第二話『狙われました』
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◆
『黒い化け物を見たら逃げろ』
クロが虹雅渓に滞在して数日経った頃、下層区域を中心にこういった噂が流れ始めた。夜な夜な街を徘徊しては出会った人間の命を刈り取るのだという刈り。
刈り取られる者の大半は街のゴロツキだったり、女性や老人など弱者を襲う暴漢だったり、サムライくずれだったりと人選が限られていた。
化け物、なんて呼ばれてはいるため恐ろしくはあるが住民にしてみれば街から厄介者や危険人物がいなくなったと安心していた。
この噂は虹雅渓の各層にいる大店のアキンドで構成された組主たちを通じて、虹雅渓差配アヤマロの耳にも入り『虹雅渓下層にて辻斬りが横行している』と伝えられた。
虹雅渓はアキンドの街であり、サムライいらずと謳うアヤマロにしてみればサムライ狩りを決行するチャンスとなりそうだった。
しかし殺されているのがサムライくずれを含めて街の厄介者であったから感謝している人々が増えていること、下層区域が以前より比較的に治安が良くなったこともあり、サムライ狩りは決行に移されることはなかった。
サムライ狩りが決行されない代わりに、派遣されたアヤマロの私兵のかむろ衆が下手人特定のため、調査をするも凶行があったのが全て夜であり、現場を目撃した人からはまるでかまいたちが現れたみたいに一瞬にして斬られていたということで姿をみたものはいなかった。
(かまいたちと聞いてアヤマロの息子ウキョウは虹雅渓にも、とうとう妖怪が出たかと大いに笑っていた)
そのため有力な情報も得られず犯人を上げることはできないでいた。その後もほそぼそと調査は続けられたが大して何も得られなかったため、現在は噂だけが流れている状況となっている。
そんな噂に恐ろしいと怯える上層区域の人々を他所にその噂の張本人である『黒い化け物』ことクロは自身が噂になっていることなどつゆも知らず、今日も今日とて虹雅渓を散策している。
本日は下層の宿から昇降機を使って第三層、第二層と登っていった。第二層は大店の店が多く、下層よりは断然派手で高級感があった。店の入口から食べ物の匂いが風に乗って漂ってくるが、食欲をそそられることなくクロは上を見上げて首を回した。
ここにきた目的は散歩の他にもう一つあった。下層から今日は良い天気であると見ている内に空を眺めてみたくなったからだ。
刀として生きて在った時代を思い馳せるために。
兄と共に駆け抜けたあの戦場を忘れぬために。
通り道を歩く人々が多くいる中一人だけ、手を庇に上を見て回っていれば嫌でも目立つ。
そんなクロを御用車の御簾越しに眺める男がいた。
「よいねえ……アレ」
白塗りの顔で口元を緩めて彼女を見つめているのは虹雅渓差配アヤマロの息子のウキョウだ。第一層にあるアヤマロの御殿からの帰り道の途中であった。
代わり映えしない第二層の景色とは異なるものが写ったので車を止めさせて外を覗けば彼の目に入ったのは短い黒髪を風になびかせる青い瞳の女だ。
「若」
うっとりしているウキョウにパイプ煙草を咥えた男が声をかけた。
彼はテッサイといい、先の戦を生き残ったサムライくずれだったが、今はウキョウの用心棒として仕えている。彼はウキョウの指す女を一目見ると眉根を寄せ、首を振った。
「何テッサイ、どうかしたの」
「アレはやめておいた方が賢明ですぞ」
「どうしてさ?ずっと眺めていたい瞳だよ、アレ」
ウキョウは街で気に入った女を見つけると第二層の別宅通称『浮舟邸』へと連れ帰り側女にする。
集められた女達は御側女衆と呼ばれ、食事から遊び、側女衆の上位の美人ともなれば夜伽まで世話することになる。
