第一話『やってきました』
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◆
女性に書いてもらった地図を頼りに着いた場所にあったのは廃墟寸前の風体の宿だった。看板は文字も掠れて読めず斜めに傾いており、入口を狭くしていた。入るためには屈んで行かなくてはならない。
客を受け入れるためのものではなく、入りたければ入れと言っているようである。まさに寝られれば何でもよいといった感じをさせる宿だった。
地図と場所を照らし合わせ、場所は間違えていないと確認したクロは一人頷き、しゃがんで中へと入った。
これほどに廃れたところでも聞いた女性からは一応宿と言われていた。
(あそこは絶対に止めた方がよいと肩を掴まれ、他の場所を紹介すると詰め寄られたが断った。本気なのかと変な目で見られた)
一応宿とは言われていたので経営者はいるのだろうと周囲を伺うも人の気配はなく、シーンと静まり返っていた。中は仄暗く、床はあちこちに物が散乱しており、歩き出そうとする度にどこへ足を降ろせばよいのか確認しなければならないほどだ。
一步、一步と進んでいると向こうにフロントらしきところを発見した。暗がりに目が慣れたため、クロはひょいひょいと跳んで行き、着くと受付の机の上に『店主は多忙のため、留守をしております』と書かれた紙が無造作に貼ってあった。そこには続きもあり『金を置いていただければ寝床は自由に使ってもよいです。
ただし、飯は自分で用意してください。当宿では飯の手配はありません。ご了承よろしく』とあった。
「…………すごいですね、これは」
今までいろんな街で一番安い宿を取ってはきたクロだが、ここまで客に投げやりな店は初めてだった。
思わず感嘆符を漏らしてしまった程に。
でもここで構わないとクロはいくらかと紙面を一通りみたが、金額が書かれたところはどこにもなかった。誰もいないので、フロントの中に入って床や棚などに置かれていないのかを探しても一向に見つからず。
「………………」
アキンドではないので、クロには分からなかったがここの店主は商売する気はないのではと思った。
お金を置けば自由にしてよしとあったので(そもそも現在も存在しているのか甚だ疑問だが)店主が帰ってきた時に金額を聞けばよいかと手を打ち、寝る部屋はどこかと奥の方を探索しようとしたとき、外から悲鳴と怒号が聞こえた。
「本当にしつこいな!ここまで追っかけくる奴がいるかよ!」
「たりめえだろ!お前これまでいくら借金を抱えていると、思っているんだ!臓腑でも何でも売って返しやがれ、糞アキンドが!」
「そんな借金した覚えねえ!俺は持ち金の中でしか、賭け事はしねんだよ!他の野郎と勘違いしているんじゃねえのか!ああ!?」
入口から出て見れば刀を構えたゴロツキ風の男が尻もちをついた男へ詰め寄り、大声で怒鳴り散らしていた。 あたりには誰もおらず、遮蔽物もないため、大きい声はよく響いた。
「なんだとう……!もう、我慢ならねえ。お前を斬ってバラバラにしてから臓腑売ってやるわ。それで免除してやる。感謝しろよ」
「誰が感謝するか!ボケ!カーバ!ハゲ!」
吐かれる暴言に青筋をたてるも最早ためらいは無く、動くなよとゴロツキ風の男は刀を構えた。男は斬られる恐怖を感じつつも周りをキョロキョロと見回していると廃墟寸前、幽霊屋敷と化した宿の入口にクロが立っているのを見つけ、目を見開いた。
「ちよ、ちょっとそこのアンタ! 頼みがある!」
「僕でしょうか?」
「そうだよ! アンタ以外にいるのか、アホ!」
頼みがあると言っておきながら人をアホ呼ばわりする男にお願いする意思はあるのかと疑問を抱くところではあるが、クロは全く気にしておらず『何でしょうか』と淡々と聞いた。
「助けてくれ!」
「お断りします」
「はあ!? なんで!?」
ここ下層区域へ訪れる者はたいてい行き場のない貧乏人かゴロツキか、時々スクラップを取りに来る鍛冶屋か、虹雅渓をよく知らない愚か者か。はたまた物好きな者と相場は決まっているというのが、ここで長年暮らしている男ならでは常識である。
だからここにいること自体が自分は只者ではないと主張しており、何かしら手を打ってくれるのではないかと期待して男は声をかけたのだがものの見事に祈りは粉砕した。断るとはどういうことか。
「貴方を助ける義理も理由もありません。南無三」
「まだ死んでないわ! お前なんなの? 鬼なの、悪魔なの!?」
