第五話『再び、斬り合いました』
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◆
「今までにない、貴重なお時間となりました」
ありがとうございました、と頭を下げて去っていくかむろ衆を見送ったヒョーゴは一旦部屋に戻るかと振り向くとまだここに厄介な奴が残っていたことに気づき、後ろ頭をかいた。
「クロ、アンタやっぱり、すげえなあ」
「そうですか」
「あのキンキラ野郎と互角かよ。いやそれ以上の実力だろ」
「そうですか」
「ますますアンタに惚れちまうよ。こりゃあ。どうしてくれるんだよ」
「知りません」
更に続くボーガン男からの賞賛を左から右へと軽く流していたクロは今になって感じた痛みに首元へ右手を当てた。
離せば指先が赤く染まっていた。一歩、遅ければ殺られていたのは自分だった。
「………………」
クロは終戦後に出会った壮年の男、島田カンベエのことを再び思い出した。彼も生きていれば今でもサムライであり続けているだろう。キュウゾウの二刀流とあの人の剣がぶつかり合えば、どのような斬り合いとなるだろうか。
――みてみたい。
刀としての、己の欲からなのだろうか。
サムライならば刀である自分よりも、やはりサムライと鎬を削り合い、雌雄を決するが相応しいと思った。
「あいつに当てられた刀で斬れちまったんだな」
感慨に浸っていたクロは、ボーガン男の声で現実に引き戻された。斬り合いについて感じ入っていたことを邪魔されて、眉根を寄せるクロには気づかず、良いことを思いついたとボーガン男は手を叩いた。そして、ずいっと、クロへ顔を寄せてニヤリと笑った。
「俺が応急処置してやるよ、クロ。とびっきり優しく、な」
対して彼女は即座に一歩距離を取る。
だがその間を埋めるように一歩二歩と近づかれた。
「結構です」
「遠慮するなって。これでもうまいんだぜ」
「お断りします」
「ったく、恥ずかしいのか?かわいいなあ」
「………………」
冷え切った青色の眼光で睨みつけてもボーガンには効果がなく、距離を詰めてくるだけだった。キュウゾウとは斬り合ったのだから、もう遠慮する必要はないかとクロは両腕に超振動を走らせた。
精神を集中させ、起こした振動を超振動といい、サムライはそれを刀へと伝えることで相手を斬るのだ。
しかし彼女の場合は違った。無刀流は発動させた超振動を自身に乗せ体を刃と化すことで相手を斬る流派だ。
故に刀を持たない。刀である己に刀は不要なのだ。
「おいおい、無刀流の奴、殺る気だぞ」
「構わぬ」
「お前なあ……」
「クロなら、一瞬で斬る」
「だから、そういうことではなくてでな」
別に助けに入らずとも、クロならば対処できるのは彼女の実力を知ったヒョーゴも分かってはいる。
流血沙汰になっても、犠牲になるのはボーガン男だ。キュウゾウもヒョーゴも別段構うことはないが一応彼はウキョウの私兵だ。
仮に死んでも、飼い主は平然としているだろうが、下手人が処理を依頼したはずの無刀流の女だと知られ広まれば、何かしら面倒事になって返ってくるのは目に見えていたからだ。
ボーガン男とクロの舌戦はまだ続いていた。
「舐めれば治るって言うぜ。消毒してやるよ」
「良い趣味をお持ちのようで」
「そんなに褒めるなよ。照れるぜ」
「医者に耳を診てもらってはいかがでしょう」
「アンタが診てくれるならいいぜ」
「悪いのは頭の方でしたか。絶望的ですね」
膠着状況に変わりはなかった。
「全く……」
蠢く指先で迫られているクロを見るに見かねて、ヒョーゴが止めに入ろうとしたがボーガン男と彼女の間に金髪が割り込んだのが目に入り、足を止めた。
「あいつめ……」
嘆息する。斬らせてやれといいつつも、結局は無刀流を気にしているではないか。
「何だよ、キュウゾウ、急に現れやがって」
邪魔だ、と睨みつけるボーガン男を無視して彼は、後ろにいるクロへと向き直った。くそ、とボーガン男の舌打ちが響く。
相手はキュウゾウだ。たとえ背中を向けられても、隙はなく容易には飛びかかれなかった。
赤褐色の目と見合ったクロは、申し訳ありませんと頭を下げた。
「なぜ謝る」
「またも僕のことで迷惑をかけております故」
「気にするな」
「いえ、面倒をおかけするわけには参りません。あの者を斬りましたら、僕はここを立ち去ります」
ご安心くださいと再度頭を下げるとクロはボーガン男の前へと進み出ていく。紅いコートをよけて姿を現れた彼女に彼の顔は喜色へと変わり不敵に笑みを浮かべた。
