第五話『再び、斬り合いました』
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◆
某月某日、雲一つない晴天である。
こんな日には外で握り飯を食べるもよし、運動に汗水流して気持ちよくなるのもよし。平穏に過ごすには最高の日となるであろう。
ここ虹雅渓差配アヤマロ御殿の広い庭にも温かな日が差し、木々に止まる鳥たちも気持ちよさそうに鳴いていた。しかしそんな牧歌的な庭でこれからされるのは平和とは真逆のことだった。
向かい合うのは二人の剣士。
しかし剣士といっても、一人は刀を手にしていなかった。
武器を持たず佇んでいる黒髪青目、黒いコートを身に纏う彼女の名は鋼クロ。生身の身体で刀も持たず、己を刀として鍛えた肉体から繰り出す手刀や蹴りで相手を斬る殺人剣術、無刀流を受け継いだ九代目当主である。
空の戦では、機械文明によりサムライの機械化が進み、戦の主力となっても、受け継いだ無刀流の剣技により葬った数は数知れず。生身も、機械のサムライをも斬り、多くの部隊を潰した。
相対するは二本の刀を手に無表情で相手を見据えている金髪赤目、紅いコートが目立つ彼の名はキュウゾウ。彼もまた空で繰り広げられた大戦に、その二刀流で多くの敵を斬り続けたサムライである。
終戦後は行き場をなくしてしまった故に生きる縁を求めて虹雅渓差配アヤマロ公の用心棒をしているがアキンドの世になった今でも、空の戦を忘れず剣の道を歩み続ける孤高の剣士である。
来るべくしてきた再戦で二人は対峙していた。
片や、命を救われた恩義に返すために。
片や、純粋たる斬り合いをするために。
視線を交わす両者の間にはキュウゾウと同じ部隊で戦を生き抜いたサムライであり、今は同じアキンドに仕える同輩のヒョーゴがいた。二人をそれぞれ一瞥すると「いいか」と腰に手を当てた。
「勝負は一本だ。相手が音を上げるか、戦闘不能で倒れるまでだからな」
言い渡した自身の言葉にヒョーゴは内心苦笑した。
一応試合としての形式をとってはいるが、彼らでは殺し合いに発展するのは目に見えていた。
この二人は止まらないだろう。
何せ、己を刀とする女と一刀に命をかける男だ。
両者は斬ることに執念を燃やす者達なのだから。
クロとキュウゾウの間に風が吹いて、髪を揺らす。
吹かれた髪が頬にかかっても、二人はさして気にせず睨み合ったまま微動だにしない。
相手の出方を伺っているのか。隙を見出そうとしているのか。
互いの殺気が混じり合い、これから始まろうとする命のやりとり、真剣勝負が醸し出す張り詰めた空気を読めていないのか、雰囲気を壊す声が響いた。
「頑張れよ、クロ~! 応援しているぞー!」
振り向いて出入り口に声の主を見つけたヒョーゴは呆れ顔を隠しもせず、げんなりとした声で言った。
「……何をやっているのだ、お前は」
クロもキュウゾウも踏み出そうとした足を止めた。
両者ともに首だけ向ければ、目に入るのはこれまた目立つ桃色の髪と着崩した女物の着物を纏う男が山で呼ぶ子をやるように口の両端に手を当てていた。
以前、クロへ惚れた腫れたで一悶着を起こしたウキョウの私兵、ボーガン男だった。
「何って声援だよ。惚れた女が戦いに奮闘する姿を拝みに来たんだ」
またくるとは思っていたが意外に立ち直りが早い。しかしこれは予想外の登場である。本日の斬り合いはクロ、キュウゾウ、ヒョーゴの三人しか知り得ないはずなのだ。
一体どこで聞いたのか。
問いただそうとしたヒョーゴの目に別の影が映る。ボーガン男の肩越しに何人かいた。かむろ衆達だ。
何だ、お前らと目を向けるヒョーゴにかむろ衆は恐る恐る近づいて頭を下げた。
「ヒョーゴ殿、恐れ入ります。本日、キュウゾウ殿がそこの無刀流と試合をされるとお聞きまして」
「一体どこで聞いたのだ?公表などしておらんぞ」
「テッサイ殿が言っておりました。ここのところ矢鱈と無刀流がリハビリに励んでいると。恐らくだが再試合か何か行なうのではと言っておりまして」
「それで、こいつらが噂しているのがたまたま俺の耳に入って、いつやるのか網を張っていたってわけだ」
「お前、暇なのか? 仕事しろ、阿呆!」
噂の出どころがボーガン男なら殴ろうと思ったが、あのテッサイ殿に見られていたのなら仕方あるまいとヒョーゴは拳を何とかおさめた。
「真剣の勝負など今は滅多に見られませんし」
「ぜひと観戦したく、訪れた次第です」
許可をお願い致します、とかむろ衆は更に頭を下げてきた。もの好きな輩もいたものである。
「俺に頭を下げられても困る。それにこの状況でやるかどうかはこいつら次第だ」
せっかくの斬り合いだというのに。
こんなに観客がいるとなれば二人は萎えるのでは?
