第二話『狙われました』
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◇
クロが虹雅渓から旅立つと決めて、追手をやり過ごしてやっとのことで着いた下層の宿を引き払った頃のこと。
虹雅渓の最上層にあるアヤマロの御殿内で、ヒョーゴとアヤマロの私兵であるかむろ衆の一人が最近のウキョウの行動について話をしていた。
ヒョーゴは戦を、終えて行き場をなくしたサムライくずれであったがアヤマロに拾われて用心棒をしている身である。
ヒョーゴの他にもう一人サムライくずれから雇われの身になった用心棒もいるが、アヤマロを狙うと噂された集団組織の排除へ出向いており、ここにはおらず、アヤマロの警備はヒョーゴが一人で担っていた。
「ここのところ若が矢鱈と手下達を街に放っているが一体何だ?」
鼻の頭にかけた眼鏡を押し上げてヒョーゴが聞くとかむろ衆の彼は「ああ……」と半ば呆れた声を上げた。
「若のいつもの発作ですよ」
「いつもの発作? そうか、また例の女狂いか」
「はい……」
なるほど、とヒョーゴは納得し、カムロ衆の彼と同じように呆れた顔になったが、そこでふと疑問を抱いた。
詳細についてあまり興味はなかった。だが女を捕えるにしてはあまりに日数がかかり過ぎているのではと思ったのである。
そこをつくと『実は……』とかむろ衆は周囲を見回して口元を隠すように手を当てた。辺には誰もいないというのにその素振りをするのは、あまり知られたくないのかもしれないのだろうとヒョーゴは推測した。用心棒である彼の主であり、ウキョウの父君、虹雅渓差配のアヤマロに。
「向かった者は全員斬られてしまったのです」
「ほお……その女に強い用心棒でも雇っているのか?」
いえ、違いますと首を振った。
「やったのは若が狙っているその女なのです」
「おいおい、それは本当か?」
このご時世に刀をとる者がいて、しかも女とは。よほどのもの好きだなとヒョーゴは嗤った。
「はい…‥相手は中々に手強いようで刺客を送るテッサイ殿も手をこまねいる状況です」
若が飽きるか、諦めてくれれば一番良いのですが、とかむろ衆の彼は肩を落とした。
「確かにそれは最もだと思うがあの若だぞ。諦めるとは到底思えんな」
抵抗された分だけ異常に燃え上がり何が何でも手に入れようと躍起になるのではとヒョーゴは思った。
街ではアヤマロのドラ息子などと馬鹿にされ、彼についてのよくない世間話も絶えない男ではあるが、それでもウキョウはアキンドなのだ。
戦もなくなり、サムライの栄光は遠い昔。今はアキンドの時代、彼らに手に入らないものがあるというのはありえないと言われるほどに影響力は強い。
金で手に入らないのであれば別の手段を打つ。
それは求める者が飽きるか、手に入れるまでは終わらないだろう。
「そ、そうですよね。そうかあ……」
よっぽどその女に手を焼かされてきたのは明白で、かむろ衆の彼はもはや周りを顧みず、潜めることを忘れて大きくため息を吐いた。
「その追われる女もやり手のようだがいつまで保つのやら。見物になるかもしれんな」
「お強いヒョーゴ殿やキュウゾウ殿に行ってもらえれば早く解決できるかもしれません」
「くく、そうかもしれんな。だが相手は女であろう。俺もだが、キュウゾウでも食指が動くとは思えんな」
雇い主のアヤマロの命であれば斬るが女相手は気の進むものではない。いまだに抗い続けているであろう、見知らぬ女の姿を想像して鼻で笑う。
偶然にも剣の腕がウキョウの手下より強いだけかもしれない。ましてや女では相手にならないだろう。
残念だが闘志も抱けぬと肩をすくめたヒョーゴに、苦笑いを浮かべるかむろ衆の次の言葉を聞いた途端、状況は一変した。
「そうですよね。その女、無刀流なんて聞いたことない剣術を使うようですし……」
「おい。今、何と言った」
「え?」
