第四話『助けられました』
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◆
何もない空間だった。辺り一面が真っ暗な闇で、どこまで行っても見えてくるものはない。
それでもしばらくの間歩いていると、クロの瞳に白色で人の形をしたものがぼうっと映った。
人ひとりいない空間に初めてみたものにクロはすぐさま駆け寄った。それは仕えたサムライと共に戦で命を落とした父だった。
「クロか」
父がいた事で、クロはここがどこか察した。
「僕は死んだのですね」
兄が言っていた。ここはきっとあの世だ。『何千年と修行をすると、またこの世に生まれ変わることができる場所があるんだよ』と兄であるシロが話して聞かせてくれたのを思い出した。
自分は死んだというクロに父は首を振った。
「お前はまだ死んでおらぬ。これは夢だ」
「夢、ですか?」
ああ、と頷いた父は座れと床をポンポンと叩いた。胡座をかいた父の前にクロは正座で向かい合った。
無刀流の修行をする前に父はよくクロを座らせて、今日のやることを聞かせていた。聞かせたとはいっても『お前は何だ』と聞かれたら『刀だ』と答え『己は刀であることをまず、第一に考えろ』と言われるだけで、すぐさま剣術の修行を開始した。
当初はその問答を修業の度に繰り返す父の意図が分かりかねたが、今のクロには分かる。いついかなる時も己は刀だということを努々忘れぬためにだ。
いつ何時も相手を斬れるように。
戦場に感傷を持ち込まぬように。
同情心を持たぬようにと言い聞かせるために。
「クロよ、お前は何だ」
「僕は、刀です」
そうだ、と父は頷き、クロの目を見つめた。
「ワシが死んだ時、泣いたか」
「いいえ」
「戦で仲間が死んだ時、泣いたか」
「いいえ」
クロは首を振り、父は腕を組んで満足そうに頷いていた。兄が死んだ時も泣きませんでした、とクロは最後に加えると父は眉を潜め、その名は聞きたくなかったと、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「シロか…………あいつはよい」
「何故ですか?」
「死んでおらぬからだ」
「――ッ」
兄が生きている。それを聞いた途端立ち上がったクロの腕を掴み、力強く握り『愚か者!』と叱責を飛ばした。
「教えてください。兄はどこへいるのですか」
「知ってどうする?会いに行くとでもいうのか」
「僕は約束をしたのです。戦が終わったら二人で宛のない旅に出ると。それを果たしに行くのです」
やめておけ、と父は言った。敵と対面したときに恐れを抱かせる程の冷たい眼差しだった。
「あいつはもう駄目だ。会ったところで、どうにもならん。お前が不幸になるだけだ」
「それはどういうことですか」
クロが父に聞いた時の心境は『なぜ自分の息子にそんなひどいことを言えるのか』という家族を想う気持ちから言ったものではなかった。ただ単純に父の言わんとすることの意味が、理由が分からなかった。
ここで言っても理解はできまいと父は言った。そして青い目を真っ直ぐに見つめ、クロよと問いかけた。
「シロを斬れと言われたら、お前は斬れるか?」
――妹であるお前は、兄を殺せるのか?
そこでクロの夢は終わった。
何もない空間だった。辺り一面が真っ暗な闇で、どこまで行っても見えてくるものはない。
それでもしばらくの間歩いていると、クロの瞳に白色で人の形をしたものがぼうっと映った。
人ひとりいない空間に初めてみたものにクロはすぐさま駆け寄った。それは仕えたサムライと共に戦で命を落とした父だった。
「クロか」
父がいた事で、クロはここがどこか察した。
「僕は死んだのですね」
兄が言っていた。ここはきっとあの世だ。『何千年と修行をすると、またこの世に生まれ変わることができる場所があるんだよ』と兄であるシロが話して聞かせてくれたのを思い出した。
自分は死んだというクロに父は首を振った。
「お前はまだ死んでおらぬ。これは夢だ」
「夢、ですか?」
ああ、と頷いた父は座れと床をポンポンと叩いた。胡座をかいた父の前にクロは正座で向かい合った。
無刀流の修行をする前に父はよくクロを座らせて、今日のやることを聞かせていた。聞かせたとはいっても『お前は何だ』と聞かれたら『刀だ』と答え『己は刀であることをまず、第一に考えろ』と言われるだけで、すぐさま剣術の修行を開始した。
当初はその問答を修業の度に繰り返す父の意図が分かりかねたが、今のクロには分かる。いついかなる時も己は刀だということを努々忘れぬためにだ。
いつ何時も相手を斬れるように。
戦場に感傷を持ち込まぬように。
同情心を持たぬようにと言い聞かせるために。
「クロよ、お前は何だ」
「僕は、刀です」
そうだ、と父は頷き、クロの目を見つめた。
「ワシが死んだ時、泣いたか」
「いいえ」
「戦で仲間が死んだ時、泣いたか」
「いいえ」
クロは首を振り、父は腕を組んで満足そうに頷いていた。兄が死んだ時も泣きませんでした、とクロは最後に加えると父は眉を潜め、その名は聞きたくなかったと、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「シロか…………あいつはよい」
「何故ですか?」
「死んでおらぬからだ」
「――ッ」
兄が生きている。それを聞いた途端立ち上がったクロの腕を掴み、力強く握り『愚か者!』と叱責を飛ばした。
「教えてください。兄はどこへいるのですか」
「知ってどうする?会いに行くとでもいうのか」
「僕は約束をしたのです。戦が終わったら二人で宛のない旅に出ると。それを果たしに行くのです」
やめておけ、と父は言った。敵と対面したときに恐れを抱かせる程の冷たい眼差しだった。
「あいつはもう駄目だ。会ったところで、どうにもならん。お前が不幸になるだけだ」
「それはどういうことですか」
クロが父に聞いた時の心境は『なぜ自分の息子にそんなひどいことを言えるのか』という家族を想う気持ちから言ったものではなかった。ただ単純に父の言わんとすることの意味が、理由が分からなかった。
ここで言っても理解はできまいと父は言った。そして青い目を真っ直ぐに見つめ、クロよと問いかけた。
「シロを斬れと言われたら、お前は斬れるか?」
――妹であるお前は、兄を殺せるのか?
そこでクロの夢は終わった。