第三話『斬り合いました』
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斬り合いの邪魔をするなと無言の圧力をかけてくるキュウゾウにヒョーゴは諦めろと嘆息するとクロへ視線を移した。
即効性の眠り薬を浴びせられたのだ。
彼女は片手と片膝をつき重くなる目蓋を気力で必死に堪えていた。先ほどの斬り合いからみてからは、情けない変わりように嘲りの笑みを浮かべた。
「お初にお目にかかるな、無刀流。俺はヒョーゴ。お前を狙う若様の父、虹雅渓差配アヤマロ公に仕える者だ」
「ヒョーゴ、さんですか。感謝します。ウキョウを探す手間が省けそうです。彼はどこにいますか?」
クロは口元を拭い、平然とした顔で彼を見返した。
普通ならこの時点でも眠りに落ちてもおかしくない程の効力あるものだが彼女は不利になることを表に出さぬように耐えつつ、腕にも爪を食い込ませた。
「そんなに知りたければわざと捕まって聞き出すのが、賢いやり方だと思うが。これまでお前を捕えるのにだいぶ面倒をかけさせられたようだが、追いかけっこはもう終わりだ、無刀流」
捕らえろとヒョーゴがかむろ衆に指示を出した途端にクロは自身の肩口を自らの手刀で切り裂いた。
斬ったところから鮮血が吹き出して足元を、点々と血痕が彩り、赤く染めていく。
その光景にキュウゾウ、ヒョーゴ、かむろ衆は驚きに目を見張った。
とうとう頭がおかしくなったのか。捕まるくらいならば、と自害を選ぶのかと思われたがクロの青い瞳がそうではないと主張していた。
「眠らなくて済みます。少し痛いのが難点ですが」
「貴様、馬鹿なのか!?」
「無刀流、何をしている。出血多量で死ぬぞ」
「死にません。元凶を斬らねばなりませんから」
先ほど余裕の笑みはどこへいったのか。
クロの行動にかむろ衆は言わずもがな、ヒョーゴも相手の予想外の行動に少し焦っていた。
勝負を決する場所であれば、敵の自決はありがたいことだが、今は生かして連れてこいと捕縛の命でここに来たのだ。彼女が死んでは元も子もない。
目的を果たせなくては困る。早々に捕らえろと命を受け、駆け寄ってきたかむろ衆と鋼筒がクロの周りを囲った。
「大人しく、縄につけ!」
かむろ衆のひとりに羽交い締めにされたがクロは出せる力を振り絞って地を蹴った。逆上がりをする要領で勢いよく体を回転させ、彼の背後へ逃れると先ほど己を羽交い締めにしたかむろ衆の一人の首を手刀ではね上げた。
悲鳴も上げる間もないほどの捷さだった。
近くにいた残りのかむろ衆にも回し蹴りによる打撃と手刀による袈裟斬りをお見舞いした。
そして踏み込んで、跳躍したとみるや見上げる鋼筒を前転からの踵落としで一刀両断した。さらにもう一基の鋼筒を手刀で横一閃に斬り伏せてみせた。機械の中に入っていた人ごと一刀両断するほどの斬撃だった。
「なんだと!?」
ヒョーゴとかむろ衆とはその光景に目を剥いた。声は上げなかったが、常に冷静なキュウゾウもこの光景には息を呑んだ。
生身の身体で下ろした足が、振るった腕が――サムライが刀を振るように当たり前に機械を斬っていた。
「これが、無刀流……」
ゆらりと身体を揺らし下から睨めつけてくるクロを、ヒョーゴはもう女だとは思えなかった。
――やはり奴は人ではなく、刀なのだ。
身体を機械化することなく、あまつさえ刀も持たず、鍛え上げた強靱な肉体を駆使し、自身を刀として相手を斬る。血族相伝の殺人剣術、無刀流。
先の大戦にて最前線で戦っていたサムライの間で流れていた噂だけの流派だった。
戦の後半で機械文明が発達したことにより体を機械化するサムライが増え、戦いが機械で優勢になっていったこと、銃などの機械の武器も増えていったことから、機械化したサムライからは笑いの種にされたこともあった。
生身の身体で、あろうことか刀さえもたず、前線に出るとは無謀だなどと馬鹿にされた。しかし無刀流が惨敗したり、倒されたりなどと負けた話はついぞ耳にしなかった。
サムライの機械化が進み、戦力の主力となると無刀流の噂は消え、いつしか忘れ去られていった。そんな存在するかどうかも不明だった闇の流派が――。
本当に、今ここに在るのだとクロにまざまざと見せつけられたのだ。こんな光景は驚かない方がおかしかった。
噂通りに刀もなく武器もなしで己の肉体による手刀や蹴りなどをもって斬った故に。更には生身の相手に留まらず、戦闘用の機械さえも斬ったのだから。
「ば、化け物……」