突然低くなったヒョーゴの声にかむろ衆の彼は思わず素っ頓狂な声を上げた。振り向き見れば先ほどの笑みを浮かべた顔ではなく、敵を見据えるような鋭い眼光に変わっていた。怯んだ彼に構わず、ヒョーゴはもう一度、何と言ったのかと聞いた。
「何……と言いますと?」
「言っただろ。その女が使った流派の名だ」
「た、確か、無刀流というらしいです。テッサイ殿の話では先の戦の時に生身の身体で刀も持たずに敵を斬る一族が使っていたとか……まさか、肉体を機械化せず、刀もなく相手を斬るなんて機械文化が発達したこの時代にありえないですよね」
それがどうかしましたか?と首を傾げるかむろ衆に 『それを早く言え』と心の内で舌打ちしつつ、眼鏡を押し上げた。
「テッサイ殿は他に何か言ってなかったか?」
ヒョーゴにそう言われ、かむろ衆の彼は顎に手を当て、顔を上げるとそういえば、と手を打った。
「もし奴が本当に無刀流の一族ならば、先の大戦の経験者であるみたいです。追っているその女は無刀流である可能性は非常に高いと言っておりました。なんでも刀を持たずに相手を斬っていたようで」
「前言撤回だな」
「え?」
「相まみえたくなったな、その女に」
「ええ!? ほ、本気ですか!」
「ああ」
ヒョーゴも戦時中名前だけは聞いたことがあった。無刀流……刀を使わず己の肉体のみで相手を斬る流派であり、戦の最前線で戦っていたサムライ達の間でも刀も使うこと無く生身どころか人よりも大きい機械のサムライさえも斬り殺す頭の狂った一族がいると話題に上がったことがあった。
その後、戦に機械を使う技術が取り込まれてから歴史の闇へと消えた殺人剣術である。サムライの機械化が進行する前に一時伝説となった無刀の剣術使いがここ虹雅渓へ来ているとは。
「この場に奴がいないのが残念だが運が良ければ、今頃その女に会っているかもしれんな」
久方ぶりの戦の経験者との邂逅、そして斬り合いができたかもしれなかったのに。
無刀流、と聞いたことで一変したヒョーゴの予想外な反応に呆気に取られるかむろ衆を他所に、ヒョーゴは歯噛みした。
差配を狙う集団組織の殲滅へ己が行かなかったことに無刀流と出会う機会を失くした、惜しいことをしたと。
クロが虹雅渓から旅立つと決めて、追手をやり過ごしてやっとのことで着いた下層の宿を引き払った頃のこと。
虹雅渓の最上層にあるアヤマロの御殿内で、ヒョーゴとアヤマロの私兵であるかむろ衆の一人が最近のウキョウの行動について話をしていた。
ヒョーゴは戦を、終えて行き場をなくしたサムライくずれであったがアヤマロに拾われて用心棒をしている身である。
ヒョーゴの他にもう一人サムライくずれから雇われの身になった用心棒もいるが、アヤマロを狙うと噂された集団組織の排除へ出向いており、ここにはおらず、アヤマロの警備はヒョーゴが一人で担っていた。
「ここのところ若が矢鱈と手下達を街に放っているが一体何だ?」
鼻の頭にかけた眼鏡を押し上げてヒョーゴが聞くとかむろ衆の彼は「ああ……」と半ば呆れた声を上げた。
「若のいつもの発作ですよ」
「いつもの発作? そうか、また例の女狂いか」
「はい……」
なるほど、とヒョーゴは納得し、カムロ衆の彼と同じように呆れた顔になったが、そこでふと疑問を抱いた。
詳細についてあまり興味はなかった。だが女を捕えるにしてはあまりに日数がかかり過ぎているのではと思ったのである。
そこをつくと『実は……』とかむろ衆は周囲を見回して口元を隠すように手を当てた。辺には誰もいないというのにその素振りをするのは、あまり知られたくないのかもしれないのだろうとヒョーゴは推測した。用心棒である彼の主であり、ウキョウの父君、虹雅渓差配のアヤマロに。
「向かった者は全員斬られてしまったのです」
「ほお……その女に強い用心棒でも雇っているのか?」
いえ、違いますと首を振った。
「やったのは若が狙っているその女なのです」
「おいおい、それは本当か?」
このご時世に刀をとる者がいて、しかも女とは。よほどのもの好きだなとヒョーゴは嗤った。
「はい…‥相手は中々に手強いようで刺客を送るテッサイ殿も手をこまねいる状況です」
