第四話『助けられました』
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◆
部屋の主であるキュウゾウがアヤマロの護衛で不在の間、クロは一人リハビリに励んでいた。一日でも早く体を治し、彼との再戦に望むべく意識喪失をしていた間に鈍ってしまった体を懸命に動かしていた。
場所はアヤマロの護衛につくサムライ達の部屋から一番近い場所にあった広い庭――キュウゾウとの再戦を約束した場所である。
跳ねる。跳ぶ。
手刀を振る。貫手を突き出す。
回し蹴りを繰り出す。
風に舞う木の葉を切る。
散った汗が太陽の光を受けて輝いていた。
壁に足をかけて逆立ちで屈伸運動をしているクロをテッサイは遠くから見ていた。
屈伸運動を終えたクロがまた跳躍からの手刀と蹴りの連続技を繰り出して舞うように葉を切り、脳内で想像した相手と戦っていた。包帯は取ったのだろう。
腕に走る傷跡がテッサイの目に入った。先の戦場で生き残ったあの証がウキョウの手から逃れる切掛になるとは予想外なことも起こるものだとその時のことを思い返した。
◆◆◆◆
「待っていたよ、テッサイ! 早く、早く!」
扉が開けば両手を広げたウキョウが嬉々とした顔で待ち構えていた。まるで新しいおもちゃが届いたと喜ぶ子どものようである。
本来であれば捕えた女は第二層にあるウキョウの桃源郷――通称『浮舟邸』に送られるのだが捕縛できたのが緊急だったため、一時的に第一層アヤマロ御殿内にあるウキョウの部屋に置くことになった。浮舟邸の方が遥かに豪華で、きらびやかではあるがここも大して変わらない。
派手な装飾と女たちの目を楽しませる綺麗な宝石、珍魚が泳ぐ巨大な水槽が壁を彩っている。部屋を漂う女の強い香水にテッサイは噎せつつ失礼と言って、ウキョウにクロを渡した。
後ろに控える女、御側女衆の一人が彼に駆け寄った。いつもなら浮舟邸にいる女の一人だがウキョウについてきたのだろう。ここに来ることができるのは彼が気に入っている女である証拠だ。
「ウキョウ様、どうしたの、この女?」
「新しく仲間になる子だよ、ワーリャ。可哀想に血で汚れているから綺麗にしなくっちゃね」
ワーリャと呼ばれた金髪の髪を揺らす赤いドレスの彼女はクロを見て、あからさまに侮蔑の視線を向ける。
ワーリャはウキョウに一番に気に入られんがために、他の女を沢山蹴落としてきた。他の者とは大きく差をつけたい彼女にとって入ってきたばかりのクロでも邪魔な存在となり得るのだった。
――また別の女を連れてきて、しかも血がついているなんて。なんて穢らわしい、嫌な女だわ。
「嫌よ、ウキョウ様。こんな女、私達で綺麗にするというの?血なんて触りたくないわよ」
「そうだね。ワーリャはとっても綺麗だもの。汚いものには触らせないよ。まずは彼女を綺麗にしなくっちゃね」
そう言って近くにあった寝台にクロを横たわらせるとウキョウは手を叩き、控えの下女を呼んだ。
「君たち、今連れてきた彼女を香水風呂に入れてくれないかな。とびっきり綺麗にしてよね」
かしこまりました、と一礼してクロを連れて行く。
風呂の扉が閉まると楽しみだな〜、とウキョウは手近のソファーに座り、ワーリャを引き寄せた。嬉しいと彼女はウキョウの胸元に顔を寄せる。入口に立ったままのテッサイにウキョウは手を上げた。
「テッサイ、ご苦労様。後は僕がやるから行っていいよ」
「……分かりました」
一礼して扉を閉めようとした瞬間、女の悲鳴が響いた。上がった方を向けばそこは先ほどクロが連れて行かれた風呂場の方だった。
「え、何?どうしたの?」
「お待ち下さい、若。ここは私が」
向かおうとするウキョウを止めて、テッサイが扉の横に付いた。
――まさか、ここに刺客がきたとでも?
