐る質問してみた。
「長くなっちゃうから少し省略するけど、僕は『本来の時間の流れを変えてしまった』んだ。時の流れを変えるのは重罪。だから僕は『時の罪人(つみびと)』って呼ばれてる」
クロノの世界では、時の流れを制御し、全ての時間を手に入れようとする集団がいた。
その集団の人体実験により、元居た世界とそっくりなパラレルワールドへ飛ばされたクロノ。
その世界のクロノは幼少期に亡くなっていたのだった。
クロノは、仲間達と共に時を支配しようとする集団の野望を阻止。
しかし『本来自分が存在しない世界』で活動した事により、時の流れが変化してしまっていた。
自分のしていた事を『罪』と理解していたクロノは、仲間達と離れ、時の神の使いへ…。
それによって歳を重ねる事も出来なくなり、現在は様々な世界を訪れ、時の流れに異変が無いかを調べまわっているのだという。
クロノが見た目の割に大人びているのはその為だった。
「本来は世界の住民とあまり接触するのは禁止されているんだけど、今回は僕がスピカさんを巻き込んでしまったからね。それにこの世界に歪みが生じているのはあの2人が原因とみて間違いないようだったし」
「世界の歪み…?」
アクアは難しい話に首を傾げた。
「恐らくだけど、あの2人は僕と同じく別世界、外宇宙の住人だ。スピカさんを操った魔法、あれを他に出来る者はこの宇宙にはいないはず…。繋がらない世界の本来存在しないものが入ったのであれば、世界は少しずつ歪みを生じていく…」
するとクロノは、マントで隠してあった左腕を見せる。
クロノの左腕は、真っ白な体毛であり、それ以外を黒と灰色の体毛に包まれているクロノにとってイレギュラーな存在だった。
「スピカさんの拘束を解いた僕の力だってこの世界には無い能力。本来なら僕も使うべきではなかったんだけどね」
「クロノさん、その腕は…」
あまりにも不自然な左腕に声を詰まらせるリゲル…。
クロノは、「そんな顔しないで」と言いながら左腕を優しく撫でた。
「この腕は別の子からの貰い物なんだ。僕が人体実験から生き延びれたのも魔法を打ち消す不思議な力が使えるようになったのもその子のおかげなんだ」
クロノは「とにかく、狙われている君達は特にあの2人には気をつけた方がいい。次はどんな手を使ってくるかわからないとなると余計にね」と付け加えた。
それを聞いたアクア達は不安そうな表情を浮かべながら「はい…」と答えた。
「少なくともここに居れば大丈夫。貴方達もゆっくり休みなさい。朝になればスピカさんも目を覚ますでしょう」
レグの気遣いに静かに頷くアクア達…。
夜の見張りはクロノとレグが交代で行う事になり、アクア達は眠りにつくのだった。
そして、すっかり夜も更けた頃…。
「…んー…!ダメだ、全然眠れないや」
中々寝付けないリゲルは、アクアやスピカを起こさないように外へと出る。
相変わらず外は、碧い月の光に照らされており、真夜中だというのに明るかった。
そんな月を見上げていると後ろから声を掛けられた。
「リゲルさん、どうしたの?」
ビクッと驚き、耳と尻尾がピンと立ってしまうリゲル。
振り返るとクロノが屋根の上から飛び降りて来た。
「な、何だクロノさんか。びっくりさせないでくれよ…。そういうクロノさんは何を?今の時間はレグさんが見張りじゃ…」
「僕はただの月光浴だよ。僕の世界も蒼色の月だったから何だか懐かしくて」
「そっか…。オレは何だか寝付けなくてさ」
『中々寝付けない』と言うリゲルに「寝付けなくても横になって休んだ方がいいよ」と優しく声を掛けるクロノ。
しかし、妙に目が冴えてしまっているリゲルは困った表情で「あはは…」と苦笑いをする。
すると、何かを思い出したように「そうだ。クロノさん、良かったらちょっと一緒に来てくれないか?」と唐突にクロノを誘った。
訳の分からないクロノだったが、とりあえずコクッと頷き、リゲルと共に坂道を下り始める。
その時、リゲルは唐突にクロノへ質問をし始めた。
「なぁ、クロノさん。クロノさんはレグさんと大昔に知り合ったんだろ?」
坂道を下りながらクロノに話掛けるリゲル。
その顔は何か考え事をしている表情を浮かべていた。
それに気がついていたクロノは「そうなるけど、どうかした?」と聞き返した。
「いや、レグさんが持ってる刀の事なんだけど…。あれってその時から?」
「そうだね、その時から持っていたよ」
「そっか…」
クロノの答えに何だか不安そうな表情を浮かべるリゲル。
リゲルがレグの刀の話をし始めた時、クロノは何となくリゲルが聞きたい事を悟っていた。
「レグさんの刀は紛れもなく『かつて沢山の命を奪ってきた星の武器』だよ」
「やっぱりそうなんだ…」
「あの時代、レグさん達は『生きる為には戦わなくてはならない時代』だったんだ。星の雫を兵器や武器にしてまで…ね」
リゲルは、不安そうな表情のまま空を見上げる。
クロノもリゲルの横を歩きながら空を見上げた。
「レグさんの『宇宙の再建という役割』はもう終えていると僕は思う。でもレグさんが未だ生き続けているのは、星の武器で命を奪った者への償い、星の武器を生み出した種族としての責任からなんじゃないかな」
「…オレも生み出した物の責任は取らなくちゃ…な。かつて父さんがそうしたように」
そんな事を話しながら暫く歩き、見えて来たのは星空トレインの車両。
車両の鍵を開けると、中へとクロノを招き入れるリゲル。
そして、アクアやリゲルが使う整備スペースへとクロノを案内した。
リゲルはイスに座ると引き出しの中に隠すようにしまってあった箱を取り出し、中身を机の上に広げた。
「リゲルさん、これってもしかして…」
「うん、アクアだけに背負わせる訳にはいかないだろ?今まで少しずつ作ってたんだけど、寝付けないなら一気に進めようかなって思ってさ。良かったら付き合ってくれないか?」
「…分かった。でも無理はしないでよ?リゲルさんが眠くなったら直ぐ戻るからね?」
「へへっ!りょーかい!」
リゲルは、ニカッと笑うと作業を開始。
そんなリゲルを見たクロノも優しく微笑むのだった。
そして、それと同じ頃…。
助け出された後もずっと眠り続けるスピカは、不思議な夢を見ていた。
真っ白で何もない空間にスピカは一人で立っていた。
ここが夢の中だという事は分かっているが、なぜ何もない空間に居る夢を見ているのか分からなかった。
しばらくぼーっとしていると頭の中にスピカの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
《スピカさん…。やっと私の声が届きましたね》
聞こえてきたのは幼い女性の声。
スピカは「だ、誰だ…?」と辺りを見回す。
すると、スピカの目の前にどこからともなく『星の武器』が現れた。
「まさか、君が話掛けているのか…?」
スピカは宙に浮かぶ星の武器を手に持つ。
すると、星の武器は優しい光で点滅し始めた。
《初めまして。そして私の主になってくれてありがとう、スピカさん》
「お、お礼を言うのは私の方だ。そしていつも無茶をさせてすまない」
《私は使われてこその存在。気にする事はありません。しかし、貴方は『アクア君が私を作った本当の意味』が分からないようで…?》
星の武器からの問いに「面目ないが、その通りだな…」と視線を逸らすスピカ。
すると、星の武器は「目を閉じて、私を抱いてください」と優しく語りかけた。
スピカは、言う通りに星の武器を胸に抱きしめて目を閉じる…。