死にたくねえ、と泣き叫ぶ男にゴロツキ風の男は気を良くしたのか、男とは対照的に大声で笑い出した。
「ははは! 賢明な判断だな、姉ちゃん。こいつは助けたって一文の得にもなりは、しねえよ。逆に死んでもらった方が虹雅渓の、世の中のためにもなるぜ」
「それはお前らの方だろうが! うう……!」
項垂れる男にゴロツキ風の男は刀を上段に構えた。
「話はしめえだ。後はあの世で悔やめよ」
後もう少しで殺されてしまう。
男は自分にできる最後の手段と覚悟を決めて、クロに向かって叫んだ。
「俺はそこの宿の店主だ! 助けてくれたら、アンタの宿賃いるまでの間全部タダにしてやる!」
だから頼む!! と土下座をした。
もう遅えよ、とゴロツキ風男の嘲笑が耳に入った。
ああ、もう死ぬのか。と強く目をつぶった。
しかし、しばらくしても痛みもなく、身体を震わせているだけだった。助かったのかと目を開け、顔を上げれば。
「…………え?」
首から上がない、ゴロツキ風の男が目に入った。
斬られたところから血は噴出し、あたりを真っ赤に染める。目の前にいた男は頭から鮮血を被った。
ひいい! と後退り、アキンドと呼ばれた男が息を整えていると手を差し出された。見上げれば、先ほど彼の救命を断った者、クロがそこにいた。
「大丈夫ですか」
「あ、アンタがやったのか……?」
はい、と頷くと彼女は宿を指した。
「タダ、で泊めてくれると申していたので助けました。クロと申します。よろしくお願いします」
そういってぺこりと頭を下げるクロを男は上から下まで眺めると、首が無くなったゴロツキ風男の死体を見た。仕込み刀でもあるのか、身体が機械なのか。
よくこの男の太い首を斬れたものだと感心した。
「アンタ、すごいな」
「何が、ですか」
「この男の首を斬ったのもそうだが……今はアキンドの時代だろ。そんな時代にサムライで、しかも女剣士なんて……驚いたわ」
本当に物好きでオカシイ奴だと笑えば『僕はサムライではありません』と首を振られた。じゃあ、何だと聞けば、青い目で男を見つめると、ローブから真っ赤に染まった手刀を出した。その手は生身のものだった。
「僕は刀です」
その言葉を聞いた時、男は思った。
これはとんでもない拾い物をしたのではないかと。
女性に書いてもらった地図を頼りに着いた場所にあったのは廃墟寸前の風体の宿だった。看板は文字も掠れて読めず斜めに傾いており、入口を狭くしていた。入るためには屈んで行かなくてはならない。
客を受け入れるためのものではなく、入りたければ入れと言っているようである。まさに寝られれば何でもよいといった感じをさせる宿だった。
地図と場所を照らし合わせ、場所は間違えていないと確認したクロは一人頷き、しゃがんで中へと入った。
これほどに廃れたところでも聞いた女性からは一応宿と言われていた。
(あそこは絶対に止めた方がよいと肩を掴まれ、他の場所を紹介すると詰め寄られたが断った。本気なのかと変な目で見られた)
一応宿とは言われていたので経営者はいるのだろうと周囲を伺うも人の気配はなく、シーンと静まり返っていた。中は仄暗く、床はあちこちに物が散乱しており、歩き出そうとする度にどこへ足を降ろせばよいのか確認しなければならないほどだ。
一步、一步と進んでいると向こうにフロントらしきところを発見した。暗がりに目が慣れたため、クロはひょいひょいと跳んで行き、着くと受付の机の上に『店主は多忙のため、留守をしております』と書かれた紙が無造作に貼ってあった。そこには続きもあり『金を置いていただければ寝床は自由に使ってもよいです。
ただし、飯は自分で用意してください。当宿では飯の手配はありません。ご了承よろしく』とあった。
「…………すごいですね、これは」
今までいろんな街で一番安い宿を取ってはきたクロだが、ここまで客に投げやりな店は初めてだった。
思わず感嘆符を漏らしてしまった程に。
でもここで構わないとクロはいくらかと紙面を一通りみたが、金額が書かれたところはどこにもなかった。誰もいないので、フロントの中に入って床や棚などに置かれていないのかを探しても一向に見つからず。
「………………」
アキンドではないので、クロには分からなかったがここの店主は商売する気はないのではと思った。
お金を置けば自由にしてよしとあったので(そもそも現在も存在しているのか甚だ疑問だが)店主が帰ってきた時に金額を聞けばよいかと手を打ち、寝る部屋はどこかと奥の方を探索しようとしたとき、外から悲鳴と怒号が聞こえた。