上位になればなるほどできる贅沢も増えるため、ウキョウに気に入られようと女達は必死である。
彼女達の嫉妬と陰謀が渦巻く様を眺めるのが好きなウキョウにとっては癒しと面白さを同時に求めることができる素晴らしいところだった。
娘を誘拐されたくない親は彼が外に出ている時は極力娘を一人にさせないように注意していた。それが虹雅渓に住む者にとっては常識であったが放浪の身で虹雅渓にきて間もないクロにはウキョウのことなど知る由もない。
テッサイはまたウキョウの悪い癖が始まったと呆れつつも女を連れ去る手配はするが、今回ばかりは許してはいけないと感じていた。
なりません、とテッサイは首を振った。何でさ、と口を尖らせ睨んでくるウキョウに咳払いをすると御簾越しのクロを注視し、やはりとうなづく。
先の戦で培われた勘がテッサイに『よくないもの』と告げる。彼女については間違いないと思った。
「あの女からは血の匂いと……嫌な感じがするのです」
「何それ? よく分かんないよ」
血の匂いとか関係な〜いとウキョウは御用車を降りようとしたがいつの間にかクロがいなくなっていることに気づいて肩を怒らせた。
「も~見失ったじゃないか、テッサイ!」
「はあ……わかりました。手下共に探させましょう」
「傷つけないよう、言っておいてよ」
わかりました、とテッサイはため息を吐きつつ、御用車の別部屋にいた手下たちへ声をかけた。御用車は特注のもので一番広く、くつろげるウキョウの部屋の隣には手下たちがいざと言う時のために控えることができる部屋がついていた。
テッサイは扉を開けて中にいる手下たちへ声をかけた。
「狙いは黒髪青目、黒いコートの女だ」
「わかりました」
「若の命令だ。極力傷はつけるなよ」
「抵抗された時は」
「やむを得ん。むしろそちらの方が今回は好ましいだろう。若には私から言っておく」
「承知」
言外に含まれた『最悪の場合』を含めて了承を得たことに手下達は口元を歪めると御用車から出て素早く移動した。
『黒い化け物を見たら逃げろ』
クロが虹雅渓に滞在して数日経った頃、下層区域を中心にこういった噂が流れ始めた。夜な夜な街を徘徊しては出会った人間の命を刈り取るのだという刈り。
刈り取られる者の大半は街のゴロツキだったり、女性や老人など弱者を襲う暴漢だったり、サムライくずれだったりと人選が限られていた。
化け物、なんて呼ばれてはいるため恐ろしくはあるが住民にしてみれば街から厄介者や危険人物がいなくなったと安心していた。
この噂は虹雅渓の各層にいる大店のアキンドで構成された組主たちを通じて、虹雅渓差配アヤマロの耳にも入り『虹雅渓下層にて辻斬りが横行している』と伝えられた。
虹雅渓はアキンドの街であり、サムライいらずと謳うアヤマロにしてみればサムライ狩りを決行するチャンスとなりそうだった。
しかし殺されているのがサムライくずれを含めて街の厄介者であったから感謝している人々が増えていること、下層区域が以前より比較的に治安が良くなったこともあり、サムライ狩りは決行に移されることはなかった。
サムライ狩りが決行されない代わりに、派遣されたアヤマロの私兵のかむろ衆が下手人特定のため、調査をするも凶行があったのが全て夜であり、現場を目撃した人からはまるでかまいたちが現れたみたいに一瞬にして斬られていたということで姿をみたものはいなかった。
(かまいたちと聞いてアヤマロの息子ウキョウは虹雅渓にも、とうとう妖怪が出たかと大いに笑っていた)
そのため有力な情報も得られず犯人を上げることはできないでいた。その後もほそぼそと調査は続けられたが大して何も得られなかったため、現在は噂だけが流れている状況となっている。
そんな噂に恐ろしいと怯える上層区域の人々を他所にその噂の張本人である『黒い化け物』ことクロは自身が噂になっていることなどつゆも知らず、今日も今日とて虹雅渓を散策している。