すると突然、星の武器から眩い光が溢れ出し、スピカの体を包み込んだ。
そしてゆっくり目を開けると、そこは星空トレインの車両の中。
車両の中でアクアが星の武器をメンテナンスしている光景が広がっていた。
《スピカさん、いいですか?確かに私はプレアデス軍に対抗する為に作られました。しかし、私は元々アクア君のそれとは違う別の想いから作られたのですよ》
「うん!急ごしらえになっちゃったけど、問題なく使えてよかった!」
アクアは星の武器のメンテナンスを終えると丁寧に磨き上げる。
そして、ピカピカに磨き上げて満足そうな表情を浮かべると星の武器をギュッと抱きしめ、目を閉じた。
「お願い、どうかスピカさんを護って下さい。スピカさんは僕達の為なら無茶する人だから…。だから、どうかスピカさんを護って…!」
星の武器へ自分の想いを話すアクアの光景に心を打たれたスピカはただただ見つめる事しか出来なかった。
「僕は、スピカさんも含めた全員で帰りたいんだ。だから…」
「ア、アクア…君は…」
スピカの目から涙が溢れて頬を流れる。
その様子に「分かってくれましたか?アクア君の想いを…」と優しく語りかけた。
スピカは、止まらない涙を必死に拭きながら頷いた。
「ありがとう…。答えが見つかった気がするよ」
その答えに星の武器も「それは良かった」と微笑む。
そして、スピカの視界は再び光に包まれ、何も見えなくなるのだった。
「…んーっ…」
ぐっすり眠っていたスピカは漸く目を覚ました。
隣の布団にはアクアが寝息を立てながら眠っていた。
その姿に思わずクスッと微笑むと、枕元に置いてあった星の武器を持ち、アクアを起こさないように外へ出る。
外は昇ったばかりの太陽から気持ちの良い陽の光が降り注がれていた。
「気分はどうですか?」
一足先に外へ出ていたレグがスピカに話しかける。
スピカは「はい。大丈夫です。ご迷惑をお掛けして本当にすいませんでした」と深々と頭を下げた。
レグは、その時のスピカの表情から何かを感じ取ったようで「私が言った事、分かりましたか?」と質問をしてきた。
スピカは「はい。全て、という訳ではないと思いますが…」と少し不安そうに答えた。
「私は今まで『アクア達が助かりさえすれば、自分はどうなっても構わない』とそう思っていました。でも、夢の中でこの武器に込められた想いを知った時『私もアクア達の為に生き残らなくては』と強く思いました」
スピカは、今まで『アクアやリゲルが助かるなら自分などどうなっても構わない』という思いで戦ってきた。
それは軍人時代も同じで『軍の為、国の為なら自らの命を捧げる』
そういう思いで戦いに身を投じてきた。
しかし、それは知らず知らずのうちにスピカに『諦め』という枷を付けてしまっていたようだ。
「無謀と勇敢の意味をアクア達から教えて貰った気がします。アクア達の為に私は生きたい…。強く、そう思いました」
「…この先、あの2人は何が何でも貴方達を狙ってくるでしょう。しかし、今の事を忘れなければ、アクア君達を最後まで守り抜く事が出来るはずです」
レグは、スピカの肩をポンポンと優しく叩く。
スピカは「本当にお世話になりました。これからも精進します」と片膝を付いて頭を下げた。
そして、すっかり陽も高く昇った頃…。
ポォーッ!と大きな汽笛の音が響き渡った。
アクアとリゲルは出発準備を済ませ、先頭車両から外へと出てくる。
そこでは、レグとクロノも見送りに来ており、スピカ達と話をしていた。
「スピカさん、この先はどうしようか?スピカさんとアルさんは寄りたい星とかはある?」
リゲルからの質問にスピカとアルは「いや、私達は特に…」と答える。
すると、それを聞いていたレグが突然地図を指差した。
「目的地が無いなら、この星へ行ってみると良いでしょう。私の名前とコレを見せれば集落に迎え入れてくれると思います」
そう言うとレグは、自身の翼から羽根を一つ取り、アクアに渡した。
レグの勧めに「何があるんですか?」と聞き返すアクア。
レグは、首を横に振ると「私の口から説明するより自分達の目で見てみて下さい」とそれ以上は話してくれなかった。
「クロノさんはこれからどうするの?」
「本当は君達と旅をしてみたいんだけどね。今の僕はそういう立場じゃないから…」
アクアからの質問に「僕は暫くここに残るよ」と答えるクロノの表情は少し残念そうだ。
「そっか…。一緒に来てくれると心強いんだけど、そもそも神様の使いだし、本来はオレ達とあんまり関わっちゃいけないんだもんな」
「うん。君達が無事に旅を終えられるように祈っているよ」
クロノは、リゲルに手を差し出す。
リゲルはクロノの手をグッと握り、握手をした。
「クロノさん、またいつか必ず会おうよ!その時は銀河鉄道で宇宙を案内するから!」
リゲルとクロノが握手で繋いでいる手の上に手を乗せるアクア。
クロノは、優しく微笑むと「またいつか、会える時が来たら、ね」と言い、アクアの頭を優しく撫でる。
しかし、クロノの方が身長が小さい為、何だか変な感じになってしまい、周りに居たスピカ達は思わず笑ってしまうのだった。
「それじゃ名残惜しいですけど、そろそろ出発しましょうか」
「あぁ、そうしよう。よし、それじゃレグさんの教えてくれた星へ向けて出発だ!」
「「らじゃー!」」
スピカの号令に元気よく敬礼するアクアとリゲル。
リゲルは、先頭車両へスピカとアルは客車へ乗り込み、その場でアクアは首から下げている小袋からハーモニカを取り出した。
そして、星空トレインの発車メロディを軽快に奏でた。
《間もなく、星空トレインの車両が発車致します。車両に近づきすぎないようにご注意下さい》
リゲルのアナウンスと共にアクアも先頭車両へと乗り込む。
そして、空へと伸びる線路が生成され始め、車両がゆっくりと進み始めた。
アクア達は窓から顔を出し、地上のレグとクロノに大きく手を振る。
地上のクロノとレグも車両が見えなくなるまで手を振るのだった。
「良かったんですか?本当の事を言わなくて」
「アクア君とスピカさんの事?今、あの2人が事実を知るには早すぎるよ。きっと受け止められない…」
「なるほど『視えた』わけですね」
クロノは、一歩前へ出ると見えなくなった列車が走って行った空を再び見上げた。
「でも、彼らが笑顔で笑い合っていた光景が視えたのも確かさ。きっと乗り越えられるよ、彼らなら」
クロノが見上げる空の向こうには何が視えているのだろうか。
クロノとレグは青く澄み渡る空を暫く眺めているのだった。
そして、宇宙空間を進むアクア達はというと先頭車両に集まっていた。
「アルさん、これ受け取ってくれよ」
「リゲル殿、これはもしや…?」
リゲルがアルに手渡した物…。
それは銃のタイプの星の武器だった。
リゲルは、みんなが寝静まった頃にこっそりと作業を進め、昨日の夜にクロノに付き合って貰って完成したようだ。
「スピカさんから射撃の腕が軍の中でトップクラスだって聞いてたから、思い切って銃の機能だけに絞ってみたんだ」
アルは受け取った銃を試しにサッと構えて狙いを定めてみた。
リゲルの作った銃はとにかく軽く不思議と手に馴染んだ。
「凄い…。とても手に馴染みます…!」
「今後の整備はオレが担当するから、調整して欲しい事なんかも遠慮なく言ってくれよ!アクアにばっかり負担をかける訳にはいかないからさ」
アクアの顔を見ながらニカッと笑うリゲル。
その笑顔に釣られるようにアクアもクスッと微笑むのだった。