そんな考えが頭をよぎる。
ヒョーゴは振り返るとクロとキュウゾウは無表情で、睨み合う最初の態勢に戻っていた。
「おい、話を聞いていたか?こいつら、お前らの再戦を見物したいそうだぞ」
親指で後ろにいるボーガン男達を指す。
キュウゾウは無言だったが、クロが口を開いた。
「どうぞ、ご自由に」
「いいのか?」
「構いません」
――ことが始まれば、気になりませんから。
そういったクロの言葉にキュウゾウも頷いた。
斬り合いになれば、殺す相手しか観ない。
刀とサムライ。一本と一人の世界である。
「そうか……」
納得しているのなら、それでいい。
ヒョーゴが息をつくと、ボーガン男がコラ~!と腕を上げ、金髪の彼をビシリと指を差した。
「キュウゾウ、てめえ! 俺のクロを傷つけたら即刻ぶっ殺すからな!」
「誰が貴方のものですか」
「クロ、見るな。穢れる」
「何だとコラ!」
肩を怒らせ、喚くボーガン男を横目にかむろ衆は隣の仲間へ耳打ちした。
「普段、ボーガン男殿はキュウゾウ殿のことを恐ろしい、と言って震えているのに」
「無刀流が絡むと強気になるのだな」
「不思議ですねえ」
かむろ衆達の呟きが聞こえていたのだろう。
ボーガン男はわかってねえなあ、と肩をすくめた。
「俺の、クロへの愛の力だよ、愛の」
「かむろ衆、今すぐこいつを簀巻きにして、第六層へぶん投げてこい。そうしたら見物していいぞ。俺が許してやる」
「は、はあ……」
ヒョーゴの命令にかむろ衆は気の抜けた返答しかできなかった。
某月某日、雲一つない晴天である。
こんな日には外で握り飯を食べるもよし、運動に汗水流して気持ちよくなるのもよし。平穏に過ごすには最高の日となるであろう。
ここ虹雅渓差配アヤマロ御殿の広い庭にも温かな日が差し、木々に止まる鳥たちも気持ちよさそうに鳴いていた。しかしそんな牧歌的な庭でこれからされるのは平和とは真逆のことだった。
向かい合うのは二人の剣士。
しかし剣士といっても、一人は刀を手にしていなかった。
武器を持たず佇んでいる黒髪青目、黒いコートを身に纏う彼女の名は鋼クロ。生身の身体で刀も持たず、己を刀として鍛えた肉体から繰り出す手刀や蹴りで相手を斬る殺人剣術、無刀流を受け継いだ九代目当主である。
空の戦では、機械文明によりサムライの機械化が進み、戦の主力となっても、受け継いだ無刀流の剣技により葬った数は数知れず。生身も、機械のサムライをも斬り、多くの部隊を潰した。
相対するは二本の刀を手に無表情で相手を見据えている金髪赤目、紅いコートが目立つ彼の名はキュウゾウ。彼もまた空で繰り広げられた大戦に、その二刀流で多くの敵を斬り続けたサムライである。
終戦後は行き場をなくしてしまった故に生きる縁を求めて虹雅渓差配アヤマロ公の用心棒をしているがアキンドの世になった今でも、空の戦を忘れず剣の道を歩み続ける孤高の剣士である。
来るべくしてきた再戦で二人は対峙していた。
片や、命を救われた恩義に返すために。
片や、純粋たる斬り合いをするために。
視線を交わす両者の間にはキュウゾウと同じ部隊で戦を生き抜いたサムライであり、今は同じアキンドに仕える同輩のヒョーゴがいた。二人をそれぞれ一瞥すると「いいか」と腰に手を当てた。
「勝負は一本だ。相手が音を上げるか、戦闘不能で倒れるまでだからな」
言い渡した自身の言葉にヒョーゴは内心苦笑した。
一応試合としての形式をとってはいるが、彼らでは殺し合いに発展するのは目に見えていた。
この二人は止まらないだろう。
何せ、己を刀とする女と一刀に命をかける男だ。
両者は斬ることに執念を燃やす者達なのだから。
クロとキュウゾウの間に風が吹いて、髪を揺らす。
吹かれた髪が頬にかかっても、二人はさして気にせず睨み合ったまま微動だにしない。
