第三話『斬り合いました』
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◆
長きに渡って続いた戦が終わった。
クロは空を眺めていた。そして、手を伸ばした。
あんなに近くに、身近にあった空が今は遠い。
――終わったら二人で宛のない自由な旅に出よう。
二人の間でしか伝わらない言葉でそう言って微笑んでいた兄は、シロはもうここにはいない。
その言葉を最期にクロの前からいなくなった。
跳んでは蹴って、跳ねては突いて、斬り殺して。
多く敵を屠り、部隊を潰し回って気がついたらと戦が終わっていた。
戻ってきたクロは同じ部隊に所属していた者からシロの姿がない。戻ってきていないと告げられた。
その者が言うには途中まで共に行動をしていたが、敵の銃弾が戦艦に当たって起きた爆風に巻き込まれた後から姿は見えなくなったらしい。
シロの性格を知る彼は大方ケロリとしていて、どこか別の場所で敵を斬っているのだろうと思っていたが一向に姿を現さなかった。すまない、俺がしっかりしていればと涙を浮かべ何度も頭を下げる彼にクロは気にしなくていいと首を振った。
戦で人が死ぬのは当たり前だ。その死が訪れたのがシロであっただけのことなのだから。それから何日が経っても兄の遺体は見つかることはなかった。
戦が終わって何をしたらよいのか分からず、行き場をなくしたサムライ達の多くがアキンドの興す街づくりに肉体労働のため出向く中、クロはそこへは行かず、これから何をしようかと考えながら宛もなく歩いていた。
刀である己だがどこにも戦場はなく、斬る相手もいない。しかし刀として生きてきた自分には戦のない人としての生き方は知らなかった。知りたいとも思わなかった。
――クロはクロのやりたいことをやればいいよ。
「……僕の、やりたい、こと……?」
生前交わした兄との会話を糸口に、やりたいことを見つければいいのだろうかと考えていたクロに声をかける男がいた。
「――お主、生きておったのか」
肩越しにみた彼に対して一瞬誰かは分からなかった。戦時中の記憶をたどり、思い出したクロは瞬きした。
「貴方は――」
声をかけてきたのは幾度となく最前線で部隊を率いていた壮年の男だった。
戦時中は後ろ頭に三つの髷を結った金髪の男性と行動を共にしていたのを何度か見たが彼の姿はここにはなかった。
「同じ軍に所属していた方ですね」
生死の激しい戦場において生き残ることにかけては追随を許さない程の実力だとシロが評価していたのをクロは覚えていた。男は顎髭を人差し指と親指で擦りながらクロを見つめていた。
「そういうお主は無刀流、双子の……妹君か」
はいとクロは頷き、青い目で男を見つめた。
「やはり貴方は生き残りましたね」
「ほう……やはり、とは?」
「兄が高く評価しておりました。サムライであるのに死ぬことよりも生き残ることに重きを置き、戦い続ける希有な男がいると。それが貴方でした」
僕も貴方は生き残ると思っておりましたと言えば、そうかとまた顎髭を擦っていた。癖なのだろうか。
「兄君はどうした」
「戦で行方不明に。遺体は出てきませんでしたが、恐らく死んだのだと思います」
表情を変えること無く淡々と答えるクロに男は悲しげな表情を浮かべた。
「……そうか。すまぬ、辛いこと思い出させたな」
クロはいいえ、と首を振った。
「戦場において死人が出るのは当たり前です。父も仕えていたサムライと共に死にました。兄も散っていった仲間と同じく戦で死んだのです。死は生きている者へ等しく訪れるもの。僕たち無刀流の一族も例外ではありません」
己を刀とする一族、無刀流。刀として育てられ、刀として在るために感傷は抱かない。共に戦った仲間が散ろうとも、血の繋がった家族が死のうとも。
相手が誰であろうとも変わらない。
相手への同情も感傷も不要であるとする。
それ故に。
「無刀流か……やはりお主は刀であるのだな」
「はい。僕は刀です」