今回、思わぬ形で不思議な出会いをしたアクア達。
その中でスピカは今一度、自分に足りないものを見つけることが出来た。
最後にアクアやリゲル、そしてアルと無事に笑い合うその日が来るまで、仲間達の為に必死に生きようと誓うのだった。
そして、いよいよ本格的にアクア達に迫り、牙を剥き出し始めたPeace makerの2人。
アクア達は、不安を抱えながらもレグルスへ向けて銀河鉄道を走らせるのだった。
薄暗い部屋の中で残念そうに呟く女性の声が響く。
黒いローブに身を包んだ女性の前には水晶玉が置かれており、そこには幻星雲から脱出するアクア達の姿が映し出されていた。
「仕方ないさ。思わぬ邪魔が入ってしまったんだからね。まぁ、お楽しみは先に取っておこうじゃないか」
次に女性を宥めるように横から男性の声が聞こえてくる。
そう、この2人はプレアデス軍とは別にアクア達を狙う『Peace maker』のカストルとポルだ。
「とは言ったものの、どうするか。我々Peace makerに大人しく入る気も無さそうだしな」
カストルは「うーむ」と腕を組みながら目を閉じる。
「手っ取り早く洗脳しちゃうのは?私達ならあっという間にあの4人を捕まえられるよ?」
ポルはクスクスッと笑うと恐ろしい事をさらっと口に出す。
カストルも「ふふふ、最終手段は…ね」と返した。
するとその時、アクア達を映し出していた水晶玉が突然点滅し始める。
そして、一瞬眩い光に包まれたかと思うとそこに1人の少年が映し出された。
黒と灰色の体毛を持つ狐のような姿をした少年で、頭には赤いバンダナをしており、左の赤い瞳と右の青い瞳のオッドアイ、そして何より9つに分かれた尻尾を持つ『九尾』の少年だ。
そして、少年は意図的に左腕を隠すような白いマントを羽織っていた。
「何者かな、この子。私達のプロテクトを突破してこの世界に干渉してきたみたいだけど」
「ふーん、面白そうな子だね?アクア君達の前にこの子に会ってみようか。その力、気になるしね」
そう言うと2人は水晶玉から離れ、暗闇の奥へと姿を消す…。
薄暗い部屋の中に残された水晶玉は、九尾の少年を映し出したまま、誰もいなくなった部屋を不気味に照らすのだった。
そして、水晶玉に映し出された少年はというと何やらキョロキョロと辺りを見回すとため息をついた。
「…無理矢理この世界に干渉したからバレたみたいだよ。内側から出られないようにより強力なプロテクトを掛けたみたい」
九尾の少年は、誰かと会話をするように突然喋り出す。
すると、姿は見えないが少年の声に応えるように声が聞こえてきた。
《仕方ないでしょう?他に方法が無かったのですから。分かっているとは思いますが、必要以上に人々に干渉する事は…》
「分かってる、努力はするから。…全く、毎度毎度無茶振りもいい所だよ」
九尾の少年は、ブスッと不満を漏らしながらも足元に転がっていたギターケースを背負うと、静かに歩き始めた。
「…僕も故郷の世界へ帰りたいな。もう、叶わない願いだけどね」
九尾の少年は、物悲しい目を浮かべると、森の奥へと消えていくのだった。
その頃アクア達、星空トレイン一行は、シリウスから教えてもらった『星天獣の剣の達人がいる星』へ着いていた。
その星には、見渡す限りの自然が広がっており、村や町など、星獣達が住む集落は見当たらなかった。
しかし、そんな中でも海岸沿いの崖の上に立つ小屋を見つけ、その近くへ列車を停めたのだった。
「ひっそりと住んでるってシリウスさんが言ってたけど、確かに星獣達が大勢住んでる様子も無いな」
列車から降り、辺りを見回すリゲル。
続いて「同感だ」とスピカが続いた。
「因みにアクアとリゲルは、本当に聞いた事がないのか?その、星天獣に剣の達人がいるというのは…」
スピカの質問にアクアとリゲルは顔を見合わせると、揃って首を横に振った。
「ううん、僕達は聞いた事ないよ」
「そもそもこの辺りはレグルス領の外れな訳だし、普段はこんな所は誰も立ち寄らないから…」
しかし、リゲルは「でも…」と何やら気になる事があった。
それは、アクアもリゲルも『星天獣に剣の達人がいるという事を全く知らない事』自体だった。
本来、戦いを避ける種族である星天獣。
その星天獣に剣の達人がいるとなれば、少なくとも同じ星天獣の間で話題になるはずだ、とそう思ったのだ。
「シリウスさんの情報だから間違いないだろうけど…。ちょっと引っかかってさ」
「…とにかく、その人に会ってみるしかないな。空から見えた小屋はすぐそこのはずだから行ってみよう」
スピカの先導の元、空から見えた小屋へと向かうアクア達。
小屋は崖の上に建てられている為、急な坂道を登りながら歩いて行く…。
坂を登り切り、視界が開けると小屋が姿を現した。
かなりの年月が経った様子の木造で出来た小屋だが、外に新しい焚き火の跡がある等、誰かが生活している跡が確かにあった。
「ごめんください」
スピカは、挨拶をしながらそっと小屋のドアを開ける。
すると、小屋の中には若い星天獣の女性がスピカ達の方へ床に手を当てて、深々と頭を下げながら待っていた。
女性は、見た目はスピカやリゲル、アルと同じ位の歳に見える真っ白の体毛を持つ猫獣人。
どうやら列車の近づいてくる音でアクア達が来る事を予測していたようだ。
「よくいらっしゃいました。…しかし、星天獣と冥天獣が共に行動しているとは珍しいですね」
「突然押し掛けてすいません。この星に剣の達人が居ると聞いて訪ねて来たのですが…。もしかしてあなたが…?」
アルは、まさかと思いながら恐る恐る女性に質問する。
すると、女性は「この星には私1人しかいないので、そういう事になりますかね」と返した。
「…ご迷惑でなければ、お話だけでも聞いて頂けませんか?」
スピカは、深々と頭を下げる。
アクア達もそれに続いて慌てて頭を下げた。
女性は、目を閉じて暫く沈黙し、長めの息を吐く…。
そして「良いでしょう、上がって下さい」と返すとアクア達を中へ招き入れた。
女性は、アクア達を前に座り直すと『レグ』と名乗る。
そして、それに続く形でアクア達も順に名前を自己紹介をしていった。
スピカは、自分達がプレアデス軍から狙われ、追われている事情を話し、得体の知れない者達からも狙われている事を話した。
「私は、この子達が無事にレグルスへ帰れるようにもっと強くなりたい。レグさん、貴方が剣の達人なら私に稽古をつけてくれませんか?お願いします」
スピカは、再び深く頭を下げる。
レグは「分かりました」と静かに頷き、立ち上がるとスピカを外へと連れ出した。
アクア達もそれに続いてぞろぞろと外へと出る。
外に出るとスピカとレグが距離を取って向かい合っていた。
「まず、貴方の力を私に見せて下さい。必ず本気で来て下さい。良いですね?」
「はい、よろしくお願いします」
スピカは一礼すると腰から星の武器を抜く。
そして、持ち手からエネルギー刃が展開されるとグッと構えた。
一方のレグは腰から刀を引き抜き、構える。
レグが刀を構えた時、アクアとリゲルはレグの刀が普通ではない事にすぐに気がついた。
「リゲルさん、あの刀…」
「あぁ、星の雫が使われてるな。しかもかなり上質な…」
その時、リゲルはふと思った。
『どうして、レグさんは星の雫で作った武器を持っているのだろう』と…。
だが、そう考え込んでいると激しい金属音が辺りに響き渡った。
スピカが全力で振りかざした剣をレグが受け止めた音だ。
