第四話『助けられました』
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◆
目が覚めると見知らぬ天井がクロの目に入った。
見知った天井とは言ってもここ最近目にしたのは虹雅渓で泊まった廃墟寸前の宿のものであり、それ以外は知らなかった。
腕を動かすと痛みが走った。ゆっくりと上げる。見れば包帯が巻かれていた。片腕も同様だった。首だけを動かして周囲を見渡すと必要最低限のものしか置かれていない質素な部屋で、窓からは陽の光が差し床を照らしていた。
部屋の主は眠るためだけに使っているのだろう。寝具以外は動かされたような形跡もなく、ホコリを被っていた。
両肘をついて上体を起こすと、壁に己の黒色のコートがかけられているのが見えた。取りに行こうとしたクロが布団から両足を出したタイミングでドアが開いた。
見えたのは金髪、紅いコート。背負う二本の刀。意識を失う前に斬り合ったサムライ。キュウゾウだった。
手にはお椀を乗せたお盆を手にしていた。
「貴方は――」
クロが言い終わるよりも早く、キュウゾウはお盆をテーブルに置くと彼女の肩を押して布団に戻した。
「何をしている」
「起きて、コートを取りに行こうと」
「後にしろ」
何故ですかと聞く暇も与えず、キュウゾウは布団の近くに置いてあった椅子に座った。先ほど乗せて持ってきたお椀を開け、スプーンで一つ掬うとクロへ差し出した。中身はお粥だった。
「どういうつもりですか」
「食え」
「……………」
毒はないかとクロの警戒心を感じたのだろう。キュウゾウが掬った粥を目の前で食べてみせた。飲み込んで数秒経っても彼は苦しむことなく、平然としていた。これでわかっただろうと目で伝えると再度スプーンで粥を掬い、クロへ差し出した。
「……ありがとうございます」
一礼してから、差し出された粥を口に含んだ。クロが噛んで喉へ通すのを見て、先ほどと同様にキュウゾウは粥を乗せたスプーンを差し出した。
「食べろ」
「……後は自分で食べますので、お椀とスプーンをこちらへいただけませんか」
再度差し出された粥を口に含んだクロはそう言ってキュウゾウの手元にあるお椀へ腕を伸ばしたがひょいと避けられた。クロは一瞬気のせいかと思い、もう一度試したがまた腕を躱された。
青い目と赤褐色の目が合わさる。
「あの、お椀を」
「食え」
有無を言わせず、差し出された。
「……ありがとうございます」
抵抗しても無駄に体力をすり減らすだけと早々に判断したクロは大人しくキュウゾウからの餌付けで腹を満たすことにした。
◆◆◆◆
食べ終えたクロがキュウゾウから渡された薬を飲んでいるとドアが開け放たれ、メガネをかけた色白の男が入ってきた。こちらも意識を失う前に出会ったサムライ、ヒョーゴだった。
「おいキュウゾウ、そろそろ……って、そいつ、起きたのか」
ヒョーゴは手近にあった椅子を引き寄せ、キュウゾウの隣に腰掛けると第一声に『よかったな』とクロへ言った。
「何が、ですか」
「お前はもう若に狙われないそうだ」
「そうですか」
「俺がここに仕えていた間で若から逃れた女はお前が初めてだぞ、無刀流。すごいな」
「これ以上、追われないのであれば別にいいです」
そのことにクロはもう大して関心はなかった。むしろそれよりも何故自分は生きてここにいるかの方が気になった。
あのまま打ち捨てられ死んでいてもおかしくはないはずなのに。俯くクロの横顔を見て、キュウゾウが口を開いた。
「斬り合うためだ」
そう告げた彼の目をクロは見つめ返した。
同情から助けたつもりはない。
あのようなものは決着ではない。
再戦のため、連れてきた。
そう――言外に伝えていた。それらを察したのだろう。
目を瞑るとクロは分かりましたと頷き、痛みに耐えながら何とか立ち上がると布団の上で三つ指をついて、キュウゾウに頭を下げた。
何しているのだと戸惑うヒョーゴの声が聞こえてきたが、気にしなかった。
「理由はどうあれ、僕が助けられたことに違いはありません。ありがとうございます」
「……………」
「申し遅れました。僕は無刀流九代目当主、鋼クロと申します」
「クロ」
「はい。恐れ入ります、お名前を伺っても」
「キュウゾウ」
「キュウゾウさん、ですね」
顔を上げたクロは噛みしめるようにキュウゾウの名を何度か口にし、覚えました、と胸に手を当てた。
「何日でも早く体を治します。刀である僕にできる最大限の恩返しをさせていただきます」
また深々と頭を下げるクロにキュウゾウは頷いた。
「早く治せ」
「承知しました」
「何だ、お前らは………」