無刀流の一族のあり方を徹底的に示すクロに対して男は心から空恐ろしさを感じた。
長きに渡って続いた戦が終わった。
クロは空を眺めていた。そして、手を伸ばした。
あんなに近くに、身近にあった空が今は遠い。
――終わったら二人で宛のない自由な旅に出よう。
二人の間でしか伝わらない言葉でそう言って微笑んでいた兄は、シロはもうここにはいない。
その言葉を最期にクロの前からいなくなった。
跳んでは蹴って、跳ねては突いて、斬り殺して。
多く敵を屠り、部隊を潰し回って気がついたらと戦が終わっていた。
戻ってきたクロは同じ部隊に所属していた者からシロの姿がない。戻ってきていないと告げられた。
その者が言うには途中まで共に行動をしていたが、敵の銃弾が戦艦に当たって起きた爆風に巻き込まれた後から姿は見えなくなったらしい。
シロの性格を知る彼は大方ケロリとしていて、どこか別の場所で敵を斬っているのだろうと思っていたが一向に姿を現さなかった。すまない、俺がしっかりしていればと涙を浮かべ何度も頭を下げる彼にクロは気にしなくていいと首を振った。
戦で人が死ぬのは当たり前だ。その死が訪れたのがシロであっただけのことなのだから。それから何日が経っても兄の遺体は見つかることはなかった。
戦が終わって何をしたらよいのか分からず、行き場をなくしたサムライ達の多くがアキンドの興す街づくりに肉体労働のため出向く中、クロはそこへは行かず、これから何をしようかと考えながら宛もなく歩いていた。
刀である己だがどこにも戦場はなく、斬る相手もいない。しかし刀として生きてきた自分には戦のない人としての生き方は知らなかった。知りたいとも思わなかった。
――クロはクロのやりたいことをやればいいよ。
「……僕の、やりたい、こと……?」
生前交わした兄との会話を糸口に、やりたいことを見つければいいのだろうかと考えていたクロに声をかける男がいた。
「――お主、生きておったのか」
肩越しにみた彼に対して一瞬誰かは分からなかった。戦時中の記憶をたどり、思い出したクロは瞬きした。
「貴方は――」
声をかけてきたのは幾度となく最前線で部隊を率いていた壮年の男だった。
戦時中は後ろ頭に三つの髷を結った金髪の男性と行動を共にしていたのを何度か見たが彼の姿はここにはなかった。
「同じ軍に所属していた方ですね」
生死の激しい戦場において生き残ることにかけては追随を許さない程の実力だとシロが評価していたのをクロは覚えていた。男は顎髭を人差し指と親指で擦りながらクロを見つめていた。
「そういうお主は無刀流、双子の……妹君か」
はいとクロは頷き、青い目で男を見つめた。
「やはり貴方は生き残りましたね」
「ほう……やはり、とは?」
「兄が高く評価しておりました。サムライであるのに死ぬことよりも生き残ることに重きを置き、戦い続ける希有な男がいると。それが貴方でした」
僕も貴方は生き残ると思っておりましたと言えば、そうかとまた顎髭を擦っていた。癖なのだろうか。
「兄君はどうした」
「戦で行方不明に。遺体は出てきませんでしたが、恐らく死んだのだと思います」
表情を変えること無く淡々と答えるクロに男は悲しげな表情を浮かべた。
「……そうか。すまぬ、辛いこと思い出させたな」
クロはいいえ、と首を振った。
「戦場において死人が出るのは当たり前です。父も仕えていたサムライと共に死にました。兄も散っていった仲間と同じく戦で死んだのです。死は生きている者へ等しく訪れるもの。僕たち無刀流の一族も例外ではありません」
己を刀とする一族、無刀流。刀として育てられ、刀として在るために感傷は抱かない。共に戦った仲間が散ろうとも、血の繋がった家族が死のうとも。
相手が誰であろうとも変わらない。
相手への同情も感傷も不要であるとする。
それ故に。
「無刀流か……やはりお主は刀であるのだな」
「はい。僕は刀です」
無刀流の一族のあり方を徹底的に示すクロに対して男は心から空恐ろしさを感じた。