スピカは攻撃の手を休める事なく、次々と攻撃を繰り出していく。
踏み込んでからの突き攻撃、更にそこから横斬り、そして縦斬りへと目にも止まらぬ速さで連続攻撃を仕掛ける。
しかし、レグは突きを紙一重でかわすと、横斬りを刀で受け止め、縦斬りをバック宙でひらりと交わした。
それどころか、今度は逆にレグが攻撃を仕掛けてくる。
突き攻撃からの横斬り、とお返しとばかりにスピカへ繰り出される連続攻撃…。
スピカも突きをサッとかわすと横斬りを自らの横斬りで弾き返した。
2人は高速で飛び回りながらお互いの力をぶつけ合い、辺りには激しい金属音が響き渡った。
「ア、アルさん…。これは互角と見ていいのか…?」
高次元の戦いに思わずアルへ質問するリゲル。
「…いや、スピカ様の呼吸が少し乱れ始めています。それに対しレグ殿の呼吸は乱れていません」
アルは、疲れが見え始めたスピカをじっと見つめる。
軍で共に活動していたアルもこんなスピカの姿を見るのは初めてだった。
「(まだだ…!この程度で弱音を吐いていたら、アクア達を護れない…!)」
スピカの全身に更に力が入る。
しかし、それを見たレグは「ここまでです」と戦いを中断した。
「ど、どうしてですか!?私はまだ…!」
「これは稽古ではありません。私は『まず貴方の力を見せて欲しい』と言っただけです」
レグは刀を鞘にしまうとスピカに背を向けた。
「貴方の実力は分かりました。しかしながら、私から技術的な事で教えられる事は何も無いようです」
「えっ…!?」
『教える事は何も無い』
レグの口から出て来た言葉にスピカは首を横に振った。
「そんな事はありません!レグさんの剣術の高さは私を遥かに凌いでいます。私は強くならなくてはならない…真の強さを手にしたいんです!」
「では、貴方の求める『真の強さ』とは何ですか?」
「そ、それは…」
レグから突然質問をされ、言葉を詰まらせるスピカ…。
レグは振り返るとスピカをじっと見つめた。
「今夜一晩、時間をあげます。貴方の求める『強さ』とは何かをもう一度考えてみて下さい」
「私の求める強さ…」
「貴方は気がついていないだけ…。貴方の武器がずっと訴えかけています。それに耳を傾ければ…分かるはずです」
レグは、そう言うと小屋の中へと入っていく…。
一方、自分の求めていた『真の強さ』が何かを見失ったスピカは、暫くの間ただ呆然とその場に立ち尽くしてしまうのだった。
そして、日はすっかり落ち、レグの小屋の中で食事を済ませたアクア達。
食事の後、レグは皆を外へと誘った。
「折角ですから、星空でも見ながらお話しませんか?この星は私1人しか暮らしていませんから空気は澄んでいますし、とても綺麗な星空が見えますよ」
『綺麗な星空』と聞いてキラキラと目を輝かせるアクア。
それを見たリゲルは苦笑いをし、アルはクスクスと微笑んだ。
「アクア殿は本当に星空を見るのが好きですね」
「うん!星の見え方は場所によって違うからどこで見ても飽きないし、心が落ち着くんだ!」
アクア達が盛り上がる中、スピカだけは1人浮かない表情のまま言葉を発しなかった。
そして、ふらふらと立ちがると1人で小屋の出入り口へと歩いて行った。
「すまない、私は浜で風にでも当たってくる」
「スピカさん…」
アクアは元気のないスピカの名前を呼ぶ。
すると、スピカは振り返ると「大丈夫だ。すぐに戻ってくるから」と微笑むと外へと出て行った。
だが、アクアはスピカが無理をして笑っている事に気がついていた。
1人で海岸へ向かうスピカは崖へと飛び込む。
僅かな飛び出している岩場を足場代わりにしながら飛び移り、最短距離で崖下の海岸へと向かった。
碧い月の光に照らされた砂浜を1人歩くスピカ。
辺りは静寂に包まれており、引いては寄せてを繰り返す波の音だけが響いている。
そんな静かな砂浜に腰を下ろすとため息をついた。
「武器に聞いてみろ、か…」
レグの言われた事を思い出し、腰から武器を取り出すスピカ…。
「私は冥天獣…。物の声を聞く事は出来ない。どうすればいいのかわからない…!」
スピカは、悔しさと自分の力不足から涙を流し始める。
ポタポタと涙が頬を伝って握りしめる武器へと落ちた…。
すると、その時だった。
波の音に混ざって何やら音楽が聞こえてきた。
「(楽器の音…。ギターか?)」
涙を拭いて立ち上がると砂浜の奥にある岩場へと向かうスピカ。
大きな岩場へと飛び乗り、奥を覗く。
すると、そこには九尾の狐の少年が背を向けながらギターを弾いていた。
そう、Peace makerの2人が水晶玉で見ていた少年だ。
「(何だ、この子…?この星にはレグさんしか暮らしていないはずでは…?)」
ポカン、と立ち尽くしているとそれに気がついたのか、少年はギター弾くのを止めると振り返った。
「…?この星はレグさんしか暮らしてないって聞いてたけど、貴方は?」
スピカは、九尾の少年から『レグ』の名前が出てきた事でレグの知り合いだと悟った。
少年の体はアクアよりも小さく、幼く見えるが、その様子や口調はとても落ち着いていた。
「あっ…すまない。邪魔をするつもりはなかったんだが…。私はスピカ。ちょっと訳ありで旅をしている者でレグさんを訪ねてこの星に寄ったんだが…」
「僕はクロノって言います。僕も…似たような者ですね、旅の者です」
クロノは、そう言うとギターをケースにしまい、スピカの顔をじっと見つめる。
そして「その…何かあったんですか?」と聞いてきた。
突然の事にビクッと耳と尻尾が逆立ち、驚くスピカ。
クロノは苦笑いをすると隣へ座るように催促をした。
「ごめんなさい。でも、涙を流した痕があったからつい…」
そして「でも、話したくなかったら話さなくてもいいですから…」と付け足した。
この時、スピカはクロノが『ただの少年ではない』と何となくだが悟った。
月明かりがあるとはいえ、薄暗いこの場所で僅かな涙の痕を見つけ、スピカの心理を読み取ったのだから…。
そもそもクロノは、星天獣でも冥天獣でもない様な独特な雰囲気を漂わせていた。
そして、その容姿からは想像も出来ない大人っぽさもそう思わせる一つの要因だった。
「…不思議だよ。初対面なのに君に話を聞いてほしい、と思っている自分がいるんだ」
スピカはそう言うとクロノの横へ並んで座る。
そして、レグに言われた事、自分の目標を見失いどうすればいいのか悩んでいる事を話した。
「レグさんがそんな事をね〜…。で、その武器っていうのは?」
興味を持ったクロノは、スピカに『武器を見せて欲しい』とお願いする。
スピカは、腰から星の武器を取り出すとクロノに手渡した。
「一緒に旅をしている仲間が作ってくれたんだ。敵であろうと決して殺めない…。そんな優しさが詰まった武器なんだ」
「…なるほど。良い武器ですね」
クロノは、目を瞑ると星の武器をギュッと抱きしめる。
そして「確かに、レグさんの言う通りかも」と呟いた。
「スピカさんはこの武器がどういう想いで作られたのか、考えた事はありますか?」
クロノの唐突な質問に首を横に振るスピカ。
クロノは、優しく微笑むと星の武器をスピカに返した。
「この武器がどういう想いから作られてスピカさんへ託したのか…。それがきっと答えになるんじゃないかな?」
受け取ったスピカは、じっと星の武器を見つめた。
「(この武器は…アクアが私の為に作ってくれた。決して他人を殺めない星天獣としての責任、優しさが詰まった武器…。だが、それ以外に込められたものがあるというのか…?)」