「本当にしつこいな!ここまで追っかけくる奴がいるかよ!」
「たりめえだろ!お前これまでいくら借金を抱えていると、思っているんだ!臓腑でも何でも売って返しやがれ、糞アキンドが!」
「そんな借金した覚えねえ!俺は持ち金の中でしか、賭け事はしねんだよ!他の野郎と勘違いしているんじゃねえのか!ああ!?」
入口から出て見れば刀を構えたゴロツキ風の男が尻もちをついた男へ詰め寄り、大声で怒鳴り散らしていた。 あたりには誰もおらず、遮蔽物もないため、大きい声はよく響いた。
「なんだとう……!もう、我慢ならねえ。お前を斬ってバラバラにしてから臓腑売ってやるわ。それで免除してやる。感謝しろよ」
「誰が感謝するか!ボケ!カーバ!ハゲ!」
吐かれる暴言に青筋をたてるも最早ためらいは無く、動くなよとゴロツキ風の男は刀を構えた。男は斬られる恐怖を感じつつも周りをキョロキョロと見回していると廃墟寸前、幽霊屋敷と化した宿の入口にクロが立っているのを見つけ、目を見開いた。
「ちよ、ちょっとそこのアンタ! 頼みがある!」
「僕でしょうか?」
「そうだよ! アンタ以外にいるのか、アホ!」
頼みがあると言っておきながら人をアホ呼ばわりする男にお願いする意思はあるのかと疑問を抱くところではあるが、クロは全く気にしておらず『何でしょうか』と淡々と聞いた。
「助けてくれ!」
「お断りします」
「はあ!? なんで!?」
ここ下層区域へ訪れる者はたいてい行き場のない貧乏人かゴロツキか、時々スクラップを取りに来る鍛冶屋か、虹雅渓をよく知らない愚か者か。はたまた物好きな者と相場は決まっているというのが、ここで長年暮らしている男ならでは常識である。
だからここにいること自体が自分は只者ではないと主張しており、何かしら手を打ってくれるのではないかと期待して男は声をかけたのだがものの見事に祈りは粉砕した。断るとはどういうことか。
「貴方を助ける義理も理由もありません。南無三」
「まだ死んでないわ! お前なんなの? 鬼なの、悪魔なの!?」
死にたくねえ、と泣き叫ぶ男にゴロツキ風の男は気を良くしたのか、男とは対照的に大声で笑い出した。
「ははは! 賢明な判断だな、姉ちゃん。こいつは助けたって一文の得にもなりは、しねえよ。逆に死んでもらった方が虹雅渓の、世の中のためにもなるぜ」
「それはお前らの方だろうが! うう……!」
項垂れる男にゴロツキ風の男は刀を上段に構えた。
「話はしめえだ。後はあの世で悔やめよ」
後もう少しで殺されてしまう。
男は自分にできる最後の手段と覚悟を決めて、クロに向かって叫んだ。
「俺はそこの宿の店主だ! 助けてくれたら、アンタの宿賃いるまでの間全部タダにしてやる!」
だから頼む!! と土下座をした。
もう遅えよ、とゴロツキ風男の嘲笑が耳に入った。
ああ、もう死ぬのか。と強く目をつぶった。
しかし、しばらくしても痛みもなく、身体を震わせているだけだった。助かったのかと目を開け、顔を上げれば。
「…………え?」
首から上がない、ゴロツキ風の男が目に入った。
斬られたところから血は噴出し、あたりを真っ赤に染める。目の前にいた男は頭から鮮血を被った。
ひいい! と後退り、アキンドと呼ばれた男が息を整えていると手を差し出された。見上げれば、先ほど彼の救命を断った者、クロがそこにいた。
「大丈夫ですか」
「あ、アンタがやったのか……?」
はい、と頷くと彼女は宿を指した。
「タダ、で泊めてくれると申していたので助けました。クロと申します。よろしくお願いします」
そういってぺこりと頭を下げるクロを男は上から下まで眺めると、首が無くなったゴロツキ風男の死体を見た。仕込み刀でもあるのか、身体が機械なのか。
よくこの男の太い首を斬れたものだと感心した。
「アンタ、すごいな」
「何が、ですか」
「この男の首を斬ったのもそうだが……今はアキンドの時代だろ。そんな時代にサムライで、しかも女剣士なんて……驚いたわ」
本当に物好きでオカシイ奴だと笑えば『僕はサムライではありません』と首を振られた。じゃあ、何だと聞けば、青い目で男を見つめると、ローブから真っ赤に染まった手刀を出した。その手は生身のものだった。
「僕は刀です」
その言葉を聞いた時、男は思った。
これはとんでもない拾い物をしたのではないかと。