人の身体よりも何倍も固い機械を自分の手刀や足で斬っても体に傷がつかず、平然とするクロへかむろ衆たちはそう呟いて後ずさりする。
怯むな、かかれ、とヒョーゴが声を張り上げたが、いた人数の大半には効果はなく恐怖に体を震わすばかりだ。
少数のかむろ衆がクロへ向かっていき、手にした刺又で突きを繰り出したが、それらに対してクロは先ほど殺したかむろ衆の遺体を盾に攻撃を防いだ。
まさかの行動に彼らは二の足を踏んでしまった。
「な、何と惨いこと! 鬼か!」
「戦において事の善悪はありません」
「戦? 何を馬鹿なことを言う! 卑怯だぞ!」
「どうとでも。生き残るためには必要です」
これは生きていた時は人。だが今や死体というモノだ。利用できるものは利用しなければ勝てるものも勝てなくなるではないか。それが戦で生き残ることではないのか。
アキンドのもとに身を置けば、こうも甘くなるものかとクロは眉を潜めるが、その甘さを利用することにした。利用することへの精神的抵抗はない。
死んだとは言え仲間だったものを盾にされたことで、戸惑うかむろ衆を隙だらけだと睨んだクロは死体を無造作に打ち捨てると跳躍、接近して、次々と相手の武器を破壊し、斬り伏せていった。
何人かを斬った後、自傷したとしても、今でも襲いくる眠気と肩口の痛みに少し目眩むも堪えつつ、肩をおさえて素早く周囲を警戒した。
軍刀を引き抜き、突きの構えで睨んでいるヒョーゴと、刺又を携える残りのかむろ衆の姿はとらえた。 だがあの紅いコートの、キュウゾウの姿はない。
どこに、と気配を探ったクロは背後から迫る殺気を感じて、振り向きざまに手刀を薙ぎ払った。それは振り下ろされた刃を弾いた。だが。
「ぐぅッ……!」
続け様にきた下からの殴打を鳩尾にくらい、クロは仰向けに倒れた。地面に落ちたときの衝撃に体は軋む。片手で辛うじて上半身を起こした。もう一方の手を腹に添え、浅く呼吸を繰り返す。
見下ろしてくる赤褐色の目を見返すもだんだんと霞み、目蓋を上げるのも億劫に感じてきた。紅いコートもぼやけて見える。
――このままでは、斬られる。
しかし恐怖心はなかった。戦のない、アキンドの時代となっても空を忘れぬサムライであるならば。
この人の剣になら斬られてもいいと思った。
薄れゆく意識の中で、クロが最後に見たのはキュウゾウが刀を振りかざす姿であった。
斬り合いの邪魔をするなと無言の圧力をかけてくるキュウゾウにヒョーゴは諦めろと嘆息するとクロへ視線を移した。
即効性の眠り薬を浴びせられたのだ。
彼女は片手と片膝をつき重くなる目蓋を気力で必死に堪えていた。先ほどの斬り合いからみてからは、情けない変わりように嘲りの笑みを浮かべた。
「お初にお目にかかるな、無刀流。俺はヒョーゴ。お前を狙う若様の父、虹雅渓差配アヤマロ公に仕える者だ」
「ヒョーゴ、さんですか。感謝します。ウキョウを探す手間が省けそうです。彼はどこにいますか?」
クロは口元を拭い、平然とした顔で彼を見返した。
普通ならこの時点でも眠りに落ちてもおかしくない程の効力あるものだが彼女は不利になることを表に出さぬように耐えつつ、腕にも爪を食い込ませた。
「そんなに知りたければわざと捕まって聞き出すのが、賢いやり方だと思うが。これまでお前を捕えるのにだいぶ面倒をかけさせられたようだが、追いかけっこはもう終わりだ、無刀流」
捕らえろとヒョーゴがかむろ衆に指示を出した途端にクロは自身の肩口を自らの手刀で切り裂いた。
斬ったところから鮮血が吹き出して足元を、点々と血痕が彩り、赤く染めていく。
その光景にキュウゾウ、ヒョーゴ、かむろ衆は驚きに目を見張った。
とうとう頭がおかしくなったのか。捕まるくらいならば、と自害を選ぶのかと思われたがクロの青い瞳がそうではないと主張していた。
「眠らなくて済みます。少し痛いのが難点ですが」
「貴様、馬鹿なのか!?」
「無刀流、何をしている。出血多量で死ぬぞ」
「死にません。元凶を斬らねばなりませんから」
先ほど余裕の笑みはどこへいったのか。
クロの行動にかむろ衆は言わずもがな、ヒョーゴも相手の予想外の行動に少し焦っていた。
勝負を決する場所であれば、敵の自決はありがたいことだが、今は生かして連れてこいと捕縛の命でここに来たのだ。彼女が死んでは元も子もない。
目的を果たせなくては困る。早々に捕らえろと命を受け、駆け寄ってきたかむろ衆と鋼筒がクロの周りを囲った。
「大人しく、縄につけ!」