「いいぜ。相手になってやるよ、クロ」
右腕に仕込んだ五連射式のボーガンを構える。
どうあっても退く気配はないようだ。
「参ります」
すぐに終わらせると踏み込もうとした瞬間。
背後から右腕を掴まれ、後ろへ引き寄せられた。
そして左の腰へ腕をまわされ、気がついたら――。
キュウゾウによって背後から抱きしめられていた。
あまりの衝撃な展開にボーガン男とヒョーゴは硬直し、常に無表情なクロも驚きに目を見開いていた。
「キュウゾウ、さん?」
名を呼ばれた金髪と紅いコートの彼は何も言わず、彼女の首筋に唇を寄せると、傷口へ舌を這わせた。
キュウゾウの、突然の奇行に大きく叫んだのは首を舐められたクロではなくボーガン男だった。
「な、な、な、な、……何やってんだ!?てめえ!!」
わなわなと体を震わせ、指を差した。
キュウゾウは舐めとった血を舌で転がした後、何の気もなく、悪びれる様子もなく、呟いた。
「消毒だ」
「はあ!? どういうことだよ!」
「うるさい」
ボーガン男を睨むキュウゾウの腕の中にいるクロは成る程、と納得の声を上げた。
いや、成る程と言っている場合ではないだろうが。
突然背後から抱きしめられ、肌も舐められているのに関わらず、やられた本人は真顔である。
この冷静さは何だとヒョーゴは理解に苦しみ、頭を抱えた。
「舐めれば治る、と話を聞いていたからですね」
「俺がつけた傷だ」
故に俺がやるのは当然だ、と言外に伝えていた。
いや、そうではないだろ、とヒョーゴは内心突っ込んだ。
「キュウゾウさん、ありがとうございます」
こくりと頷くキュウゾウ。
何故そこで、お礼を言えるのか。
というか、それは消毒、ではないのでは?
ヒョーゴは彼女の心理を、理解しようとすること自体、無意味だと悟った。
未だに抱きしめたままでいるため、見上げるクロとキュウゾウとの顔の距離が近く、二人を知らない者がみればこのまま、口づけを交わすところでは?と思ってしまう光景だった。
二人の間にはそのような情緒はないのだが。そんなことは、傍からみても誰も分からず。
彼女に惚れた男が目の前の光景を許すはずもなかった。
「いい加減、離れろ――!!」
雲一つない、晴れ渡った青い空にボーガン男の怒号が大きく響いた。
「今までにない、貴重なお時間となりました」
ありがとうございました、と頭を下げて去っていくかむろ衆を見送ったヒョーゴは一旦部屋に戻るかと振り向くとまだここに厄介な奴が残っていたことに気づき、後ろ頭をかいた。
「クロ、アンタやっぱり、すげえなあ」
「そうですか」
「あのキンキラ野郎と互角かよ。いやそれ以上の実力だろ」
「そうですか」
「ますますアンタに惚れちまうよ。こりゃあ。どうしてくれるんだよ」
「知りません」
更に続くボーガン男からの賞賛を左から右へと軽く流していたクロは今になって感じた痛みに首元へ右手を当てた。
離せば指先が赤く染まっていた。一歩、遅ければ殺られていたのは自分だった。
「………………」
クロは終戦後に出会った壮年の男、島田カンベエのことを再び思い出した。彼も生きていれば今でもサムライであり続けているだろう。キュウゾウの二刀流とあの人の剣がぶつかり合えば、どのような斬り合いとなるだろうか。
――みてみたい。
刀としての、己の欲からなのだろうか。
サムライならば刀である自分よりも、やはりサムライと鎬を削り合い、雌雄を決するが相応しいと思った。
「あいつに当てられた刀で斬れちまったんだな」
感慨に浸っていたクロは、ボーガン男の声で現実に引き戻された。斬り合いについて感じ入っていたことを邪魔されて、眉根を寄せるクロには気づかず、良いことを思いついたとボーガン男は手を叩いた。そして、ずいっと、クロへ顔を寄せてニヤリと笑った。
「俺が応急処置してやるよ、クロ。とびっきり優しく、な」
対して彼女は即座に一歩距離を取る。
だがその間を埋めるように一歩二歩と近づかれた。
「結構です」
「遠慮するなって。これでもうまいんだぜ」
「お断りします」
「ったく、恥ずかしいのか?かわいいなあ」
「………………」
冷え切った青色の眼光で睨みつけてもボーガンには効果がなく、距離を詰めてくるだけだった。キュウゾウとは斬り合ったのだから、もう遠慮する必要はないかとクロは両腕に超振動を走らせた。
精神を集中させ、起こした振動を超振動といい、サムライはそれを刀へと伝えることで相手を斬るのだ。
しかし彼女の場合は違った。無刀流は発動させた超振動を自身に乗せ体を刃と化すことで相手を斬る流派だ。