考え込むスピカを横目にクロノは立ち上がるとギターをケースごと背負った。
「すいません、僕はこの辺りで失礼します。ちょっと調べなきゃならない事もあるので…」
静かにその場を立ち去ろうとするクロノだったが、スピカは直ぐに「待ってくれ!」と呼び止めた。
「良かったら最後に聞かせて欲しい。クロノ、君は一体何者なんだ?」
正体が気になるスピカは、思い切ってクロノに質問をぶつける。
だがその時、スピカの後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「是非、私達にも聞かせて欲しいなぁ…。君が何者なのか」
その悪戯に笑う声に全身の毛が逆立つ…。
スピカは、恐る恐る振り返った。
するとそこに居たのは、Peace makerの2人、ポルとカストルだ。
「カストルとポル…!」
2人の姿を見るなり直ぐに身構えるスピカ。
カストルとポルの2人はそんな姿にクスクスと不気味に笑った。
「お久しぶりだね、スピカさん。そろそろあの時の返事を聞きに行こうと思ってた所だったんだ」
「でも、今日用があるのはそっちの子なんだよね〜。クロノ君、だっけ?」
カストルとポルは、クロノを見つめた。
「スピカさん、この2人は?」
「Peace makerという良からぬ事をを企んでいる奴らだ。ロクでもない奴らだという事は確かなのだが」
クロノは「そうですか…」と呟くとギターケースを地面に置き、スピカと並ぶようにして立った。
「それじゃ、貴方達ですね?この宇宙のこの時代にアクセス出来ないようにしているのは…」
「…やっぱり只者じゃないね。詳しく聞かせてもらおうか!」
そう言うと、カストルは手から電撃を放った。
カストルの放った電撃は、真っ直ぐクロノへと飛んでいく。
「…!危ないっ!!」
スピカは、咄嗟にクロノを押し退けた。
押されたクロノは、岩場から身を投げ出され形になってしまい、海へと落ちてしまった。
そして、カストルの放った電撃はスピカに直撃してしまった。
「うわあぁぁっ!!」
辺りにスピカの悲鳴が響く。
電撃はスピカの手足に纏わりつく様に残り、鎖の様に体を拘束してしまった。
「あーあ、逃げられちゃったぁ」
「困るなぁ、こっちも計画を立ててきてるのに…。でも、君が欲しい事には変わりないし、順番は前後するけど捕らえさせてもらうよ」
「ふふふっ、じゃあ早速アクア君達を迎えに行こ?ね、スピカさん?」
カストルとポルは、ニヤリと不気味に笑うと、捕らえたスピカを連れて闇に消えてしまう。
クロノ、スピカ、カストル、ポルが姿を消し、辺りに聞こえるのは再び波の音だけになった。
だが、岩場の奥…。
クロノが落ちた場所から微かに物音が聞こえてきた。
「…ふぅ。何とか落ちずに済んだけど」
波が打ちつける岩の影からクロノが這い上がってきた。
海に落ちる寸前に岩に剣を突き刺し、それに掴まっていたのだ。
這い上がったクロノは、一息つくとレグの小屋がある崖の上を見上げた。
「スピカさんは僕を庇って連れ去られたんだ。『関係のない者を巻き込んではいけない』だったよね?」
クロノは、ぽつりと呟くと小走りにその場を後にするのだった。
その頃、アクア達は焚き火を囲んで星を眺めながら話をしていた。
「そうですか。プレアデス軍ではそんな事が起こっているのですね…」
「はい。私も軍に所属していた身なので信じたくはないのですが…。あの組織は完全に狂い始めています」
真剣な表情で軍の実態を話すアル。
そんな話をレグは何やら物悲しい表情で聞いていた。
「そして、軍の追手から逃れる為に禁断である星の武器に手を出した、という事ですか」
レグの『禁断』という言葉にビクッと反応してしまうアクア。
そして責任を感じてか、しゅん、と折れた耳が更に垂れる。
それを見たレグはクスクスと微笑むと「ごめんなさいね。そういうつもりじゃないんです」と謝った。
「あの武器に込もっていたのはアクア君の想いだったんですね。とても素敵な想いでしたよ」
模擬戦の中でレグは、星の武器に込められた強い想いを感じ取っていた。
それを褒められたアクアは思わず顔を赤くして照れてしまう。
それを見たリゲルは悪戯に笑い、アルもクスッと微笑んだ。
「スピカさんは充分強い。でも、自分で自分に『枷』を掛けてしまっているんです。自分でも気がつかない内に…。その枷を解く鍵をずっと星の武器が、アクア君の想いが語りかけてくれているというのに…」
「アクアの想い…か。で、一体どんな想いを込めて作ったんだ?」
リゲルは、再びからかう様にニカッと笑いながらアクアの顔を覗き込む。
するとアクアは「そ、それはぁ…」と顔を真っ赤にしてしまうのだった。
それを見たリゲルは思わず大笑い。
アルとレグもつい声をあげて笑ってしまうのだった。
「そ、そんな事より!そろそろスピカさんを迎えに行かない?」
「確かに、すぐ戻ってくると言ってた割にはちょっと遅いですね…。私が見て来ますよ」
アルは、そう言って立ち上がるが「待って下さい」とレグが止めた。
何故止めるのか分からないアクア達…。
しかし、その直後、背後から聞こえてくる声にアクア達は凍りついてしまうのだった。
「お探しものは彼女かしら、アクア君?」
慌てて振り返ると、そこに居たのはカストルとポル。
そして、何とスピカが一緒に立っていた。
「ス、スピカさん!!」
アクアは大声でスピカを呼ぶが、スピカの様子がおかしい。
あろう事か、アクア達に剣先を向けてきたのだ。
「み…んな、逃げ、ろ…!体が…勝…手…に…!」
必死に抵抗しているのだろう。
スピカは苦しそうに顔を歪ませる。
よく見るとスピカの手足と首に黄色く光る輪が付いており、そこから鎖の様な紐状の物がポルの手へと伸びていた。
「ふーん、まだ抵抗出来るんだ?」
ふふふ、と笑うとポルは、スピカに繋がれた鎖に電撃を流した。
スピカは「うわあぁぁっ…!!」と大声で悲鳴を上げる…。
電撃を浴びせられ、視界がボヤけ始める。
「(嫌…だ…。みん…なを傷…つけ…たくな…)」
スピカの視界は真っ暗になった。
気を失ってしまったらしく、倒れる様に頭が前へと垂れる。
しかし、鎖で操られているスピカは、倒れる事なく、顔を地面に向けながら不気味に立ち尽くしていた。
「スピカさん、スピカさん!しっかりして…!」
アクアは必死に名前を呼ぶがスピカから反応は無かった。
そればかりか、スピカは剣を突き出しながらアクア達に襲いかかってくる…。
「アクア、下がれ!」
リゲルは、アクアの前へ素早く出ると白刃取りの要領で剣を受け止めた。
そして、リゲルの背後からアルが飛び出し、スピカを蹴り飛ばして押し返した。
「アルさん、どうしよう?このままじゃ埒があかない…!」
「確かに…。操られているスピカ様を何とかしない限り、我々に勝ち目はありませんね…」
アルの言う通り、操られているスピカを何とかしてからカストルとポルを倒さない限り状況は悪くなる一方だ。
しかし、カストルとポルに攻撃をしようものなら直ぐにスピカを間に割り込ませ、巧みに邪魔をしていた。
「ふふふ、そろそろ無駄だと分かったかな?アクア君もリゲル君も大人しくこちらへ来なさい。もし、これ以上逆らうならスピカさんがどうなるか…分かるね?」
カストルがそう言うと、ポルは手のひらに電撃をパチパチと出し、アクア達に見せつけた。
アクアとリゲルは、顔を見合わせると頷き、カストル達の方へ向かおうと足を出す…。
しかし、アルがそんな2人の腕をガシッと掴んで止めた。