万が一に備えて腹巻きから長ドスを取り出した。ドアノブをひねってゆっくりと開け中を伺うと先ほどウキョウに清めの命令を受けた下女達が、顔色が悪くして震えていた。中にはその場で嘔吐している女もいた。
危険人物はいないと判断したテッサイはドアを開け放つと近くにうずくまっていた下女に何があったと声をかけた。顔を上げテッサイと彼越しにウキョウの姿をみとめた女は震える唇で『申し訳ありません。勘弁してください』と手を付き何度も頭を下げた。
「あ、あれは無理です。み、見たくもありません。どうか、どうか堪忍してください」
「どうしたのさ?ちゃんと仕事してくれないとこっちも困るんだけどな〜」
「ほ、本当にアレは駄目です。嫌です!」
見たくない!と必死に頭を振り、拒絶する下女を置いてテッサイはウキョウに待つようにお願いし、彼女たちを避けながら進んだ。
たどり着いて風呂場の白いカーテンを引くとそこには担架に乗せられ、横たわっているクロがいた。
衣服は途中までは脱がさていた。はだけた上半身から覗く肌から見えたものにテッサイはハッとし息を呑んだ。そして下女達がなぜ彼女の身体の清浄を拒否したのかを察した。
その確信を得るべく、御免とテッサイは彼女の服に手をかけ、上体を露わにした。眼前に広がるのは凄惨な傷跡だった。創傷、銃創、擦過痕など数多の傷跡が彼女の身体にはあった。
ここ最近になって付いたものではない。空の戦を生き抜いたテッサイには分かる。自分の身体にも同じ跡があった。それはクロが戦を生き抜いた者であると示す証だった。いくら戦の経験者であっても、慣れたものでも思わず目を逸らしたくなる程だ。
傷の走り具合からして、恐らく下半身にも同じように多くの傷跡が残っていることは想像できた。
これは戦を知らない下女たちにはきつかっただろうとテッサイは思った。
こんな傷があるとはつゆ知らず、ただ命じられるままに仕事をこなそうと開けたが最後、現れたのは戦禍の惨状を見せつける身体だったのだ。年の差はあるとはいえ、同じ女の身体である。こんなことがあっていいのかと感じ、身体も心も拒絶したのだろう。
「……さて」
今後どうするかウキョウの判断になるのは変わらない。下女たちが嫌がる原因が分かったので報告するために振り返ったところで自分の名前を大声で呼ぶ声が聞こえてきた。主であるウキョウが手を振ってどうだった?と駆け寄ってきたのだ。テッサイは反射的にクロの体を見せないように庇った。
「若、待っていてくださいといったではありませんか」
「だってさ〜テッサイ、遅いんだもん。ところで下女たちじゃ使い物にならないから僕が直々に彼女の身体を洗うことにしたよ。いいだろ〜」
「なりません。若の手を煩わせるわけには」
「いいから、いいから」
一度くらいはやってみたかったんだよね~、とウキョウが強引にテッサイを退けさせた。あまり、見せなくはなかったがこの際仕方がないとテッサイも大きく抵抗はしなかった。
これが良くなかったのかもしれない……とテッサイは今では少し後悔していた。
「さあ〜て、どんなものかな〜」
両手を組んだウキョウがクロの上半身を目に入れた瞬間、ピシリと固まった。
しばらく経っても動かなかった。停止しているウキョウにテッサイはどうましたか?と腕を伸ばすと急にこちらを振り返った。そして見えた表情にテッサイはぎょっとした。
虹雅渓でバカ殿だの、ドラ息子だのと街の人々に呼ばれているいつものウキョウとは違う。
時折見せる暗く、冷たい瞳がそこにあった。
「いらない」
「は?」
「テッサイ、この子はもういいや。捨ててきて」
「突然、どうされたのですか若?」
クロの体をみた後からの変わりように理解が追いつかず戸惑うテッサイを置いて、ウキョウは歩き出した。
「醜い体の女なんて、僕の桃源郷にはいらないってことだよ。だから捨ててきてよ、テッサイ」
「さ、さようですか……」
「テッサイが嫌なら、ソイツを連れてきた父上の護衛二人に任せれば? 同じサムライ同士でしょ。うまくやっといてよ」
「は、はあ……」
じゃあ、後はよろしくと御側女衆のワーリャの肩を抱いて部屋をあとにした。
「やっぱり、ワーリャが一番だよ」
「嬉しいわ、ウキョウ様。でも、本当にいいのですか?」
上目遣いで見つめるワーリャにウキョウは耳元に唇を寄せ、息を吹きかけた。彼女の体は甘く震えた。