故に刀を持たない。刀である己に刀は不要なのだ。
「おいおい、無刀流の奴、殺る気だぞ」
「構わぬ」
「お前なあ……」
「クロなら、一瞬で斬る」
「だから、そういうことではなくてでな」
別に助けに入らずとも、クロならば対処できるのは彼女の実力を知ったヒョーゴも分かってはいる。
流血沙汰になっても、犠牲になるのはボーガン男だ。キュウゾウもヒョーゴも別段構うことはないが一応彼はウキョウの私兵だ。
仮に死んでも、飼い主は平然としているだろうが、下手人が処理を依頼したはずの無刀流の女だと知られ広まれば、何かしら面倒事になって返ってくるのは目に見えていたからだ。
ボーガン男とクロの舌戦はまだ続いていた。
「舐めれば治るって言うぜ。消毒してやるよ」
「良い趣味をお持ちのようで」
「そんなに褒めるなよ。照れるぜ」
「医者に耳を診てもらってはいかがでしょう」
「アンタが診てくれるならいいぜ」
「悪いのは頭の方でしたか。絶望的ですね」
膠着状況に変わりはなかった。
「全く……」
蠢く指先で迫られているクロを見るに見かねて、ヒョーゴが止めに入ろうとしたがボーガン男と彼女の間に金髪が割り込んだのが目に入り、足を止めた。
「あいつめ……」
嘆息する。斬らせてやれといいつつも、結局は無刀流を気にしているではないか。
「何だよ、キュウゾウ、急に現れやがって」
邪魔だ、と睨みつけるボーガン男を無視して彼は、後ろにいるクロへと向き直った。くそ、とボーガン男の舌打ちが響く。
相手はキュウゾウだ。たとえ背中を向けられても、隙はなく容易には飛びかかれなかった。
赤褐色の目と見合ったクロは、申し訳ありませんと頭を下げた。
「なぜ謝る」
「またも僕のことで迷惑をかけております故」
「気にするな」
「いえ、面倒をおかけするわけには参りません。あの者を斬りましたら、僕はここを立ち去ります」
ご安心くださいと再度頭を下げるとクロはボーガン男の前へと進み出ていく。紅いコートをよけて姿を現れた彼女に彼の顔は喜色へと変わり不敵に笑みを浮かべた。
「いいぜ。相手になってやるよ、クロ」
右腕に仕込んだ五連射式のボーガンを構える。
どうあっても退く気配はないようだ。
「参ります」
すぐに終わらせると踏み込もうとした瞬間。
背後から右腕を掴まれ、後ろへ引き寄せられた。
そして左の腰へ腕をまわされ、気がついたら――。
キュウゾウによって背後から抱きしめられていた。
あまりの衝撃な展開にボーガン男とヒョーゴは硬直し、常に無表情なクロも驚きに目を見開いていた。
「キュウゾウ、さん?」
名を呼ばれた金髪と紅いコートの彼は何も言わず、彼女の首筋に唇を寄せると、傷口へ舌を這わせた。
キュウゾウの、突然の奇行に大きく叫んだのは首を舐められたクロではなくボーガン男だった。
「な、な、な、な、……何やってんだ!?てめえ!!」
わなわなと体を震わせ、指を差した。
キュウゾウは舐めとった血を舌で転がした後、何の気もなく、悪びれる様子もなく、呟いた。
「消毒だ」
「はあ!? どういうことだよ!」
「うるさい」
ボーガン男を睨むキュウゾウの腕の中にいるクロは成る程、と納得の声を上げた。
いや、成る程と言っている場合ではないだろうが。
突然背後から抱きしめられ、肌も舐められているのに関わらず、やられた本人は真顔である。
この冷静さは何だとヒョーゴは理解に苦しみ、頭を抱えた。
「舐めれば治る、と話を聞いていたからですね」
「俺がつけた傷だ」
故に俺がやるのは当然だ、と言外に伝えていた。
いや、そうではないだろ、とヒョーゴは内心突っ込んだ。
「キュウゾウさん、ありがとうございます」
こくりと頷くキュウゾウ。
何故そこで、お礼を言えるのか。
というか、それは消毒、ではないのでは?
ヒョーゴは彼女の心理を、理解しようとすること自体、無意味だと悟った。
未だに抱きしめたままでいるため、見上げるクロとキュウゾウとの顔の距離が近く、二人を知らない者がみればこのまま、口づけを交わすところでは?と思ってしまう光景だった。
二人の間にはそのような情緒はないのだが。そんなことは、傍からみても誰も分からず。
彼女に惚れた男が目の前の光景を許すはずもなかった。
「いい加減、離れろ――!!」
雲一つない、晴れ渡った青い空にボーガン男の怒号が大きく響いた。
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