「アクア殿、リゲル殿!行ったらダメだ!落ち着きなさい!」
「…ごめんアルさん。でもオレ達が行かなきゃスピカさんがもっと傷つけられる…。それだったら…!」
リゲルは、アルの手を振り解くと再び歩き出そうとする。
だがその時、沈黙を決めていたレグがアクアとリゲルを横から追い抜き、2人の前へと出た。
その表情は真剣そのものであり、アクア達を庇い、守る様に両手を広げた。
「貴方達が軍の他にこの子達を狙う方達ですか。しかし、これ以上『私達の子供達』を苦しめるなら私も黙って見ている訳にはいきません」
「私達の子供達…?」
レグの言葉にキョトンとするアクア達。
すると、突然レグの背中から真っ白で大きな翼が姿を現した。
そして「居るのは分かっていますよ。その気があるなら力を貸して下さい」と一言呟いた。
その瞬間、スピカとポルを繋いでいた鎖がパチン!と砕け散った。
鎖から解放されたスピカは、その場へ崩れ落ちそうになるが姿を現した九尾の少年によって支えられた。
そう、海岸でスピカと話をしていたクロノだ。
クロノは、素早くスピカの肩を持つとアクア達の方へと飛んで運ぶ。
そして、アクア達にスピカを渡すとカストル達を睨みつけた。
「…クロノ君はともかく、天使まで登場となると少々部が悪いかな」
「でもスピカさんはもう私達のものだよ?こっちに返してもらうねっ」
ポルは、引き寄せる様にクイッと指を手前へ引く。
するとそれに反応する様にスピカの体が浮き、引き寄せられる様に動き出した。
「や、やめてっ!」と慌てるアクア。
アクアの声にクロノは直ぐに振り返ると左手でスピカの首と手足に付いていた黄色い光の輪に触れる。
するとその瞬間、スピカに付けられていた光の輪はパチン!と粉々に砕け散った。
それを見たカストル達も流石に驚いたのか、一瞬表情が引きつった。
「これでスピカさんは解放されたはず。元々、僕が目的でこの星へ来たみたいだけど、どうしますか?まだやりますか?」
そう言って腰に付けていた剣を抜いて構えるクロノ。
クロノの剣もスピカの武器の様にエネルギー刃を展開するタイプの武器だった。
「相変わらず不思議な力を使いますね、貴方は…。しかし、味方だとこんなに心強い事はないですけどね」
レグもクロノと並んで刀を構える。
すると、カストルはチッ!と舌打ちをすると「仕方ないですね。こちらも次の段階へ移らせて頂きましょう」と言うとワームホールの様な物を作り出し、その中へと入っていった。
ポルも「次は必ず捕まえちゃうから、覚悟してね!」と言い残すとカストルを追ってワームホールの中へ…。
そして、2人の入っていったワームホールは、しばらくすると消えていった。
突然現れた謎の少年クロノに天使の翼が生えたレグ…。
情報量の多さに頭が追いつかないアクア達…。
レグとクロノの後ろ姿を呆然と眺めていると、レグが苦笑いをしながら振り返った。
「聞きたい事が山ほどあるのは承知しています。ですが、まずはスピカさんを運びましょう。話はそれからです」
レグの提案に頷くと、小屋の中へとスピカを運び、布団へ寝かせる。
「うん、どうやら気を失っているだけみたい。厄介な魔法も掛けられていないみたいだし、心配ないよ」
クロノはスピカの体に異変がない事を確認すると毛布を優しく掛けた。
そして、アクア達はレグとクロノの2人と対面する形で座り込んだ。
「まず、私の話からしましょう。この翼を見れば分かる通り、私は星天獣ではありません。正確に言えば、私は星天獣よりも前にミラ銀河に繁栄していた種族です」
星天獣がミラ銀河に栄える前、ミラ銀河には『天使獣』という種族が暮らしていた。
天使獣は、魔法を使い、星の雫も扱える万能種族。
争いを拒む民族性であり、魔法も攻撃魔法といった物は扱う事はなかった。
しかし、ある時平和なミラ銀河に異変が起こる。
それは『別宇宙との重なり』だった。
そう、それこそが今のアクア達の宇宙の始まり…。
別宇宙の『アンカア銀河』には、『悪魔獣』という種族が種族が暮らしていた。
悪魔獣も魔法を扱い、星の雫も扱える万能種族だったが天使獣とは違い、強力な攻撃魔法や鍛え上げた自らの体を使う事を得意とする戦闘種族だった。
宇宙の重なりと共にお互いの存在に気がついた双方の種族は協力し合って捜査を開始。
この時、お互いの意見を尊重し合い、共に手を取り合っていく世界を望んでいた。
「ところが、独占的に力を持つ者達によって2つの種族は争いを始めたんです」
互いが互いを傷つけ合うように…。
星の雫を使った兵器を大量に製造し、沢山の命を奪いあう。
何が真実で何が嘘なのか知らないまま争い続け、次第に争う事に理由など無くなり、それに対する抵抗すら無くなっていった。
互いに戦う事が当たり前になったある時、彼らの前に遂に『神』が姿を現した。
神の逆鱗に触れた2つの種族は、病気や祟りなどで次々と姿を消して行ったという。
2つの種族は、神の怒りを抑える為に互いに1人ずつ生贄を差し出した。
そう、その内の1人がレグという訳だ。
天使獣の生贄として差し出されたレグは、悪魔獣の生贄『ルイ』と共に神に差し出される。
しかし、『生贄によって自分達だけ助かろうとする者達』に神は更に激怒…。
神は…遂にレグとルイ以外の天使獣と悪魔獣を全て滅ぼした。
その後、レグとルイは神によって『命の呪い』を掛けられ、ミラ銀河とアンカア銀河の再建を任されたという。
「私達『生贄』は自分の意思で寿命を全うする事が出来ません。神が納得するまで私は生き続けるのです」
その後、レグは天使獣から魔法の力を取った『星天獣』を…
ルイは悪魔獣から星の雫を扱う力を取った『冥天獣』を創造し、まずは互いが干渉し合わないように距離を離して各宇宙へと放った。
これが、星天獣と冥天獣の始まりであり、レグが『私達の子供達』と言った意味の全てである。
それからルイは、星天獣と冥天獣の未来をレグに託し、宇宙を放浪する旅へ出たという。
長い昔話を終えると、レグは「ふぅ…」とひと息吐いた。
「我々が天使と悪魔に近い種族だと言われてはいますが、大昔にこんな事があったとは…」
想像もしなかった壮大な話に思わず圧倒され、腕を組むアル。
「それで、クロノさんとはどういう関係なんですか?戦ってる時の感じだと2人は知り合い?」
次にリゲルはクロノの事について質問し始めた。
「クロノ君は『時を司る神の使い』なのです。つまり、私達に再建のチャンスをくれた方の1人、という事になりますね」
「うん。僕は元々、別の世界の星獣なんだけどね。ある『重罪』を償う為に時の神様のお手伝いをしているんだ。それで、レグさんと知り合ったって訳」
そう、クロノは星獣ではあるが、更に別の世界から来た星獣だった。
スピカが感じていた『星天獣でも冥天獣でもない独特な雰囲気』の正体はこれだ。
そして、クロノの『重罪』という言葉にアクア達は思わず騒ついてしまう。
アルは失礼だと思いながらも「クロノ殿、大変失礼ですが、その『重罪』とは…?」と恐る恐る質問してみた。
「長くなっちゃうから少し省略するけど、僕は『本来の時間の流れを変えてしまった』んだ。時の流れを変えるのは重罪。だから僕は『時の罪人(つみびと)』って呼ばれてる」
クロノの世界では、時の流れを制御し、全ての時間を手に入れようとする集団がいた。
その集団の人体実験により、元居た世界とそっくりなパラレルワールドへ飛ばされたクロノ。
その世界のクロノは幼少期に亡くなっていたのだった。