「いいの、いいの。顔と青い瞳はとっても綺麗なのに体があれじゃあ、他の女の子たちも怖がると思うし。見た目で判断したのが不味かったのかな〜」
そんなことはありませんよ、とワーリャは落ち込むウキョウの頭を胸元に抱き、優しく撫でた。
クロを乗せた担架を引きながらテッサイは何も言えない気持ちで彼らを見やり、部屋をあとにしたのだった。
あのままキュウゾウ達に任しておいてよかったのか。アキンドに仕えるサムライとして間違った選択をしたかもしれない。それでも。
「……無刀流か。戦場でまみえたかったものよ」
生かしておけばいつか斬り結ぶ時がくるかもしれない。そう思えば、サムライとしての血が疼いた。
部屋の主であるキュウゾウがアヤマロの護衛で不在の間、クロは一人リハビリに励んでいた。一日でも早く体を治し、彼との再戦に望むべく意識喪失をしていた間に鈍ってしまった体を懸命に動かしていた。
場所はアヤマロの護衛につくサムライ達の部屋から一番近い場所にあった広い庭――キュウゾウとの再戦を約束した場所である。
跳ねる。跳ぶ。
手刀を振る。貫手を突き出す。
回し蹴りを繰り出す。
風に舞う木の葉を切る。
散った汗が太陽の光を受けて輝いていた。
壁に足をかけて逆立ちで屈伸運動をしているクロをテッサイは遠くから見ていた。
屈伸運動を終えたクロがまた跳躍からの手刀と蹴りの連続技を繰り出して舞うように葉を切り、脳内で想像した相手と戦っていた。包帯は取ったのだろう。
腕に走る傷跡がテッサイの目に入った。先の戦場で生き残ったあの証がウキョウの手から逃れる切掛になるとは予想外なことも起こるものだとその時のことを思い返した。
◆◆◆◆
「待っていたよ、テッサイ! 早く、早く!」
扉が開けば両手を広げたウキョウが嬉々とした顔で待ち構えていた。まるで新しいおもちゃが届いたと喜ぶ子どものようである。
本来であれば捕えた女は第二層にあるウキョウの桃源郷――通称『浮舟邸』に送られるのだが捕縛できたのが緊急だったため、一時的に第一層アヤマロ御殿内にあるウキョウの部屋に置くことになった。浮舟邸の方が遥かに豪華で、きらびやかではあるがここも大して変わらない。
派手な装飾と女たちの目を楽しませる綺麗な宝石、珍魚が泳ぐ巨大な水槽が壁を彩っている。部屋を漂う女の強い香水にテッサイは噎せつつ失礼と言って、ウキョウにクロを渡した。
後ろに控える女、御側女衆の一人が彼に駆け寄った。いつもなら浮舟邸にいる女の一人だがウキョウについてきたのだろう。ここに来ることができるのは彼が気に入っている女である証拠だ。
「ウキョウ様、どうしたの、この女?」
「新しく仲間になる子だよ、ワーリャ。可哀想に血で汚れているから綺麗にしなくっちゃね」
ワーリャと呼ばれた金髪の髪を揺らす赤いドレスの彼女はクロを見て、あからさまに侮蔑の視線を向ける。
ワーリャはウキョウに一番に気に入られんがために、他の女を沢山蹴落としてきた。他の者とは大きく差をつけたい彼女にとって入ってきたばかりのクロでも邪魔な存在となり得るのだった。
――また別の女を連れてきて、しかも血がついているなんて。なんて穢らわしい、嫌な女だわ。
「嫌よ、ウキョウ様。こんな女、私達で綺麗にするというの?血なんて触りたくないわよ」
「そうだね。ワーリャはとっても綺麗だもの。汚いものには触らせないよ。まずは彼女を綺麗にしなくっちゃね」
そう言って近くにあった寝台にクロを横たわらせるとウキョウは手を叩き、控えの下女を呼んだ。
「君たち、今連れてきた彼女を香水風呂に入れてくれないかな。とびっきり綺麗にしてよね」
かしこまりました、と一礼してクロを連れて行く。
風呂の扉が閉まると楽しみだな〜、とウキョウは手近のソファーに座り、ワーリャを引き寄せた。嬉しいと彼女はウキョウの胸元に顔を寄せる。入口に立ったままのテッサイにウキョウは手を上げた。
「テッサイ、ご苦労様。後は僕がやるから行っていいよ」
「……分かりました」
一礼して扉を閉めようとした瞬間、女の悲鳴が響いた。上がった方を向けばそこは先ほどクロが連れて行かれた風呂場の方だった。
「え、何?どうしたの?」
「お待ち下さい、若。ここは私が」
向かおうとするウキョウを止めて、テッサイが扉の横に付いた。
――まさか、ここに刺客がきたとでも?