かむろ衆のひとりに羽交い締めにされたがクロは出せる力を振り絞って地を蹴った。逆上がりをする要領で勢いよく体を回転させ、彼の背後へ逃れると先ほど己を羽交い締めにしたかむろ衆の一人の首を手刀ではね上げた。
悲鳴も上げる間もないほどの捷さだった。
近くにいた残りのかむろ衆にも回し蹴りによる打撃と手刀による袈裟斬りをお見舞いした。
そして踏み込んで、跳躍したとみるや見上げる鋼筒を前転からの踵落としで一刀両断した。さらにもう一基の鋼筒を手刀で横一閃に斬り伏せてみせた。機械の中に入っていた人ごと一刀両断するほどの斬撃だった。
「なんだと!?」
ヒョーゴとかむろ衆とはその光景に目を剥いた。声は上げなかったが、常に冷静なキュウゾウもこの光景には息を呑んだ。
生身の身体で下ろした足が、振るった腕が――サムライが刀を振るように当たり前に機械を斬っていた。
「これが、無刀流……」
ゆらりと身体を揺らし下から睨めつけてくるクロを、ヒョーゴはもう女だとは思えなかった。
――やはり奴は人ではなく、刀なのだ。
身体を機械化することなく、あまつさえ刀も持たず、鍛え上げた強靱な肉体を駆使し、自身を刀として相手を斬る。血族相伝の殺人剣術、無刀流。
先の大戦にて最前線で戦っていたサムライの間で流れていた噂だけの流派だった。
戦の後半で機械文明が発達したことにより体を機械化するサムライが増え、戦いが機械で優勢になっていったこと、銃などの機械の武器も増えていったことから、機械化したサムライからは笑いの種にされたこともあった。
生身の身体で、あろうことか刀さえもたず、前線に出るとは無謀だなどと馬鹿にされた。しかし無刀流が惨敗したり、倒されたりなどと負けた話はついぞ耳にしなかった。
サムライの機械化が進み、戦力の主力となると無刀流の噂は消え、いつしか忘れ去られていった。そんな存在するかどうかも不明だった闇の流派が――。
本当に、今ここに在るのだとクロにまざまざと見せつけられたのだ。こんな光景は驚かない方がおかしかった。
噂通りに刀もなく武器もなしで己の肉体による手刀や蹴りなどをもって斬った故に。更には生身の相手に留まらず、戦闘用の機械さえも斬ったのだから。
「ば、化け物……」
人の身体よりも何倍も固い機械を自分の手刀や足で斬っても体に傷がつかず、平然とするクロへかむろ衆たちはそう呟いて後ずさりする。
怯むな、かかれ、とヒョーゴが声を張り上げたが、いた人数の大半には効果はなく恐怖に体を震わすばかりだ。
少数のかむろ衆がクロへ向かっていき、手にした刺又で突きを繰り出したが、それらに対してクロは先ほど殺したかむろ衆の遺体を盾に攻撃を防いだ。
まさかの行動に彼らは二の足を踏んでしまった。
「な、何と惨いこと! 鬼か!」
「戦において事の善悪はありません」
「戦? 何を馬鹿なことを言う! 卑怯だぞ!」
「どうとでも。生き残るためには必要です」
これは生きていた時は人。だが今や死体というモノだ。利用できるものは利用しなければ勝てるものも勝てなくなるではないか。それが戦で生き残ることではないのか。
アキンドのもとに身を置けば、こうも甘くなるものかとクロは眉を潜めるが、その甘さを利用することにした。利用することへの精神的抵抗はない。
死んだとは言え仲間だったものを盾にされたことで、戸惑うかむろ衆を隙だらけだと睨んだクロは死体を無造作に打ち捨てると跳躍、接近して、次々と相手の武器を破壊し、斬り伏せていった。
何人かを斬った後、自傷したとしても、今でも襲いくる眠気と肩口の痛みに少し目眩むも堪えつつ、肩をおさえて素早く周囲を警戒した。
軍刀を引き抜き、突きの構えで睨んでいるヒョーゴと、刺又を携える残りのかむろ衆の姿はとらえた。 だがあの紅いコートの、キュウゾウの姿はない。
どこに、と気配を探ったクロは背後から迫る殺気を感じて、振り向きざまに手刀を薙ぎ払った。それは振り下ろされた刃を弾いた。だが。
「ぐぅッ……!」
続け様にきた下からの殴打を鳩尾にくらい、クロは仰向けに倒れた。地面に落ちたときの衝撃に体は軋む。片手で辛うじて上半身を起こした。もう一方の手を腹に添え、浅く呼吸を繰り返す。
見下ろしてくる赤褐色の目を見返すもだんだんと霞み、目蓋を上げるのも億劫に感じてきた。紅いコートもぼやけて見える。
――このままでは、斬られる。
しかし恐怖心はなかった。戦のない、アキンドの時代となっても空を忘れぬサムライであるならば。
この人の剣になら斬られてもいいと思った。
薄れゆく意識の中で、クロが最後に見たのはキュウゾウが刀を振りかざす姿であった。