相手の出方を伺っているのか。隙を見出そうとしているのか。
互いの殺気が混じり合い、これから始まろうとする命のやりとり、真剣勝負が醸し出す張り詰めた空気を読めていないのか、雰囲気を壊す声が響いた。
「頑張れよ、クロ~! 応援しているぞー!」
振り向いて出入り口に声の主を見つけたヒョーゴは呆れ顔を隠しもせず、げんなりとした声で言った。
「……何をやっているのだ、お前は」
クロもキュウゾウも踏み出そうとした足を止めた。
両者ともに首だけ向ければ、目に入るのはこれまた目立つ桃色の髪と着崩した女物の着物を纏う男が山で呼ぶ子をやるように口の両端に手を当てていた。
以前、クロへ惚れた腫れたで一悶着を起こしたウキョウの私兵、ボーガン男だった。
「何って声援だよ。惚れた女が戦いに奮闘する姿を拝みに来たんだ」
またくるとは思っていたが意外に立ち直りが早い。しかしこれは予想外の登場である。本日の斬り合いはクロ、キュウゾウ、ヒョーゴの三人しか知り得ないはずなのだ。
一体どこで聞いたのか。
問いただそうとしたヒョーゴの目に別の影が映る。ボーガン男の肩越しに何人かいた。かむろ衆達だ。
何だ、お前らと目を向けるヒョーゴにかむろ衆は恐る恐る近づいて頭を下げた。
「ヒョーゴ殿、恐れ入ります。本日、キュウゾウ殿がそこの無刀流と試合をされるとお聞きまして」
「一体どこで聞いたのだ?公表などしておらんぞ」
「テッサイ殿が言っておりました。ここのところ矢鱈と無刀流がリハビリに励んでいると。恐らくだが再試合か何か行なうのではと言っておりまして」
「それで、こいつらが噂しているのがたまたま俺の耳に入って、いつやるのか網を張っていたってわけだ」
「お前、暇なのか? 仕事しろ、阿呆!」
噂の出どころがボーガン男なら殴ろうと思ったが、あのテッサイ殿に見られていたのなら仕方あるまいとヒョーゴは拳を何とかおさめた。
「真剣の勝負など今は滅多に見られませんし」
「ぜひと観戦したく、訪れた次第です」
許可をお願い致します、とかむろ衆は更に頭を下げてきた。もの好きな輩もいたものである。
「俺に頭を下げられても困る。それにこの状況でやるかどうかはこいつら次第だ」
せっかくの斬り合いだというのに。
こんなに観客がいるとなれば二人は萎えるのでは?
そんな考えが頭をよぎる。
ヒョーゴは振り返るとクロとキュウゾウは無表情で、睨み合う最初の態勢に戻っていた。
「おい、話を聞いていたか?こいつら、お前らの再戦を見物したいそうだぞ」
親指で後ろにいるボーガン男達を指す。
キュウゾウは無言だったが、クロが口を開いた。
「どうぞ、ご自由に」
「いいのか?」
「構いません」
――ことが始まれば、気になりませんから。
そういったクロの言葉にキュウゾウも頷いた。
斬り合いになれば、殺す相手しか観ない。
刀とサムライ。一本と一人の世界である。
「そうか……」
納得しているのなら、それでいい。
ヒョーゴが息をつくと、ボーガン男がコラ~!と腕を上げ、金髪の彼をビシリと指を差した。
「キュウゾウ、てめえ! 俺のクロを傷つけたら即刻ぶっ殺すからな!」
「誰が貴方のものですか」
「クロ、見るな。穢れる」
「何だとコラ!」
肩を怒らせ、喚くボーガン男を横目にかむろ衆は隣の仲間へ耳打ちした。
「普段、ボーガン男殿はキュウゾウ殿のことを恐ろしい、と言って震えているのに」
「無刀流が絡むと強気になるのだな」
「不思議ですねえ」
かむろ衆達の呟きが聞こえていたのだろう。
ボーガン男はわかってねえなあ、と肩をすくめた。
「俺の、クロへの愛の力だよ、愛の」
「かむろ衆、今すぐこいつを簀巻きにして、第六層へぶん投げてこい。そうしたら見物していいぞ。俺が許してやる」
「は、はあ……」
ヒョーゴの命令にかむろ衆は気の抜けた返答しかできなかった。