若が飽きるか、諦めてくれれば一番良いのですが、とかむろ衆の彼は肩を落とした。
「確かにそれは最もだと思うがあの若だぞ。諦めるとは到底思えんな」
抵抗された分だけ異常に燃え上がり何が何でも手に入れようと躍起になるのではとヒョーゴは思った。
街ではアヤマロのドラ息子などと馬鹿にされ、彼についてのよくない世間話も絶えない男ではあるが、それでもウキョウはアキンドなのだ。
戦もなくなり、サムライの栄光は遠い昔。今はアキンドの時代、彼らに手に入らないものがあるというのはありえないと言われるほどに影響力は強い。
金で手に入らないのであれば別の手段を打つ。
それは求める者が飽きるか、手に入れるまでは終わらないだろう。
「そ、そうですよね。そうかあ……」
よっぽどその女に手を焼かされてきたのは明白で、かむろ衆の彼はもはや周りを顧みず、潜めることを忘れて大きくため息を吐いた。
「その追われる女もやり手のようだがいつまで保つのやら。見物になるかもしれんな」
「お強いヒョーゴ殿やキュウゾウ殿に行ってもらえれば早く解決できるかもしれません」
「くく、そうかもしれんな。だが相手は女であろう。俺もだが、キュウゾウでも食指が動くとは思えんな」
雇い主のアヤマロの命であれば斬るが女相手は気の進むものではない。いまだに抗い続けているであろう、見知らぬ女の姿を想像して鼻で笑う。
偶然にも剣の腕がウキョウの手下より強いだけかもしれない。ましてや女では相手にならないだろう。
残念だが闘志も抱けぬと肩をすくめたヒョーゴに、苦笑いを浮かべるかむろ衆の次の言葉を聞いた途端、状況は一変した。
「そうですよね。その女、無刀流なんて聞いたことない剣術を使うようですし……」
「おい。今、何と言った」
「え?」
突然低くなったヒョーゴの声にかむろ衆の彼は思わず素っ頓狂な声を上げた。振り向き見れば先ほどの笑みを浮かべた顔ではなく、敵を見据えるような鋭い眼光に変わっていた。怯んだ彼に構わず、ヒョーゴはもう一度、何と言ったのかと聞いた。
「何……と言いますと?」
「言っただろ。その女が使った流派の名だ」
「た、確か、無刀流というらしいです。テッサイ殿の話では先の戦の時に生身の身体で刀も持たずに敵を斬る一族が使っていたとか……まさか、肉体を機械化せず、刀もなく相手を斬るなんて機械文化が発達したこの時代にありえないですよね」
それがどうかしましたか?と首を傾げるかむろ衆に 『それを早く言え』と心の内で舌打ちしつつ、眼鏡を押し上げた。
「テッサイ殿は他に何か言ってなかったか?」
ヒョーゴにそう言われ、かむろ衆の彼は顎に手を当て、顔を上げるとそういえば、と手を打った。
「もし奴が本当に無刀流の一族ならば、先の大戦の経験者であるみたいです。追っているその女は無刀流である可能性は非常に高いと言っておりました。なんでも刀を持たずに相手を斬っていたようで」
「前言撤回だな」
「え?」
「相まみえたくなったな、その女に」
「ええ!? ほ、本気ですか!」
「ああ」
ヒョーゴも戦時中名前だけは聞いたことがあった。無刀流……刀を使わず己の肉体のみで相手を斬る流派であり、戦の最前線で戦っていたサムライ達の間でも刀も使うこと無く生身どころか人よりも大きい機械のサムライさえも斬り殺す頭の狂った一族がいると話題に上がったことがあった。
その後、戦に機械を使う技術が取り込まれてから歴史の闇へと消えた殺人剣術である。サムライの機械化が進行する前に一時伝説となった無刀の剣術使いがここ虹雅渓へ来ているとは。
「この場に奴がいないのが残念だが運が良ければ、今頃その女に会っているかもしれんな」
久方ぶりの戦の経験者との邂逅、そして斬り合いができたかもしれなかったのに。
無刀流、と聞いたことで一変したヒョーゴの予想外な反応に呆気に取られるかむろ衆を他所に、ヒョーゴは歯噛みした。
差配を狙う集団組織の殲滅へ己が行かなかったことに無刀流と出会う機会を失くした、惜しいことをしたと。