クロノは、仲間達と共に時を支配しようとする集団の野望を阻止。
しかし『本来自分が存在しない世界』で活動した事により、時の流れが変化してしまっていた。
自分のしていた事を『罪』と理解していたクロノは、仲間達と離れ、時の神の使いへ…。
それによって歳を重ねる事も出来なくなり、現在は様々な世界を訪れ、時の流れに異変が無いかを調べまわっているのだという。
クロノが見た目の割に大人びているのはその為だった。
「本来は世界の住民とあまり接触するのは禁止されているんだけど、今回は僕がスピカさんを巻き込んでしまったからね。それにこの世界に歪みが生じているのはあの2人が原因とみて間違いないようだったし」
「世界の歪み…?」
アクアは難しい話に首を傾げた。
「恐らくだけど、あの2人は僕と同じく別世界、外宇宙の住人だ。スピカさんを操った魔法、あれを他に出来る者はこの宇宙にはいないはず…。繋がらない世界の本来存在しないものが入ったのであれば、世界は少しずつ歪みを生じていく…」
するとクロノは、マントで隠してあった左腕を見せる。
クロノの左腕は、真っ白な体毛であり、それ以外を黒と灰色の体毛に包まれているクロノにとってイレギュラーな存在だった。
「スピカさんの拘束を解いた僕の力だってこの世界には無い能力。本来なら僕も使うべきではなかったんだけどね」
「クロノさん、その腕は…」
あまりにも不自然な左腕に声を詰まらせるリゲル…。
クロノは、「そんな顔しないで」と言いながら左腕を優しく撫でた。
「この腕は別の子からの貰い物なんだ。僕が人体実験から生き延びれたのも魔法を打ち消す不思議な力が使えるようになったのもその子のおかげなんだ」
クロノは「とにかく、狙われている君達は特にあの2人には気をつけた方がいい。次はどんな手を使ってくるかわからないとなると余計にね」と付け加えた。
それを聞いたアクア達は不安そうな表情を浮かべながら「はい…」と答えた。
「少なくともここに居れば大丈夫。貴方達もゆっくり休みなさい。朝になればスピカさんも目を覚ますでしょう」
レグの気遣いに静かに頷くアクア達…。
夜の見張りはクロノとレグが交代で行う事になり、アクア達は眠りにつくのだった。
そして、すっかり夜も更けた頃…。
「…んー…!ダメだ、全然眠れないや」
中々寝付けないリゲルは、アクアやスピカを起こさないように外へと出る。
相変わらず外は、碧い月の光に照らされており、真夜中だというのに明るかった。
そんな月を見上げていると後ろから声を掛けられた。
「リゲルさん、どうしたの?」
ビクッと驚き、耳と尻尾がピンと立ってしまうリゲル。
振り返るとクロノが屋根の上から飛び降りて来た。
「な、何だクロノさんか。びっくりさせないでくれよ…。そういうクロノさんは何を?今の時間はレグさんが見張りじゃ…」
「僕はただの月光浴だよ。僕の世界も蒼色の月だったから何だか懐かしくて」
「そっか…。オレは何だか寝付けなくてさ」
『中々寝付けない』と言うリゲルに「寝付けなくても横になって休んだ方がいいよ」と優しく声を掛けるクロノ。
しかし、妙に目が冴えてしまっているリゲルは困った表情で「あはは…」と苦笑いをする。
すると、何かを思い出したように「そうだ。クロノさん、良かったらちょっと一緒に来てくれないか?」と唐突にクロノを誘った。
訳の分からないクロノだったが、とりあえずコクッと頷き、リゲルと共に坂道を下り始める。
その時、リゲルは唐突にクロノへ質問をし始めた。
「なぁ、クロノさん。クロノさんはレグさんと大昔に知り合ったんだろ?」
坂道を下りながらクロノに話掛けるリゲル。
その顔は何か考え事をしている表情を浮かべていた。
それに気がついていたクロノは「そうなるけど、どうかした?」と聞き返した。
「いや、レグさんが持ってる刀の事なんだけど…。あれってその時から?」
「そうだね、その時から持っていたよ」
「そっか…」
クロノの答えに何だか不安そうな表情を浮かべるリゲル。
リゲルがレグの刀の話をし始めた時、クロノは何となくリゲルが聞きたい事を悟っていた。
「レグさんの刀は紛れもなく『かつて沢山の命を奪ってきた星の武器』だよ」
「やっぱりそうなんだ…」
「あの時代、レグさん達は『生きる為には戦わなくてはならない時代』だったんだ。星の雫を兵器や武器にしてまで…ね」
リゲルは、不安そうな表情のまま空を見上げる。
クロノもリゲルの横を歩きながら空を見上げた。
「レグさんの『宇宙の再建という役割』はもう終えていると僕は思う。でもレグさんが未だ生き続けているのは、星の武器で命を奪った者への償い、星の武器を生み出した種族としての責任からなんじゃないかな」
「…オレも生み出した物の責任は取らなくちゃ…な。かつて父さんがそうしたように」
そんな事を話しながら暫く歩き、見えて来たのは星空トレインの車両。
車両の鍵を開けると、中へとクロノを招き入れるリゲル。
そして、アクアやリゲルが使う整備スペースへとクロノを案内した。
リゲルはイスに座ると引き出しの中に隠すようにしまってあった箱を取り出し、中身を机の上に広げた。
「リゲルさん、これってもしかして…」
「うん、アクアだけに背負わせる訳にはいかないだろ?今まで少しずつ作ってたんだけど、寝付けないなら一気に進めようかなって思ってさ。良かったら付き合ってくれないか?」
「…分かった。でも無理はしないでよ?リゲルさんが眠くなったら直ぐ戻るからね?」
「へへっ!りょーかい!」
リゲルは、ニカッと笑うと作業を開始。
そんなリゲルを見たクロノも優しく微笑むのだった。
そして、それと同じ頃…。
助け出された後もずっと眠り続けるスピカは、不思議な夢を見ていた。
真っ白で何もない空間にスピカは一人で立っていた。
ここが夢の中だという事は分かっているが、なぜ何もない空間に居る夢を見ているのか分からなかった。
しばらくぼーっとしていると頭の中にスピカの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
《スピカさん…。やっと私の声が届きましたね》
聞こえてきたのは幼い女性の声。
スピカは「だ、誰だ…?」と辺りを見回す。
すると、スピカの目の前にどこからともなく『星の武器』が現れた。
「まさか、君が話掛けているのか…?」
スピカは宙に浮かぶ星の武器を手に持つ。
すると、星の武器は優しい光で点滅し始めた。
《初めまして。そして私の主になってくれてありがとう、スピカさん》
「お、お礼を言うのは私の方だ。そしていつも無茶をさせてすまない」
《私は使われてこその存在。気にする事はありません。しかし、貴方は『アクア君が私を作った本当の意味』が分からないようで…?》
星の武器からの問いに「面目ないが、その通りだな…」と視線を逸らすスピカ。
すると、星の武器は「目を閉じて、私を抱いてください」と優しく語りかけた。
スピカは、言う通りに星の武器を胸に抱きしめて目を閉じる…。
すると突然、星の武器から眩い光が溢れ出し、スピカの体を包み込んだ。
そしてゆっくり目を開けると、そこは星空トレインの車両の中。
車両の中でアクアが星の武器をメンテナンスしている光景が広がっていた。
《スピカさん、いいですか?確かに私はプレアデス軍に対抗する為に作られました。しかし、私は元々アクア君のそれとは違う別の想いから作られたのですよ》
「うん!急ごしらえになっちゃったけど、問題なく使えてよかった!」