万が一に備えて腹巻きから長ドスを取り出した。ドアノブをひねってゆっくりと開け中を伺うと先ほどウキョウに清めの命令を受けた下女達が、顔色が悪くして震えていた。中にはその場で嘔吐している女もいた。
危険人物はいないと判断したテッサイはドアを開け放つと近くにうずくまっていた下女に何があったと声をかけた。顔を上げテッサイと彼越しにウキョウの姿をみとめた女は震える唇で『申し訳ありません。勘弁してください』と手を付き何度も頭を下げた。
「あ、あれは無理です。み、見たくもありません。どうか、どうか堪忍してください」
「どうしたのさ?ちゃんと仕事してくれないとこっちも困るんだけどな〜」
「ほ、本当にアレは駄目です。嫌です!」
見たくない!と必死に頭を振り、拒絶する下女を置いてテッサイはウキョウに待つようにお願いし、彼女たちを避けながら進んだ。
たどり着いて風呂場の白いカーテンを引くとそこには担架に乗せられ、横たわっているクロがいた。
衣服は途中までは脱がさていた。はだけた上半身から覗く肌から見えたものにテッサイはハッとし息を呑んだ。そして下女達がなぜ彼女の身体の清浄を拒否したのかを察した。
その確信を得るべく、御免とテッサイは彼女の服に手をかけ、上体を露わにした。眼前に広がるのは凄惨な傷跡だった。創傷、銃創、擦過痕など数多の傷跡が彼女の身体にはあった。
ここ最近になって付いたものではない。空の戦を生き抜いたテッサイには分かる。自分の身体にも同じ跡があった。それはクロが戦を生き抜いた者であると示す証だった。いくら戦の経験者であっても、慣れたものでも思わず目を逸らしたくなる程だ。
傷の走り具合からして、恐らく下半身にも同じように多くの傷跡が残っていることは想像できた。
これは戦を知らない下女たちにはきつかっただろうとテッサイは思った。
こんな傷があるとはつゆ知らず、ただ命じられるままに仕事をこなそうと開けたが最後、現れたのは戦禍の惨状を見せつける身体だったのだ。年の差はあるとはいえ、同じ女の身体である。こんなことがあっていいのかと感じ、身体も心も拒絶したのだろう。
「……さて」
今後どうするかウキョウの判断になるのは変わらない。下女たちが嫌がる原因が分かったので報告するために振り返ったところで自分の名前を大声で呼ぶ声が聞こえてきた。主であるウキョウが手を振ってどうだった?と駆け寄ってきたのだ。テッサイは反射的にクロの体を見せないように庇った。
「若、待っていてくださいといったではありませんか」
「だってさ〜テッサイ、遅いんだもん。ところで下女たちじゃ使い物にならないから僕が直々に彼女の身体を洗うことにしたよ。いいだろ〜」
「なりません。若の手を煩わせるわけには」
「いいから、いいから」
一度くらいはやってみたかったんだよね~、とウキョウが強引にテッサイを退けさせた。あまり、見せなくはなかったがこの際仕方がないとテッサイも大きく抵抗はしなかった。
これが良くなかったのかもしれない……とテッサイは今では少し後悔していた。
「さあ〜て、どんなものかな〜」
両手を組んだウキョウがクロの上半身を目に入れた瞬間、ピシリと固まった。
しばらく経っても動かなかった。停止しているウキョウにテッサイはどうましたか?と腕を伸ばすと急にこちらを振り返った。そして見えた表情にテッサイはぎょっとした。
虹雅渓でバカ殿だの、ドラ息子だのと街の人々に呼ばれているいつものウキョウとは違う。
時折見せる暗く、冷たい瞳がそこにあった。
「いらない」
「は?」
「テッサイ、この子はもういいや。捨ててきて」
「突然、どうされたのですか若?」
クロの体をみた後からの変わりように理解が追いつかず戸惑うテッサイを置いて、ウキョウは歩き出した。
「醜い体の女なんて、僕の桃源郷にはいらないってことだよ。だから捨ててきてよ、テッサイ」
「さ、さようですか……」
「テッサイが嫌なら、ソイツを連れてきた父上の護衛二人に任せれば? 同じサムライ同士でしょ。うまくやっといてよ」
「は、はあ……」
じゃあ、後はよろしくと御側女衆のワーリャの肩を抱いて部屋をあとにした。
「やっぱり、ワーリャが一番だよ」
「嬉しいわ、ウキョウ様。でも、本当にいいのですか?」
上目遣いで見つめるワーリャにウキョウは耳元に唇を寄せ、息を吹きかけた。彼女の体は甘く震えた。
「いいの、いいの。顔と青い瞳はとっても綺麗なのに体があれじゃあ、他の女の子たちも怖がると思うし。見た目で判断したのが不味かったのかな〜」
そんなことはありませんよ、とワーリャは落ち込むウキョウの頭を胸元に抱き、優しく撫でた。
クロを乗せた担架を引きながらテッサイは何も言えない気持ちで彼らを見やり、部屋をあとにしたのだった。
あのままキュウゾウ達に任しておいてよかったのか。アキンドに仕えるサムライとして間違った選択をしたかもしれない。それでも。
「……無刀流か。戦場でまみえたかったものよ」
生かしておけばいつか斬り結ぶ時がくるかもしれない。そう思えば、サムライとしての血が疼いた。