自分を他所に隣で広げられるそのやりとりにヒョーゴは呆れ顔で見ているしかできなかった。
目が覚めると見知らぬ天井がクロの目に入った。
見知った天井とは言ってもここ最近目にしたのは虹雅渓で泊まった廃墟寸前の宿のものであり、それ以外は知らなかった。
腕を動かすと痛みが走った。ゆっくりと上げる。見れば包帯が巻かれていた。片腕も同様だった。首だけを動かして周囲を見渡すと必要最低限のものしか置かれていない質素な部屋で、窓からは陽の光が差し床を照らしていた。
部屋の主は眠るためだけに使っているのだろう。寝具以外は動かされたような形跡もなく、ホコリを被っていた。
両肘をついて上体を起こすと、壁に己の黒色のコートがかけられているのが見えた。取りに行こうとしたクロが布団から両足を出したタイミングでドアが開いた。
見えたのは金髪、紅いコート。背負う二本の刀。意識を失う前に斬り合ったサムライ。キュウゾウだった。
手にはお椀を乗せたお盆を手にしていた。
「貴方は――」
クロが言い終わるよりも早く、キュウゾウはお盆をテーブルに置くと彼女の肩を押して布団に戻した。
「何をしている」
「起きて、コートを取りに行こうと」
「後にしろ」
何故ですかと聞く暇も与えず、キュウゾウは布団の近くに置いてあった椅子に座った。先ほど乗せて持ってきたお椀を開け、スプーンで一つ掬うとクロへ差し出した。中身はお粥だった。
「どういうつもりですか」
「食え」
「……………」
毒はないかとクロの警戒心を感じたのだろう。キュウゾウが掬った粥を目の前で食べてみせた。飲み込んで数秒経っても彼は苦しむことなく、平然としていた。これでわかっただろうと目で伝えると再度スプーンで粥を掬い、クロへ差し出した。
「……ありがとうございます」
一礼してから、差し出された粥を口に含んだ。クロが噛んで喉へ通すのを見て、先ほどと同様にキュウゾウは粥を乗せたスプーンを差し出した。
「食べろ」
「……後は自分で食べますので、お椀とスプーンをこちらへいただけませんか」
再度差し出された粥を口に含んだクロはそう言ってキュウゾウの手元にあるお椀へ腕を伸ばしたがひょいと避けられた。クロは一瞬気のせいかと思い、もう一度試したがまた腕を躱された。
青い目と赤褐色の目が合わさる。
「あの、お椀を」
「食え」
有無を言わせず、差し出された。
「……ありがとうございます」
抵抗しても無駄に体力をすり減らすだけと早々に判断したクロは大人しくキュウゾウからの餌付けで腹を満たすことにした。
◆◆◆◆
食べ終えたクロがキュウゾウから渡された薬を飲んでいるとドアが開け放たれ、メガネをかけた色白の男が入ってきた。こちらも意識を失う前に出会ったサムライ、ヒョーゴだった。
「おいキュウゾウ、そろそろ……って、そいつ、起きたのか」
ヒョーゴは手近にあった椅子を引き寄せ、キュウゾウの隣に腰掛けると第一声に『よかったな』とクロへ言った。
「何が、ですか」
「お前はもう若に狙われないそうだ」
「そうですか」
「俺がここに仕えていた間で若から逃れた女はお前が初めてだぞ、無刀流。すごいな」
「これ以上、追われないのであれば別にいいです」
そのことにクロはもう大して関心はなかった。むしろそれよりも何故自分は生きてここにいるかの方が気になった。
あのまま打ち捨てられ死んでいてもおかしくはないはずなのに。俯くクロの横顔を見て、キュウゾウが口を開いた。
「斬り合うためだ」
そう告げた彼の目をクロは見つめ返した。
同情から助けたつもりはない。
あのようなものは決着ではない。
再戦のため、連れてきた。
そう――言外に伝えていた。それらを察したのだろう。
目を瞑るとクロは分かりましたと頷き、痛みに耐えながら何とか立ち上がると布団の上で三つ指をついて、キュウゾウに頭を下げた。
何しているのだと戸惑うヒョーゴの声が聞こえてきたが、気にしなかった。
「理由はどうあれ、僕が助けられたことに違いはありません。ありがとうございます」
「……………」
「申し遅れました。僕は無刀流九代目当主、鋼クロと申します」
「クロ」
「はい。恐れ入ります、お名前を伺っても」
「キュウゾウ」
「キュウゾウさん、ですね」
顔を上げたクロは噛みしめるようにキュウゾウの名を何度か口にし、覚えました、と胸に手を当てた。
「何日でも早く体を治します。刀である僕にできる最大限の恩返しをさせていただきます」
また深々と頭を下げるクロにキュウゾウは頷いた。
「早く治せ」
「承知しました」
「何だ、お前らは………」
自分を他所に隣で広げられるそのやりとりにヒョーゴは呆れ顔で見ているしかできなかった。