本日は下層の宿から昇降機を使って第三層、第二層と登っていった。第二層は大店の店が多く、下層よりは断然派手で高級感があった。店の入口から食べ物の匂いが風に乗って漂ってくるが、食欲をそそられることなくクロは上を見上げて首を回した。
ここにきた目的は散歩の他にもう一つあった。下層から今日は良い天気であると見ている内に空を眺めてみたくなったからだ。
刀として生きて在った時代を思い馳せるために。
兄と共に駆け抜けたあの戦場を忘れぬために。
通り道を歩く人々が多くいる中一人だけ、手を庇に上を見て回っていれば嫌でも目立つ。
そんなクロを御用車の御簾越しに眺める男がいた。
「よいねえ……アレ」
白塗りの顔で口元を緩めて彼女を見つめているのは虹雅渓差配アヤマロの息子のウキョウだ。第一層にあるアヤマロの御殿からの帰り道の途中であった。
代わり映えしない第二層の景色とは異なるものが写ったので車を止めさせて外を覗けば彼の目に入ったのは短い黒髪を風になびかせる青い瞳の女だ。
「若」
うっとりしているウキョウにパイプ煙草を咥えた男が声をかけた。
彼はテッサイといい、先の戦を生き残ったサムライくずれだったが、今はウキョウの用心棒として仕えている。彼はウキョウの指す女を一目見ると眉根を寄せ、首を振った。
「何テッサイ、どうかしたの」
「アレはやめておいた方が賢明ですぞ」
「どうしてさ?ずっと眺めていたい瞳だよ、アレ」
ウキョウは街で気に入った女を見つけると第二層の別宅通称『浮舟邸』へと連れ帰り側女にする。
集められた女達は御側女衆と呼ばれ、食事から遊び、側女衆の上位の美人ともなれば夜伽まで世話することになる。
上位になればなるほどできる贅沢も増えるため、ウキョウに気に入られようと女達は必死である。
彼女達の嫉妬と陰謀が渦巻く様を眺めるのが好きなウキョウにとっては癒しと面白さを同時に求めることができる素晴らしいところだった。
娘を誘拐されたくない親は彼が外に出ている時は極力娘を一人にさせないように注意していた。それが虹雅渓に住む者にとっては常識であったが放浪の身で虹雅渓にきて間もないクロにはウキョウのことなど知る由もない。
テッサイはまたウキョウの悪い癖が始まったと呆れつつも女を連れ去る手配はするが、今回ばかりは許してはいけないと感じていた。
なりません、とテッサイは首を振った。何でさ、と口を尖らせ睨んでくるウキョウに咳払いをすると御簾越しのクロを注視し、やはりとうなづく。
先の戦で培われた勘がテッサイに『よくないもの』と告げる。彼女については間違いないと思った。
「あの女からは血の匂いと……嫌な感じがするのです」
「何それ? よく分かんないよ」
血の匂いとか関係な〜いとウキョウは御用車を降りようとしたがいつの間にかクロがいなくなっていることに気づいて肩を怒らせた。
「も~見失ったじゃないか、テッサイ!」
「はあ……わかりました。手下共に探させましょう」
「傷つけないよう、言っておいてよ」
わかりました、とテッサイはため息を吐きつつ、御用車の別部屋にいた手下たちへ声をかけた。御用車は特注のもので一番広く、くつろげるウキョウの部屋の隣には手下たちがいざと言う時のために控えることができる部屋がついていた。
テッサイは扉を開けて中にいる手下たちへ声をかけた。
「狙いは黒髪青目、黒いコートの女だ」
「わかりました」
「若の命令だ。極力傷はつけるなよ」
「抵抗された時は」
「やむを得ん。むしろそちらの方が今回は好ましいだろう。若には私から言っておく」
「承知」
言外に含まれた『最悪の場合』を含めて了承を得たことに手下達は口元を歪めると御用車から出て素早く移動した。