アクアは星の武器のメンテナンスを終えると丁寧に磨き上げる。
そして、ピカピカに磨き上げて満足そうな表情を浮かべると星の武器をギュッと抱きしめ、目を閉じた。
「お願い、どうかスピカさんを護って下さい。スピカさんは僕達の為なら無茶する人だから…。だから、どうかスピカさんを護って…!」
星の武器へ自分の想いを話すアクアの光景に心を打たれたスピカはただただ見つめる事しか出来なかった。
「僕は、スピカさんも含めた全員で帰りたいんだ。だから…」
「ア、アクア…君は…」
スピカの目から涙が溢れて頬を流れる。
その様子に「分かってくれましたか?アクア君の想いを…」と優しく語りかけた。
スピカは、止まらない涙を必死に拭きながら頷いた。
「ありがとう…。答えが見つかった気がするよ」
その答えに星の武器も「それは良かった」と微笑む。
そして、スピカの視界は再び光に包まれ、何も見えなくなるのだった。
「…んーっ…」
ぐっすり眠っていたスピカは漸く目を覚ました。
隣の布団にはアクアが寝息を立てながら眠っていた。
その姿に思わずクスッと微笑むと、枕元に置いてあった星の武器を持ち、アクアを起こさないように外へ出る。
外は昇ったばかりの太陽から気持ちの良い陽の光が降り注がれていた。
「気分はどうですか?」
一足先に外へ出ていたレグがスピカに話しかける。
スピカは「はい。大丈夫です。ご迷惑をお掛けして本当にすいませんでした」と深々と頭を下げた。
レグは、その時のスピカの表情から何かを感じ取ったようで「私が言った事、分かりましたか?」と質問をしてきた。
スピカは「はい。全て、という訳ではないと思いますが…」と少し不安そうに答えた。
「私は今まで『アクア達が助かりさえすれば、自分はどうなっても構わない』とそう思っていました。でも、夢の中でこの武器に込められた想いを知った時『私もアクア達の為に生き残らなくては』と強く思いました」
スピカは、今まで『アクアやリゲルが助かるなら自分などどうなっても構わない』という思いで戦ってきた。
それは軍人時代も同じで『軍の為、国の為なら自らの命を捧げる』
そういう思いで戦いに身を投じてきた。
しかし、それは知らず知らずのうちにスピカに『諦め』という枷を付けてしまっていたようだ。
「無謀と勇敢の意味をアクア達から教えて貰った気がします。アクア達の為に私は生きたい…。強く、そう思いました」
「…この先、あの2人は何が何でも貴方達を狙ってくるでしょう。しかし、今の事を忘れなければ、アクア君達を最後まで守り抜く事が出来るはずです」
レグは、スピカの肩をポンポンと優しく叩く。
スピカは「本当にお世話になりました。これからも精進します」と片膝を付いて頭を下げた。
そして、すっかり陽も高く昇った頃…。
ポォーッ!と大きな汽笛の音が響き渡った。
アクアとリゲルは出発準備を済ませ、先頭車両から外へと出てくる。
そこでは、レグとクロノも見送りに来ており、スピカ達と話をしていた。
「スピカさん、この先はどうしようか?スピカさんとアルさんは寄りたい星とかはある?」
リゲルからの質問にスピカとアルは「いや、私達は特に…」と答える。
すると、それを聞いていたレグが突然地図を指差した。
「目的地が無いなら、この星へ行ってみると良いでしょう。私の名前とコレを見せれば集落に迎え入れてくれると思います」
そう言うとレグは、自身の翼から羽根を一つ取り、アクアに渡した。
レグの勧めに「何があるんですか?」と聞き返すアクア。
レグは、首を横に振ると「私の口から説明するより自分達の目で見てみて下さい」とそれ以上は話してくれなかった。
「クロノさんはこれからどうするの?」
「本当は君達と旅をしてみたいんだけどね。今の僕はそういう立場じゃないから…」
アクアからの質問に「僕は暫くここに残るよ」と答えるクロノの表情は少し残念そうだ。
「そっか…。一緒に来てくれると心強いんだけど、そもそも神様の使いだし、本来はオレ達とあんまり関わっちゃいけないんだもんな」
「うん。君達が無事に旅を終えられるように祈っているよ」
クロノは、リゲルに手を差し出す。
リゲルはクロノの手をグッと握り、握手をした。
「クロノさん、またいつか必ず会おうよ!その時は銀河鉄道で宇宙を案内するから!」
リゲルとクロノが握手で繋いでいる手の上に手を乗せるアクア。
クロノは、優しく微笑むと「またいつか、会える時が来たら、ね」と言い、アクアの頭を優しく撫でる。
しかし、クロノの方が身長が小さい為、何だか変な感じになってしまい、周りに居たスピカ達は思わず笑ってしまうのだった。
「それじゃ名残惜しいですけど、そろそろ出発しましょうか」
「あぁ、そうしよう。よし、それじゃレグさんの教えてくれた星へ向けて出発だ!」
「「らじゃー!」」
スピカの号令に元気よく敬礼するアクアとリゲル。
リゲルは、先頭車両へスピカとアルは客車へ乗り込み、その場でアクアは首から下げている小袋からハーモニカを取り出した。
そして、星空トレインの発車メロディを軽快に奏でた。
《間もなく、星空トレインの車両が発車致します。車両に近づきすぎないようにご注意下さい》
リゲルのアナウンスと共にアクアも先頭車両へと乗り込む。
そして、空へと伸びる線路が生成され始め、車両がゆっくりと進み始めた。
アクア達は窓から顔を出し、地上のレグとクロノに大きく手を振る。
地上のクロノとレグも車両が見えなくなるまで手を振るのだった。
「良かったんですか?本当の事を言わなくて」
「アクア君とスピカさんの事?今、あの2人が事実を知るには早すぎるよ。きっと受け止められない…」
「なるほど『視えた』わけですね」
クロノは、一歩前へ出ると見えなくなった列車が走って行った空を再び見上げた。
「でも、彼らが笑顔で笑い合っていた光景が視えたのも確かさ。きっと乗り越えられるよ、彼らなら」
クロノが見上げる空の向こうには何が視えているのだろうか。
クロノとレグは青く澄み渡る空を暫く眺めているのだった。
そして、宇宙空間を進むアクア達はというと先頭車両に集まっていた。
「アルさん、これ受け取ってくれよ」
「リゲル殿、これはもしや…?」
リゲルがアルに手渡した物…。
それは銃のタイプの星の武器だった。
リゲルは、みんなが寝静まった頃にこっそりと作業を進め、昨日の夜にクロノに付き合って貰って完成したようだ。
「スピカさんから射撃の腕が軍の中でトップクラスだって聞いてたから、思い切って銃の機能だけに絞ってみたんだ」
アルは受け取った銃を試しにサッと構えて狙いを定めてみた。
リゲルの作った銃はとにかく軽く不思議と手に馴染んだ。
「凄い…。とても手に馴染みます…!」
「今後の整備はオレが担当するから、調整して欲しい事なんかも遠慮なく言ってくれよ!アクアにばっかり負担をかける訳にはいかないからさ」
アクアの顔を見ながらニカッと笑うリゲル。
その笑顔に釣られるようにアクアもクスッと微笑むのだった。
今回、思わぬ形で不思議な出会いをしたアクア達。
その中でスピカは今一度、自分に足りないものを見つけることが出来た。
最後にアクアやリゲル、そしてアルと無事に笑い合うその日が来るまで、仲間達の為に必死に生きようと誓うのだった。
そして、いよいよ本格的にアクア達に迫り、牙を剥き出し始めたPeace makerの2人。
アクア達は、不安を抱えながらもレグルスへ向けて銀河鉄道を走らせるのだった。